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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
34/107

Scene33『真偽迷走』

 一方的に言いたいことだけ言ってギルバートの通信は切れた。

 静寂が臨時会議室を支配し、誰もが言葉を失っている。

 いくら戦争屋だとはいえ、たった一会社が世界に対して戦争を仕掛ける。ただそれだけを聞くと荒唐無稽の妄言だとしか思えないが、ギルバート達は既に不可能だとされていたQCのハッキングを半ばまで成功させているのだ。

 そして、現在の各国軍が自動兵器の主力を移行し終えているのは周知の事実であり、実際に同じことを一人で成し遂げて世界大戦を終戦させた人物が存在している。

 それを組み合わせて考えれば、そんなことできるはずもないと一蹴することもできない。

 なにより恐ろしいのは、デスゲーム化という言葉だ。

 VR機器には人を殺傷できるような機能は備わっていない。

 しかし、それでも仮想空間利用者の死亡例は存在する。

 主な理由はVRダイブ中に眠っている現実の身体が、なにかしらの理由によって傷付けられる事。

 だが、VRが一般公開されて十年の歴史の中、最初期にまさにデスゲームとなった事例が一つだけ存在した。

 「デスオアアライブ事件か……」

 ぽそりとつぶやいた鳳凰に、多くのプレイヤーが反応する。

 「VRダイブは、仕組みは違うがいわば催眠状態にあると同じだと言われている。人はそれが本物であると心の底から思い込めば、例え偽物であっても本物と同じように身体が反応してしまう。ただの棒を赤く熱した鉄棒だと信じ込まされれば、触れた部分が火傷し、身体から水を滴らせ、それを血だと信じ込ませれば止血死すらしたという話だが……それらをどこまで信じていいか疑問だが、少なくともデスオアアライブ事件では本当に死者が出てしまっているのはたしかだ」

 「たしか、プレイヤー同士のほんまもんの殺し合いを可能とし、それを主眼にしたゲームやったか?」

 八重の問いに、鳳凰は頷く。

 「ああ。そのゲームで殺された者は重度のVR症を発病させ、中には本当に死んでしまった者が現れた。事態を把握した国際社会が即座に削除したが、初期VRの最大の汚点であり失敗であると言われ、VR症の例えとしてよく使われているな」

 「天野歌人は、なにをしてたんや?」

 「VR発表当初から警鐘はしていたさ。VR空間内は、もう一つの現実であると訴え、現実ではやってはいけないこと、タブーとされていることをした場合、必ず行った者に悪影響を与えるとし、VR法の制定を強く訴えていた。だが、法律制定は様々な勢力の思惑から後手に後手に回って遅れた結果、事件は起こり、それが切っ掛けでVR法が一気に世界各国で制定されることになったそうだ」

 「要は、VR法はVRダイブしているモンを死なせへんための法律やと?」

 「そういう側面もあり、VR体には法に基づいた安全対策が二重三重にも組み込まれているはずだ」

 「せやかて、フェンリルはそれを潰すプログラムを作った……ほんまなんやろうか?」

 「現実から隔絶されている今の我々には、例えこの世界で誰かが死んでも、それをたしかめる手段もないからな」

 そこまで口にして、鳳凰は隣を見た。

 フェンリルの目的を事前に予測し、この場に紛れ込んでいる工作員と協力者を即座に見抜いた尊が黙っているのを不思議に感じたのだろう。

 もっとも、よくよく見ると、その目は激しく動いており、自分だけが見えるVRA画面を展開して、何事かを確認しているようだった。

 鳳凰が黙ったことにより、直前の危うい拮抗状態に戻りそうになったが、それをさせない男がいた。

 これ見よがしに大きなため息を吐く我流羅。

 「でぇ? どうするんだぁ? やんのかぁ? やんねぇのかぁ?」

 挑発するように尊に突き出したままの短槍をゆらゆらとさせ、嘲り笑った。

 直前で宣言されたデスゲーム化宣言の真偽が、プレイヤー達にどんな影響を与えているか分かった上での発言なのだろう。

 「やんねぇよなぁ? やればもしかしたら殺人犯になるかもしれねぇってのによぉ。でもよぉ? フェンリルの思惑が成就すりゃぁ、そんなこと些細なことになるぜぇ? 人同士の殺人が肯定される一昔前の戦争世界に戻るわけだからなぁ。ちなみに俺はできるぜぇ? なんせフェンリルの協力者だからなぁ」

 などと言いながらフェンリル工作員である白ゴスへ顔を向ける我流羅。

 見られた彼女は特に気にせず、代わりに尊の方へと警戒した表情を浮かべていた。

 まるでその懸念を感じたかのように、彼はぽつりとつぶやく。

 「なんでこのタイミングでデスゲーム化?」

 それは他のプレイヤー達が着目している所と少しずれたものだった。

 人間がもっとも恐怖するのは死だ。故に、それに関連する事柄が周りで起きれば、まずそれ自体を気に掛ける。

 それなのに、本当に死ぬか死なないかを素っ飛ばして尊は、理由へと思考を向けていたのだ。

 勿論、時間が経てば同じように気にする者達は現れただろうが、今起きている当事者しかいないこの場での意識の切り替えは非常に難しく、そのことに気付く者もそうは多くない。しかし、この場にいる者達は、たとえゲームであったとしても、サービス開始からたった一ヵ月で互助組織を一から作り上げられる者達なのだ。

 約半数が期待の目を向け、残りが馬鹿にしたような視線を向ける。

 「このタイミングで。というのは?」

 顔が覆われてわからないが、期待側であろう鳳凰の問いに、尊は反応する。

 「ギルバート率いるPMScsフェンリルの目的は、『失業軍人の救済』。そのための手段として、『現在各国軍の主力として使われている自動兵器をシステムごと破壊して、対人戦争の時代へと退化させようとしている』。と公言しました」

 「現在の社会基盤はQCとQNによって構築されている以上、全世界のQCを乗っ取ることができれば、たしかにそれは可能かもしれないな。この場限りの情報では現実味をあまり感じないが、実際にQCティターニアが半ばまで乗っ取られている以上、不可能だと断定はできない」

 「はい。それができる状況下であることは、既に予想していましたし。半ばまでQCティターニアを乗っ取れていることがその証明にもなるでしょう。ですから、少なくとも『手段』には嘘がないないと思います。失敗すれば会社倒産どころではなくなることを考えても、『目的』にも嘘はないかもしれません。でも、どうしてそんなことをするのか? の『動機』が今のでかえって不透明になりました」

 「動機を含め、君が八重に語った通りだったのにか?」

 「今の語りを受けて改めて考えてみると、他は強いのに、動機だけが弱く感じるんです。手段、目的には、強い現状証拠と証明がありますが、動機にあるのは弱い世界情勢と社会問題だけですからね」

 「私にはどちらも強いように感じられるが?」

 「そうでしょうか? ギルバートは現在でもPMScsを運営できているのなら、少なくとも自分達とは失業軍人達とは無縁な位置にいます。なにも戦争に関わることだけが民間軍事会社ができることではないですからね。新型自動兵器との演習や、人にしか任せられない警備任務など、どういう形態であれ軍が存在している限り早々と会社維持ができなくなる事態にはならないでしょう。それに、全世界の失業軍人に対して仲間意識を持ち、彼らに対して責任を持つような人間なら、こんなことはしないと思います。正しい手段で、政治家になるや、世間に訴えるなど、それこそ手段はいくらでもある。それなのに彼らのためにこんな世界を敵に回すようなことをしたと宣言したのが、わざわざそんなことを強制通信で全員に伝わるように確定したことを含めて、どうにも納得できません。仮にその動機が本当であるのなら、求める結果は逆効果になってしまうように思えますし……そう疑問に思うと、これではまるで僕達がそういう予想をしたから、それに乗っかっただけとも取れます」

 「なるほど。この場に工作員と協力者が紛れ込んでいるのなら、八重から私に伝達された時に情報が筒抜けになっているのが自然ということか……だとしたら、君はなんでこんなことをしたと考える?」

 「そこはあまり重要じゃないでしょう。重要なのはわからないということ。つまり、本心、真実をこちらに語っているように見せて、隠匿、嘘偽りを織り交ぜているということです」

 「たしかに現時点では、確証を持てないことが多いな」

 「そもそも、なんでデスゲーム化なんて誰でもわかる嘘を吐くんでしょう?」

 「は? 嘘?」

 真偽をたしかめられないと語ったばかりなのに、それを否定されるなど誰もが思っていなかったのか、なにを言い出すのかという顔に多くがなる。

 そんな雰囲気を感じているのかいないのか、尊は言葉を続けた。

 「特殊なプログラムが実際に存在していたとしても、今ギルバート達が掌握できているのは、QCティターニアの一部、厳密に言えばその中でも後になって加えられたシステムのみです。その程度の侵蝕率であれば、VR体を管理している各国のQCまで干渉できるとは思えません。できていたら、ううん。しようとしたらきっと全世界のQCから反撃にあって、僕達は解放されているはずです。でも、まだログアウトは不可能なのはたしかなはずですし。なにより、今僕達のVR体を一部でしょうが、管理しているのはそれぞれが個人契約した武霊さん達です。異常があれば直ぐに教えてくれるはずですよ? 今聞いてもいいですしね。カナタ。デスゲーム化は本当にされている?」

 「否定します。VR体に関するシステム回りに干渉は一切ありませんでした」

 カナタの回答に、他の者達も慌てて自分の武霊に聞き、同じような回答を得たのかほっとした表情になる。

 「それに、デスゲーム化なんて本当にしたら、わざわざ時間加速までして部分的に隔絶させた意味がなくなります。死亡という事態はデスオアアライブ事件で最も警戒していることの一つでしょうからね。VR空間を監視・維持しているナビ達がその異常事態を見過ごすはずはありません。現状、どこまで外がこの事態に気付いているかわかりませんが、警戒レベルは最高にまで引き上がっていることはまずないでしょうしね」

 「それはたしかにその通りなのかもしれないが……」

 プレイヤー達の間に戸惑いが広がる。

 尊の説明はたしかに筋が通っている。だが……

 「こんな知識、中学生の僕ですら知っているんです。QN社会になってからの義務教育を受けた人なら、さほど時間も掛からずに気付くと思うんですけどね?」

 首を傾げる尊だったが、直ぐに答えを思い付く。

 「ああ、なるほど、もしかしたら、そのさほどの間に次のなにかを仕掛けるつもりなのかな?」

 「なんだと!? これ以上なにかが起きるというのか」

 尊の予測に、鳳凰は椅子から飛び上がり、それに応じた八重などのそれまで事態の推移を見極めようと座っていた者達も立ち上がり、周りを警戒し出す。

 「世界征服という目的と手段に、デスゲーム化というインパクトの強い偽情報を畳みかけることで、混乱している状況下であれば、更なる混乱もフェンリルにとって更に都合のいい状況に変化させることも容易になるでしょう。向こうが妖精広場を抑え、強制通信という一方的に情報を封鎖して押し付ける手段を手に入れているのなら、なおさら。ただ、なにをするかまでは流石に考え付きま――」

 「警告します」

 推測を区切る直前でカナタによって尊の言葉を遮られ、耳を傾けていたプレイヤー達が驚く。

 「上空から急降下してくる物体あり。反応の詳細判明。一つはハイ・ドラゴンフライ。もう一つはVR体。自動兵器が人を運んでいこう降下のようです」

 カナタの言葉に主である尊が反応するより早く、鳳凰と八重が動いた。

 「今二人に武器を向けているものはそのままけん制! 八重と私が上からのに対応する!」

 プレイヤー達が動き出そうとしたその瞬間、鳳凰達の後ろ、円卓の部屋の奥の壁が唐突に爆発する。

 「な、なに!?」

 流石に間近で強烈な衝撃が発生すればゾーン状態から引き戻されてしまった尊は、動揺してあたりをきょろきょろ見まわし、目の前に穂先があることに気付いて、小さな悲鳴を上げてしまう。

 その急激な変化に周りが不思議そうな視線を向けたりするが、ある意味互いにいつも通りなカナタは淡々と求められた情報を告げる。

 「回答します。壁に仕掛けられていた爆薬物が起動したようです」

 「なんだと!?」

 尊が反応するより早く鳳凰が驚いてしまうが、続く言葉に更に驚愕することになる。

 「警告します。この部屋を中心とした壁・天井・床の内部に同様の爆発物反応を検知しました」

 「馬鹿な! いつ仕掛けられた?」

 「推測します。フェンリル工作員がここに現れる前に。我流羅が遅いと言ったことから、その仕掛けを待っていた可能性をマスターは考えています」

 「しかし、何故気付かなかった?」

 「提示します。我流羅が注目を集めている間。そして、フェンリル工作員を味方だと認識していたためだとマスターは考えています」

 「ちょ、ちょっとカナタ」

 なぜだか次々と考えていることを自分の武霊に暴露されてしまった尊は慌てるしかないが、当のカナタは特に気にした様子もなく、告げる。

 「警告します。来ます」

 爆薬によって開け放たれた壁の前に赤い物体が逆さまになって現れる。

 「サムライスーツ?」

 鳳凰がその人物が着ているものの正体を口にした。

 「解説します。第三次世界大戦次に歩兵用に開発され使用されていた人工筋肉強化スーツです」

 カナタの説明と共に背中にくっ付いったハイ・ドラゴンフライが空中に留まりながら上下を逆にする。

 なぜか鋭い角のようなものが付いた赤いフルフェイスマスクに、筋骨隆々のボディビルダーを連想させる人工筋肉で作られた同色のスーツ。

 サムライスーツは基本的に軍で使われているものであるため、その本来の姿は無駄のない機能性のみを追求したものであることが多く、メディアなどで取り上げられているものは目立たぬ迷彩色か黒色が多く、派手な赤であるどころか角など付いていない。だからこそ、知っている者達はその趣味的な強化スーツに顔をしかめる。

 見た目に関する感想は勿論、ある予感を覚えたからだ。

 そして、それはその通りになる。

 「やあやあ皆様がお揃いで」

 両手を広げて喋った赤いサムライスーツの声は、間違えようもなくギルバート=レギウスのものだった。

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