Scene23『守蜘蛛』
守蜘蛛に銃撃掃射され、逃げ込んだ部屋の中で尊はあたふたと周りを見回してしまう。
「ど、どうしよう!?」
「推奨します。逃げましょう」
「そ、そうだね!」
カナタに促され、立ち上がって通路に出ようとするが、視界には通路全てが真っ赤に映っており、どう考えても出た瞬間にハチの巣にされてしまう。
思わず駆ける寸前の状態で固まってしまう尊の視界に、追い打ちをかけるかのようにVRA地図が展開され、若干いつもより大き目な赤い光点が物凄い速度でこちらに近付いていた。
後十数秒もしない内に目の前に守蜘蛛が現れる。
追い詰められた尊の思考が、瞬間的に現状から逃れるために沈む。
(逃げ道がないなら作ればいい!)
瞬時にそう導き出した尊は、振り返りながら思考制御でカナタに命令する。
(壁に斬撃軌道! 僕が通れる大きさだけでいい!)
尊の視界に振り返り切ると同時に壁に青い線が表示され、身体に掛かっている回転を利用しながらまずは一刀。
横を深く切り裂き、下から斜めに上に切り上げ、上から斜め下に切り下す。
(斥力展開!)
素早く流れる動作で三角形に壁を斬ると同時に、精霊領域に反発力を付与させ、触れずに壁を押し出す。
吹き飛ぶように壁の一部が奥へと消えるのを確認し切る前に、出来上がりつつある壁に飛び込む尊。
若干狭いが、それほど厚い壁でもなかったため、輪抜けのように隣の部屋に転がり出る。
「キーアンロック!」
転がりながら足り上がり、開き始めているドアから飛び出すと同時に、背後から赤い線が出現。
VRA地図上で守蜘蛛が背後に到達している表示があり、尊は背筋を寒くさせる。
(間に合え!)
願いながら尊が右に飛んで倒れると同時に、耳とつんざく破壊音がこの場を支配した。
(壁ごと貫通するなんて! 守って名前返上してよね!)
プレイヤーが勝手に付けた名前だとわかりながらついそう思ってしまうが、直ぐにあることに気付く。
「追撃がない!?」
「回答します。どうやら先程マスターが展開したバインドネットに邪魔されているようです」
「え! チャンス! 走力補助全開!」
「了解」
飛び上がるように起きた尊は、一目散にその場から逃げ出した。
精霊領域補助によって引き上げられた走力によって、守蜘蛛とは違う別の恐怖を味わうことになったが、それでも尊は走る。
それはもう、人生で初と言っていいぐらいに全力で。
しかし、そんな必死をあざ笑うかのように、背後から聞きたくない破壊音が聞こえてきた。
カナタが命じてもいないのにVRA画面で背後の光景を見せ、壁をぶち破りながら通路に出てくる白い巨大な蜘蛛を目撃する。
デカい図体が通路一杯に埋め尽くし、器用に上下に四本ずつ挙げられている足で方向転換する守蜘蛛。
「え? なんで?」
何故か後ろ向きになる守蜘蛛に思わず足を緩めそうになるが、それは失敗だった。
腹部の先端にある穴から太い赤い線が現れたのだ。
脳裏に過るのは、地上で砲撃された全身甲冑のプレイヤー鳳凰。
土蜘蛛の腹部に砲台があるのなら、それをモデルにしたと思われる守蜘蛛のまた同様だった。
ほとんど反射的に前に在った十字路の脇に飛び込む尊。
同時に撃ち出されたが砲弾が、そのまま通路の奥に消え去ってしまう。
かに思えた十字路に差し掛かった瞬間、それは爆発した。
なにが起きたかわからない尊は、爆風に吹き飛ばされ、壁や床に何度も叩き付けられる。
爆炎が消え、わけがわからなくなるほど転がってようやく止まるが、
「警告。追撃行動確認」
休む間もなく次弾が撃ち込まれようとする。
「バインドネット!」
尊は無我夢中で粘着性のある網を通路に展開し、フラフラになりながら立ち上がる。
(爆発と同時に、精霊領域変形展開!)
思考制御の指示と同時に、バインドネットに触れた砲弾が爆発する。
爆風の直撃を受けた尊の身体は木の葉のように吹き飛んでしまう。
しかし、今度はどこにもぶつかることなくまるで飛行しているかのように、通路の真ん中を進んで行く。
尊のイメージを受けて翼のように精霊領域を変化させ、爆発によって荒れ狂う空気をナビの高い演算能力で計算し乗っているのだ。
もっとも、カナタとしても初めて行うことであるため、直ぐに尊の身体がぶれ出し、ほどなくして壁にぶつかって落下する羽目になる。
「謝罪します。申し訳ありません」
「謝らなくていいよ。ここまで飛べれば、十分過ぎるよ」
そう尊が言ったのは、なにもカナタを慰めるためだけではない。
既に上へと続く階段が中央にある空間に到達していたからだ。
八つの通路が集結している平均的な学校の体育館ほどありそうな空間。
その中央に上へと続く横長の直階段があり、天井に二階を覗かせていた。
(守蜘蛛もガーディアン系なら!)
力が抜けそうになる身体を強引に立ち上がらせ、階段に向って歩く。
一歩、二歩、三歩、その度に力が戻り早くなるが、足が一段目に辿り着く直前。
凄まじいモーター音を上げて守蜘蛛が通路から飛び出してきた。
後ろ向きの間抜けな登場だったが、笑うどころか恐怖しか浮かばず、もとよりなりふりなどかまっていなかった尊は倒れるように階段に手を付き、獣のように駆け上がる。
「にゃああああああっ!」
にゃんこ絶叫が響く中、狭い通路から解放された守蜘蛛は小さくジャンプして振り返り、頭部に触覚のように二門ある機関銃を尊に向け、間髪を入れずに銃撃を叩き込む。
銃弾の雨に晒された尊は、既に半ばまで階段を上り切っていたため、下から押される形となって吹き飛び、投げ出されるように二階の床に落ちる。
精霊領域で肉体的ダメージはなくとも、短い時間で揉みくちゃにされ、身体の限界を超えて動いていたが故に、最早動ける体力が残されていない。
しかし、それでも階段から離れようと、強引に腕や上半身を動かし、這いながらその場を離れようとする。
(こ、こんなところで……終われない!)
ギルバートにいたぶられた時、QCティターニアから託された情報、可能性のために破壊してしまったペケさん、色々な記憶が消えては現れ尊を突き動かすが、そんな中でも心に強く残ったのはカナタだった。
必死な尊はその意味を考えられないが、ただ確実に、カナタのことが浮かべば力が――
「報告します。守蜘蛛が離れていきます。あの個体の警備範囲外を出たと推測されます」
強く思った相手から声を掛けられ、尊は一瞬硬直するが、直ぐにへなへなとその場にうつ伏す。
耳で確かに遠ざかる守蜘蛛のモーター音を聞きながら、尊は顔をカーッと赤らめてしまう。
(カナタのことがここまで大きくなっていたなんて……い、一週間近くずっと一緒にいれば当然だよね)
どうにも家族以外を強く思うということに慣れていない年頃の男の娘は、元気があれば悶えたい恥ずかしさを感じてしまうのだった。
体力がある程度回復してから、尊は念のために近くの部屋に閉じ籠った。
「つ、疲れた……もっと身体を鍛えていればよかったよ……」
自分の体力の無さを呪いがら、立っていることすら耐えきれずにへなへなと両足の間にお尻を落として座ってしまう。
「マスター」
「なにカナタ?」
「報告します。寝ます」
「え? あ、うん。お休み」
精霊力が赤いゲージな上にギリギリな状態までに減っていることに気付いた尊は、律儀なカナタに苦笑しながら頷いた。
腰に下げられている鞘・籠手も含めて黒姫黒刀改が白と黒の粒子となり、空中で集まってカナタとなる。
そこまでは良かったが、何故か抱き付くように落ちてきたため、尊は慌てて受け止め、疲れていることも重なって威力を消し切れずに後ろに倒れてしまう。
「だから、なんで僕の上に?」
抗議の声を上げたいが、ペケさん戦の後と同じように寝てしまっているのでこれ以上はなにも言えなくなってしまう。
「……まあ、ギリギリだったし、武装化解除の場所を選べなかったってことかな?」
とりあえずそう納得して、尊は自分の胸の所にあるカナタの後頭部を撫でた。
「とりあえず、お疲れ様カナタ」
そう言うと共に、尊もゆっくり目を閉じ小さな寝息を立て始めたのだった。




