Scene31『蠱毒のようなギルド』
「ともかく、これで全員揃ったな? それでは緊急会議を始めよう」
我流羅が本格的に喧嘩を始めようとする直前で、鳳凰はそう宣言した。
「チッ。んだってんだぁ」
剣呑な気配を出している本人以外が鳳凰の言葉に従って安い挑発に応じなくなったため、近くの空席に荒々しく座る我流羅。
するとその背後に、いつの間に入ってきたのか白ゴスロリな少女が控える。
「へっおせぇよぉ」
チラッと前髪をぱっつんとさせた姫カットなその白ゴスを見た我流羅は、なぜか急に上機嫌になり出す。
意味の分からない変化だったが、無駄に場をかき乱す存在が大人しくなったチャンスを逃す手はない。
「今日、皆に目的も告げずに集まって貰ったのには訳がある。先程から気になっているであろう私の隣にいる人物の話だ」
鳳凰の説明に、カナタによって散らされていた視線が再び尊に集まる。
思わずびくっとしてしまった尊だったが、それでもなんとか会釈した。若干のぎこちなさがあるが、それが微笑ましさを生むことに繋がり、場を若干和ませた。
しかし、次の言葉に、空気が一変する。
「この子・黒姫尊は我々とは違い、今回の件に直接巻き込まれた形でVRMMO武装精霊。いや、このティターニアワールドにやってきてしまったそうだ」
言っている意味が分からず、騒めき出すギルド長達だったが、鳳凰はそれを手で制する。
「順を追って説明……しよう」
本人に直接語らせようと尊に顔を向けた鳳凰だったが、会釈したまま硬直してしまっている様子を見て自分で語ることにしたようだ。
「QCティターニアにクラッキングが開始された直後、フェンリルは後付けのシステムから乗っ取りを始めていたようだ。皆も知っている専用SNS妖精広場や強制転送。それら以外にも介入を行い、その手は武装量子精霊生成システムにまで及んでいたようだ」
再び騒めき出すギルド長達に鳳凰は頷く。
「そうだ。武装量子精霊の大樹。我々がこの世界に着た直後に実り落とされた場所。そこは今やフェンリルの手に落ち、自動兵器の生産工場として使われてしまっているらしい」
直接見たわけではないため、どうにも言葉に力が欠けていたが、それを固まってはいてもしっかり聞いていた尊がカナタに小声で指示を出す。
「カナタ。僕達が見てきた映像をVRA画面でみんなに」
「了解しました」
巨大な円卓の中央に大型のVRA画面が展開され、この場にいる者達がどの方向から見ても正面に見えるように調整される。
そして、映し出されるのはクリスタルの大樹とそれに実る金色に輝く果実。
「あらら? これは随分と弄られているわね。武霊の代わりに自動兵器の影が見えるわ」
鳳凰の左隣に座っている白衣美人がそんなことを言うと共に、別の大型VRA画面が展開される。
そこには同じ武霊の大樹が映し出されていたが、いくつか違うところがあった。
黄金の果実に影がなく、ただ輝きを放ち、それらが時折落下しては地面で四散し、プレイヤーらしき者達が次々と現れているのだ。
「これが通常の武霊生成並びにプレイヤーの初ログイン時の光景ね。提供された映像から察するに、武霊生成そのものはQCティターニアによって封印されているのじゃないかしら? そもそも生成プロセスにQNが不可欠だから、されてなくても精々自動兵器を生成するぐらいしか使えないでしょうけどね」
白衣美人の説明が終わると共に、通常の大樹のVRA画面が消える。
「少なくとも、敵が武霊を使ってくる可能性は低いのじゃないかしら?」
「ああ。だが、試みられてはいたようだ」
そう言って鳳凰は右隣の尊、正確には彼の膝に乗っているカナタへ顔を向ける。
「彼女はフェンリルによって作り出され掛けた武霊なのだそうだ」
カナタに集まる視線。その余波で尊がビクッとなるが、当の本人は平然というより完全に無視している。
「あくまで作り出され掛けただけで、その直後にQCティターニアが介入し、外に救援を呼ぶために調整され、QN空間に送り出されたそうだ。だが、現状がこうなってしまっていることから理解できるように、その試みは失敗。他のQC領域に到達したところで部分的な領域変更により捕まり、たまたま居合わせた尊に協力を仰ぎ脱出を試みるが、それもギルバート自身の手により阻まれてしまっている」
鳳凰の説明と共に、円卓中央のVRA画面がVRコミュニティサイト仮面舞踏会の中で逃走する様子と、その先で尊に出会い助けられ、契約して脱出を試み、その直前のバラ庭園でギルバートに阻まれ、いたぶられて強制転送させられる一連の流れを所々飛ばしながら映し出されていた。
「助けを呼ぶために調整されているがゆえに、この武霊にはQCティターニアから渡された救援用の情報が封じられている。それによって演算領域が圧迫され、通常の武霊であれば使える精霊魔法が使えなくなっているそうだ。そんな状態でも、手に入れた情報の重要性から私達に届けようと狭間の森を抜けてくれていたのだが……我々のミスでガーディアン系に囚われてしまった。その時にはただ巻き込まれただけのプレイヤーだと判断し、強制転送されているものばかりだと思っていたのだが、こうして無事に我々の下に合流してきてくれたのだ」
言葉だけではあまりにも出来過ぎているように感じられる話だっただろうが、鳳凰の語りに伴って尊の苦闘や地下ダンジョンでの様子も流されたため、それに対して否定的な言動をする者はいなかった。
ただ一人を除いて。
「QCティターニアが救援のために作り出した武霊だぁ? はっ嘘くせぇなぁあ?」
「そうでございやすか。あの子供が、生き残って同盟に合流も果たしてしまっていやすか。いやいや、予定通りに事が進みませんな」
「……誰かさんが予定外な行動をしたからではありませんの?」
「あっははは」
渇いた笑い声をギルバートが上げたのは、ティターニア城謁見の間でのことだった。
「笑ってごまかされましても……こちらはあんまり派手な行動は取れないのですのよ? わかっていらっしゃいますの?」
「いやいや、ギルバートさんはこれでも皆さんの代表でございやすよ? 勿論わかっていますとも」
「だったらちゃんとしてくださいですわ。そもそも、何故本名を名乗っていらっしゃいますの? コードネームをお使いなさいコードネームを!」
ぷりぷりと怒りながら文句を言っているのは、ギルバードの前に展開されているVRA画面に映る姫カットな白ゴス少女。
どこからどうやって通信をしているのか、背景は真っ暗だった。
「コードネームでござんすか? ……あっしはなんでございやしたっけ?」
「『ロキ』でございますわ! わたくしは『ヴァルキューレ』! いいえそもそも、『トール』はどこに行きましたの!? この馬鹿リーダーを一人にして」
「馬鹿とは酷いでございやすよ」
「じゃあ、アホですわ!」
「いや、ですから、一応、あっしはみなさんの代表取締役なんでございやすけどね……」
黄昏るギルバートをひと睨みして黙らした後、白ゴス少女はため息一つ吐き改めて聞く。
「っで、トールは?」
「次の準備でございやすよ」
にやりと楽しそうに笑ったギルバートの視界に、新たなVRA画面が開かれる。
現れたのは青髪青目の少女。
「準備が終わったのです」
淡々とそう口にする少女に、笑みの質が嗜虐性の強いものへと変化した。
「なら、あっしも動くとしましょうかね?」
ほぼ尊の対面に座っている我流羅は、疑惑の目を向けながら円卓の上に足を乗せ組む。
周囲の不快そうな顔に悪びれるどころか楽しそうにニマニマと笑みを浮かべ始め、嘲りの視線を鳳凰に向けると共に語る。
「確かによぉ。てめぇの説明とぉ、映像はそいつの行動をその通りだと示しちゃいるがよぉ。そんなもん今の時代ならいくらでも作れるよなぁ? しかも、奪還作戦の失敗でバラバラになっていた俺らの体制がようやく最再構成できたってタイミングで現れたぁ。色々と偶然が過ぎねぇかぁ? おかしよなぁ?」
言動は人の神経をいちいち逆なでするが、その内容は気に障るからといって無視できるようなものではなかった。
言葉全てを同意したわけではないだろうが、ギルド長達の中に疑惑が生じ始める。
恥ずかしがり屋発動中の尊がそれをいつもより敏感に感じてしまい、それから逃れるために余計に身を縮めてしまう。しかも悪いことに、いや、ある意味では良いことなのだが、尊側に立っている者達が近くにいるため、そこから生じた僅かな安心からゾーン癖が発動しない。
尊がただただ膝の上にいるカナタをぎゅっとしている間も事態は変化する。
「……なにが言いたい?」
鳳凰のその問いに、我流羅は笑みを深める。
「決まってんだろぉ。そいつがフェンリルの工作員じゃねぇかってことだよぉ」
我流羅の予測に、ギルド長達の半分が騒然となる。
残り半分は、侮蔑や呆れの視線を我流羅に向けており、鳳凰も深いため息を吐いた。
「なぜわざわざ混乱を呼ぶようなことをする?」
「あ? なに言ってんだぁ?」
「こういう事態である以上、あまりプレイヤー同士でぶつかり合うことは極力避けたいが、君だけならまだしも君のギルドメンバー達も今の状況下であっても普段と同じ行動を取っているな?」
「はっ? なんのことだぁ?」
「我々が知らないとでも思っているのか? 強盗窃盗脅迫恐喝PK。それらはっきりとした犯罪行為以外にも、行く先々でトラブルを起こし、多くのプレイヤー達に迷惑行為を行っている。今の事態の前から我々になんとかしてくれと泣き付いてくる小規模あるいはソロプレイヤー達が多かった。その悪名を知らない者達はこの場にはいないほどだろう」
「だからなんだってんだぁ? ここにはサイト規約も禁止事項もねぇ。例えなにをしたって、それはただのプレイだろうがぁ」
「なにもないからと言って、なにをしてもいいといことではない。最低限の節度や礼節がなければ、人は人としてあることはできない。」
「っくだらねぇなぁ? ここは仮想世界だぇ?」
「人であるからこそ守り自制しなくてはいけないことがあるということだ。そして、それは例えゲームであろうと、この場が現実の延長線である以上、無法であっていいはずがない」
「はっ! てことはてめぇらが警察機構の代わりになるってのかよぉ? わかってんのかぁ? てめぇらがVR世界の中でいかに信頼を得ている慈善救済保護ギルドだろうとよぉ。そんなことすれば俺らと大して変わらねぇぜぇ?」
「我々は警察になるつもりも、代わりをするつもりもない。困っている人達と放っておけないだけだ」
「余計なお世話だっつうのぉ」
「お前達にとってはそうだろうな。組織として集まってはいるが、全員が全員、好き勝手に動いている。現に、今もほとんどのギルドメンバーは地下ダンジョンに潜っているのではないか? こんな事態だというのに」
「地下ダンジョンが地上より安全だからだろうがよぉ」
「確かにそうかもしれない。だが、本来だったらイベントで使うギルドを決めるはずだった新発見のルートを、奪還作戦中に使い出しているそうだな? しかも、作戦中の持ち場から勝手に離れ、いたずらに被害を拡大させてすらいる」
「知らねぇなぁ」
「貴様はギルド長だろう? なぜメンバーの行動を把握も、抑制もしない?」
「知らねえなぁあ!」
イラつきも隠しもせず、踵を円卓に叩き付ける我流羅。
その態度に鳳凰はため息を吐く。
「貴様のギルドを調べさせて貰った。でぃーきゅーえぬという名前の電子掲示板利用者達の集まりだそうだな?」
「あ? んだてめぇ! 電子ネットワークを馬鹿にしてんのかぁ?」
QNの前身、電子ネットワークは第三次世界大戦時に人類史上最大の電子戦により崩壊している。しかし、その直後に量子コンピュータを使った量子ネットワークが天野歌人から発表され、瞬く間に広まったことにより決定的な混乱は起きずQNに取って代わられている。のだが、崩壊したのはあくまでソフトウェアの部分のみであり、インフラストラクチャーの部分に関してはほぼ無傷で残っていた。それを電子ネットマニアやQN及びナビを信頼しないできなかった者達が再構築し、現在でも細々とだが使われているのだ。
ただ、ナビのサポートのない環境や、利用者の少なさから参入している企業がほぼないことなどによって、セキュリティ面に大きな不安があり、電子ネット全盛期以上に安全面が危惧されている。
それ故に、好んで利用するのは相当の変わり者である証拠だといえた。
なにより、電子ネット時代に人気を誇っていたサイトなどは早々にQNの方に移っているので、わざわざ危険な電子ネットを使う理由はほぼないのだ。だからこその利点を除いて。
「QN全盛期である今の時代にわざわざ利用者の少ない前時代のネットワークを使うのは、個々人の選択であり自由だろう。否定はしない。しかし、使っている目的がQNでは即座に取り締まられるであろう言動の行うためであるのなら、君達の人格を疑わざる得なくなる」
「はっ! そうかよぉ。ごくろうさまぁあ」
「調べた部下が言っていたよ。あの掲示板は、まるで蠱毒。器の中に多数の虫を入れて互いに食い合わせ、最後に生き残った最も生命力の強い一匹を用いて行う呪術のような場所だと。電子ネット時代から受け継がれている様々な悪意を、QN時代になってもそれでも残った者達が自らの悪意を増幅し合い、蓄積し続けているが故に、QNには決して移ることができないだろうと。そして、こうも言っていた。今いるヘビーユーザー達は犯罪者一歩手前か、捕まってないだけで犯罪者とほぼ同じ思考の持ち主ばかりになっている。と。正直に言えば、その報告を聞いた時、いくらなんでも誇張し過ぎだろう。個人的な意見が入りすぎているのでは? と思ってしまったものだが……貴様や他の者達の言動を見ればあながち誇張され過ぎということでもなさそうだ。だからこそ、聞くが……なにが目的だ? 今回の事態の前の行動は、VR法が緩いこの武装精霊なら自分達の悪意を満足させられるかもしれないと思っていたのだろうが、今の言動はなんだ? なんのメリットが貴様達にある?」
鳳凰の問いに我流羅は答えない。
ただ、くだらなそうに笑みを浮かべ、
「必死だなぁ。あれか? つまりてめぇも工作員ってわけだぁ」
「な!」
もはや難癖どころの問題ではない決め付けに、流石の鳳凰も唖然となってしまう。
しかし、それがまずかった。
「つうかよぉ? てめぇらわかってんのかぁ? ここいる連中は全員、高々一か月程度の付き合いだぜぇ? それなのによぉ。ただ同じプレイヤーってだけでなんでなかよしこよしできんだぁ? ありえねぇだろぉ?」
全員の視線が自分に集まっていることを確認した我流羅は、それを固定させるためか両手と足を使ってわざと目立つように飛び上がり、円卓の上に立つ。
「俺が工作員工作員言ってんのはよぉ。これだけの事態だぁ。事前に工作員ぐらい混ぜとくのが自然だろぉ? 内部から情報を手に入れぇ、時には情報をかき乱すぅ。相手がプロの傭兵ならそんなの朝飯前だろうがよぉ。そしてぇ、そういうのは最もあり得ないと思える奴がしているってのがよくある話だろうがぁ。つまり……」
円卓の上を歩きながら語り、そして、尊の前に立つ。
流石の尊もそこまで近付かれたら顔を上げざる得ない。
そして我流羅は、右手の前に冷気を伴った異空間収納を出現させ、そこから青い短槍を取り出し尊に突き付ける。
「このいかにも弱っちいメス餓鬼がぁ、一番怪しいってことだろうがよぉ! それを庇う連中もなぁ!」
「馬鹿な。そんな――」
「なら証拠でもあるおかよぉ!」
否定しようとする鳳凰の言葉を遮り、全員に問うように叫ぶ我流羅。
「誰も彼もが証明すらできねぇ! 誰が敵でぇ、誰が味方かぁ、証明できるもんならしてみろよ糞共がぁあ!」




