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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
18/107

Scene17『VR耐性限界』

 目を覚ました尊は、寝惚け眼をこすりながら、むにゃむにゃと口を動かす。

 「ん~……もう、朝ぁ?」

 「挨拶します。おはようございますマスター」

 そんな尊の視界にまず入ったのは、カナタの顔だった。

 見下ろしている彼女の顔面は、低い身長も相まってかなり近い。しかも、尊は背中や足に感じる床の感覚とは違う温かみのある柔らかさを後頭部に感じ、とろんとしていた目がバチッと開く。

 「ふにゃ!? ひ、膝枕!?」

 驚き、顔を赤らめ慌てる尊に、小首を傾げるカナタ。

 「疑問提起します。いけませんでしたか?」

 「え? あ、ううん。全然問題ないけど……問題ないけど……」

 物凄く恥ずかしいらしい。が、反面嬉しくも思い、しかし、カナタの身体年齢がどう見ても自分より下である上に、正真正銘生まれたばかりの子なのだ。なんかこう、いけないことをしてしまった的な感覚に襲われなくもなく、結果、尊は彼女の膝からコロンと横に転がって、暫く色々と葛藤しながら顔を両手で覆って悶えることになった。

 その様子を無表情だがどことなく不思議そうな感じでカナタは見ていたが、特になにも言わない。

 ゴロンゴロンと床を転がっていた尊は、唐突に動きを止め、指を僅かに開いてカナタに目線を送る。

 「僕、どれくらい寝ていた?」

 「回答します。五時間三十一分五十七秒です」

 「ふ、普通に寝ている!? いや、そんなことより、時間加速は!?」

 「回答します。止まっていません」

 「そっか……奪還作戦、やっぱり失敗したんだ……でも、どうして?」

 そう口にしながら、尊は顔から手を話し、床に大の字になって深いため息を吐く。

 「ここじゃあなにもわからないか……カナタ。妖精広場は?」

 「確認します。変わらず書き込み不可能状態です」

 「フェンリル側からなにかアクションはあった?」

 「否定します。ありません」

 「……する必要がない。しない方が効果的ってことかな?」

 ぼそっとつぶやいたその言葉に、意味がわからなったのかカナタは首を傾げた。

 もっとも尊はカナタの方に目を向けていなかったので、その仕草を見ておらず、現実をあまり考えたくないためか別のことを考え始める。

 「仮想現実の中で眠れるとは思わなかったな……まあ、VR体とは言っても、仮想空間上では生身と変わらないわけだしね……ログアウトできない状況ならこうなるのは当然ってことかな? ん~……一応、こっちの経過時間と現実時間をVRAで表示してくれる?」

 「了解しました」

 尊の頼みに、カナタはすぐさま文字と数字のみのVRAを展開する。

 現実時間と書かれている横の数字は19:00を示し、TW(ティターニアワールド)時間と書かれている隣に06:00と表示された。

 「現実時間は全然動いていないね。まあ、まだこっちが十一時間しか経っていないんだから当然か……」

 とつぶやいた尊に、カナタは首を横に振るう。

 「訂正します。三十五時間です」

 「はい?」

 カナタの言葉に、思わず固まってしまう尊だったが、直ぐにがばっと起き上がる。

 「いや、だって、さっき五時間ぐらいしか寝てないって言ったよね?」

 「肯定します」

 「じゃあ、なんで一日経っているのさ?」

 「説明します。マスターはほぼ一日素振りをしていたからです」

 「え? そう……だっけ?」

 疑問符でいっぱいになる尊に、カナタはことなげに頷きつつ、VRA画面を複数展開し、一時間ごとの尊の様子を映し出す。

 「……本当だ」

 AM11:00も、PM21:00も、どの時間を見てもずっと素振りをしている姿を見せつけられ、納得せざるを得ない尊だが、どうにも釈然としないようだった。

 どうやら時間を忘れるほど素振りに没頭していたらしい。

 ある意味、驚くべきことなのだが、尊が着眼したのはそこではなかった。

 「……なんか、倒れるように寝ては直ぐに起きるを繰り返しているように見えるけど?」

 「肯定します」

 「…………なにこれ?」

 ほとんど覚えていないことの出来事なので、若干不気味ささえ覚える自分の行動にそう言うしかない。

 そんな尊にカナタは小首を傾げつつ、

 「説明します。『VR体リセット』が働いたと推測されます」

 「VR体リセット? それって、VR空間に利用者がダイブする時にされる同期だよね? 現実の身体とVR体の。授業で習ったよ」

 「肯定します」

 「じゃあ、なんで五時間も眠る長い睡眠があるの? VR体リセットで身体は現実の起きた状態に戻っているんでしょ?」

 「不明です」

 「武霊であるカナタでもわからないか……」

 「強調します。ただ、なんらかのシステムが働いたことは確認できています」

 「そうなの? ゲームシステム? それともこの世界の?」

 「否定します。どちらでもありません。VR体の基礎システムだと推測されます」

 「ん? VR体って、その利用者が所属する国のQCが構築しているんだったよね?」

 「肯定します。例外を示します。ただし、ティターニアワールド内では一時的に契約武霊がその維持を代行しています」

 「それって……この世界がVR空間内に完全再現された異世界だから?」

 「解説します。通常のVR体は、その人物が所属する国のQCによって管理維持されています。ですが、異世界としてQC内にて再現されているティターニアワールド内には、通常のQCとは違う理が生じ、物理法則の再現度も高いため、通常のVR空間以上に存在演算が必要になります。そのため、通常の一機一ナビが同時並列的に管理維持するには負担が大き過ぎるため、その管理維持は部分的に武霊が代行しています」

 「VRMMO武装精霊で、武装量子精霊が必要なのって、そういう理由もあるんだ……ん? ってことは物理法則に沿ってないVRデータはそもそも具現化できない?」

 「肯定します」

 「ならほとんどのデータは持ち込めそうにないね……って、そうじゃなくって」

 ついつい脱線してしまった思考を元に戻すために首をブンブンと横に振り、寝ながら腕を組んでうんうんと考え出す。

 「VR体リセットじゃないVR体の基礎システムが働いた。でも、それを僕達が知らないってことは通常は使われないシステムってことだよね? そして、僕達は今、通常では使われていないシステムの只中にいる。つまり、時間加速化。ログアウト不能……ああ、そういうことか」

 「確認します。そういうこととは?」

 「うん。多分だけど、VR体リセットは身体を現実と同じ状態に戻せても、心や記憶まではできないんだよ。詳しい原理は知らないけど、VR空間にダイブしている時って、その人とVR体はリンクした状態にあって、脳はQNを通じて同調拡張させられているという話だったよね。テレビの教養番組でやっていた話だと、近代に開発されたサイボーグ技術の延長線上の技術だったような?」

 「捕捉します。外部脳補助システム。このシステムを利用してQNに仮想頭脳を構築し、休眠状態になっている脳の一部を代行させることによって、現実の身体が寝ている状態でありながらVR内では起きている状態で活動できるようにしています。VR体が現実の身体と全く同じだからこそできる仕組みであり、元々は脳を欠損した患者の治療法として確立されたサイボーグ治療を、転用・発展させたのがVR技術・VR体だそうです」

 「うん。それは授業でも習ったかな? つまり、VRダイブ中の人は、VR機器によって現実の身体を眠った状態にし、夢を見ている状態にさせつつ、VR体の中で意識を覚醒させている。眠っている脳機能の代わりをVR体が行っているというわけでしょ? だからVR空間の中で動き回っても、現実の身体は動かない。そして、VR空間からログアウトする時、VR装置はVR体の中に刻まれていた記録を記憶として現実の身体に送っている。勿論、全部が全部VR体で記憶しているわけじゃないだろうから、ほんの僅かな間の学習。刹那といっていい時間しか掛からない。だからこそ、誰も気付けてない、気にせずVR世界からダイブアウトできる」

 「肯定します。確認します。ですが、それとVR体リセットではない睡眠と何の関係があるのでしょう?」

 「VR体は現実の身体と同じである以上、寝ることも可能だってことだよ。でも、普通、こっちで寝た場合は強制的にログアウトされる。VR空間が通常の時間で流れていれば……多分だけど、VR装置の学習機能は、VR空間と現実世界の時間の流れが同一であることを前提に作られているんじゃないかな? 僕達が知らないってことはそういうことじゃない?」

 「納得します。なるほど、普通のQCは時間加速システムが必要ない。だからこそ、それらにアクセスするために使われているVR装置には、時間加速に対応させる必要がない、そもそも想定しないっということでしょうか?」

 「勿論、本来の異世界疑似創造計画のために、時間加速に対応させている装置が存在していた可能性もあるけどね。でも、そんな特殊な装置でここにログインしている人がいるとは思えないし。なにより、僕達が今ここで経験していることは、一時間を一年にしたというギルバートの言葉を信じるのなら、単純計算で三百六十五日×二十四時間=八千七百六十倍の経験をしているってことだよね? そんな経験を普通の装置が学習させるとなれば、どれだけの時間が掛かるか……それに加えて、きっとVR体の基礎システムは、現実の身体とVR体との意識の格差が危険視している。VR空間内の時間加速を確認。VR体と現実体の意識格差によるVR症の発病を防ぐために、一時的にログアウトをロックしました。ナビもしくは所定の操作により、時間加速を停止させた後に、再びログアウトを試みてください。とメッセージが出たこともその証明と言えるよね。そして、それは同時に、時間加速を止めなければ僕達が使っているVR装置は正しく学習機能が作動するって解釈もできる」

 「危惧します。しかしそれでは、今の状態で外部から強制的にログアウトさせられれば、なんらかのVR症が発病する可能性があるということになりませんか?」

 「うん。たしか、記憶の齟齬によるVR症発症を抑えるために、VR法によって全ての記憶が正しく引き継がれるまでログアウト。この場合はダイブアウトかな? できない仕様になっているって聞いたことがあるよ。そして、VR法はそういう事以外にも対応出来るようにある仕組みを組み込ませている」

 「答えます。VR耐性ですね?」

 「うん。VR症予防のために作られた現実と仮想の認識度、VR症になり難さを表した数値がVR耐性だったよね。厳密にはどんな基準で決められているか知らないけど、これが高ければ高いほどVR空間に長くいることができ、百が平均で、それ以上であれば普通にVRを使っても問題なく、二百を超えると長時間使用しても問題ないとされているはずだよね?」

 「肯定します。補足します。そして、数値はVR空間にいるだけで減り続け、ゼロになると通常は強制ログアウトさせられます」

 「でも、今は時間加速化によりそれができない。だからVRシステムは、緊急保護として強制的にVR体を眠らせ、記憶の整理・精神の安定化を図らせ、VR耐性の数値を正常値まで戻させた。たしか、睡眠にはそういう意味と効果があるって聞いたことがあるよ」

 「肯定します。私たちナビもその理由で眠ります」

 「睡眠ってゲーム仕様じゃなかったんだ」

 「解説します。精霊力は情報操作力つまり、私達のナビの情報処理限界を表しています。なにかしらの情報処理を行う度に私達の中には情報が溜まり、一度情報を整理しなくては自己崩壊を起こしかねないほどまでに蓄積されてしまうのです」

 「それって一生変わらないの?」

 「否定します。私達自身の成長・経験に伴い、それらの処理はより効率的になります」

 「そっか、だから鳳凰さん達はあんな派手な魔法を使っても武装化が解けなかったんだね」

 「肯定します。初期値の私と、彼らは比べ物にならないぐらいの精霊力を持っていると推測されます」

 「なるほど……まあ、とにかく、僕が長く寝てしまった理由は、つまるところVR耐性限界を迎えての緊急措置。武霊が精霊力切れを起こした時に起きる強制睡眠と同じってことだね」

 「理解しました」

 「……でね。このことって他の人達も知らないと思う?」

 「推測します。可能性は高いです」

 「でも、システムとして存在している以上、知っている人はいるよね?」

 「肯定します」

 「そう考えると、ギルバートが妖精広場を書き込み禁止にしたり、二回もわざわざ強制通信してきた意図が見えてくるよ」

 「考察します。……妖精広場を書き込み禁止にしたのはプレイヤー同士の横の繋がりを断つと共に、VR耐性限界による強制睡眠の情報をプレイヤー間に伝達させないためでしょうか?」

 「うん。多分、VRシステムのことを詳しい人なら、強制睡眠を起こした人を見れば、僕達と同じように気付く人もいると思うんだよね。中学生である僕ですら辿り着けるんだからね」

 「不明です。私はマスター以外知りませんので」

 「生まれたばかりだものね」

 「肯定します。続けます。そして、二回の通信は……時間調整でしょうか?」

 「うん。僕もそう思う」

 「披露します。VR耐性の数値が減る速度は、個人個人違いがありますが、基本的にVR耐性が高ければ高いほど緩やかになり、必要とされるVR耐性の数値が高いVR空間ほど現実世界と乖離した法則が存在し、減る速度も速くなります。それはつまり、VRにダイブしている者が普段とは違うことを体験することによって掛かるストレスもVR耐性の減少に関わっていると推測させます」

 「VR症のほとんどは精神病だって言うからね。そう考えれば、立て続けに極度のストレス。ありえないとされているQCクラッキング・できるとは知らなかった時間加速化・逃れられなくなったログアウト不能・直接的な脅威である自動兵器の投入。まあ、これは勝てると思わせて、一カ所にプレイヤーさん達を誘導する意味もありそうかな? 簡単に勝てれば奪還作戦を促進できるだろうからね。もっとも、そんなことをしなくても鳳凰さん達の口ぶりからすれば奪還作戦は直ぐに実行されていただろうけど……どちらにせよ。フェンリルの思惑通りに事が運んで、多分、プレイヤーさん達は強制睡眠を利用されて大敗してると思う」

 「考察します。全滅の可能性もあるのでは?」

 「……どうだろう? ただ全滅させるだけなら、もっと簡単な方法があったと思うんだよね向こうは本物の兵器のデータを持ってるわけだから、大量破壊兵器を使えば一発で全滅させられる。なのに、わざわざ自動兵器を差し向けた。それ自体に罠という意図があったとは思うけど……もしかしたら、その裏に別の意図がある気がするかな?」

 「確認します。別の意図ですか?」

 「うん。今思うと、というか、ペケさんと戦って分かったけど、地上で遭遇した自動兵器さん達って動きがとても単調だったよね?」

 「肯定します。ただ重火器を使っているだけでした」

 「なんでだと思う?」

 「回答します。ナビの管理下に置かれていなかったからでは?」

 「だよね。自動兵器が本格的に使われ始めた頃は人が使っていたって話だけど、今は全部ナビさん達がしている。つまり、ナビさん用に調整されている自動兵器を、人が操るノウハウはほとんど存在していないってこと。でも、ないってだけで、これから作ることはできる」

 「確認します。マスターはそれをフェンリルがプレイヤー達を使って成そうとしていると考えているのですか?」

 「多分……状況的に考えればそうだって思うんだけど……理由がよくわからないかな? ううん。そもそも、フェンリルの目的ってなんだろう? 一民間軍事会社が異世界疑似創造のためだけに造られたQCを乗っ取ってなんの意味がある? 国のQCを乗っ取るんだったらまだわかるよ。国家を人質に取れるわけだからね。管理下にある自動兵器を使えば一国だって支配下における」

 「考察します。だからこそなのでは?」

 「だからこそ? どういう意味?」

 「語ります。通常の天野式QCは常時QNによって他国のQCと繋がっています。それはつまり、互いのことを常に観測しているということに他なりません。そんな状態でQCを乗っ取る新技術を使えば、例え一基を乗っ取ることができても即座に他国のQCによって反撃を受けます」

 「そっか、QCティターニアは国のQCじゃないから他のQCとの繋がりは薄いし、VR体の管理も一時的に武霊がしてしまっているし、なにより異世界疑似創造の専用機だから汎用性が低く一番クラッキングがし易い」

 「肯定します。また、時間加速化もできることもQCティターニアにした理由なのではないかと」

 「そういえば、地上は廃墟って感じになってたものね。ううん。それだけじゃない、異世界を一からシミュレートしたってことは、ここまでなるのに時間加速化を使えなければできないことだよね。勿論、データ上のことだから他のQCにも同じことができるだろうけど、QCティターニアのように時間加速化を前提にしているわけじゃないだろうから、簡単に都合のいい隔絶ができるわけじゃない。って感じかな?」

 「肯定します。そして、QCティターニアを完全に乗っ取ってしまえば、新技術用のQCに改造することも可能だと推測されます」

 「ということは……ネズミ算式に世界中のQCが乗っ取られる!?」

 あまりの結論に、尊はカバッと上半身を起こしてカナタを見た。

 見られた本人はなにを思ったか大きく頷き、

 「肯定します。そして、それはフェンリルによる世界征服の完了を意味します」

 とんでもない結論を口にした。

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