Scene11『鳳凰』
VRA画面に映るギルバートが、赤い前髪の一房を弄りながらニマニマと笑って語る。
「順調に脱出できたようでようござんしたね。皆様方の奮闘、このギルバートしかと見届けさせて貰いやしたよ。特に『盾の乙女団』と『戦の聖人』の活躍は目を見張るものでございやしたね。自分達が閉じ込められる可能性があるというのに、狭間の森に向って新人プレイヤーを救出に向かうなどそうそうできることではございやせんよ。拍手でございやす」
どう見てもふざけているとしか思えない拍手をし始めるギルバートだったが、尊はその姿を見ずに驚きの視線を全身甲冑に向けていた。
何故なら盾の乙女団は、VR空間内でサイトの枠組みを越えて活動する慈善救済保護ギルドの名前だからだ。
元々はVRMMORPGで二番目に古く、最もプレイされているゲーム・ウィッチ&ナイトで、悪徳プレイヤーやPKなどから初心者や非力なプレイヤーを守るために活動していた者達だったが、その活動はいつの間にかゲームサイトだけに留まらず、VR世界全体にまで及ぶようになっていた。
それは、まだVRを始めて一ヵ月ばかりである初心者の尊でさえ知っているどころか、何度か助けて貰ったことがあるほど規模が大きく、どこにでもいるほどに。
(戦の聖人ってギルドは知らないけど……サービスが開始されたばかりのこのゲームにもいるんだね。ってことは、この人も?)
疑問と共に送られている尊の視線に気付いたのか、全身甲冑は兜を上下させた。
「ああ、私は盾の乙女団の一人だ。名を鳳凰という」
「え? 鳳凰さんですか?」
「勿論、ハンドルネームだが?」
「いえ、そういうことではなくてですね……」
VR症の予防の観点からVR空間内では本名を使うことを推奨されている。が、あくまで推奨なので、数は少ないがVRサイトごとにハンドルネームを持っている者はいないわけではない。
なので四霊の名が使われていることはさして珍しくもないが、盾の乙女団となると事情が変わってくる。
「確か、盾の乙女団の正体不明な団長の名前って鳳凰だったような気がして……」
盾の乙女団の団員に助けられた後、尊は彼らのことが気になって軽く調べてみたことがある。
その時にギルドのトップである団長の正体は不明であり、その姿を見たものは団員の中でも数は多くなく、唯一わかったのは鳳凰というハンドルネームを使っていることだけだった。
(そんな凄い人が偶然助けてくれるなどということがあるはずもないよね)
なんて思いと共に、
「えっと、それほど珍しくないハンドルネームですものね」
自己完結してしまう尊だったが、全身甲冑は横に首を振る。
「いや、私は正真正銘の盾の乙女団の団長だ」
「にゃ!? えっと……え? いいんですか? 正体を明かしちゃって」
「別に隠しているわけではない。それに、このなりで明かすもなにもないだろう?」
「た、確かにそうですね……」
全身を甲冑で覆っている鳳凰は、例え名乗ろうと正体不明であることには変わりはない。
(でも、もしその名乗りが本物であるのなら、これは物凄い幸運だよね? 妖精広場への書き込みが制限されている今でもちゃんとした組織的行動ができている盾の乙女団なら、僕達が持っている情報がきっと役に立つ!)
改めて意を決した尊が口を開こうとした時、それまで音を発てて拍手していたギルバートがその手を止めた。
嫌な予感を覚えた尊が視線を展開されているVRA画面へ向ける。
「あ、さて。そんな素晴らしい二つのギルドのおかげで、皆様方の混乱は大分落ち着きを取り戻したようでございやすね。しかも、なにやら企んでいると聞いていやすよ?」
ギルバートのちっとも言葉通りに感じてないであろう言動の内容に思わず鳳凰を見ると、それを肯定するように頷かれた。
「いやいや、たった一時間でそこまで体制を立て直すなどなかなかできることではございやせんよ。良きリーダーがいるんでございやしょうね。それともプレイヤーの皆様方がよき人達なのでございやしょうかね? どちらにせよ、立派でございやすね~あっしは感動しやしたよ。だからこそ、そんな素晴らしい皆様方に、あっしからプレゼントをご用意しやしたよ」
ニヤリと笑い一拍置いてギルバートは新たなVRA画面を展開させた。
そこに映し出されたのは、転送球を上から撮っている映像のようだった。
しかも、場所は尊達がいるところらしく、鳳凰と尊らしき姿が見える。
反射的に上を見ると、そこには黒いトンボのような物体が静止状態で飛んでいた。
(あれ? なんか空の色が変だ?)
謎の飛行物体も気になったが、それ以外にも変な光景が上に広がっていた。
何故なら妙に空が白いからだ。周りの明るさから、てっきり青空だと思っていたのだが……
(こういう空の世界なのかな?)
そんな風に考えていると、隣で鳳凰がポツリとつぶやく。
「『ハイ・ドラゴンフライ』か」
「ドラゴンフライ? トンボ?」
同じようにトンボを目撃していたらしい鳳凰の言葉に、尊が目を瞬かせると、それにカナタが反応する。
「説明します。ハイ・ドラゴンフライは、トンボを参考にして作られた自動空戦BMRです。頭部に熱探知や紫外線さらに生体センサーなどのあらゆるカメラとセンサーが付き、顎には高周波カッターを搭載しています。また、トンボと同じ動作ができる二対の機械翅。機関銃やロケット砲などが選択搭載可能な腹部。人一人なら持ち上げて飛ぶことができる脚。などを持ち、基本的に人と同じ大きさで作られながら、生産コストが従来の戦闘機より低いため、偵察や大群による強襲など様々な用途に使われる自動兵器です」
「じゃあ、武霊の大樹で目撃した奴の一つなんだね?」
「肯定します」
「なんだと? それはどういうことだ?」
カナタの説明に耳を傾けていた鳳凰が疑問を口にするが、尊は答えることができなかった。
なぜなら、
「おや? なにやら見たことがる姿がいるきがしやすが、まあ、とにかく」
ギルバートの言葉と共に、転送球が映し出されているVRA画面が分割され、別の場所と思われる転送球の映像が映し出された。他の場所にも人員を配置しているのか、着物姿の女性の姿が見える。
「これがどういうことかわかりやすかね?」
分割は更に進み、ギリギリ転送球があるとわかるまでになったところで今度は画面が転換され次々と別の場所を映し出しては更に別の場所へと変わり続ける。
「都市ティターニアにある全ての転送球はあっしらの支配下に置かれていやす。そして、それらを映し出しているハイ・ドラゴンフライも当然あっしらのでございやす。この意味、わからない方々はいらっしゃらないでございやすよね?」
ニヤリとギルバートが笑みを浮かべると共に、輝きを取り戻していた転送球が更に強く光り出す。
「くっ! 離れるんだ!」
「では受けっとってくだせえ」
鳳凰が警告とギルバートの言葉が重なると同時に、光の中からなにかが飛び出し、尊の前に着地した。
「ヒッ!」
それを目撃した尊は、悲鳴を思わず上げ、尻餅をついてしまう。
現れたのは顔のない黒いマネキン・『ノーフェイス』と呼ばれる人型戦闘用BMRだった。
その身体を自家発電する人工筋肉と軌道エレベーターの建設にも使われている強化ナノカーボンチューブの骨格により形成された自動兵器であり、かつて人が使っていた武器兵器をそのまま流用することもできるため、最も多くの国で採用され、人と同じことができるその高い汎用性から軍以外にも民間で警備などに使われ始め、その使われている場所でカスタマイズがされ様々な名前で呼ばれている。
ある意味、最も身近な自動兵器といえるそれは、去年まで小学生だった尊ですら実際に目撃したことがあるほどだ。
ただし、尊がその時目撃したのは、社会見学で訪れた商品工場の警備用であり、訪れたものを警戒させないためかマネキンというよりぬいぐるみのようなずんぐりむっくりな親しみやすい姿に変更されていたためか恐怖は感じなかった。
しかし、目の前に現れたそれは一切の無駄を排除したかのような細身の筋肉質な作りになっていた。それは、ある種の剣呑さを醸し出すほどであり、それは漆黒に近い黒と凹凸が一切ない顔が組み合わさって増幅されている。
まさに兵器らしい凶悪さに当てられた尊は、尻餅を吐いたまま動けなくなってしまった。
狭間の森からギリギリのところで脱出でき、思い掛けずに有名なギルドの長に助けられたことにより、張りつめていた糸が切れかけていたのだろう。
もはやリビングストーンと対峙した時と同じようなことを即座にできる精神状態ではなく、なによりノーフェイスが持つ武器が最悪だった。
近接戦闘に特化した銃であるサブマシンガンをその両手に持っていたのだ。
そして、現れると同時にその銃口を尊と鳳凰に向け、尊が尻餅をつくと同時にトリガーを引く。
ばら撒かれる弾丸が二人に襲い掛かる。
ある程度予期していたのか鳳凰は自身の武器化武霊である大盾を銃口に向けて差し出しており、弾は全て弾かれた。だが、全く予期していないどころか無防備を晒している尊は直撃を受けてしまう。
武装化中であるため精霊領域が発動し、尊の身体に銃弾が叩き込まれることはなかったが、その威力を完全に相殺しきれなかったのか後ろに吹き飛び仰向けになる。
(銃撃の威力を完全に相殺しなかった!? そうだ! 精霊力がギリギリなんだ)
視界に映る赤いゲージが辛うじて残っている状態でギリギリ止まっているようだった。
(リビングストーンよりダメージが軽い? 魔法がないから? でも――)
顔を少しだけ上げて目撃したのは、ノーフェイスが右手のサブマシンガンで鳳凰を牽制しながら、左手の銃口をこちらに向けている光景だった。
(次喰らったら! 折角脱出できたのに!)
再びトリガーが引かれようとしたその瞬間、
「アイスバインド」
氷の槍がノーフェイスを襲う。
直撃と同時に槍の形が崩れ、瞬く間に黒いマネキンは氷漬けになった。
反射的に氷槍が放たれた方向・鳳凰を見ると、そこには大盾の閉じていたはずのライオンの口が開いていた。
(え? えっと……吐いた?)
どう見てもそういう感じにしか見えない光景に戸惑っていると、ノーフェイスを拘束している氷にひびが入る。
思わずビクッとなった尊は、上半身を起こして後ずさろうとしたが、それより鳳凰の動きが早かった。
「ファイアピアスランス」
開いたままの盾の口から今度は炎の槍が発射され、拘束から逃れようとしていたノーフェイスの胸に突き刺さり、そのまま背中へと突き抜ける爆発が生じた。
「ただのノーフェイスか……」
若干ほっとしたようにつぶやいた鳳凰が、尊の下に近付き手を差し出した。
「大丈夫か?」
「え、ええ。精霊力はギリギリですけど、なんとかまだ」
立ち上がらせて貰いながら、尊はノーフェイスを見る。
撃ち抜かれた場所は大穴どころか、胸のほとんどがなくなり四肢が氷によって辛うじて宙に浮いている状態になっていた。
「軍用兵器をい、一撃で?」
「魔法を使えばな……だが……」
警戒するように顔を転送球へ向ける鳳凰。
尊もつられて同じ方向を見ると、ノーフェイスの出現と共に落ち着いていた転送球の輝きが再び増し始めていた。
そして、再び現れるノーフェイス。ただし、今度は同時に二体。
「ああ、ちなみに倒すと倍々になりやすからね~」
などと言ってまだ切られていなかったギルバートが映るVRA画面が消えるのが合図かのように、ノーフェイス達と鳳凰の戦闘が始まる。
もっとも、二体に増えようが鳳凰側のワンサイドゲームであることは変わらなかった。
二体が持つサブマシンガン四丁の銃撃は全て大盾で防ぎつつ、一体一体に氷の拘束と炎の槍を放って一撃で破壊する。
それは四体になっても変わらなかったが……
(魔法があるだけでこんなにも違うんだ……魔法が使えない僕達だったらきっと近付く前にやられちゃう)
自分がどれだけ強烈なハンデを背負わされているのかを自覚させる鳳凰の戦闘を目撃しながら、尊は邪魔にならないように近くの廃ビルの中へと逃げ込んだ。
ガラスもなにもない窓枠からひょこっと顔を出しつつ、八対一の状況にまでなっている戦いの様子を観測する。
流石に盾だけでは背後や側面に回られ防げなくなりつつあるようだが、着ている全身甲冑も盾と同じぐらいに防御力があるのか傷一つ付いていない。
(でも、このままだといずれは精霊力が尽きちゃうよね? 魔法だって精霊力を消費しているはずだし……なんで撤退しないんだろう?)
鳳凰の思惑をいまいち読み取れないが、あれこれ考えるより余裕があるうちに今重要な情報を伝えるべきだと考える。
「鳳凰さん! このノーフェイスは多分、武装精霊の――」
大声でどうやって自動兵器がこの世界で製造されているか説明しようとした時、ふと脳裏にその大樹の光景が浮かび、ハッとなる。
蜘蛛のような大型の影を思い出すと同時に、鳳凰が八体いたノーフェイスを倒し終えていた。
「気を付けて! 自動兵器はノーフェイスだけじゃないです! つ――」
尊が警告を言い切るより早く、新たなノーフェイス達が十六体現れ、更に大きな影が一体転送球から飛び出した。
それは、黒い、大柄な鳳凰すら小柄に見せるほどの巨体を持った機械の蜘蛛だった。




