Scene32『ギルバートかく語りき』
誰が敵で、誰が味方か。
それはこの場にいる誰しもが考えつつも、同じプレイヤーだからという理由だけで口にしなかった。いや、できなかった暗黙の了解たるタブーだった。
問えば必ず互いに疑心暗鬼を呼び、プレイヤー達はバラバラになってしまう。
(これは……ものすごくまずいかも)
プレイヤーという集団の中にいなかったからこそ考えもしなかった尊でさえ、その危険性は直ぐに理解できた。
実際、問いの後は重苦しい沈黙と共に、近くにいる者達をあからさまに警戒し始めるギルド長達が出始めており、もはや事態は後戻りできない状況までになってしまっている。
あるいは、その問いが別のタイミングで、ギルド長達がこれほど集まっていない時だったら、ここまでなることはなかっただろう。もしくは、少しでも盾の乙女団団長に疑惑が浮かび上がってない状態であれば、こうはならなかっただろう。
だからこそ、尊は気付く。
(まるで、ううん、きっとこの状況はこの人が作り出したものなんだ)
唖然した顔で我流羅を見ながら、段々と戦慄を覚え出す。
(この人、ただ粗野なだけな人だと思っていたけど、それはあくまで本当のことを隠すためのカモフラージュなんじゃないかな? でも、なんで、こんなことを最悪なタイミングで?)
その疑問の答えは、既に聞いていることに気付き、尊は目を丸くする。
「自分達の悪意を満足させられるための環境を作った?」
思わずつぶやいてしまった答えが、かすかに聞こえたのか鳳凰と八重のみならず我流羅も尊を見る。
しかし、尊はその三人の誰にも見ず、別の人物へと視線を向けた。
我流羅が座っていた席の後ろに立っている白ゴスの少女をだ。
思い出すのは彼女が現れた途端、場を必要以上に乱すことを止めたこと。
嫌な予感と共に段々と思考が内に入り始め、完全ではないがゾーン癖が起こり始める。
「そうだ。あの人の粗野が全て自分の望んでいる環境を整えるために行っていることなら、臨時ギルド同盟なんて邪魔でしかない。鳳凰さんの言動からしたらきっと、ことあるごとにこの状況を作り出すトラブル・種を撒いていたはず。だとすれば、あのまま喧嘩でも始めていれば都合がよかった。なのにそれをしなかった。準備が終わった? おっせって言葉はそういう意味だとも取れるけど、彼女が現れたことがその合図になるのは不自然な気がする。ギルド長であっても、ギルドメンバーを全く制御できてないのは、多分、わざとであってわざとじゃない。鳳凰さんの話が本当なら、言って聞くような人達じゃないだろうし、そういう人達ならあえて好き勝手させた方がこの人の都合がいい。でもそれは同時に、全くメンバーを信頼してないってことでもある。なのに、あの人に影響を与えた? ああ、そっか。今の状況下が最も都合がいい状況下であるのなら、それを作り出す相手は対等に利用できる相手になる」
「こいつぅ」
我流羅の顔から笑みが消え、鋭い目線を尊にぶつけ出す。
「あの人が本当の工作員の一人で」
白ゴスから視線を我流羅に向ける尊。
意識が沈んでいるため、尊の方は見ているようで見ていないが、二人の視線が空中でぶつかり合う。
「この人はフェンリルと取引している?」
気が付くと、円卓の部屋は静まり返っていた。
何故なら展開しっぱなしになっていた円卓中央にある巨大VRA画面に尊の顔が映っており、そこから推測が流されていたのだ。
「捕捉します」
それをやったカナタが唐突に口を開き、VRA画面もカナタの顔になる。
「このVRA画面は、精霊領域による直接接触によって情報を伝達しています。よって、この情報は武霊と契約していないプレイヤーには知ることができません」
その瞬間、ギルド長達の顔が一斉に白ゴスに向けられ、彼女は眉を顰めた。
しかし、次の瞬間、目を見開き、ため息を吐き我流羅を見る。
「少し油断しましたわ。あなたが予定外な行動を取るからですの」
「はっだからどうしたぁ? 今更ばれようとこいつらにどうこうなんてもうできやしねぇよぉ」
にやーっと粘着性のある笑みを浮かべた我流羅に、白ゴスは再びため息を吐く。
周りではギルド長達が円卓から立ち上がり、次々と虚空から属性を伴った異空間収納を展開し、それぞれの武装化武器を取り出し始める。
剣や槍、弓にライフルと武器らしい武器を持つ者もいれば、何故か優勝旗みたいなのとか、自転車・拡声器・シャベルなど疑問符が付きそうなのが混じっていたりしているのが、ちゃんと攻撃できるようで我流羅と白ゴスに構えていた。
だが、この場全員から攻撃の意思を向けられても、二人は特に反応らしい反応はしない。
若干、白ゴスが興味深そうにユニーク武器を見ていたりしているが、それ以上は全くなく、危機感すら抱いていないようだった。
そのあまりの余裕感にギルド長達は次の行動をどう取るべきか迷いを見せる。
元々、盾の乙女団団長である鳳凰の呼び掛けで集まっただけの集団であるため、一度乱れると例え同一の考えを持っていても同じ行動を取るのが難しくなるのだ。
まとめ役である鳳凰が先導すればいいのだが、目の前に我流羅がいるためうかつに動くことができない。
当の尊は中途半端にゾーン癖が起きたためか、フリーズしているかのように短槍を突き付けている相手へ顔を向けている。
僅かな切っ掛けで崩れてしまいそうな拮抗状態なのに、誰も彼も動けない、動こうとしない。
しかし、変化は唐突に訪れた。
プレイヤー達全員の前にVRA画面が展開されたのだ。
不意に現れたVRA画面に不快そうに顔を歪める八重。
「ギルバート=レギウス……一週間ぶりな上に、このタイミングで?」
目を瞑ってはいるはずなのだが、なんらかの方法で確認しているらしく、たしかに画面には狼に似た白人男性・ギルバートの姿が映し出されていた。
そのことに幾人かのプレイヤー達が驚いた顔を向けるが、間近にいる尊と鳳凰は特に反応らしい反応はせず、白ゴスへと視線を向けていた。
二人から見られている彼女は、自身の前に展開されているVRA画面を見ているのか、額に手を当ててため息を吐いている。
「また予定と違うことを……」
などとつぶやきが聞こえなくもないが、この場全員の耳はギルバートの言葉に向けられているので誰も気付いていない。
「「やあやあ、皆さんどうお過ごしでござんすかね? 皆の宿敵ギルバート=レギウスでござんすよ」」
ニマニマと笑いながら手を振るギルバートに、我流羅を抜かすこの場全員が不快な顔になる。
「「一週間も長らくよくよく皆様は頑張ってございやすね。あっしは感動しやしたよ。ですから、そんな皆様にあっしからまたしてもプレゼントでございやす。ああ、プレゼントといっても、今度は自動兵器ではございやせんよ? 皆さんは疑問に思っているでございやしょ? 自分達がなにに巻き込まれているかを。今回はそれを語ることをプレゼントとさせてもらいましょう」
話す内容にほとんどのプレイヤーはなにをいまさらという顔になるが、予測を聞いている鳳凰と八重はそれをした尊に顔を向ける。
尊は尊で、ギルバートが映る眼前のVRA画面に目を向けながら、つぶやき始める。
「なにか仕掛けてくる? このタイミングってことは、この状況を利用したなにかを? ……わからない。でも、それが間違いないなら……カナタ。武装化するよ」
「了解しました」
素早くキーワードを口にし、尊が武装化して立ち上がる間もギルバートの語りを続く。
「「なぜこんなことをするのか、どうして自分達は閉じ込められることになったのか、疑問に思っていらっしゃる方々は多いでござんしょう。勿論、皆さん方を閉じ込めたのは、最初に語った通りに早期にばれないようにするためという理由もござんす。ですが、実のところを言いやすと、別段皆さん方を閉じ込めようとなかろうと、事態の発見を多少遅らせる程度しか効果がございやせん。なんせ、多くの人間やナビがこの世界をモニタリングしていやすからね。その世界が突然断絶されたとなりゃ、事態に気付かない間抜けはいやせんでしょう。
ですから、あっしらが本番と考えているのはむしろクラッキングが完了した後なのでございやすよ。
なんせ今の世界を根幹から維持し支えているクラッキング不可能とされているものを、いやいや、それどころかたった一基でも世界と戦える実績を残している絶対的な存在を一基でも奪われてしまえば、世界の皆様方がどう反応すか。そんなのわかりきっているでございやすでしょ?
そう、だからこそ皆様方を閉じ込めさせてもらったんでございやすよ。
あっしらが世界と戦うために!
そう、QCティターニアの乗っ取りは、あっしらからしてみれば最初の足掛かりに過ぎやせん。
あっしらの真の目的は、その先、QCティターニアと新技術を組み合わせることによって可能になる全世界QC同時クラッキングでござんす。
賢明な皆さんでございやしたらここから先はわかるでございますよね?
現在、各国軍の主力は完全に自動兵器に移行しているでござんす。そして、それらを管理しているのはその国のQC。つまり、あっしらは支配下に置いたQC達を使って、世界に喧嘩を売ろうと思っているでござんすよ。
どうしてそんなことをするのか? って思う方々もいるでござんしょうから、親切なギルバートさんは教えて差し上げやしょう。
あっしらPMScsは、そのほとんどを退役軍人で占められていやす。とはいっても、軍事行動が自動兵器に移行した昨今は、傭兵といえど仕事は激減し、とても自動兵器によって職を失った全退役軍人を雇えるほどの雇用は確保できやせん。故に今、この世界は職を失った元軍人で溢れかえっているでござんすよ。勿論、普通に就職している者達はいやすよ? ですが、一度戦争を経験し、兵士として、戦士として教育された者達が一般社会に溶け込むのはとてもとても難しいことでござんす。
国連はそういう奴らのために専用のリハビリ施設や職業斡旋所などを作っておるようでございますが、そもそもあっしらはもはや一般社会で充実感を得られるようにはなっていないんでございやすよ。国のため、家族のため、友人のため、子らのため、守り、戦う。大きな大義名分、免罪符を得て、死闘に身を投じ、傷付け傷付けられ、殺し殺され、恨み恨まれ、そんな世界でこそ充足を得られる。そんな身体に、精神になってしまっていやがるんでございやすよ。
故に、我々は望んだんでございやす。戦士が、兵士が、充足を得られる世界を、戦争を無人から有人へと戻すことを。勿論、世界が相手でござんす。一筋縄では元の対人戦争にはもどりゃしやせんでしょう。なんせ、自動兵器がそれを成立させるQCが、QNが、世界中に普及してしまっていやがりやすからね。
だからこそ、あっしらは自動兵器を使って、まずは社会基盤を壊しやす。勿論、普段はナビを使ってコントロールする代物でござんす。あっしら人間が使うためには、いくら新技術があるとはいえ、慣れや工夫が必要。そのための相手として、プレイヤーの皆様方は丁度良かったんでござんすよ。
皆様方もすでに実感しているでございやしょ? 自動兵器達の成長を。
まあ、欲を言えば、皆様方にはより現実的な兵装であって欲しかったんでござんすが……そこは、贅沢というものでございやしょう。
そんなわけで、これからも自動兵器を皆さんの下に送り込みやす。勿論、狭間の森にもでござんすよ? 訓練相手は多ければ多いほどようござんすからね。
ああ、もう一つ、プレイヤーの皆さんはもしかしたら、VR体が壊れたらこの世界から脱出できるかも? っと思っているかもしれやせんが、それはあんまりおすすめできやせんね。VR症を高確率で発病するからってことじゃございやせんよ?
デスオアアライブ事件のことをご存じの方は多いと思いやす。
VR空間で死んだプレイヤーが現実の世界でも死んでしまったという事件でございやすね。
その事件以降、研究が進められ、VR法が制定され、VR耐性などの様々な予防策が講じられやした。故に、あんなことは二度と起こらないなどと言われていやすが、皆さんはこう考えたことはございやせんか?
予防策が研究されたのなら、逆の研究がされていたりしないか?
っと。その予想は正解でございやすよ。あっしらはデスオアアライブ事件を研究して、死亡VR症誘発プログラムを完成させやした。そして、皆さん方に本気で抵抗して貰うために、既に組み込み済みでござんす。
つまり、今この時より、武装精霊はデスゲーム化したってことでござんすね。故にゆめゆめお気をつけくだせぇ。うっかり精霊力をゼロになったり、武装化してない時にしてあっしらに殺されたら、現実でも死にやすからね」」




