Scene19『黒姫黒刀・改』
三日目。
尊が目を覚ますと、カナタが隣で寄り添うように寝ていた。
「うわっ!」
と驚いて仰け反ると、柔らかい壁があり、若干減り込む。
「や、柔らかい壁で良かった……」
思わずほっと吐息が漏れると、それがカナタの頭に掛かり、少しだけ白い髪を揺らす。
そして、ん? と思う。
(寝ているからかな?)
感じた疑念を確かめるために上半身を起こしてカナタの全体を見てみる。
(なんか、大きくなってない?)
確かめるために足元を合わせて再び寝転がってみると、頭の上で胸ぐらいまでしかなかったカナタの身長が肩に迫るまでになっているのだ。
「ナビって身体も成長するんだ」
てっきり小さい身長のままでいると思っていた尊は、ふと危機感を覚える。
「もしかして、僕の身長を越える。なんてことは……ないよね……」
現時点でもクラスメイトの女子から身長を抜かされている身の上からすると、それはそれで心中複雑な感じになるのだ。
「ま、まあ、僕も成長期だし、僕のパーソナルデータを基にしてこの姿が決まっているのなら、僕と同じぐらいになっても僕よりは大きくならないよね~」
なんて自分に言い聞かせるようにつぶやく。
しかし、脳裏には、実の両親が共に高身長であることと、妹が既に自分より高いことが浮かんでおり、嫌な予感しかしてなかったりする尊だった。
「説明します。精霊力の大幅な増加がありました」
目が覚めたカナタに、身長が伸びたことを教えると、彼女は頷いてそんなことを言った。
「見た目以外もパワーアップしてるの?」
「肯定します」
「お~僕達の努力は無駄じゃなかったってことだね。でも、こんなに早くに成長できるなんて、やっぱり人間とは違うね~」
尊の感心にカナタは首を傾げた。
「修正します。私の成長は、マスターのおかげです」
「そんな謙遜をしなくてもいいんだよ」
などと言って笑う尊に、カナタはそれ以上なにも言わなかった。
成長したとはいえ未成熟なナビに謙遜などできるはずもない。などと専門家でもない尊は知る由もない。
「とりあえず、いこっか」
「了解しました」
頷き合って手を繋ぎ合う。成長したことで近付く間違いなく美少女に分類されるカナタの顔に、自然と顔を赤くしながら尊は唱える。
「共に歩む精霊カナタに、主たる僕が願う。我願いに応え武装せよ!」
「承認しました。我が身、主ミコトを守る盾となり、敵を屠る刃とならん」
「「武装化『黒姫黒刀』!」」
白と黒の粒子に包まれ、散ると共に手にはカナタの代わりに黒い刀が握られているはずだったのだが……ん? っと柄を見る尊。
両手で握ると、少し余る程度の長さであった柄が、二倍ぐらいの長さになっているのだ。それどころか、ただ長くなっているだけではなく、まるでそこになにかをはめろと言わんばかりに五つほど穴が開いている。
しかも、変化はそれだけではない、右腕に肘まである黒く鋭角的な籠手が装着されていた。
それは固く分厚い金属のようなもので構成され、指まで隙間なく覆われているが、手や手首を邪魔なく動かせるようにまるで鱗のように重なっているようだった。
「えっと……これ、どうしちゃったの?」
なんとなく黒姫黒刀から籠手に覆われた手を離し、ワキワキとしながら首を傾げる。
「報告します。武装化が進化しました」
「進化って、ゲームみたいだね……あ、ゲームか」
若干、失念していた部分による状況の変化に、ちょっと尊は苦笑した。
「武装化って防具まで含まれるんだね。ん? じゃあ、もっとカナタが成長すれば、兜とか鎧とかも出てくるの?」
「肯定します」
「それは結構楽しみかも」
デザイン的には嫌いじゃないというより、好きな方の籠手に、思わずニンマリする尊。
「ちなみに、この防具の部分って、精霊領域はどうなっているの?」
「説明します。内側に展開されていますので、攻撃を受けても精霊力が減少することはありません。ただし、防具の性能を越える衝撃を受けた場合や、破壊された場合はその限りではありませんのでご注意ください」
「うん。わかった。でも、壊れた場合ってどうなるの?」
「追加説明します。再度武装化するまで壊れたままです。任意で防具のみを分解再構築は可能ですが、その分だけ精霊力が消費されますのでご注意を」
「そっか……もしかして、防具の性能って、カナタの能力次第で決まるみたいな?」
「肯定します」
「なるほど……あと、黒姫黒刀に追加されているこの柄のはなんなの?」
そう聞きながら、追加された五つの穴あきの部分を触ってみると、音を発てて柄の中に内包される。
さっぱり用途がわからないが、収納された部分を押し込んでみると、引っ込んだ穴あきが出てきたので、とりあえず出し入れは自由なようだった。
尊は特に考えもなく、なんとなくカシャンカシャン穴あきを出し入れしながら、ふと思う。
「これって、紋章魔法がピッタリはまりそうだよね?」
天井に黒姫黒刀を掲げて、穴と埋め込まれている光り輝く紋章魔法を重ねてみる。
少し離れてはいても、穴と玉は重なるように見えた。
「肯定します。それは確かに紋章魔法をはめるための『紋章孔』です」
「紋章孔? 紋章魔法ってそのままじゃ使えないの?」
「解説します。紋章魔法はそのままでも使用可能ですが、紋章孔に嵌めることによって精霊領域を利用した魔法現象の拡張・増幅・多少の変化が可能になります」
「そうなの? 精霊領域ってそんなこともできるんだ……ん?」
思わず感心した尊だったが、ふと思う。
(魔法にも影響を与えられて、物理現象も防ぐことができるのなら、外だけじゃなく内側からの力にも影響を与えられるじゃない?)
そう思った尊は、刀状態のカナタを見る。
「もしかしてだけど、身体能力の補助とかにも精霊領域って応用できない?」
問われたカナタは若干の沈黙の後、ただ一言だけ答える。
「可能です」
「よ~し! 今度こそ行けるよ!」
むふーと鼻息を荒くしてペケさんと対峙する尊。
その身体には淡い光が纏わり付いており、精霊領域がなにかしらの作用を及ぼしていることを示していた。
ペケさんの方は尊の変化に気付いたのか、前日のように駆けるようなことはせず、五歩ほど離れた場所で白い木刀を構える。
(今度は僕からだ!)
昨日、いきなり攻められたことを若干根に持っていたのか、強化されるであろう身体能力で一気に突撃しようとし、足に力を込めた。
その瞬間、床が音を発てて砕ける。
「いっ!?」
予想だにしていなかった現象に、驚いた尊が思わず腕を振り上げ飛び上がってしまう。
本人からしてみれば少し飛び上がる程度の力だったのだが、起きた結果は理解するのに少しの間が必要になるものだった。
「え?」
間の抜けた声と共に尊は自分が宙にぶら下がっていることに気付く。
反射的に上を見ると、がっちり両手で握っている黒姫黒刀は刀身全てが天井に埋もれており、若干斜めに突き刺さっているためか下へと掛かる尊の体重を受け止めてしまっているようだった。
思わずぽか~んとしてしまう尊に、ペケさんはさっと近付き、捕らえて部屋にペイッと投げ捨てていった。
「精霊領域補助をずっと使うのは駄目だね」
「補足します。精霊力の消費も倍増しますので、武装化時間の大幅な減少も起きてしまいます」
「ああ、だから喋らなかったのね。となると、ますます常時使用は危険ってことか……それに、僕自身が補助されている身体に対応し切れてない。まさか床を砕くほどに力が増すとは思わなかったし、あんなに飛び上がるなんてね……」
「解説します。動作補助に伴って、身体に掛かる負荷を低減するために外的要因に対する強度を引き上げました」
「固くしたってこと?」
「肯定します」
「そういえば、そもそも外に対して影響を与えられているわけだしね。ということはさ、外からの影響を防ぐんじゃなくって、逆に増大することもできたりしない?」
「可能です。ですが、意図が不明です」
「うん。例えばさ……精霊領域ってどんな風に展開されているの?」
「回答します。マスターの身体から五ミリメートルほど離れた意思から覆うように展開されています」
「それって範囲を変更できない?」
「可能です」
「じゃあさ、領域を拡張して僕の身長を上げたりとか、腕を増やしたりみたいなことはできる?」
「可能です。強調します。ですが、精霊力消費が今回以上に増大する可能性があります」
「常時使うわけだしね。それに、範囲を拡大すればその分だけ増えるってことでしょ?」
「肯定します」
「ならこれも瞬間的に使えばいいんだよ。例えば投げられた時に羽根みたいに展開して、飛距離を伸ばすとか?」
「理解しました。逃走の時に役に立ちそうです」
「まあ、僕の走力だとその後が続かなそうだけどね。領域補助で走る訓練しないとちょっと怖いし、練習するにしてもこの狭い部屋じゃね……なにをするにしてもペケさんを突破しないと」
「肯定します」
「となると、今まで通りの戦い方で挑むしかないかな? ううん。その延長線上の戦い方ならできるかも」
「確認します。延長線上とは?」
「攻撃や防御の必要な一瞬だけ使うって感じかな? ……正直、どのタイミングですればいいかよくわからないから、ペケさんと戦いながら、そのタイミングを探って行こう」
「了解しました」
尊が習得した歩法。そして、瞬間的に精霊領域によって行われる身体能力補助は、動きながらでも刀を振るえるほどのバランスと力を与えた。
ゆっくりとペケさんと尊は近付き、カナタが素早く予測した攻撃に合わせて、黒姫黒刀改を動かす。
黒と白の刀身が弾け、逸れ、止まる。
勿論、通常の尊の筋力とロボットであるペケさんの力とでは拮抗することすらままならないため、弾ければ黒い刀身は白い刀身より大きく弾かれ、逸れれば大きく逸れ、止まれば直ぐに押された。
補助の時間を長くすれば拮抗状態の維持はできるが、ペケさんの方が大人しくその状態のままでいるわけものあく、支点をずらし尊のバランスを崩すなどして反撃されてしまう。
精霊力を無駄に使わず長く戦い相手の戦い方を盗もうと決めている以上、無駄に精霊力が消費され、攻撃される機会を増やさせてしまうのは得策ではないと考えた尊とカナタは、剣撃戦のみに集中することにした。
当然、最初の数回は尊の防御は簡単に破られ、白い木刀による打撃を受けてしまう。だが、成長したカナタの精霊力はそれまでとは違って一気に半分まで削られることはなかった。
一打撃十分の一。つまり、余裕を持って避難できるのを半分以下になった時点と想定しても、五回は攻撃を受けられることを意味している。
また、追加された装備である右黒籠手による防御も有効だった。
肘まで覆われているということは、その分だけ防御のリーチが増えているということ。刀身だけでなく、右腕も防ぐ要素に加えることができれば、防御能力はその分だけ高まる。
時に右黒籠手でペケさんの攻撃を防ぎ、精霊力が半分を切ればあっさり引いて部屋の中で回復。
それを飽きることなく何度となく繰り返していく内に、徐々に徐々にだが部屋に戻るまでの時間が長くなり、防御の回数が増えていく。
ついには防御すらせずに僅かに避けるだけでペケさんの攻撃を無効化できるようになり始め、三日目、四日目、をそれだけに終始し。
そして、五日目。
尊が目覚めると、隣でカナタが寄り添うように横になっていた。
寝ているわけではなく、パッチリと目を開けて自分のことを見ているため、一瞬ビクッとしてしまう尊だったが、ここ二日同じことをされているため多少は慣れていなくもない。
「お、おはようカナタ」
「おはようございますマスター」
尊の挨拶に、カナタはあいもかわらず無表情無感情に頷いてくる。
(こういうところは変わらないよね……勝手に寄り添ってきたりとか自主性は出てきているけど……)
命じたわけではない行動を取ることは最初に出会った時に比べれば喜ばしいことではあるが、その行動が密着を伴っているというのがなんとも年頃の尊としては恥ずかしくもあった。
(まあ、別に誰かが見ているわけじゃないからいいっちゃいいけど……いいのかな?)
どうにも良心と芽生え始めているなんやらとの葛藤を感じなくもない尊だったが、それを止めるかのように通路から足跡が聞こえてきた。
思わず上半身を起こすと、カナタも続く。
二人が視線を送る中、ペケさんは部屋の前を通り抜けた。
その背中を見送りながら、尊は立ち上がりながら言った。
「今日こそ突破するよ」
同じ言葉を幾度口にしたか。しかし、今日の尊の言葉にはそれまでと違った重さがあった。
その違いに気付いているのかいないのか、カナタはただただ頷き手を差し出す。
「了解しました」
カナタの手を取ると共に、尊は唱える。
「共に歩む精霊カナタに、主たる僕が願う。我願いに応え武装せよ」
「承認しました。我が身、主ミコトを守る盾となり、敵を屠る刃とならん」
「「武装化『黒姫黒刀』」」
尊とカナタの言葉と共に、和風ダークエルフな少女の身体がふわりと浮く。
尊の肩より高く上がると共に、彼女の全身から光と闇が噴き出し始め、握り合う手ごとその奔流に巻き込まれる。
二色の渦の塊となって少女の姿を完全に見えなくさせると共に、弾け、白と黒の粒子となって周囲に四散し、急激な大気の変化によって、白い小部屋の中に突風が巻き起こす。
尊の手の中に現れる、刀身も、柄も、全てが漆黒な全長一メートル以上の日本刀・黒姫黒刀。
まるで黒曜石でできたかのような黒い輝きと、優雅に波打つ波紋によってまるで芸術品かのような刀身を確認しつつ、ふと尊は思う。
「パワーアップしたのに、黒姫黒刀のままってのもなんだよね」
「疑問に思います。そうでしょうか?」
「うん。やっぱりこういう時は、ちょっとでもいいからパワーアップ感が欲しいよ。今更だけど」
「相槌を打ちます。そうですか」
「ん~となると、そんなに大きな違いもないし、『黒姫黒刀・改』かな?」
「了解しました。以降、武装化武器を黒姫黒刀改と改めます」
「うん。じゃあ、行こうか?」
「了解しました」
歩み部屋を抜ける尊。今日こそ口にした言葉を実現するために。




