Scene38『茶番の合間にて』
瓦礫に埋まる円形広場の様子が妖精広場内で公開されている。
その光景に呆然としているプレイヤーの集団も併せて鑑賞している二人がいた。
ギルバードと我流羅だ。
「おやおや、結局誰にも攻撃することなく逃げ切っちまいやがりましたね?」
面白そうにリアルタイム動画を見ているギルバートは、腕を組んで首を傾げる。
「最初に出会った時はてんで素人でございやしたのに、さっきあっしから脱出した時といい……いやいや、子供の成長とは早いものでございやすね~あっしの涙腺がなぜが緩みやすよ」
角突き赤フルフェイスマスク越しに涙を拭う仕草をするギルバートは座っていた。
辺り一面が凍結の白で埋め尽くされ、周囲のビルはほとんどが中半崩れ道路を埋め尽くしている。
そんな場所に我流羅はうつ伏せに倒れており、ギルバートは腰を下ろしているのだ。
「くそがぁ! 降りやがれぇ!」
我流羅は精霊領域によって守られているため、その体そのものにダメージは一切ない。が、既に精霊力が限界近くまで削られているため動くに動けなくなっていた。
魔法も使えなければただの若者でしかなく、生身の身体で人工筋肉よって作られたサムライスーツを押し退けるほどの力もない。
精々今の我流羅にできることといえば、
「殺すぞごらぁあ!」
声を荒げることぐらいしかできない。
そんな尻の下にいる者に対して、ギルバートはため息を吐く。
「別にかまいやしませんがね。あっしにそれは意味がございやせんよ?」
「…………あんだぁ? なに言ってやがるぅ」
「だからかまいやしませんって。それよりなにより、いかがいたしやす? このままでは折角のギルバートさんの名演技が台無しでございやすよ」
などといいながら、VRAで先ほどまで繰り広げていた自分と我流羅との激闘を見る。
もっとも、最後の決着部分、散々氷魔法を繰り出し、今も辺り一面が凍り付いている大魔法を撃ったところで撮影は止められているので、どうやってギルバートが我流羅を組みしているのかはわからない。
故に、妖精広場でそれを見ているプレイヤー達がこの決着を知る由もなく、見ようによっては我流羅がギルバートを撃退したかのように見える。
「自分達を閉じ込めている奴らのリーダーが退けられ、原因が明らかになった上になんとかできると知れば、飢えたように喰い付くと思ったんでございやすけどね? ん~まだまだ痛みが足らなかったってことでございやすかね?」
「はっ、なにが痛みだぁ。てめぇがやってんのは痛みの内にも入らねぇよぉ」
「それは手厳しい。では、手本を見せてくれやせんか?」
「あん?」
「この茶番を見事完遂して見せてやくだせんか?」
「……なに言ってやがるぅ? その言い草ぁ、これからてめぇらはなにもしねぇってことかぁ?」
「その通りでございやすよ」
「ばかじゃねぇかぁ? そもそもぉ、この茶番はてめぇらの提案だろうがぁ」
「そうでございやすね」
「できなきゃ困るのはてめぇらだろうがよぉ?」
「別に困りはしませんぜ?」
「はあぁ?」
「あくまでできたらいいな~って程度の企みでございやすからね? 一週間前のあれもそんな気持ちでやったことなんでございやすが……いやいや、流石に二度も幸運は続きやせんか」
「……遊んでやがるのかよぉ? 俺達でぇ」
「当然でございやしょ? 半ばとはいえQCティターニアを支配下に置いている時点で、あっしらの勝ちは揺るぎやせんよ。ああ、勿論、ただでとは言いませんよ? 負担も大きくなることでございやしょうし、状況次第によってはプレゼントも用意しやしょう」
ここまでの会話で、二人は顔を合わせていない。片方が尻に敷いているのだから当然だが、今は特に見なくても我流羅の表情が分かる。
身体が震えているのだ。
押し殺した笑いで。
「ふむふむ。思った通りなかなかの逸材でございやすね。あっしは嫌いでございやすよ」
「そうかよぉ。俺もあんたが思った以上に糞野郎で安心したよぉ。勿論、嫌いだがなぁ」
互いに声を出して笑い合う。
先に笑うの止めた我流羅は、思考制御でVRA画面を開き、妖精広場のグループチャットを利用しどこぞへ連絡し始める。
「おやおや? どうするつもりなんでございやすかね?」
「はってめぇのせいでこっちは精霊力が限界ちけぇからなぁ。時間稼ぎよ時間稼ぎぃ」
などと言うと共にVRA画面が二つに割れ、それぞれ別々の人物を映し出した。
「タヒタヒタヒ」
片方は変な笑い声を上げる巨大といってもいいほどの身体に窮屈そうにアメリカンフットボールのプロテクターを付けた大男。
なんの手入れもされていないぼさぼさ頭で、腹もだらしなく出ている明らかな肥満体質の巨漢は、なにかと戦闘中なのか音を立てて両腕を振るっている。
そのたびに爆発音が響き渡り、歓声が後ろから上がっていることに我流羅は舌打ちをした。
こうなっているとしばらく周りの声が聞こえなくなるのだ。
しかし、我流羅の舌打ちに反応する者がいた。
もう片方のVRA画面に映る無精ひげを生やした作業着姿の中年太りな男だ。
なんの手入れもしていない肩まで無造作に伸ばした髪型に、どろりとした闇を感じさせる目。一目で汚らしさを覚えるその男は、我流羅より強い舌打ちをして怒鳴り散らす。
「んだ 郎が! ぞ!」
が、なぜかその言葉の一部がまるで音そのものが無くなったかのように消えていた。
「おやおや? ワードキャンセラーを実際に喰らっている人物でございやすか、これはまた珍しい」
ギルバートが感心したような呆れたようなつぶやきをするが、我流羅は無視。代わりに、鼻で笑ってわざと挑発する。
「はっ! 相変わらずここじゃあなにってんだかわかんねぇなぁ。アホ丸出しだぁ」
その瞬間、中年男は我流羅を睨み、唾を飛ばし、口角に泡が生じるほど何事かを叫び始めるが、ほとんどの言葉が消えているので、ただ必死にパクパクと口を動かしているようにしか見えない。
VR体には、差別的な発言や悪意の籠った言葉を口にすると、それが発せられると同時に無音に変えられる『ワードキャンセラー』という機能がある。
その人物がどういう意図を込めてそれを口にしているかも含めて発動する仕様であるため、悪ふざけ・悪ノリ程度の罵倒ならキャンセルされることはないが、明らかな敵意や嫌悪が含まれていると今のようになにを言っているのかわからなくなるのだ。
ただし、これの発動には幾つかのレベルがあり、常態的に他人を差別したり、公共の場を乱すような問題発言をした者にはペナルティとして初めて機能が発動し、それでもやめなければ段階的に強化され、最悪、中年太りな男のようなことになってしまったりする。
滑稽な光景に我流羅がゲラゲラと笑っていると、巨漢の方の戦闘が終わったのか、きょとんとした顔をVRA画面に映していた。
「タヒタヒ? なにがそんなにおかしいんでタヒか?」
「あぁ? 気にすんな」
「そうでタヒか。わかったでタヒ。気にしないでタヒ」
見た目の割には素直に頷く巨漢に、ギルバートはなぜか頷き、まだ無音の喚きをしている中年男の方へ顔を向ける。
「面白い組み合わせでございやすね。趣味でございやすか?」
その問いに我流羅は応えず、ただ鼻で笑う。
「『タヒ太郎』」
「タヒ?」
我流羅の呼び掛けに巨漢は首を傾げる。本名ではないだろうが少なくとも自分のプレイヤー名として使っているのだろう。
「『正翼』」
「ああん?」
名を呼ばれたことにようやく喚くのを止めた中年男。
その二人のプレイヤーに我流羅は残忍な笑みを浮かべ言う。
「てめぇらにギルド長からクエストの依頼だぁ。耳の穴をかっぽじいてよく聞きやがれやぁ」
などと偉そうにのたまうが、さっきからずっとギルバートに座られたままであるため、旗から見ると間抜けな極みだったりする。が、都合の悪いことは映さず聞こえさせずにしているため、その真実を通信相手が知る由もなかった。
「報告します。敵探知領域反応の完全消失を確認しました」
カナタの報告に、領域補助を含めて全力で走っていた尊は急停止しようとして、たたらを踏んであわやこけそうになりながらなんとか足を止めた。
「お、思ったより上手くいったね」
などと言いながらへなへなとその場に座ってしまう。
今いる場所は、既に地下二階に到達しており、プレイヤーの気配は勿論、魔物の反応すらない。
なので安心して荒れた息を整えられる。
しばらくへたり込んだ後、尊はゆっくりとその場から立ち上がった。
「状況から考えてプレイヤーさん達はここにはほとんどいないだろうし、実際に上った時に一度も会っていないからしばらくは大丈夫だろうけど……念には念を入れて、このまま予定通り地下に潜ろう」
「同意します。それではルートを表示……」
「カナタ?」
妙なところで言葉を切ったカナタに、歩み出そうとしていた足を止める尊。
しかし、名を呼ばれた本人は反応しない。
ちょっと困りながら腰に下げられた黒姫黒刀改を見る。
白い鞘に収まってフワフワと腰のすぐ近くで浮いているだけだが、カナタの思考に呼応しているのか時折くるっと横に回っていた。
一回、二回、三回と回り掛けて止まる共に、VRA画面が尊の前に表示される。
「報告します。マスターのことを書かれた記事を発見しました」
「うん?」
起きている事態からしてそういうのは当然あると予想していた尊は、なぜわざわざカナタがそんなことを報告してきたのかピンと来なかった。
だが、VRA画面を見た時、尊の表情は引きつることになる。
『クエスト:美少女工作員を殺せ!』
と書かれたタイトルと、臨時会議室にいた時の尊の顔写真が張られていたからだ。
「僕は少女じゃないのに!」
まず先にそこに対してプンプンと怒り出す尊だったが、そのクエストに対する反応を見てキョトンとすることになる。
(´∀`)9 ビシッ! ヒャッハー! タヒタヒタヒタヒ (σ・∀・)σゲッツ!! ンゴオオオオ! 美少女キタ――(゜∀゜)――!! レロレロレロレロ――
「なにこれ? なんて書いてあるの?」
「不明です」
記号やら単語だけが書き込まれている記事の反応に、これをどう解釈したらいいか困る。
彼らが使っている表現が、少なくとも尊の生活範囲内では使われていないものであるため意味がわからないのだ。とりあえず、僅かに理解できる文字部分から、敵意というより悪意らしきものを感じなくもない。
「補足します。問題なのは、これは我流羅と名乗っているプレイヤーのギルドが書いていることと、応えたそのギルドの者達が地下ダンジョンにいることです」
「え? そうなの? なんで?」
「説明します。どうやら彼らはこの騒動の中、地下ダンジョンの攻略を続けていたようです」
「はい? あ、そういえば、鳳凰さんがそんなこと言ってたっけ……失念してたよ」
上での一件を思い出した尊は、自分の落ち度に深いため息を吐く。
「まあ、でも、そんなにすぐに見付かることはないよね。ここ広いし」
「否定します。既にこちらに向かって移動を開始しているようです」
「もしかして、新たに見付かったルートって!」
「肯定します。先程使用した階段だったようです」
「……避けれるかな?」
「不明です」
「だよね……こっちが発見した時点で、向こうは既に補足している可能性が高いだろうし……かと言って、この場所では地上みたいに逃げるのは難しいかな? 通路を壊しても構造上あんまり意味ないだろうし……とりあえず、いつでも戦えるように覚悟を決めるしかないのかな?」
「忠告します」
「ん?」
「レーザーの紋章魔法が壊れました」
「え!? なんで!?」
「説明します。地上でビルを切った際にです」
「限界以上の酷使だったんだ。まあ、あれだけの出力も無理に出せば当然か……修理は……できないんだったね」
「肯定します」
「貴重な遠距離攻撃だったんだけどな……」
嘆く尊に、悪いことは重なる。
「警告します。探知領域反応を捕捉しました」
「もう!? どっちから」
VRA地図が展開され、右から黄色い波紋が連続で発生し始める。
「逃げるよカナタ!」
「了解しました」
こうして尊とカナタの逃走劇第二ラウンドが始まるのだった。




