表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
2/107

Scene1『黒樹尊』

 『黒姫(くろき) (みこと)』は、少し困った性格をしていた。

 とはいっても、他人に迷惑をかけるようなものではなく、主に自分自身の行動を制限してしまうようなもの。つまり、恥ずかしがり屋さんだった。

 彼は今年の春に小学校から進学したばかりの中学一年生。なのだが、入学してから一ヵ月、未だに友達と呼べるような人物がいない。

 そのちょっと自分に困った性格が災いして、クラスメイトに自ら声を掛けることも、声を掛けられてもカーッと顔を赤くしてうつむくことしかできないからだ。

 もっとも、小学生の頃からそんな感じだから、独りぼっちは慣れたものなのでそれはそれで問題ない。

 しかし、ここ最近、進学したというきっかけもあって、これではいけないと一大決心。尊は自分の性格を直す努力をすることにした。

 ただし、いきなり同級生に対してはハードルが高過ぎると考えた彼は、少し変則的な方法でだが。




 学校から帰ってきた尊は、早々に夕食を済ませ、お風呂に入り、歯を磨き、シンプルな黒い寝巻に着替え、生活と勉強に必要な最低限のものしかない簡素な自室のベッドに腰を掛ける。

 その手には大きめなサングラスのような機具。

 これは彼が中学の入学祝に両親から贈られた最新鋭のフルダイブ式VRヘッドディスプレイ『フェアリーギア』。

 『クオンタムコンピュータ』・通称『QC』を創り出した天才科学者・『天野(あまの) 歌人(かじん)』が運営する天野量子研究所製の装置であり、それまでフルフェイスタイプだったVRヘッドディスプレイをただ掛けるだけの機具にまで小型化した優れものだ。

 尊はこれを使って、毎夜毎晩と仮想現実(VR)の世界に潜っている。

 主な目的は恥ずかしがり屋を直すためだが、性格調整の機能がVRにあるわけではないので、成果は芳しくない。

 そのことを自覚している尊は、思わず深いため息を吐いてしまう。

 「なんで駄目なんだろう? やり方間違っているのかな?」

 などと独り言つぶやいて首を傾げる尊だが、無論、間違っているのだろう。

 彼は根本的にわかっていないのだ。自分がなにに対して恥ずかしがっているのかを、なぜそうなってしまっているかを。それらさえわかれば、自ずとどうするべきかの答えが導き出される。かもしれない。

 なんであれ、なにもわかっていない尊は今日も今日とて、VRの世界へ向かうためにフェアリーギアを掛け、ベッドに寝転がる。

 それと共にサングラスのように薄暗く見えていた視界が真っ暗になり、文字が表示される。

 本人確認実行中。

 フレーム内に内蔵されている機器が、尊の身体をスキャンし、現在のデータを取り込みつつ、使用登録されている人物であるか調べている。

 ほどなくして、文字が消え、代わりに桜柄の着物を着たショートヘアの女性の顔が映った。

 「「VR機器の起動接続を確認しました。これより我々『公共ナビ』が、黒姫尊様をナビゲートいたします」」

 そう言って画面中で頭を下げた女性は、人間ではない。

 QCと量子通信技術により構築されているクオンタムネットワーク・通称『QN』を人間の代わりに管理・制御・操作してくれる『量子精霊』と名付けられている存在。

 それが彼女・彼らであり、その役割から一部報道が『クオンタムナビゲーター』と紹介してしまったため、最近では自他共に量子精霊のことを『ナビ』と呼んでいる。

 なお、ナビ達はどこでなにをしているかによって頭に別の言葉が付く。尊の前に現れたナビは、公共ナビと名乗った通り、公共QNを担当しているというわけだ。

 一般人が最もお世話になるナビであり、VR空間のみならず、現在ではQNを介在するあらゆるものに、彼ら彼女らの力が関わっている。

 人ではない上に物心付いた時から接しているからこそ、恥ずかしがり屋な尊もナビ達とは赤面せずに普通に接することができるというわけだ。

 「「VRシステムを起動しますか?」」

 にっこりと微笑んで聞いてくる公共ナビに、尊は少しだけ深呼吸。

 「はい。お願いします」

 「「それではVRシステムを起動します。リラックスしてください」」

 そう言われると共に、尊は急激な眠気に襲われ――




 気が付いた時には、ベッドの上で仰向けになっていた。

 ただし、簡素な自室のではない。

 国民一人一人に割り振られているVR(仮想空間)並びにAR(仮想現実)共通のQNマイルームの中でだ。

 VR空間の中に入ったことを掛けていたフェアリーギアの消失で確認した尊は、上半身を起こしQNマイルームを見回す。

 現実の自室とは違い、QNマイルームには色々と無駄な物が多く置かれ飾られていた。

 漫画がびっしりと置かれた本棚や、ロボットのフィギュア・眼鏡を掛けた可愛らしいクマの人形など、尊の趣味で埋め尽くされたその部屋に、思わず尊はニコニコと笑みを浮かべてしまう。

 尊には男の子の趣味と、女の子の趣味、どちらも好む性質があった。

 それ故に、男の子の趣味を表に出すと母親がよく思わず、逆に女の子の趣味を表に出すと今度は父親がよく思わないなんてことになっており、両方の顔色を立てたが故に、現実の自室はシンプルな物になってしまっているのだ。

 まあ、だからこそ、自分以外は招かない限り入って来られないQNマイルームは趣味全開となっているというわけだが……

 ベッドに置かれている自身と同じぐらいの大きさのクマ人形をぎゅーっとし、勉強机の上に飾られている鋭角的な騎士甲冑のような漆黒のロボットフィギュアを手に取って人形の頭に載せたりする。

 それでなにかが満足したのか、ムフーっと鼻息を鳴らした後、椅子にクマのぬいぐるみを座らせ、うんうんと頷く尊。

 そんな彼の耳に、どこからともなく公共ナビの声が入る。

 「「VR症予防のためにお姿をご確認ください」」

 言葉と共に、飾りっ気のない姿見が尊の前に現れる。

 そこには、さらさらとしたストレートショートの銀髪に、少し大きな目を持った黒い瞳の子供がいた。

 透き通るような白い肌に、薄く血色のいいピンク色の唇。繊細で頭が小さい鼻で、少し丸っこいけど整った輪郭。細い眉と長い睫毛。140センチの身長と35キロぐらいの体重しかない細い身体が身に付けているは、自室でも着ていた黒い寝巻だ。

 本人認証のスキャンをした際に、着ている服装も読み取り、そのままVR空間でも表現されているのだが、その服装は好みではないらしく、ちょっと眉を顰めている。

 「「自己認識脳内反応を確認。VR耐性の規定値レベルをクリア。VR法に従い、あなたのVR空間使用をここに認めます。ようこそ黒姫尊様」」

 承認と同時に姿見が掻き消え、これで自由にQNマイルームから出ることができる。

 だが、このまま外に出るわけにはいかない。仮想であるとはいえ、公共の空間であることには変わらないのだ。

 それにはそれなりの服装というものが必要になる。

 ついでにいうと、今日向かうVRサイトは、特定の服装でないと入れて貰えない所なのだ。

 尊はまたねって感じでぬいぐるみとフィギュアの頭をそれぞれポンポンと叩き、クローゼットへと向かった。




 コミュニティVRサイト・仮面舞踏会。

 そのVR空間は、VR法により現実とほぼ同じ姿でなくてはいけない縛りがある昨今において、珍しく秘匿性の高いサイトとして有名だった。

 まずドレスコードがあり、入るためにはその時間帯に適した服装になっている必要がある。更に、サイト名通りに、口以外を隠す仮面を付けなくてはいけないルールもあった。

 毎夜毎夜開かれる。いや、昼も夜も朝も関係なく開かれ続ける仮面舞踏会は、豪華絢爛。

 中世ヨーロッパの城をイメージした広大な城を舞台に、内部にはいくつもの会場が用意され、それぞれがそれぞれの趣向に凝った催しや、料理・演奏などが用意されている。

 まさしく本来の仮面舞踏会をイメージした会場もあれば、キャビアやフォアグラ・トリュフなどの今では市場に滅多に出回らない料理が出される会場・アニメやドラマに出てきた一シーンを再現した会場・一定の条件(高身長やら高体重など)が掛けられた会場などなど。

 そんなサイトの入り口である巨大な噴水と薔薇がある庭園に、尊は唐突に姿を現した。

 格好はログイン条件であるタキシードであり、口以外を覆う白いマスクを身に付けている。

 のだが、どうにも少年というイメージを抱かせない。精々、男装している少女がいいところ。というのは、本人が気付いたら不本意極まりない話だろう。

 そう、彼は気付いていないのだ。自分が他人に対してどう思われているか、どう見られているのか、むしろ、自分は男らしいとすら若干勘違いしていたりする。

 そんな勘違い男の娘は、薔薇が咲き乱れる庭園を通り、開け放たれている巨大な鉄の扉をくぐって百メートル以上の横幅がある通路に入った所で、丁度近くの会場から出てきたと思われる男性利用者と鉢合わせになった。

 軽く会釈して脇を通り抜けようとする尊に、男性利用者は微笑み掛ける。

 「お嬢さん。どうでしょう私と一曲?」

 などと言われてしまうが、尊としては困惑するしかなかった。

 何故なら、明らかに男性用の格好をしているからだ。それなのにそんな風に声を掛けられるということは、

 (なんでからかうの!)

 と尊は判断してしまい、幼い思考がカーッと頭に血を上らせる。

 「結構です!」

 若干むっとなりながら、早足で声を掛けてきた男性利用者の脇を通り抜ける。

 そして、暫く歩いた所で立ち止まり、顔を俯かせた。

 「このサイトも駄目なのかな?」

 実はこの仮面舞踏会に来る前に、他のコミュニティサイトを幾つか利用していた。のだが、友達を作るどころか、自分を女の子扱いしてからかう連中が多く、恥ずかしがり屋を直すどころではなくなっていたのだ。

 だからこそ色々なサイトを転々として、男女の区別が明確に付くここに辿り着いたのだが、ここでも他のサイトとあんまり変わらない。

 (思えば恥ずかしがり屋になる前から、似たような感じだったよね……)

 男であるはずなのに、女の子として男女共に扱われ、からかわれる幼き日々。

 それでも小学校低学年の頃までは、問題なかった。尊を庇ってくれる幼馴染がいたからだ。

 彼女のおかげで、何度からかわれても人の輪の中に入ることができた。

 だが、両親の仕事の都合で引っ越す前日、別れを言いに彼女の下に向っていた時、尊は聞いてしまう。

 幼馴染の彼女が、いつもからかってくるクラスメイト達に、


 「誰があんな奴を、からかってやっているだけよ!」


 その言葉に、尊は衝撃を受けた。

 まさか彼女が、自分のことをからかっているだなんて夢にも思わなかったのだ。

 それからだ。尊は人前に出るのが恥ずかしくなったのは。

 なにか自分にはからかわれる要素がある。人前に、特に同年代の前に出れば、それでからかわれてしまう。それが恥ずかしい。とても恥ずかしい。

 生じたその思いが、小学校高学年から現在に至るまで、独りぼっちにさせてしまうほどの恥ずかしがり屋な性格を形成させてしまった。

 勿論、尊がからかわれていると思っている大半の出来事は、彼の勘違いだ。

 ただ単に、尊の可愛らしい容姿に好意を抱いた同性異性が、男らしいと勘違いしている尊には真逆の褒め方や接し方をしていた。それだけのこと。とはいえ、その中には幼さが故に無配慮弩直球な言動もあっただろう。

 それが拍車を掛けたのは否めないが、根本的な原因は、自分の容姿的特徴を正しく理解していないことなのだ。もっとも、こればかりは段階的に積み重なった誤認故なので、結果としてこうなるしかなかったと言えるかもしれない。

 尊の両親は、自分の息子の容姿をそれが当たり前だと思い、幼い頃の周りは容姿のことを気にしてもなんでかまでは深く考えない、現在から過去に掛けては人を避けていたため指摘してくれる人がいない。故に気付ける要素がなかった。

 無論、自分の現状を改善しようと、積極的に動き出している以上、その内、否が応でも気付かされるだろう。

 変わる意思があり、変わろうと行動に起こせば、変わらざる得なくなるのは、どんな世界でもどんなことでも同じなのだから。

 例えそれが本人の意図しないことであったとしても……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ