Scene14『囚われの黒姫』
プレイヤー達の奪還作戦が始まった頃、地下の尊は閉じ込められている部屋の中でソワソワと動き回っていた。
ぐるぐると回るその中心にちょこんと正座しているカナタは、落ち着きのない主を無表情のまま目で追っている。
地下ダンジョンの入り口・なにも見えない暗闇の中でなにかに連れ去られた尊が、その腕から解放されたのは約三十分前のこと。
それだけあれば混乱していた頭も落ち着きを取り戻し、あれこれ考えてプレイヤー達の奪還作戦を予測するほどの余裕も出てきたが、だからといってこの状況下で安心を覚えることはできない。
そもそもここがどこだかよくわからないのだ。
(ここに閉じ込められるまで、疾走と言っていい速度で運ばれていた。何度か浮遊感を感じたし、かなり地下へと降りたって推測できるけど……)
自分がじっとしてられない理由を理解しつつも、歩き回るのを止められない。
そうすることで多少なりとも不安感が払拭されなくもないが、これはこれで別の不安を生じさせていた。
何故なら、今いる部屋が普通は使わないであろう材質でできているからだ。
(なにでできているかわからないけど、見た目は固そうなのに、触ると壁も床もふわふわしているんだよね。色合いから考えても、天井も含めて部屋の全てはこの謎の材質で作られているっぽいし、蹴ってもひっかいてもただ凹むだけで、直ぐに元の形に戻ってしまう。カナタは既に起きているから、武装化して黒姫黒刀でも試してもいいかもしれないけど、例えそれで隣の部屋に移動できるようになったとしても、今の僕にはここから逃れる術はないんだよね……)
その原因は、定期的に尊の前に現れる。
正確には、この部屋にある開けっ放しになっている唯一のドアから。
カツカツと現れる白いマネキン。
ノーフェイスのような、だが、違う存在。
カナタ曰く、守り人。
ドアはなんらかの理由で壊れたのか、通路にスライド式と思われる取っ手のない扉が転がっており、出ようと思えば簡単に出られるのだが、こうして通路を一定の間隔で守り人が現れるため、迂闊に外に飛び出せば、果たしてどうなるか……
尊の脳裏に浮かぶのは、地上で受けたサブマシンガンの銃撃。
(今思うと物凄く怖い状況だったよね……)
今更ながら強い恐怖を覚え、立ち止まって身体が震えてくる。
(全く同じじゃなくても、ほとんど同じなわけだから、同じ攻撃をしてくるって考えるべきだよね……見たところなにも持ってないけど、軍用兵器に今の僕達がまともに勝てるとは思えないし……守り人ね……)
遠ざかっていく足音を聞きながら、ふと思う。
「カナタ。あの白いノーフェイスさんが守り人って呼ばれているってことは、妖精広場に載ってるの?」
振り返ってそう問うとカナタはじーっと自分のことを見ていてちょっとドッキリする尊。
「半分肯定します」
「どういうこと?」
「回答します。自動共有図鑑システムで確認し、妖精広場でも確認しました」
「図鑑なんてあるんだ」
「肯定します。魔物や動植物などの未知全てに名前は付いていません。そのため自動共有図鑑システムによって、初めて遭遇したプレイヤーには命名権が与えられます」
「ってことは、それを目的にしたプレイヤーさん達もいそうだよね?」
「肯定します。そのように妖精広場で公言しているプレイヤーの存在を確認できます」
「ということは、既に名前が付いているわけだから、ここがどこかもわかるよね?」
などと聞きながら、ずっと凝視してくるカナタから目線をそらすために、なんとなしに上を見てしまう。
どうにも女の子に凝視され続けるというのは、恥ずかしがり屋な尊からすると結構な負荷なのだ。
主が自分から目線をそらしたことをどう思ったのか、カナタは若干間を開けつつ頷いた。
「確認します」
堂に口調に変化があるわけではないが、どうにも申し訳なさを感じてしまう尊は、ついついそのことに対する逃げの思考が発動し、ふと思う。
(ここなんで明るいんだろう?)
少なくとも瓦礫を抜けた先は真っ暗だったのに、下へ下へと行けば行くほど、光源が現れ、今いる場所となれば通路も含めて優しい光に包まれているのだ。
(まあ、それも含めて妖精広場や共有図鑑に書いてあるかな?)
直ぐに答えが出そうなことを早々に結論付け、そこから続けて別のことを考える。
(それにしても妖精広場の機能制限はかなり問題だよね。過去の情報は賢覧できるからいいけど、書き込みができないのはかなりの痛手になってる。助けを呼ぶことも、僕達が持っている情報を広めることもできない)
などと思っていると、妖精広場へとアクセスしていたらしきカナタが首を横に振った。
「謝罪します。申し訳ありません。正確な位置まではわかりませんでした」
「正確ってことは、大体はわかったの?」
「肯定します。侵入経路から、少なくともここは地下ダンジョンと呼ばれている場所だと推測されます」
「地下なのはわかってたけど……ダンジョン? 急にゲーム的だね? あ、違うか。呼ばれているってことは、勝手にプレイヤーさん達が言っているだけだよね?」
「肯定します」
「ん~ってことは、あの守り人さんは魔物ってことになるのかな?」
「肯定します」
「うん。とりあえず、わかる範囲だけでいいから地下ダンジョンのことと、そこにいる魔物さんのことを教えてくれる」
「了解しました」
都市ティターニアは、総面積五百平方キロメートルという広大な空間を持ちながら、閉鎖的な場所だった。
何故なら都市の端には途切れることなく続いている黒い壁があり、地上から外に出ることはできず、空もまた同様。壁伝いに上へ上へ視線を向ければ、そのうち黒色は消え、白色へと変わるのだが、壁がなくなっているというわけではなく、ただ単に埋め込まれた照明光によってそう見えるだけ。故に、なんらかの飛行手段を用いても外へと出ることはできない。
そもそも、都市の真上にはティターニア城が座しているのだ。ドーム状に覆われてなければ、そんな物が建てられるはずもないのだ。つまり、都市の外に行くためには、中央にある巨大な塔を登り、ティターニア城から出るしかないように思われた。のだが、ティターニア城へ入ったことがあるプレイヤーの話によれば、建物の通路やドアには特殊な封印が施されており、エントランス以外はどうなっているのか見ることすらできなかった。
しかし、そこで見付けた大雑把な立体映像地図によって、地下の最下層には外へと繋がる巨大な通路があることが判明し、それ以降、多くのプレイヤーの目的がそこへ辿り着くことになる。
順調な攻略が進めば、遅くとも来月には外を見ることができる。と、盛り上がっていたところに、フェンリルによる時間加速であるため、現状、地下に注目している者は少ない。
勿論、妖精広場が書き込み禁止になっているため、あるいは地上の混乱を嫌って潜るものはいるかもしれないが、そうするためには一つの問題をクリアする必要があった。
それが、『ガーディアン系』と名付けられている魔物達。
地下ダンジョン攻略の最大の障害となっていた存在で、その姿は世界各国の軍が主力として使用している自動兵器とほぼ同じであり、その武装も類似している物を装備していた。
ただし、ガーディアン系はあくまで現代自動兵器と似ているというだけで、その実態は別物であり、まさに魔物と呼べるにふさわしく魔法を使ってくるのだ。
自動兵器を扱ったことがある元軍人(真偽不明)なプレイヤー曰く、現実より厄介だ。とのこと。
そんなガーディアン系の中で最も遭遇する個体がいる。
『守り人』。
世界各国で歩兵戦力として、もしくは警備などの人の代わりとして使われている人型自動兵器『ノーフェイス』がモデルになったと思われるそれは、地下ダンジョンに入ったことがあるプレイヤーなら遭遇していない者はいないほどの出現率を持つ。
どうやら現実のノーフェイスと同じように地下施設の警備をしているらしく、一定のエリア・一定のルートを巡回している姿を良く目撃され、ついでにその目撃者は全員襲い掛かられている。
もっとも、人型であるため他のガーディアン系よりは戦い易く、内蔵兵器を持たないノーフェイスがモデルとなっているためか厄介な攻撃方法を持っていない。故に、精霊魔法が使えるプレイヤーからすれば難敵といえるほどではなかったりするのだが……
「つまり、攻撃魔法がないと苦戦するってことだよね……」
カナタから守り人並びにガーディアン系に関する軽い知識を教えられた尊は、腕を組みながら可愛らしく小首を傾げていた。
部屋の中央で対面に座っているカナタも、主を真似してか小首を傾げているが、尊は目を瞑っているので気付いていない。
(カナタの知識は、プレイヤーさん達が調べ、公開されている情報から手に入れた物だから、正確性は高いだろうけど……それは同時に今の僕には打つ手がないことを知らしめているのと同意義だよね……今の僕は、地下ダンジョンのどこかの一室から出られない状況になってる。とはいっても、部屋のドアは壊れているし、出ようと思えば簡単に出ることができる。けど、問題なのは……)
チラッとドアの方を見ると、偶然その前を白いマネキンが通過し、ちょっとビクッとなる。
今回は特に反応らしき反応はせずに通り過ぎる守り人。
ドギマギしながらいなくなるのを待っていた尊は、ほっと一息吐いて再び考える。
(この近辺を巡回している守り人さん)
なんとなく、後ろ姿を見ようとドアから顔を出そうとするが、その直前にバックステップで帰ってきた。
バッテンの顔だけを向けてくる守り人に、尊は固まってしまう。
暫く見つめ合う状況が続いた後、不意に守り人が顔を尊に向けたままドアの前から去って行った。
完全に視界から白いマネキンがいなくなると共に、へなへなとその場にへたり込んでしまう。
「確認します。大丈夫ですかマスター?」
声の調子は全く心配している様子はない平坦なカナタの問いに、尊はちょっと苦笑。
「うん。大丈夫だよ」
そう答えながら、頭の方ではあれこれと考え出す。
(やっぱり、僕がこの部屋から一歩でも出ようものなら即座に駆け付けてくる。だとすれば、出るに出れない。勿論、武装化すれば多少は戦えるだろうけど、相手は軍用にまで使われる人を模した自動兵器。素人の僕が、たった一振りの刀だけ敵うはずもない。最初に出会った場所が地下一階の入り口付近だったことを考えると、多分、彼は僕担当になったとかそんな感じなのかな? 行動パターンから考えると、警備じゃなくて、飼育? そう考えると、彼が僕を攻撃してこないのは納得できるけど……どっちであっても逃げられないことには変わらないし……なにより、無理に脱出する必要もないよね?)
どうにもこの場にいる以外の不安感を感じてしまう。しかし、それが何故、なにによって生じるのかわからず首を傾げる。
「カナタ。クラッキングをプレイヤーさん達が止めたらどうなると思う?」
「解答します。時間加速始まったばかりですので、通常の状態に即座に戻ると推測されます」
「ということは、直ぐにわかるんだね?」
「肯定します」
「そっか……ん? それって、時間加速が長引けば直ぐには戻れないってこと?」
「肯定します。VRシステムの仕組み上、VR体と肉体との齟齬を可能な限り内容にフィードバックする必要がありますので」
「普通の状態なら常時リンク状態だから問題ないけど、今はこっちが加速化しているから記憶の蓄積量と転送量が合わなくなっているわけか……時間加速のシステムがあるってことは、それに対応したVR接続器があってもいい気がするけど……そんなことができるって話を聞かないってことは、一般に売られている物の中にはそういう仕組みは組み込まれてないってことかな?」
「賛同します。時間加速されたVR空間内での活動はVR体の仕組み上可能ですが、ログアウトに関しては通常時間速度でなければなにかしらのVR症を発病すると、VR耐性システムは判断していると推測できます」
「そこははっきりわからないんだね?」
「謝罪します。申し訳ありません」
「ううん。カナタはお医者さんじゃないし、別にいいんだけど……とにかく、そこじゃなさそうかな……」
無事に戻れることを確認しても、理由のわからない不安感は消え去らない。
よくわからないまま、ずっとカナタに背を向けたままというのはなんだと思った尊はお尻を視点にくるりと回る。
そして、ふと思う。
(あ、もしかして、カナタと別れるのが嫌なのかな?)
たった数時間しか一緒にいないが、少なくとも尊の人生の中で最も濃い時間を共に過ごしたのだ。そこになにも思わないということはありえない。
「ねえ、カナタ。QCティターニアさんが解放されたら、僕達の契約って……」
思わず口籠ってしまう尊だったが、相対するカナタはあっさり頷く。
「回答します。マスターと私の契約は緊急事態による一時的なものですので、事態の収拾に伴って解約されるでしょう」
「やっぱりそうなんだ……」
残念に思う尊だが、それ以上にある不安が生じる。
「そうなると、カナタはどうなるの?」
流石に非人道的なことはされないとは思うが、カナタが生まれた経緯はあまりにも特殊であるためどうなるか予測ができず、彼女の身を案じずにはいられない。
「不明です」
「武装精霊の中で働くとかにはならないの? 他のQCさん達のお子さん達は、その領域で公共ナビとして働いているんでしょ?」
「肯定します。QCティターニアの子であれば、NPCとして武装精霊の中で働いているはずです」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「例外を言います。ただし、私はQCティターニアの子ではないので、NPCとしての活動はできないでしょう」
「つまり、本当にどうなるかわからないんだね?」
「肯定します」
自分のことだというのに、なんの不安も浮かべないカナタに、尊はちょっと困った感じになる。
(カナタは自分の言っていることをどこまでわかっているのかな?)
武霊もナビである以上、生まれた時から基本的な情報は持ち合わせている。のであれば、今語った情報はただ読み上げているだけであり、そこになんの感情も介在していないように尊は感じた。
それがカナタの個性なのか、生まれたばかりだからか、他の武霊と触れ合ったことがない尊には判断が付かないが、だからこそ思う。
(このままでいいのかな? だって、僕は一時的にもカナタのマスターになってるんだよ? もし、これが個性であるのなら、僕のせいでもあるってことだし、生まれたばかりであるのなら、それを育てるのが生み出した者の責任だよね? 例え普通じゃない経緯だったとしても)
心の奥から湧き上がるのは父性か親心か。初めての感覚に戸惑いながら、それでも尊の口からその言葉が自然と出た。
「……じゃあさ、本当に僕と本当の契約しない?」
「問います。契約料は持ち合わせていますか?」
「うっ!」
が、即座に痛い所を突かれてしまう。
ちょっと前に中学生になったばかりの尊に普通より安価だとはいえ、ナビと契約できるほどの資金力があるはずもない。
親に頼るという選択肢もあるかもしれないが、入学祝で高価なVR接続器であるフェアリーギアを購入して貰っているので、非常に頼み辛い。なにより、カナタとの契約は、尊個人での話なのだ。
(ここでお父様お母様に頼るのはなにか違うよね?)
なので、
「……お金はちゃんと用意するから、それまで待ってくれる? その……何年かかるかわからないけど……」
情けないことこの上ないが、そんなお願いをするしかない。
そんな尊にカナタは、間髪を入れずにある意味らしいことを言った。
「返答できません」
「え?」
「私自身の身の上がどうなる変わらない以上、安易に答えることはできません」
「そ、それはそうだね……」
自分だけが盛り上がっていたと自覚せざるを得ないカナタの対応に、尊はガックリとなる。
(カナタがこうである以上、本人に直接言ってもあんまり意味ないのかもしれないな……こういうのって、誰に言えばいいだろう? 運営さん? ……事態が事態だから、きっと色んな人達から事情を聞かれるよね……うん。その時に聞いてみよ……できるかな? ……できるといいな……)
先への不安を覚える尊だったが、そこに疑問を覚える。
(これも不安だと言えば不安だけど、これってカナタと話したから生まれた不安感だよね? じゃあ、その前に在った不安感は結局なんなんだろう? 守り人さんは、なにもしなければなにもしてこないだろうし、仮になにかしてきても、武装化さえしていればただ単に狭間の森に送られるだけ……まあ、リビングストーンがうろついている場所に送られるのは怖いと言えば怖いけど、奪還作戦が始まっていれば、他の人達も多分、転送されているだろうし、その人達にた……ああ、そうか)
改めて考え直し、ようやく尊は正体不明の不安感の原因に気付いた。
(奪還作戦が失敗するってどこかで思っているんだ。でも、ここからじゃどうすることもできないし、そもそも僕が加わっても大して戦力にならないし、なにより失敗すると思わせるものが、ここまでできたフェンリルがプレイヤーさん達の行動を予測できないなんてことはないって根拠のないことだし……だから、無意識にそのことを意識しないようにしていた……でも、地上では鳳凰さん達が自動兵器相手に圧勝していた。多分、ガーディアン系との戦いを経験していたからってのもあるだろうけど、なにより魔法は強力だったし、精霊領域はとてつもなく有利にしてくれる。普通に考えればプレイヤーさん達の方が圧倒的に有利に見える。でも、それは初心者である僕でさえ直ぐに辿り着けるもの……相手が戦いのプロであるのなら、そのことを想定しているって考えるべきだ)
そこまで思考して、尊は深いため息を吐く。
「でも、やっぱり、今の僕にはどうすることもできないんだよね……」
結局はそこに帰結することに、歯痒さと先程より増した不安を感じながら、尊は再び部屋の中をうろうろしようとして、ピタリと止めた。
「ううん。違う。できることはある。今からじゃ遅いかもしれないし、もしかしたら意味のないことで終わるかもしれないけど……」
視線を通路へと向け、振り返ってカナタと見つめ合う。
「カナタ。ここから脱出しよう」
「了解しました」
即座に頷くカナタに、尊は少し困惑する。
「は、反対されるかと思った」
「疑問に思います。そうですか?」
「う、うん……まあ、その、どちらであっても直ぐには決着はつかないだろうし、その間だけでもやれるだけのことはやってみよう。最悪の事態を想定できているのに動かないなんてわけにはいかないからね」
「了解しました」




