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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
31/107

Scene30『臨時ギルド同盟会議』

 「鳳凰? 悪いやけど、至急ギルド長達を集めて。訳はそん時にしゃべるさかい」

 尊から自分達がどうしてティターニアワールドに来たかの話を聞いた八重は、即座に行動に移した。

 「にゃっ! うにゃにゃにゃ!?」

 「え? 猫なんていないわよ」

 通信と書かれた白い紋章魔法を精霊領域で耳に固定しつつどこかに連絡し、同時に尊をお姫様抱っこして高速移動魔法を発動させたのだ。

 結果、急激なG増加に予期していなかった尊は目を白黒させて猫になってしまったのだった。

 八重の足元に電光が生じれば、次の瞬間には百メートルほど前に進んでおり、僅か制動の後に再び電工が走って更に進む。

 もっとも、八重の武霊によって精霊領域保護が発動させられているのか、それほどの辛さを尊は感じてはいない。ただ、地面にいたと思ったら、次の瞬間には壁に張り付いていたり、屋上にいたり、落下中だったりと、まばたきの度に光景が激変してしまえば、なかなか猫から抜け出せないのだ。

 「うにゃー……」

 どれほど移動したのか、尊がぐったりとし始めた頃、気が付けばティターニア塔の崩壊具合が肉眼で辛うじて確認できるまでの距離に来ていた。

 「もうちょいしんぼしいや」

 尊の様子に八重が少し苦笑すると共に、高速移動を止めた。

 ただし、百階近いであろう高層建築物の屋上手前でだ。

 明らかに足が地に着いておらず、なぜか高速移動魔法も発動させない。

 結果、自由落下が始まる。

 「お、落ちるぅうううう!? うにゃあああああ!」

 思わずがっしりと八重の首に抱き着き、余計に怖い高速で流れる隣のビル壁を目撃することになってしまう。

 「ほい、着いた」

 唐突に落下による浮遊感が終わり、八重によってポンポンと背中を叩かれる尊。

 「つ、着いた? えっと、ど、どこにですか?」

 「あれ? 説明してなかったっけ?」

 「あ、安全な場所に行くとだけは聞きましたけど……」

 チラッと、八重の背中越しに下を見ると、天井まである巨大な窓枠があり、砕け僅かに残るガラスが細い柱にくっ付いているだけの状態だった。

 隣を見てもどこにも壁はなく、遠くに見える角も、曲がった先も同じような光景が続いている。

 (あれ? 風の音がしない?)

 風が当たる感覚はなくても、風音はうるさいほどしていたのに、今は全く聞こえない。

 この建物の周囲にも同じような高層ビルが密集して建っているので、強烈なビル風が吹いているはずなのにだ。

 (紋章魔法かな?)

 なんとなくそう思って周囲を探ってみると、壁や天井に緑色の小さな球体が埋め込まれているのが見えた。

 どうやら防風と中に描かれているらしく、それが建物内に吹き込む風を防いでいるようだった。

 (文字の紋章魔法ってことは、元々ここに備え付けられているものじゃなくって、プレイヤーさん達が創った物ってことだよね? なるほど、ここは色々と改修されている場所なんだ)

 そんな風に思っていると、八重が何やらもぞもぞとし始める。

 「そろそろ降りてくれると助かるかな~」

 「ご、ごめんなさい!」

 首に抱き着いたままだったので、ささやかではあっても八重の女性らしい部位と思いっきり密着していることに気付き、尊は慌てて離れようとしてしまう。

 「あ、こら、そんなに慌てたら!」

 八重の警告空しく、上半身が多く倒れ、足だけがしっかり支えられていたため、逆さまになってしまう。直前で、柔らかいなにかが尊の後頭部にぶつかり、それ以上落ちることが防がれる。

 「あらら? 大丈夫?」

 自分の顔を覗き見ながら見知らぬ女性が尊に聞いてきた。

 三つ編みにした自らの髪でカチューシャを作っている少し変わった髪型した鋭い眉にややたれている目が特徴的な美人さんだった。

 「にゃ? は、はい」

 「それはよかった」

 (あ、頭の後ろにや、柔らかい感覚が!? こ、これって、や、やっぱり、お、お)

 若干頭が下になっていることや、溜まりに溜まった疲労度に加え、急激に上がった心拍数によって、

 「ふにゃ~……」

 意識が急激に遠退き、がくんと気を失ってしまう。

 そんな尊に、二人の女性は顔を見合わせるしかない。

 「あらら? どうしたのかしら?」

 「ん~まあ、正常と言うたら正常かしらね?」

 「そういう趣味の子なの?」

 「はあ?」

 互いが尊をどう認識しているか知らない二人は、若干不思議そうな顔になったが、とにもかくにも気絶した子をそのままにしておくはわけにはいかないので尊を運び始めるのだった。




 「うっ?」

 「確認します。起きましたかマスター?」

 「え? あ、うん。もしかして、耐性限界が起きてた?」

 気が付くと見知らぬひび割れた白い天井を見ており、いつものごとくカナタに膝枕されていることにため息を吐く。

 色々と情けない状況で目が覚めたものだと思ったのだ。

 「否定します。疲労度が一定以上を超えていたので、起こさせました」

 覗き込んでくるダークエルフな少女が妙なことを言ったため、銀髪黒目な男の娘は目を瞬かせてしまう。

 「そんなこともできるの?」

 「可能でした」

 「へ? あ、知らなかったのね? まあ、VR体の管理を武霊が一時的に預かっているのなら、それぐらいはできるのは当然かもしれないけど、なんであのタイミングで?」

 「必要でしたので」

 「だった?」

 「ええ」

 (いまいちそうだと思える直前の記憶じゃない気がするけど……カナタがそういうのだからそうなのかな?)

 などと思っていると、ガシャンガシャンと近付く音が聞こえ出した。

 「気分はどうだ?」

 視界の中に白銀の西洋甲冑を着た人物が現れる。

 「鳳凰さん……」

 その人がティターニアワールドに強制転送されて初めて会ったプレイヤーであることに気付いた尊は、少しだけほっとして身体を起こそうとする。

 鳳凰はその動きを手で制した。

 「君のこれまでの事情は八重から聞いた。肉体的な疲労がリセットされていても、もう少しゆっくりした方がいい。強制睡眠だけで全ての精神的疲労が取れるわけではないからな」

 「そうなんですか?」

 てっきりそこら辺も全快すると思っていた尊としてはその話はかなり意外だった。

 「君は症状が出てないのだな? プレイヤーの中には強制睡眠を起こす度に起きている時間が短くなる者達もいるのだよ。特にVR耐性が低い者は顕著にその状態になっている」

 「最大値まで回復してないってことですか……カナタ。僕のVR耐性の数値は変化している?」

 鳳凰が頭上から覗き込んでいるに、一切気にせず自分を見ているカナタに尊はちょっとだけ苦笑しつつ問う。

 「肯定します」

 「そっか、僕も起きている時間が短くなっていたんだ」

 「否定します。逆です」

 「へ? そうなの?」

 「肯定します。マスターは強制睡眠の度にVR耐性の最大値が僅かに上昇しています」

 「……いまいちよくわからない基準だね」

 「同意します。VR耐性システムの情報は開示されていません」

 「まあ、重要なシステムだしね。そこに不正があったら困るだろうし。とりあえず、僕は大丈夫みたいなので」

 そう言って起き上がる尊だったが、なぜか鳳凰はカナタの方に視線を向けたまま固まっていた。

 「……どうしました?」

 立ち上がっても見上げるほどの大きさのある人物に小首を傾げると、鳳凰はようやく尊へと顔を向ける。

 「少し、驚いている」

 「カナタにですか?」

 「いや、君達が通常の武霊とプレイヤーではないことは聞いたが、ここまで違いがあるとは思わなかったものでな。よりナビに近い特別仕様なのだろうか?」

 そんなことを言う鳳凰に尊としてはどう答えたものか困ってしまう。

 (特別仕様ってことは、カナタと普通の武霊さん達ではどこか違うところがあるってことだよね? ん~でも、他の武霊さんを見たことがないからよくわからないし……どんな姿してるんだろう?)

 そう思って、鳳凰を見るが、武装化武器というより防具らしきライオンの意匠が入った大盾はどこにも所持している様子はない。

 (武装化を解いているのかな? だとしたら、鳳凰さんの武霊さんを見れるかも)

 ちょっとワクワクしながら周りを見回し、気付く。

 今いる場所が、巨大な円卓が置かれた大部屋であることと、そこに備え付けられた椅子に様々な恰好年齢人種のプレイヤー達が座っていることにだ。

 しかも、その多くが興味深そうに、あるいは不審そうに尊へ視線を向けている。

 「ふえ?」

 思わず後ろに一歩下がってしまい、壁に背中をぶつけてしまう尊。

 一番近くの席には、二つの空席と、その両隣に着物姿女プレイヤー高城八重となぜか黒いワンピースの上に白衣を羽織っている髪カチューシャ美人がおり、尊の視線に気付いた二人がにこやかに小さく手を振ってくる。

 「え、えっと、この人達は?」

 困るしかない状況下に、逃れるように鳳凰に視線を向けると、あまり尊としては聞きたくないことを言われてしまう。

 「臨時ギルド同盟に参加しているギルド長達だ。もう少しで全員揃うので、済まないがその時に君が持っている情報を皆に伝えてくれないか?」

 こうして、尊は臨時ギルド同盟会議に出ることになったのだった。




 (ど、どうしよう!?)

 鳳凰に促され、八重と挟まれる形で円卓に座ることになった尊に、集まっている百人近いギルド長達の視線が集まる。

 臨時ギルド同盟の実質的リーダーである鳳凰と、プレイヤー全体で僅か十パーセントしかいないRS持ち達のギルド長八重に挟まれた上に、いくつかの理由が尊への関心を強めていた。

 (こ、子供だから注目されているのかな?)

 VRMMO武装精霊において未成年プレイヤーはいることはいるが、金銭的な事情がネックであるため裕福な家庭か特別な事情などがない限り武霊と契約できるわけもなく、その総数は少ないとされているRS持ちより更に少ない。

 特にギルド長ともなれば、システム的サポートが一切ないことも重なってか、たった数人しかいないようだった。

 であるのなら、この状況は仕方ないとも考えられるが、それだけじゃないのはさして思考を挟まずともわかる。

 というより、それが一番尊をどうしようもさせなくしていた。

 (この人達にどの程度説明しているんだろう?)

 なんとなくの雰囲気から察すれば、事情を知っていそうなのは両隣ぐらいだが、二人はなにも言わず、この部屋の唯一の出入り口である観音開きの扉からまだ入ってくる他のギルド長を待っているようだった。

 (位置的考えれば、ここは扉から最も離れた部屋だから、鳳凰さんが同盟のトップで、高城さんと白衣の人がそのサポートをしているってことかな? だとすれば僕が話したことは全部伝わってる?)

 などと悶々と考えてしまう。近くにいるのだから聞けばいいだけの話なのだが、集まっている視線のせいで恥ずかしがり屋が発動中してそんな芸当ができるはずもない。

 かといって、これからするべきことも明言されているため、思考が内に向かう要素もなく、結果、顔を赤らめ俯くことしかできず、なぜか座った際に膝の上に乗っかってきたカナタの後頭部を見詰めることになる。

 (雪のように白い髪だよね。その中から飛び出している琥珀色の鋭い耳もなんともいい感じだし)

 などと現実逃避しながら、なんとなく目の前にある頭を撫で始める。

 (カナタのことだから、こんなことしても反応は返ってこないだろうけど……あ、なんか撫で心地いいな……)

 予想通りカナタは微動だにしない。ただ、変化はあった。

 彼女自身にではなく、尊へと視線を向けていたギルド長達が、右端から順々に目をそらし始めたのだ。

 カナタが視線を向けた場所から。

 後頭部に集中している尊はどちらにも気付いていなかったが、視覚以外で周囲の状況を察している隣の八重はクスリと笑う。

 「尊ちゃんもやけど、武霊ちゃんも大分おもろいわね」

 彼女のつぶやきが耳に入った尊だったが、その意味がよく分からず首を傾げるしかできなかった。

 それからほどなくして、鳳凰が周りを見回し、隣の白衣美人を見る。

 「これで全員か?」

 「あらら? 一人来てないわね」

 「……誰だ?」

 「でぃーきゅーえぬのギルド長よ。確か名前は……」

 頬に人差し指を当てて思い出そうとする白衣美人だったが、名が出てくる前に別のところからその答えが出る。

 「『我流羅(がるら)』だぁ。覚えとけくそ女ぁ」

 そう声を荒げたのは、出入り口から今入ってきたばかりのツンツン頭のプレイヤーだった。

 灰色の革製鎧を身に纏ったその男は、部屋に入るなり立ち止まり、ジロリとギルド長達を見回し、大きく舌打ちする。

 「そろいもそろって雑魚ばかりじゃねぇかぁ。くその役にも立たねぇ。もっとましなのは残ってねぇのかよぉ!」

 現れて直ぐに悪態ばかりを吐く我流羅と名乗ったプレイヤーに、尊は唖然とさせられてしまう。

 少なくとも彼の人生の中で初めて出会うような粗野過ぎる人物だったからだ。

 (ギルバートも言葉が悪かったけど、この人とは全然違う感じがする。なんでだろう?)

 ある意味では同じ類に入りそうなどこか狼を連想させる男を思い出しながら、尊が他のプレイヤー達と同様に我流羅を見ていると、不意に目が合う。

 「なに見てんだぁ!? 殺すぞクソガキぃ」

 などと恫喝された瞬間、尊は理解する。

 (対して怖さを感じない? ああ、そうか、言葉だけなんだこの人。ただ暴力的な言葉を口にしているだけ。ギルバートみたいに現実の暴力が内包しているわけじゃないから、ただただ粗野にしか感じない……のかな?)

 そんな感想を尊が抱いているとは知りもしない我流羅は、目をそらしもしない相手に青筋を立て始める。

 本物の暴力を伴ったギルバートや魔物や自動兵器とのギリギリの戦闘を幾度も行った尊に、もはや薄っぺらい虚勢などさして脅威でもなんでもない。まして、その言葉の先になにもないことを見透かしてしまっていればなおのこと。

 明らかに我流羅の思惑から外れた状態に気付いた一部のギルド長達が失笑し始める。

 「てめぇらあ! 喧嘩売ってんのかぁ!?」

 ターゲットが別の相手に移ると共に、鳳凰がため息を吐き、八重が面白そうに笑い出す。

 「すまないな。あれでも私のギルドに次ぐ勢力を持ったギルド長なのだ」

 「尊ちゃんはほんまにおもろい子ね」

 二人に同時にそんなことを言われ、尊としては困ったように笑みを浮かべるしかできなかった。

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