Scene27『戻って来られた地上にて』
地下一階の天井が吹き飛ぶほどの威力。
エレベーターホールで地上との間の厚さがかなりあったことを見ていたので、尊はなかなか目の前の光景を理解できなかった。
「問います。いつまでその姿勢でいるのですか?」
「え? あ、そうだね」
カナタに指摘されて、ようやく逆さまになっている姿勢から足を下ろして、気付く。
自分の後ろが放射線状に崖ができているのだ。
足の一部に予想と反して宙に浮く感覚を覚えた尊は、慌てて周りを見回すと、周りはクレーターになっていた。
「……よく耐えられたよね」
「回答します。一撃は一撃ですので」
「シールドは細かく繰り返し攻撃された方が魔力消費は激しいって話だったものね。それでも、二つ目のシールドは暫く使えなくなっちゃったけど……とにかく切り抜けられたみたいでよかった」
「肯定します。そして、謝罪します」
「ん?」
「警報装置に気付けなくて申し訳ありませんでした」
「あ~……そういえば、なんで気付けなかったの?」
「回答します。魔物と自動兵器の探知に集中していました」
「なるほど、探知領域は要するに武霊の感覚拡張なわけだから、全てを同時に知るのは負荷が掛かり過ぎるってことだよね?」
「肯定します」
「なら仕方がないよ。あんな小さな機械、攻撃的要素もなかっただろうし、無意識に優先順位を低くしてしまったのは当然だと思うよ?」
「否定します。我が身は、主ミコトを守る盾であり、敵を屠る刃です」
「それは僕が設定した武装化のキーワードだよ?」
「否定します」
「う~ん……カナタってもしかして頑固?」
「不明です。強調します。ただし、私の基礎設定はマスターの影響を多大に受けているはずです」
「どこが似ちゃったんだろうね?」
「不明です」
などとぼんやりと話していると、不意にVRA画面が開かれる。
「カナタ?」
ただ、通常のVRA画面と違い、ただ枠があるだけのものだったため、尊は小首を傾げた。
が、直ぐに気付く。
(あれ? なにか黒い点がない?)
「報告します。探知領域外になにかいます」
そのカナタの言葉と共に、枠だけのVRA画面内が急速に拡大され始め、最初は小さな黒点だったものが形を持つ。
「ハイ・ドラゴンフライ!?」
「肯定します」
蜻蛉型BMRが遥か上空でホバリングしていたのだ。
「領域外の情報もある程度収集できるんだね?」
「肯定します。マスターの感覚も武装化中であれば私と共有されていますので」
「ああ、なるほど、これは僕の視覚を利用しているんだ。って、そんなことより!」
勢いよく起き上がった尊は慌てて周りを見直しなおす。
「あれって偵察も兼ねていたよね!?」
「肯定します。蜻蛉の複眼も模しているため、広い視野を生かした広範囲偵察を得意としています」
「じゃあ、僕達のことを既に発見している可能性が高いよね!?」
「肯定します」
「だとしたら逃げなきゃ! 今の僕達だとノーフェイス一体でも敵わない」
クレーターとなっているため、どこからでも地上へと出られそうだが、かえってそれがどちらに向かうべきか逡巡させてしまう。
「報告します。前方領域外より接近する振動反応を探知」
「なら、後ろに!」
視界の隅に映る赤になってしまっている精霊力ゲージを気にしながら、尊はその場から飛び出しクレーターを駆け上がる。
ぺけさんから得たバランス感覚と領域補助によって瞬く間に地上に出ることができたが、
「精霊領域内に自動兵器が入りました。正体判明。土蜘蛛です」
「うっ!」
地下三階で散々酷い目に遭わされた守蜘蛛のモデルとなったであろう相手の出現に、尊の顔が引きつる。
「数は一機」
「それでも……」
VRA地図上に迫るノーフェイスより大きな赤い光点を確認しながら、敵の来る反対方向に全力疾走するが、その距離は引き離せるどころか徐々に狭まりつつあった。
(やっぱり今の僕の速力じゃ、領域補助でも……せめて、着物姿のプレイヤーさんがやったみたいな高速移動ができれば……ううん。できたとしても、今の精霊力じゃそれも無理か。それに……)
上空を拡大しているVRA画面はまだ展開されており、ハイ・ドラゴンフライも当然ながら存在している。
「レーザーの魔力残量はまだある?」
「不明です」
「わからないの? そういえば、シールドも唐突になくなったものね」
「魔力の存在は感知できますが、紋章魔法に関するデータ不足により正確なことがわかりません」
「でも、一回は確実に撃てるね?」
「肯定します」
「なら、レーザー!」
頭上に向け、光線を放つ。光の速度で前触れなく撃ち出された攻撃をただの自動兵器が避けられるはずもなく、上空で爆発四散した。
「とりあえず、目は潰せたけど……」
変わらずVRA地図上で追尾してくる土蜘蛛の光点に尊は少し迷いを見せたが、不安を振り払うように首を振る。
「バインドネットを使って、足止めするよ」
「了解しました」
立ち止まり、振り返って黒姫黒刀改を正眼に構える。
重武装の歩行戦車に刀などほぼ無意味だが、それでもそうするだけで幾分か心が落ち着く。
立ち止まった場所は十字路の角。
「チャンスは前に土蜘蛛が出てきた一瞬。カナタ、タイミングは任せるよ」
「了解しました」
ほどなくして、足のモーターを動かしているであろう音が聞こえだし、廃ビルで塞がれている土蜘蛛の姿を補完するかのように壁に赤い光点が現れる。
その光点は土蜘蛛の大きさと全く同じにしているのか段々と大きくなり、それに伴ってモーター音も大きくなった。
否応なしに高まる心臓の鼓動に、抑えられなくなる荒い息。VR体リセットが発動していない以上、連戦の影響は少しの休憩で回復するはずもない。
企みが成功しなければ、もはや戦う余力は残されておらず、失敗が許されないとわかるからこそ、尊は別の可能性に気付けなかった。
「警告」
カナタの声と共に、白い網が放出される。ただし、正面ではなく斜め上にだ。
「え?」
前方に集中していたため反応するのに僅かに遅れ、それが致命的な失敗を呼び込んでしまう。
広がったバインドネットが、空中でなにかに接触し丸まった瞬間、爆発が生じ尊の周りが紅蓮に染まる。
精霊力が限界近いためか、生じた衝撃波は完全には相殺されず、真横に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた上に、続く爆風に磔にされてしまう。
(な、なんなの!?)
(事後報告します。遠距離からのミサイル攻撃です)
(み、ミサイル!?)
(肯定します。推測します。ハイ・ドラゴンフライの腹部は機関銃やロケット砲などに換装可能であるため、それを使われた可能性が高いです)
などと説明を受けている間に、爆風が収まった。
唐突に押さえ付ける力がなくなったことにより、尊はうまく受け身をとれずに地面に倒れてしまう。
「くっ! 直ぐに立たないと!」
転がり、両手で地に着き、領域補助も使って飛び上がろうとするが、
「謝罪します。これ以上の補助はできません」
カナタの助けがなかったため、ただ腕立て伏せをするだけに終わってしまう。
しかも、その最悪なタイミングで土蜘蛛は尊の前に姿を現す。
地面を削りながら制止した蜘蛛のBMRは、ガーディアン系と違い漆黒。
それ故に音に反応して思わず顔を上げた尊は、近い距離だったことも併せて守蜘蛛以上の威圧感を感じ、硬直してしまう。
土蜘蛛はそんな尊に容赦なく触肢のような機関銃を向けてくる。
体勢的にも、距離的にも、なによりどこからか狙っているであろうハイ・ドラゴンフライの存在が尊の敗北をどう足掻いても覆せないほど決定的なものにしていた。例え、精霊力にまだ余裕があり、精霊領域補助が使えたとしてもだ。
尊の腕の力が抜ける。
(ごめんカナタ)
(意味不明です)
(そうだね。強制転送されても、まだ終わったわけじゃない。向こうで頑張ってみよう)
思考制御で瞬時にそうやり取りした尊は、苦笑しながら銃弾が撃ち込まれるのを待った。
が、その瞬間は訪れない。
なぜなら、
「あれ? あんさん無事やったんね?」
どこかで聞いたことがある声と共に、尊の前に誰かが着地したからだ。
もっとも新たな人物が登場しようと、土蜘蛛にはなんの関係もないため、二つの銃口が火を噴く。
至近距離からの掃射だったが、
「シールド」
光の壁を展開してあっさり防いだ彼女は、近くで銃撃音が鳴り響いているというのに特に気にした様子も見せず、尊の方に体を向けた。
「あなたは……」
その人物に尊は間違いなく見覚えがある。しかし、名乗られていないため続く言葉に少し困ってしまう。
「そない言えば、名乗ってへんかったわね」
尊の雰囲気で戸惑いの原因を察したらしい目をつぶった着物姿の女性プレイヤーは微笑む。
「うちは『高城 八重』。RS持ち達のギルド『戦の聖人』のナンバーワン。一応のギルド長をしたはる女よ」




