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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
17/107

Scene16『長い一日の終わり』

 尊が地上の心配をしている頃、プレイヤー達による奪還作戦は早くも佳境を迎えようとしていた。

 ティターニア城に至る塔の各所で穴が開き、煙が猛然と吹き出し、地上ではあちらこちらで廃ビルが倒壊し同じように煙が立ち上っている。

 ただし、それを起こしたであろう戦闘はどこにも起きてなく、周囲の惨状を引き起こした自動兵器達は既にガラクタと化して地上や塔の中に散乱し、それを行ったであろうプレイヤー達は固唾をのんで塔の頂上へと視線を向けている者がほとんどだった。




 塔の最上階、二つの螺旋階段が繋がり、広い円形空間がある場所に、ティターニア城へと繋がる巨大なT字階段が存在していた。

 上には妖精や見たことがない動植物が描かれた豪華絢爛な城の内部が見えるが、プレイヤー達はそこに駆け上らずにその場に集結している。

 「……おかしい」

 プレイヤー達の先頭に立ち、上を警戒している全身甲冑こと鳳凰。

 その高い防御力を持って矢面に立ち、後続のプレイヤー達を守りながら突撃するのに十分な人数が集まるのを待っているのだが……

 「抵抗が弱過ぎる」

 鳳凰のつぶやきに、周りにいた者達が顔を見合わせる。

 この場にいる者達は、盾を持った乙女が描かれたローブを纏っており、盾の乙女団ギルドメンバーであることを示しているが、部下であってもその言葉に疑問を覚えたのだ。

 ここに来るまで、立ち塞がったノーフェイスを始めとする自動兵器の数は万を超える。塔内部でさえこれなのだ。外を合わせればその数は果たしてどれほどなのか、場合によっては十万のプレイヤーと同等かそれ以上である可能性が高い。

 それなのに団長は抵抗が激しくないと口にする。

 疑問はあるが、それを口にしていいものか? そんな雰囲気を察してか、鳳凰は周囲を見る。

 この場でも先程まで戦闘は行われており、銃火器を持たノーフェイスや土蜘蛛の残骸が転がっていた。

 「自動兵器は現実で世界各国の軍が主力として使っているものだ。なのに、ただの集まっただけの集団戦闘すらまともにできない我々が圧倒した。ここまで来るのに何分掛かった? 精霊領域に任せて高速移動魔法で強引に突破したとは言っても、たったの三十分だ。ウィッチ&ナイトのグランドクエストの攻略には同規模のプレイヤーが一週間、場合によっては、一ヵ月もかけてクリアするのにだ。勿論、状況やゲームでないということも大きく関わっているだろう。現実の都合で途中退場するプレイヤーもいなければ、システム的制約もない。それが私達に味方して、一気に此処まで進ませたとも考えられるが……こんなものなのか現実の軍隊というものは?」

 その疑念は、この場にいるプレイヤー達全員が抱いているものだった。

 魔法を併用しながら登ったとはいえ、一時間も経たずにここまでたどり着けたのは、相対する自動兵器達の動きが単調だったからだ。

 敵が現れれば装備している銃火器で銃撃。

 ただそれだけ。

 連携もなにもなく、時折、フレンドリーファイアまで引き起こしているよう始末だ。

 そんなことを起こす自動兵器など誰も聞いたことない。

 しかし、その原因を思い当たらないほど知識に疎いものはこの場にはいなかった。とは言っても、ある程度の推測はできる。

 「やはり、フェンリル側にはナビがいないのか?」

 現在の自動兵器は人ではなくナビの管理によって動く。そして、自動兵器の本格的な登場は、ナビより少し早いだけであり、人が管理していた時代はほんのわずかだった。

 だからこそ、人による自動兵器の運用ノウハウは培われておらず、なによりナビ用に自動兵器を調整した方がより性能を発揮できる。

 実際にナビ達によって操られた自動兵器が、人の管理下に置かれた自動兵器を圧倒し、世界大戦を終わらせた実績すらあるのだ。

 そんなナビが運用している自動兵器を、例え魔法を使えてゲームで戦いに慣れているプレイヤー達であっても苦戦しないどころかあっさり倒せてしまえるなどどう考えてもあり得ず、鳳凰の疑問の答えを明瞭に出しているといえた。

 だが、そうなると別の疑問も出てくる。

 「ナビがいないのなら、どうやってQCティターニアのクラッキングを行っている? いや、そもそも、なぜなんの対策も立てていない? ……この先になにかあるのか?」

 「あらへんよ」

 鳳凰の誰に対して問い掛けているかわからない疑問に答える声が上から降ってきた。

 少し遅れて、ティターニア城側からなにから落ちてくる。

 「ノーフェイスばっかやったね」

 などと言いながら着地したのは、着物姿の女プレイヤーだった。

 「うちのもんに露払いさせとるけど……正直、うちらだけでなんとかなりそうやね」

 どこかつまらなそうにため息を吐く着物女だったが、直ぐに顔を曇らす。

 「ただ」

 「ただ?」

 「どうにも嫌な予感がしはるわね。手応えがなさすぎる」

 「……大規模な悪戯だったのだろうか?」

 鳳凰がプレイヤー達の間に流れている一つの可能性を口にしたが、着物女は首を横に振ってそれを否定する。

 「自動兵器の詳細データは、各国軍が完全に管理しとるわ。ノーフェイスだけなら一般にも流通しとるから使えんこともないやろうけど、土蜘蛛を始めとする一般流通しとらんものまであるのはありえへんわ」

 「しかし、他のVRゲームの中にも自動兵器は登場するぞ?」

 「この世界でゲーム用のVRデータが具現化できるんか?」

 「……無理だな。ティターニアワールドで求められる物理法則率は現実とほぼ同じでなければならない」

 「それは実証済みなんやろ?」

 「ああ、私がウィッチ&ナイトから持ち込んだ騎士甲冑は使えなかったからな」

 「そないいえば、最初に出会った時は中身やったね?」

 ニヤッと笑う着物女に、鳳凰はため息を吐く。

 「忘れろ」

 「いや、忘れろって無理やろ? あれは」

 「とにかく、確かにゲーム用に造られた自動兵器は、外見だけをリアルに作って中身はそのVR空間のゲームシステムで構築していることも多いという話を聞いたことがある」

 「となれば、少なくとも相手は実際の兵器のデータを持てる立場にある連中ってことになるやろ? PMScsって自称に信憑性が出てくると思いまへん?」

 「しかし、そうだとしたら、あまりにもお粗末すぎないか?」

 「そやね。まあ、あれこれ不安があっても、現状、警戒しながら奪還を続けるしかないんじゃおまへん?」

 「そう……だな」

 順調すぎることへの警戒感を抱けても、それがあまりにも見えないために歯痒さに近い感覚に晒され、重苦しい沈黙が場を支配し始めた。

 その時、それは始まった。

 「……そないいえば、後続はまだ? うちはそれを確認に来たんよ」

 着物女の問いに、振り返る鳳凰だったが、途中で動きが止まる。

 何故なら、視界に入った団員の一人がなんの前触れもなく倒れたのだ。

 「どうした!?」

 鳳凰が慌てて掛けよると、他の団員がカバーするように四方を警戒するように取り囲む。

 「ほーよく訓練されとるね」

 思わず着物女が感心した声を上げるが、そんなずれた言葉に耳を傾けている状況ではなくなる。

 何故なら、カバーに入った団員達の中からも一人、二人と、唐突に倒れるものが出たからだ。

 「なんだ!? なにが起きている!」

 あまりの事態に思わず叫んでしまう鳳凰だったが、事態はそれだけでは済まない。

 ここで戦力が集まるのを待っていたのは、高速移動魔法を使えるプレイヤーの数がそう多くなく、ここは都市にある高層ビルより遥かに高い空を覆う天井に到達するほどの高さだったからだ。足で駆け上がるには辛すぎ、なにより時間が掛かってしまう。

 それ故に、高速移動が使え、なおかつ大量の人を同時に運べるなにかしらの魔法を持っている者達によってピストン運搬が行われていたのだが……

 「ほ、報告します!」

 螺旋階段から慌てた様子で盾の乙女団の団員がたった一人だけ飛び出してきた。

 着地と同時に倒れている団員を見たのか、一瞬硬直するが直ぐにはっとなる。

 「後続のプレイヤー達の中にも意識不明になる者達が続出! また、地上にて同じ現象が起きていることも地上班から連絡がきています!」

 一瞬、直前の沈黙とは違う、思考停止の静寂がこの場を支配した。

 ただ、鳳凰だけが報告にきた団員に顔を向け、問う。

 「起こすことは試みたか?」

 「はい。強く刺激を与えても無理でした」

 「なにか異常な症状は出ているか?」

 「身体機能に影響はなく、ただ眠っているような状態になっています」

 顔をこの場で倒れている者達に向ける。確かに彼らも小さな寝息を立てているだけで、それと同じ状態に見える。

 「原因は?」

 「不明です」

 「化学兵器を使われた可能性は?」

 「全員精霊領域を展開中でした」

 「そうか……」

 精霊領域はVR体に害なす全てを拒絶する武装精霊用の保護システムだ。その影響は例え気体であっても及び、ありとあらゆるものからプレイヤーを守る。

 それは一ヵ月だけとはいえ、様々なことを調べ検証したトッププレイヤー達であるからこそ実感を伴って確信を持てているものだ。

 だからこそ、上がった報告の脅威度の高さから真偽を疑っている場合ではないはずなのに疑ってしまう。

 しかし、この場にいる者達も、最前線であるがために常時精霊領域を展開していたのを鳳凰自身が確認している。

 「そ」

 それは本当か? とわかっていながら出てしまいそうになった言葉を鳳凰は盾を握る手にぐっと力を入れ耐え、盾の乙女団団長としての思考を優先させる。

 「被害は拡大しているのか?」

 「はい。今なお意識不明者は増大中と報告が上がっています」

 「塔を登っていた者達は?」

 「既に半数近くが」

 「っく。こちらより割合が多いな。数が限られているとはいえ連絡班をここにも配置するべきだったか? この違いはなんだ?」

 思わず出てしまった疑問に拍車をかける言葉が別方向から伝えられる。

 「うちんとこのメンバーには意識不明者は出とらんね?」

 鳳凰が団員と話している間、着物女は右手を耳に当てており、そこから爆発や金属音などの戦闘音が僅かに漏れ出している。

 「どないする? うちらだけで奪還作戦を継続するか?」

 その疑問に、鳳凰は即座に首を横に振った。

 「いや、直ぐに撤退する。これだけ済むとは思えない。一斉に全プレイヤーが同じ状況にならないということは、これは布石だ。次が(・・)確実にある」

 「わかった」

 頷くと共に着物女は足に電光を溜め、ティターニア城へと戻っていく。

 「こちらも撤退する。未知の攻撃である以上、我々もいつ意識を失うかわからない。既に倒れている者達を保護しつつ、早急に安全な場所まで引き換えす。急げ!」

 命令を下しながら、鳳凰は既に状況は手遅れとなっていることを理解していた。




 そして、プレイヤー達は大敗した。




 地上での出来事を全く知る手段がない尊は、少しの休憩を挟んで刀の振り方の習得に挑んでいた。

 「少しずれてる?」

 「肯定します」

 尊はこれまで特に武道とかを習ってきたわけではないので、一から全てを学ばなくてはならない。

 リビングストーンを斬り飛ばせたのは、相手が突撃という単純な行動しかしてことなかったことと、上段斬りとの相性が良かっただけのこと。

 つまり、たまたまなのだ。

 そのことを改めて自覚した尊は、刀の振り方を身に付けようとカナタが展開するVRAを駆使して素振りを繰り返していた。

 幸いなことに、QNと断絶された状態であっても既に十分な資料は手に入れている。

 ある意味、不幸なことだといえるが、戦闘のプロであるギルバートの刀の振り方をだ。

 VRサイト仮面舞踏会の薔薇庭園にて、ギルバートは尊をいたぶるために様々な振り方を使っていた。

 それが剣術の全てだとはいえないだろうが、そこはカナタのナビとしての能力が補足してくる。

 ギルバートとの体格の修正は勿論、筋力差による力加減などなど、尊の身体で再現できる形に変えた。

 尊はそれを、リビングストーン戦でやったように自分とギルバートの映像を視覚内に表示し、仮想斬撃軌道も加えて、その二つが重なるように素振りする。

 ただし、今回はより理解し易いように横からの映像だけではなく、上・斜め・背後・正面と多角的にあらゆる方向からのものにしており、僅かなずれすら容認しないように試みていた。

 上段からの振り下ろし、中段からの突き、下段からの振り上げ、ギルバートが見せた振り方を全て真似し、ただただ無心で繰り返す。

 「えいっ! やっ! とおっ! そりゃっ!」

 時折ドアの外にペケさんが通ったりする中、尊の女の子のような可愛らしい掛け声だけが白い小部屋の中に虚しく響く。

 「えいっ! やっ! と……」

 休むことなく繰り返す中、最初は表情豊かに掛け声をしていた尊だったが、段々と表情がなくなり、その内、声すら出さなくなってきた。

 それでも素振りだけは止めずに続けており、空を切る音だけがこの場を支配し始める。

 どうやら尊は一度集中し始めるとそれだけに没頭する性質らしく、これが思考逃避のゾーン癖を成り立たせている一因のようだった。

 なにより今は漠然とした不安感がある上に、事の進行を全く知り得ない状況下にあるのだ。

 逃げたくなる心が常にどこかにあるが故に、切っ掛けさえあれば直ぐに入ってしまうほどなり易くなっていたといえる。

 そして、それは大きく尊を手助けし始めた。

 ただ黙々とそれだけを繰り返し続ける尊の素振りは、最初はカナタが加工したギルバートの映像と大きくずれる場所が多々あった。

 横切りをすれば、振り切った時には上に下にと大幅にずれ、斬り上げをすれば目標の高さまで届かない。

 最初は力が入っていても、振り切る頃にはへにゃへにゃとなってしまう。

 身体に無駄に力が入り、刀の重さと遠心力により引っ張られ、グラグラと身体が揺れる。

 幼い見た目通りのままごと剣術といえ、遠目から見れば遊んでいるようにしか見えないさんたんたるものだった。

 しかし、休みなく振り続けていく内に、その動きは徐々に徐々に映像の中のギルバートと重なり出す。

 とはいえ、平凡より劣る中学生の身体だ。

 振れば降るほど体への負荷は如実に表れ、汗は吹き出し、息も荒くなり、合い始めていた動きも再び大きくずれ始めてしまう。

 それでも止めない尊は、ついには刀を持ち上げることすらできなくなり、ふらふらとなってパタリとその場に倒れてしまった。

 うつ伏せにピクリとも動かなくなった尊に、その手の中のカナタが僅かに震える。

 「マスター?」

 カナタの精霊領域を震わせた疑似音声に尊は応えない。

 とはいえ、カナタは慌てない。何故なら彼女の感覚は主が意識を失うかのように寝てしまったことを知覚していたからだ。

 よくよく注意すれば、小さな寝息を尊は立てている。

 VR体は情報のみで構成されているとはいえ、生身の身体と変わらない。動き続ければ当然疲労感を感じてしまい、故に疲労が蓄積され過ぎれは倒れるように寝てしまうのは自然なことだった。

 本来なら、こうなってしまえば強制的にログアウトされ、現実の身体もそのまま寝たままになる。

 しかし、ログアウト不能の状態では、そのままただ眠るだけ。

 ただ、ここは現実ではなく仮想現実の世界だ。

 VR体がいかに現実の身体を忠実に再現しているとはいえ、その全てが同一な現象を起こすというわけではない。

 例えばこの眠り。

 通常、現実の睡眠は身体と脳を休める行為であるため、数時間の睡眠が必要になるが、VR体においてはその必要はない。

 そもそもVR体は、ログインする度に現実の身体のデータに同期される。

 現実との乖離によりVR症が発生する一因となっているため、それを回避するための措置の一つだ。

 そして、そのシステムは、例えログアウト不能な状態になっていても生きていた。

 意識を失った瞬間、現実の疲弊していない身体・正確にはログイン直前に記録した身体データへと同期され、瞬時に可能な限りの調整が行われ、疲労程度なら直ぐに掻き消える。

 結果、現実ではありえない現象が起きた。

 眠ってしまった要素が取り除かれた尊は、カナタの問い掛けからほどなくして、むくりと起き上がった。

 本来ならこの時点で疑問符を抱きそうなものだが、僅かな意識の途切れあったためか、没頭モードは継続中らしく、すぐさま素振りを再開し始める。

 疲労が無くなったことによるその振り方は、寝落ちする前より更に良くなっていた。そしてそれは、一振り一振り繰り返す度に加速度的に良くなっていき……再び疲弊して倒れるように寝てしまう。

 幾度となく眠っては直ぐに起きを繰り返し、不意に長い眠りに就いた。

 尊のが知る由もないが、その眠りは地上で多くのプレイヤー達に起こった現象と同じものであり、異変を感じたカナタが武装化を解いて身体を揺すっても目覚める気配のないものだった。




 こうして、仮想現実内の長い一日は終わりを迎える。

 何一つ解決せず、事態が悪化し続けながら。

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