Scene13『奪還作戦』
「こらはまた派手にやったわね」
呆れたように着物女が言ってため息を吐く。
「近隣に他のギルドの本部はないからな」
などとしれっと言う鳳凰。
二人がいるのは転送球の周りなのだが、それ以外の場所は全て焼け焦げた瓦礫の山となっていた。
どんな魔法を使ったのか、ビルの残骸の中に自動兵器の残骸が入り混じり、二人以外動く気配が一切ない。
「精霊力に余裕はおますん?」
「ああ、地下一階に潜る程度なら問題ないだろう」
「なら早う行きましょ。流石に初心者には『地下ダンジョン』はきついでっしゃろ」
「そうだな……ここからだと……待て? どういうことだ?」
「どないしたん?」
「反応がない」
「え?」
鳳凰に言われて、慌てて着物女もVRA地図を展開するが、確かにそこには他のプレイヤーを指し示す光点が出ていなかった。
「範囲拡大」
鳳凰の指示に武霊が応え、VRA地図の表示範囲が拡大されるが、やはり光点は現れない。
「……深度拡大」
今度はVRA地図を立体化し、地下も表示するようにするが、結果は変わらなかった。
「たった数分で武霊の探知限界外に出るだと? 魔物の反応もない……なにが起きた? ……いや、強制転送されたと考えるのが妥当か」
「そやね。精霊力もギリギリやったようやし」
「貴重な情報源だったのだが……」
「ちびっとは気を配るべきやったわね」
「ああ……とにかく、行こう。そろそろ皆も集まっているはずだ」
「そやな……あんじょういけばええわね」
「いかせるさ。今を逃せば、勝機はない」
VRA地図を消し、二人はその場に炎と雷を残して掻き消えた。
「今頃、奪還作戦が始まってるかも……」
そう言ってタキシード姿の銀髪少女、もとい男の娘な尊が体育座りをしながら深いため息を吐いたのは、十畳ほどの白い部屋の中だった。
「疑問を口にします。奪還作戦とは?」
その隣にはコスプレ着物を着たものの見事にダークエルフ少女・カナタがちょこんと正座していた。
「鳳凰さんが次がって言ってたから、多分、狭間の森にいるプレイヤーさん達を助け終えたら、フェンリルからQCティターニアを奪還しようとしていただと思うんだよね」
「確認します。その根拠は?」
「QCって確か、外からのクラッキングとかがほとんど不可能なんでしょ?」
「少し訂正します。天野式QCである場合はです」
「うん。普通のQCは普通のPCと変わらないって話だっけ? でも、そんなの今はほとんどないって話だよね? 性能的にも段違いだから作られなくなったってことだよね?」
「同意します」
「で、天野式QCが発表された当時に、世界中のホワイトハッカーに挑ませて全員撃退しているとか、第三次第四次の電子戦でも無敵を誇ってたって授業で習ったよ」
「肯定します。真正面から天野式QCに対抗できるのは、同じ天野式QCのみです」
「真正面からってことは、そうじゃないんだね。今回のことは」
「不明です。詳細はわかりません」
「そうだったね……でも、推測はできるかな? 天野式QCは人格ナビによって運用されているわけじゃない」
「肯定します。人格ナビによってQCは天野式QCしたらしめています」
「QC自体は誰でもってわけでもないけど、比較的簡単に作れるんだよね。で、人格ナビさんがいるかいないかで雲泥の差がでる」
「肯定します」
「つまりさ。人格ナビさんさえどうにかすることができれば、天野式QCでも介入はできるってことなんじゃない?」
「否定します。通常なら不可能です」
「うん。普通なら人格ナビさんは表に出てこないよね。でも、QCティターニアならどうだろう? QCティターニアって元々異世界疑似創造計画のためだけに造られた天野式QCなんだよね?」
「肯定します」
「てことは、QCの演算領域全てをこの異世界ティターニアワールドの維持のために使われている。他のVRゲームと違ってQC内で専用の演算領域を割り振られているわけじゃない。ってことは、他のQCより人格ナビに接触し易いんじゃない?」
「肯定します。QCティターニアの全演算領域はティターニアワールドのために使われているため、人格ナビもこの世界、都市ティターニアの上に存在しているティターニア城にいます」
「都市ティターニア? そういえば、ギルバートもそんなこと言っていたよね? ってことは転送球があったあの廃墟が?」
「肯定します」
「しかも、その上にお城があるの? ……ああ、だから空が白かったんだ。要するに天井があった?」
「肯定します。都市ティターニアは、狭間の森から転送球でやってきたプレイヤーが最初に訪れる場所です。そして、QCティターニアの人格ナビがいるティターニア城の下に作られている総面積五百平方キロメートルの巨大廃墟都市でもあります」
「やっぱり廃墟なんだ」
「注意します。詳しいことは知りません」
「基礎情報だけってこと? 後は自分で調べろってのがこのゲームのスタイルなのかな?」
「不明です。わかりません」
「う~ん。こんな事態じゃなかったら色々と調べて見たかったけど……とにかく、QCの人格ナビがこの世界にいるってことが普通に知れるんだったら、後はギルバートも言っていたようにゲーム化を利用してこの世界に侵入すれば、内部からクラッキングするための枝を伸ばせるってことでしょ? VR体は元々各国のQCが維持管理しているものだしね。そして、接触さえできれば、ギルバートの言う新技術でどうにかできた。ってところかな?」
「推測に賛同します。その通りである可能性は高いです」
「だとすればさ。その枝さえ排除できれば、QCに対するクラッキングを止められるどころか、奪還できるってことでしょ?」
「肯定します」
「しかも、鳳凰さんはフェンリルが持つ戦力を確認してた。そうじゃなきゃあそこで粘る必要は無かったはずだしね。よくわからないけど、魔法で高速移動できるみたいだし、僕を抱えてさっさと逃げればよかったのにそうしなかったのは、多分そういうこと。勿論、相手はプロの傭兵だから、時間が経てば経つほど、魔法に対応されてしまう。そうなる前に、戦力が充実している今だからこそ奪還作戦を実行する必要があるんだ。もっとも、それだけの戦力をどうやって確保するかも問題だけど……盾の乙女団ってネームバリューは凄いしね」
「疑問提起します。それが罠だったのでは?」
「うん。そう思ってたんだけど……思った以上に魔法が凄いみたいだしね。心配し過ぎたかな?」
どんな数になっても瞬く間に破壊してしまう鳳凰達の姿を思い出し、尊は苦笑した。が、直ぐに不安そうな顔になる。
「……でも、本当にギルバートがプロの傭兵なら、この世界のことを事前に調べないなんてことはないと思うんだよね……それもそれで不安に感じるけど……なにかこう違うというか……他になにかあるのかな?」
腕を組んで首を傾げる尊だが、いくらうんうん言ってもそれに思い当たるものが浮かばない。
暫くしてため息と共に考えるのを止めた尊は、だらりを腕を解く。
「どっちにしろ。もう僕達にはなにもできないよ」
そう言って力なく前を見る。
尊達の前には、ドアの無い出入口があり、その向こうに白い通路が見えた。
一見すると直ぐにでも部屋から出れそうに見えるが……
「報告します。来ました」
カナタの言葉に尊はごくりと唾を飲む。
ほどなくして、硬質な靴音が聞こえ出し、それが段々と近付いてくる。
そして、開け放たれた出入り口の前に現れたのは、白いマネキンだった。
洋服店などでディスプレイに使われているような顔のない等身大の白人形のようだが、その身体はよく見ると筋肉が精巧に作られており、一歩進むごとにそれらが正しく動く。
ダビデ像のように筋肉隆々というわけではないので、よく見なければマネキンという印象しか抱けないが、それは確実に人間を模写して作られたロボットであることを窺わせる。
尊はこれに見覚えがある。というより、ついさっきまでこれの色違いに襲われていたりしていた。
「ノーフェイスさ~ん」
マネキンロボットが通り過ぎた後、ぼそっと呟くと、そいつはバックステップで尊の前に戻ってきた。
その凹凸のないが、まるでバッテン印のようにひび割れ壊れた個所がある顔をじーっと向けてくるものだから、見られている方はガチンっと固まってしまう。
暫く睨み合いが続いた後、特になにも起こらず、ふいっと正面を向いたマネキンロボットは歩いて去って行く。
「マスター」
硬直の元凶が去っても固まっている尊に、カナタが声を掛ける。
特に心配しているといった感じではない無感情な声だったが、それでも緊張から解放され、へなへなとなる尊にカナタは言う。
「修正します。あれは『守り人』です」
「そ、そうだったね……」
てっきり心配してくれたのものだとばかり思っていた尊は、ちょっとがっかりしつつ、去って行った自分を攫った犯人・守り人へと壁越しに視線を向けた。
都市ティターニアの上には天井が存在しており、その上にはティターニア城が存在しているらしい。
というのが、現在のプレイヤーの大方の認識だった。
契約した武霊達からもたらされた知識で、その城にはQCティターニアの人格ナビが住んでいるらしいと知ってはいるが、多くの者達の関心はダンジョンのような地下へと向けられ、ほとんどが確認に向わなかった。
勿論、数十万人もプレイヤーがいれば変わり者も出てくるので、ティターニア城に向い、何人かが到達してもいる。
が、その何人かが言うには、辿り着くまでの労力に対してそれに見えあるほどの価値もなく、人格ナビに会えるような構造にもなっていないらしいのだ。
唯一価値がある情報も、最初に訪れた者の手によって公開されてしまっているので、城に至る唯一の道は、プレイヤーからしたら「なんであんの?」とすら思ってしまうような場所だった。
しかし、今、その用もない場所に、十万人近いプレイヤーが集結している。
「は~壮観やわね」
「……見えているのか?」
「見えてへんわよ?」
「……そうか」
「あんまり驚かないんね?」
「他のVRゲームではざらにあることだからな」
「流石に経験者はちゃうわね」
などと会話をしているのは、全身を西洋甲冑で固めた鳳凰と着物を着ている目を瞑った女性プレイヤー。
二人がいる場所は、巨大な塔の前だった。
天井は眩い光源で見ることが叶わないが、その先へと続くように伸びている塔こそが、今のところ発見されているティターニア城に唯一至る道。だからこその集結なのだが……
「しかし、ちょい集まり過ぎではおまへん?」
周りには十万人集まってもまだ余裕がる平坦な場所が広がっているため、狭苦しさは感じないが、問題は塔の方だった。
円柱形で窓すらない横幅百メートルあるその内部は、螺旋階段が側面にあるだけのシンプルな構造であり、中央にはエレベーターシャフトとして存在している空洞が存在している。だが、なにかしらの理由で壊れているのか、かご自体が途中で止まってしまっているため使えない。
「エレベーターが使えればよかったんにね」
「意味のない場所まで復旧させている余裕はなかったからな」
「うちが高速移動魔法の練習がてらに登らなければね~」
「いや、大丈夫だ。私に考えがある」
「ならええやけど……」
などと会話している二人の下に、灰色の革製鎧を身に纏ったツンツン頭の男が周りの人垣を掻き分けながら近付いてきた。
「邪魔だどけオラぁア! 殺すぞぉああぁ!」
周りを無駄に恫喝しながら向かってるその男に、着物女は眉を顰める。
「あれで私の所に次ぐ規模のギルドの長だというのがどうにも信じられないな」
鳳凰も鎧の下で同じように眉をしかめているか、そんなことをつぶやく。
「世の中には色々な人間がおるってことでしょ?」
「確かにギルド長に向かないギルド長もいることだしな」
「そうそう……ってうちんことか?」
「本人がそう思うならそうなのだろうな」
「むっ。そない言い回しはズルいわ。まあ、うちがまともなギルド長かって言うたらせやあらへんと言い切れへんやけど」
「自覚があるだけまだいいさ」
「そやな」
などと会話をしている間に、ツンツン頭は人垣を越え、二人の前にやってきた。
「……どうした?」
なにを言ってくるかわかっているかのような鳳凰の問いに、ツンツン頭は激しく舌打ちをする。
「どうしたもこうしたもねぇ! まだかってんだよぉ!」
「まだだ。伝令手段の構築がまだ終わってない」
「チッ! んなことしねぇでぇさっさと攻め込んじまえばいいじゃねぇかぁ! この数で押しきりゃ瞬殺よぉ瞬殺ぅ」
「そんな単純な相手がこんな大それたことをすると思うのか?」
「はっ! どっちにしろこいつらのほとんど素人だぜぇ?」
「こちらも素人の集まりとはいえ、最低限の連携は取らねば数の優位は生かせない」
「狭い螺旋階段でかよぉ?」
「なにも全員で同時に攻める必要なない。多くは支援に回って貰い、航空戦力や」
鳳凰の説明の途中で、不意に上空で爆発が起きる。
「今のようにミサイルの迎撃などをして貰えば、魔法で空を飛べる者達も一緒に上ることができる。地上も、各地にある転送球から現れた自動兵器が塔にまで現れないように足止めし続けて貰う」
「あぁ!? んだそりゃぁ!」
「……作戦の概要はあらかじめ部形が伝達していたはずだが?」
「知らねぇなぁ」
「やはりシステムに頼らない伝言には不備が生じるな」
鳳凰はため息一つ吐くが、隣では着物女が不審そうな顔をツンツン頭に向けているがなにも言わない。
ツンツン頭がわざととぼけたであろうことがあからさま過ぎ、理由はわからないが意図が見えている以上、わざわざ乗る意味がないので、鳳凰は非を作り、着物女は沈黙したのだ。
今はこの男のふざけに付き合っている場合ではない。
その二人の暗黙で一致した考えに気付いたのか、ツンツン頭はあからさまに深いそうな顔をして舌打ちをする。
当然、そんな態度も無視して、わざわざ既に伝わっているであろう作戦概要を鳳凰は説明し始めた。
「ギルバートからプレゼントと称して送られてきた自動兵器は、ほとんどが放置されている。これから攻め込むことを考えれば、無駄な精霊力の消費は極力避けるべきだからな。なにより、こうして一か所に集まり、防衛に徹すれば効率よく自動兵器を撃退でき、攻防で役割をきっちり分けることができる」
「チッ! だったらぁ、早くしろよなクズがぁ! 精霊力も無限じゃねぇんだぞぉ!」
「善処している。今少し待て」
「はっ! のろまがぁ」
悪態を吐くだけ吐いて、ツンツン頭は人垣の中へ戻って行った。
「あいつ、斬ってええかしら?」
「いいわけないだろ。あれでも貴重な戦力だ」
着物女の怒気をはらんだ言葉に鳳凰はため息を吐きつつ、顔は別の方向に向けられていた。
ツンツン頭。ではなく、その後ろにだ。
「……なにが起きる変わらない以上、少しでも強力なプレイヤーはいた方がいい」
後ろにいるのは、前髪をぱっつんとさせた姫カットな白ゴシックロリータな少女だった。
「あのギルドには不釣り合いなプレイヤーやね?」
「そうだな……」
若干上の空な返答に、着物女は困ったように苦笑した。
年頃が助けられなかった初心者プレイヤーと同じぐらいだったために、つい思い出してしまっているのだろうと悟ったのだ。
「気にするなとは言いまへんけど、気にし過ぎるのもどないと思うわよ? 言い方は悪いけど、所詮やられても狭間の森に閉じ込められるだけやんけ? それかて、QCティターニアをとっとと奪還してしまえば、ええわけやしね」
「それもそうだな……」
鳳凰が溜め息一つ吐いた時、盾を持った乙女が背中に描かれたローブを被ったプレイヤーが現れる。
「準備が整ったか?」
その問いにローブの人物が頷いたため、鳳凰は振り返る。
視線の先には、全長十メートルはある巨大な観音開きの扉があった。
「これよりQCティターニア奪還する」
右手に持つ武装化大盾を天に突き出し、鳳凰は叫ぶ。
全員の注目が集まり、ざわついていた周囲の音が静かになると共に盾を振り下ろす。
「私に続けぇえええ!」
十万人のプレイヤー達の応える声と共に、プレイヤー達の奪還作戦が始まった。




