Scene24『下にある恐怖、上に待つ恐怖』
「思ったよりVR耐性限界になるのが早いよね……」
七日目。目が覚めた尊は、ため息交じりに先に目覚めていたであろうカナタに言った。
例の如く膝枕をしていたカナタは小首を傾げる。
「否定します。VR耐性限界は迎えていないと推測されます」
「え? でも、強制睡眠してない?」
「肯定します。強調します。ですが、限界を迎えてではないと推測されます」
「どういうこと?」
「回答します。マスターの長期睡眠タイミングは、強制睡眠の時と、ペケさん戦・守蜘蛛戦の時とでは仕方が違いました。強制睡眠の時は、唐突に身体が動かなくなり、倒れるように。二戦の後の時は、自ら眠りに就いています」
「……その時って、カナタも寝ていない?」
「肯定します。強調します。ただし、寝ている間もある程度の状況把握はしています」
「え? じゃ、じゃあ、さっきのも?」
「肯定します。こうして」
顔を赤らめる尊の頭を撫でるカナタ。
「頭を撫でていました」
尊の真っ赤な顔が更に赤くなるが、当のしているカナタは平然と言葉を続ける。
「続けて推測します。以上のことから、VR耐性のシステムには、一定の数値を下回り、安全が確保されると全開にしようとする仕組みが組み込まれていると推測されます」
「そ、そうなんだ。き、気を付けないとね」
「肯定します」
「う~なんでカナタは平然としてるのさ!」
何故かずっと頭を撫で続けるカナタに尊は耐えられずに叫ぶが、問われた本人は小首を傾げるだけで止める気配を一切見せない。
それは尊が羞恥の限界を感じて転げて逃げるまで続くのだった。
「守蜘蛛は本当にいない?」
「肯定します。少なくとも探知領域内には存在しません」
「よし。じゃあ、行こうか」
カナタからのなでなで攻撃? から少しして武装化した尊は部屋から出た。
右側には下り階段が中央にある円形の空間があり、ハチの巣のような昨日の戦闘の跡が天井などに存在している。
なんとなく近付き、階段にできている穴を覗き込む。
小さな穴だが、少なくとも視認できる距離に弾丸らしきものはない。
直線的な光を当てれば確認できるかもしれないが、そこまでする気にはなれず、代わりのようにため息を吐く。
「守蜘蛛って、あの凄い鳳凰さんや着物の人でも倒せない相手なんだよね?」
「肯定します」
「よく逃げ切れたよね……」
天井にもある数えるのも馬鹿らしくなる無数の弾丸の痕を見て、背筋を寒くする。
「あんなもの普通ならひき肉になっているよ」
「否定します。マスターはそんなことにはなりません」
「うん。カナタのおかげでね」
「肯定します」
ひけらかすわけでもなく、ただ事実を淡々と口にしているという感じのカナタに、尊は苦笑しながら振り返る。
「さあ、できれば今日中に地上に辿り着くよ」
「了解しました」
今日中に地上に、と気合を入れても、早々上手くいかないのが現実というもの。
「マスター。前方に守り人の反応あり」
「うにゃっ! またぁ!?」
カナタの警告に、大慌てで進行方向を右に変える尊。
どうやら地下二階は守り人の配備密度が違うらしく、こうして頻繁に遭遇していた。
幸いなことにカナタの探知領域の方が守り人の索敵力より範囲が広いらしく、今のところ戦闘にならずに済んではいる。
だが、地下二階には更に尊の行く手を阻むものがあった。
「マスター。このまま進むと行き止まりです」
「うにゃー……」
もう猫になるしかないほど邪魔されているのは、黒い根っこだった。
「こう、何度も何度も邪魔されるのはたまったものじゃないよね」
そう言って向けた視線の先には、ひび割れた天井から伸びる細い根。
「しかも……」
黒姫黒刀改を白い鞘からまだ若干のもたつきはあるがすらりと抜いた尊は、垂れている根に斬りかかる。
だが、到達した刃から返ってくるのは、硬質な音と、強い衝撃。
こうなるとわかっていたので加減はしていたが、それでも痺れを感じた尊は顔を顰める。
「切れそうなのに斬れないのは腹立たしいよね」
「確認します。何度挑んでも切れないのになぜ挑むのですか?」
「だって」
ぶーっと口を尖らせながら尊は納刀した。
最初に黒い根に遭遇した時、尊はカナタの通れないという言葉を少し勘違いした。
「こんな根、斬っちゃえば通れるよ」
なんて言って斬り掛かり、思いっ切り手を痛める羽目になった。
「説明します。これは植物の根であって、根ではありません」
「なにそれ? 確かにこんな真っ黒な根っこは初めて見るけど、これどう見ても植物の根だよ?」
「肯定します。違うのは、QCティターニアの加護が掛かっているのです」
「加護? ……直接介入ってこと?」
「肯定します」
「つまり、ナビとしての介入力の違いから武霊では壊せないって感じ?」
「肯定します。これは都市のドームなどにも使われている植物で、守護の大樹と呼ばれているようです」
「だからドームを壊して外に行くって手段が使えないわけだ……はあ、ようやく仮想世界らしいところが出てきたと思ったら、邪魔ものって」
そんなやりとりがあった後も、通路を塞ぐように上から垂れ下がる根や、やたらと遭遇する守り人に流石の尊もちょっとだけイラッとし始めた。ということだった。
ちょっとした八つ当たりをしながらも、尊はそれ以上のことはせずに、地道に危険を避けて前々へと進んで行った。
不幸中の幸いか、守り人以外の魔物の反応には遭遇せず、カナタのナビゲートのおかげで一度も立ち止まらずに済んだ。
そして、二回の探索を始めて三時間後、ようやく上の階へと昇る階段を見付ける。
が、階段を前にして、尊は少しためらうことになった。
「暗いね……」
「肯定します。ライトの紋章魔法の反応がありません」
「上に行けば行くほど壊れている場所が多くなるってことだよね? 地上の様子を考えれば、ただ荒廃しただけってことでもないようだし……都市でなにがあったんだろうね?」
「不明です」
「まあ、そうだろけど……」
腕を組んで、ん~と考え始める尊。
(どうにも真っ暗な上に恐怖を覚えてしまうのは、ペケさんに攫われた経験があるからかな? でも、今回はカナタがちゃんと起きているし、ライトの紋章魔法もあるし……)
そこまで考えて、ため息を吐く。
「要するに、地上で跋扈しているであろう自動兵器達が怖いんだよね」
「確認します。ノーフェイス程度なら、今のマスターであれば勝つことは容易だと推測されますが?」
「……そうかな?」
「肯定します。少なくとも、一対一の状況下でなら勝率は高いです」
「ん~……」
励ましているのだろうが、正直過ぎていまいち元気が出なくて困った感じにしかならない尊だが、それでも太鼓判を押してくれていることには変わらないので、少しだけ気持ちが軽くなったように感じた。
しかし、どこかに引っ掛かりを覚える。
それがよくわからず、腕を組むのを止め、なんとなしに黒姫黒刀改の柄に触れた。
吸い付くように尊の手にまるでそのためにあるかのように馴染む感触。
その感覚に気付いたのは、改になってから暫くしてのこと。
刀の振り方に慣れた為とも尊とは思っていたが、今それが違うと確信を持たせ、なにに引っ掛かりを覚えたのかわからせた。
「カナタ、一対一じゃないよ」
「疑問に思います。意味不明です」
「僕達は常に二人ってこと。カナタが教え、補助してくれるからこそ、僕は勝てるんだ」
尊の言葉に、カナタな少しだけ沈黙した。
「……カナタはマスターの武霊です」
「うん。僕はカナタの武霊使いだよ」
「……肯定します」
若干の戸惑いを感じられるカナタの間に微笑みながら、尊は階段へと一歩踏み出す。
そこに恐怖心はまだあったが、それでも進めるだけの勇気が得られたのだ。
「行こうカナタ」
「はい」




