Scene37『再び地下へ』
「珍しく思った通りにできたね」
「肯定します」
ビルの外に飛び出した尊は思わずほっと一息吐きつつ、目的地へと急ぐ。
精霊領域は武霊によって生じさせ、管理している。だからこそ、これまで尊はカナタにお願いしてその性質や形などを変化させ応用させ使っていた。
だからこそ、ある可能性を考えるに至る。
武霊が防ぐ必要がないと判断したものなら、精霊領域は例え展開されていても発動しないのではないか?
そして、その考えは正しかった。
ただ優しく触り、リードする程度だったら攻撃として判断されずに、そのままプレイヤーを踊らせられた。
あるいは、尊の行動はダンスの一種だと判断されたのかもしれない。
何故なら、動きの全ては尊がVRコミュニティサイト仮面舞踏会へ行くために習得した社交ダンスが基になっていたからだ。
刀の振り方と違い、元々尊がある程度習得している上に、カナタがそれを応用して動きを攻防予測線で指し示せば、もはや条件反射として追随できるがゆえに、一度も失敗することなく、それこそ舞うようにプレイヤー達を通り抜けることができた。
しかし、尊は力なく苦笑する。
「でも、同じ手は通じないだろうね」
「肯定します」
あくまで初見で、しかも、ビルの通路という狭い空間だからこそ通じたことだと再認識し合った時、
「警告」
カナタが短く知らせた。
反射的に近くのビルの中に飛び込むと、直前までいた場所に水の塊が落ち、球体になる。
「拘束系精霊魔法です」
「あの人は、僕を捕まえる気なんだね」
少なくとも二人は明確に攻撃してきているので、明らかに意見がまとまってない証拠だった。
またしても自分の考えが正しかったことに少しだけ頬を緩ませつつ、
「カナタ。地下へ行く道を可能な限りに複数表示して」
先程から常時展開されているVR地図を駆けながら確認すると、赤い線が無数に引かれる。
最初にあった最短ルートは、ビルに再び入ったことで使えなくなっているが、まだ追ってくる五人以外の反応はない。もっとも、定期的にこちらを探る地図外からの波紋は定期的に発生しているので、単にカナタの探知領域外にいるというだけ。
全てのルートが指し示す地下へと入るポイントは一つしかなく、そこに至る方角は波紋が最も多く発生している地図の端。ビルの中をショートカットしても、少なくとも大通りを三回越える必要があるようだった。
「領域補助で走れば直ぐかもしれないけど……」
ビルの中を真っ直ぐ進み、飛び出す直前。攻撃予測線が外一面を埋め尽くす。
まるで半透明な赤い壁が突如としてあらわれたかのような光景に、急停止する尊だったが、補助によって強化されている速度をそう簡単に止められるはずもなく、床を削りながら予測線に触れるギリギリで止まった。
間近にある予測線の壁をよく見ると、それはひと固まりではなく、無数の線がランダムに地面に向けて落ちている。
(ってことは、あのショートボウの人!?)
尊の予測を肯定するかのように、女性の声が響く。
「フレアスコール!」
その言葉と共に降り注ぐのは、小さな火の塊の雨。
とてもじゃないが、こんな中を駆けられるはずもない。
瞬く間に精霊力を削られ、例えシールドの紋章魔法を使ってもその性質上、この魔法との相性は最悪。
散弾によって一瞬で砕かれてしまったノーフェイス戦を思い出し、尊は小さくため息を吐いた。
「やっぱり向こうの方がプレイヤー同士の戦い方を知っているってことかな?」
「肯定します。そして、疑問提起します。どうしますか?」
「逃げるよ。多分、これは足止めも兼ねてる」
横へと尊が走り出すと共に、上から地響きが起こり始める。
「警告します。ビル上層にてプレイヤーが精霊魔法を使用。急速に砂化していることを確認」
「砂で身動きを取れなくするつもりなのかな?」
「否定します。これほどの規模であれば、埋まれば一気に精霊力がなくなります」
「ビル一つ分だものね。急ぐよ」
尊はさらに加速し、走りながら抜刀、ビルの最も端で急停止。
一気に迫った壁に向かって刃を振るう。
三角に切り裂いた部分を蹴って穴を開け、間髪を入れずに飛び込み、ビルとビルの間に出た。
刀を振るうには狭過ぎるので、ビルから抜けると共に黒姫黒刀改を突き刺し、その切れ味で強引に歪な丸を描く。
体ごと押し込んで繰り抜いた壁と共に隣のビルに移ると、出来たばかりの穴から砂が流れ込み出す。
「うにゃにゃ、埋まっちゃう!」
倒れるように部屋に入ったため、尊は慌てて起き上がりながら走り始めると、尊の耳にプレイヤー達の会話が入った。
VRA地図上・丁度尊の頭上に表示される二つの黄色い光点が点滅しており、彼らの声をカナタが探知領域で拾って届けているのだろう。
「ちょっと! なにしてんのよ!? 強制転送しちゃうじゃない!」
「はあ? 砂に埋もれれば拘束できんだろうがよ!」
「ばっかじゃないの!? 量を考えなさいよ量を!」
「つうか、別にいいだろうがよ! どうせ転送されるのは狭間の森だろうし、向こうだって妖精広場は使えるようになってるはずだろうしな」
「ほっとうにばっかじゃないの!? 向こうがどうなってるか確認もしてない、転送される先も狭間の森のどこかもわかんないのよ! ここで逃がしたら、二度と捕まえるチャンスが来ないかもしれない。それぐらい言われなくてもわかりなさいよ!」
「いや、だってよ……」
「ああ、もう。これだからマスター以外の男は駄目なのよ。うう。せめて他の子達がいたら~」
聞こえてきた声に若干思案した尊は、首を傾げた。
「どうするべきか全員がバラバラってだけじゃなくって、一人一人の中でもどうするか決めかねている? ううん。よく考えていないのかな?」
「推測します。個人差があるかと」
「だね。でも、迷いがあるのなら、つけ込める」
部屋を抜け、通路を一気に駆け、外へと飛び出すと。
「うお! ここで出てくるかよ!? 待ちやがれ!」
「ちょっと邪魔!」
案の定、バラバラな行動を取って攻撃が来ない。
だが、それはあくまで上二人だけの話。
視界にサイドVR画面が表示され、右斜め上から見下ろす動画が映り、攻撃予測線も同時に現れる。
今度のは尊の小さい体が全て入ってしまうほどの太さ。
(高速突撃!?)
(肯定します)
(そらすよ!)
(了解)
尊の意図を思考制御で瞬時に理解したカナタによって、斬撃軌道線が展開される。
半歩だけ周り、攻撃予測線に向かい合う形となって黒姫黒刀改を正眼に構えた。
「シールド!」
光の壁が矢じり状に展開されると同時に、なにかがぶつかり、緑の葉っぱが派手に散る。
僅かに遅れて、左後方のビル壁になにかがぶつかり、大穴が開いた。
「く、くだらん」
と言っている声をカナタが拾うが、言葉の意図がわからない尊は思わず首を傾げてしまう。
なんであれ、必殺の一撃になりえる攻撃を防ぐことはできた。
だが、代わりに、
「へっ! 間抜けが! だが、よくやった!」
ビルを飛び降りたと思われる手斧を持った鼻ピアスの男が尊のすぐ近くに着地してしまう。
その両足に砂を巻き散らせて。
次の一瞬には高速移動魔法が発動する。ことはなかった。
何故なら、
「同じことになりますよ」
尊がそんな言葉を口にしたからだ。
直前に間抜けを晒した人物がいることに、思わず唸り声を上げて止まる鼻ピアス。
それは僅かな躊躇いだろう。だが、それだけあれば十分。
尊は畳みかける。
「それに、どうするつもりなんです?」
「ど、どうって、き――」
「捕まえて、殺しますか?」
「こ、こ?」
「VR体を破壊するってことはそういうことでしょ?」
「か、仮想だぞここは!」
「そう思うなら、そうすればいいですけど、それで解決すると思ってます?」
「いや、だって、てめぇはクラッキングの起点なんだろ?」
「その根拠は?」
「よ――」
「フェンリルにコントロールされている妖精広場を信じるんですか?」
しっかりとした自分の意見を持っていない流されるままにこの場にいる鼻ピアスに、尊の言葉は混乱を呼び寄せる。
だからこそ、気付かなかった。
「馬鹿! 逃げているわよ!」
女子高生に上から指摘されるまで、尊が徐々に徐々に自分から離れ、後もう少しで次のビルに入るまでの距離になっていることに。
「あっ! てめぇ!」
「よく考えてください。じゃないと、後悔しますよ?」
その捨て台詞と共に、尊は次のビルの中に飛び込んだ。
鼻ピアスも後を追うが、ビルの中で高速移動魔法を使うわけにもいかず、かつ、生じさせられた迷いから動きも鈍い。
結果、なんの邪魔をされることなく、尊は次の大通りへ飛び出すことができた。
しかし、ビルから出た尊の目に飛び込んできたのは、立ち塞がる袴姿の男性。
「暴風の檻」
手に持つ鉄扇を袴男性が振るった瞬間、周囲の瓦礫すら吹き飛ばす風が発生。避ける間もなく尊の周りに竜巻が形成されてしまった。
「これは……突破するのは難しいかな?」
「肯定します」
巻き込まれた瓦礫が中でぶつかり合い、細かくなって周囲を高速回転していた。
その中にただ何も考えずに突入すれば、ダメージを受けるのは当然として、尊の小さな体では風に巻き上げられる可能性すらある。
しかし、それは尊のみだった場合の話。
「強調します。ただし、少しのダメージを容認できるのであれば、突破は可能です」
「うん。それでいいよ」
「了解しました。ナビゲートを開始します」
尊の視界の中に正面からやや外れた位置に円が表示され、その真ん中に十とカウントダウンが現れる。
九、八、七、と減る数字を見ながら、矢印に対して正面を向き、ゆっくりと足に力をため、
「お願いします。剣先を正面に」
カナタの言葉に従って黒姫黒刀改を正眼に構える。
それと共に、柄が開き、現れた紋章孔からライトの紋章魔法が異空間収納に消え、シールドの紋章魔法が組み込まれた。
紋章孔が仕舞い込まれると共に、カナタがシールドを展開。一重、二重と尊の周りに光の膜が生じる。
「にゃ?」
てっきり剣先に展開されるかと思っていた尊が思わず声を上げてしまうが、それと同時にカウントがゼロになったため疑問を口にできぬまま条件反射で突撃を開始する。
刃が風の檻に触れた瞬間、尊の身体は一気に上空へと運ばれた。
「うにゃにゃぁあああああああ!」
あまりの急上昇と、竜巻に巻き込まれたが故の回転に文字通り目を回しながら絶叫するしかできない。
グルングルンポイっと空へ打ち上げられ飛ばされた尊は、ぐてっとしながら宙を滑空する。
「説明します。剣先に精霊領域を傘のように展開し、シールドでマスターの身体を防ぎながら風に乗りました。また、目標地点まで最短で移動できるタイミングですのでご注意を」
「にゃ、にゃい」
ヘロヘロになりながらも、カナタが指し示す斬撃軌道線に向けて刀を合わす。
翼のように変化させた精霊領域によってカナタの意図する方向へ降下し始める。
二度目であるためか滑らかにビル壁へと近付き、あまり意識がハッキリしていない尊でも問題なく刃を突き刺し、落下の速度を殺しながら地面に着いた。
「報告します。目標地点は目前です」
「にゃ? じゃなくって、うん。急ごう!」
カナタの言葉にようやく意識がハッキリした尊が振り返ると、そこには地下へと続く大階段があった。
プレイヤーの手によって瓦礫が撤去されていたのか、ひび割れや守護の大樹の枝葉がなければ綺麗な場所といえなくもない。
「……ちょっと躊躇っちゃうね」
「疑問提起します。何故ですか?」
「え? ん~まあ、これから僕がすることがね」
「理解しました。納得します。なるほど」
着地点から少し離れた階段へ一足飛びで駆けよると、到着とほぼ同じタイミングで周囲のビル屋上に追ってきたプレイヤー五人が現れる。
「待ちなさい!」
と呼び止められ、尊は立ち止まった。
「え?」
本当に止まるとは思ってもいなかったのか間抜けな声が聞こえるが、勿論、制止の言葉に従ったわけではない。
尊は腰を落とし下段に黒姫黒刀改を構える。
「警告します。現れました」
VRA地図上に、黄色い光点が大量に現れ、騒がしい声と足音が聞こえ出す。
この場は八つの道が集まる円形広場であり遮るものが一切ないので、見ようと思えばこちらに向かっている集団を視認することができる。
だが、尊はそんなことをしなかった。いや、そもそもそんな暇も余裕もない。
主のイメージを思考制御で受け取ったカナタが表示する斬撃軌道線は、今まで振るってきた中で一番長いものだったからだ。
それに合わせる。その一点のみに即座に集中し、それを可能にするために沈む意識。
「最大出力でレーザー!」
紋章魔法を発動させると共に、刀を振るう。
ただ振るうだけではない。緩やかに斜めに、かつ、まるでダンスでもしているかのようにその場で一回転したのだ。
剣先から絶え間なく撃ち出される極太の光線と共に。
周囲のビルに斜めに赤い線が走り、どろりと溶けながら滑り始める。
「まじかよ!?」
「ちょっと止めなさいよ!」
「流石のこの質量は……」
「く、く、くだっだっだっだ!」
「ここまで考えていたのか? 思った以上にやるな」
滑り落ちるビル上層でそれぞれの反応をしながら追ってきた五人のプレイヤー達がその場から消えるのを確認し、尊は大きく息を吐きながら階段へと身体を向ける。
「とりあえず、なんとかなったね」
「肯定します。ですが、強調します。まだ窮地は抜け切れていません」
「うん。わかってる。行こうカナタ」
「了解しました」
領域補助によって階段から一気に駆け下りると共に、円形広場に高層ビルが落ち、瞬く間に瓦礫に埋まるのだった。




