Scene106『戦いは地下一階へ』
指向性の爆発により膨張し切る前のエレベーターシャフト壁が破壊される。
だが、床も膨れ上がっている状況下では直ぐに埋もれてしまい、ギルバートは大げさに天を仰ぐ。
「オ~マイゴー」
本物の発音が出来るはずの癖して下手糞な英語圏人の真似をわざわざさせているのは、探知領域で見られていることをわかっているからなのだろう。
実際に見ている多くのプレイヤーをイラッとさせている。
もっとも、彼の裏事情を知っている者達からすればわざとさにため息が漏れ、どちらにもなれない尊は複雑な表情になるのだが。
そんな悲喜こもごもなプレイヤー達の反応を十分に楽しむかのように間を開けたギルバートは、持ち上げられる膨張している床を蹴り飛び上がる。
下がない分、まだ埋まり切ってない地下一階の通路に向け筒を構える姿勢になった。
それと共に輝きが起こり、収まった後にはロケットランチャーが現れる。
「ヒャッハー!」
撃ち出されたロケット弾が埋まり切ろうとしていた通路にぶち当たり強烈な爆発を生じさせる。
纏っているマントで身をくるんだギルバートは、破壊されても膨張を続ける壁に開いた穴が塞がれるより早く空中を蹴って飛び込んだ。
「ブーツにシールドの紋章魔法が仕込まれているみたいですね」
通路に入り込んだギルバートが鼻歌を歌いながらゆっくりと奥へと進み始めたのを確認して、臨時作戦室の尊はぽつりとつぶやいた。
「空間湾曲をその場に固定して足場にしているわけか」
その鳳凰の言葉に尊は頷き、難しい顔になる。
「立体的な駆動が可能になっているのは厄介なことだと思います……確認できたギルバートの戦闘行動を見る限りでは、サムライスーツだけでも高度な立体駆動を行っていました」
「広域魔法以外では捉え切れない動きだったな」
「紋章魔法は精霊魔法ほど広域化ができるわけではありません。トーチカで使ったレーザーのように複数使うか、精霊領域で変化させるかすれば可能ですが……それほどの数を揃えるのは簡単ではありませんし、精霊領域が介在すればギルバートに付け入る隙を作ることになります」
「となると仕掛けるのは地下一階から三階までか」
「はい。遠距離紋章魔法で仕掛けましょう。というより、もうその準備はできていますよね?」
「ああ、既に配置済みだ。元々上の階層は侵入された場合に備えて罠を制作していたからな。それに使う予定だった紋章魔法を転用させる」
「……やっぱり僕はいらなくないですか?」
「……諦めろ。もう祭り上げられてしまっているのだからな。それに、ここまでの体制ができているのは尊がトップにいるからだ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも」
「……だからなんですかね?」
「なにがだ?」
「いえ。ギルバートが僕を目指している理由です」
「今やプレイヤーをまとめる中心人物だからな」
「でも、既に仕組みはできています。僕がいなくても迎撃態勢が整うほどですし」
「重要度が下がっていると?」
「ええ。ブレイドが出来る前であったのなら、意味はあったでしょう。むしろ、僕の排除はよりプレイヤーの結束を高めることになりかねません。まとめるに相応しい人物であれば、他にもいくらでもいるわけですからね。利用できる人もいるでしょうし」
「それは……まあ、否定はできないな」
二人の中に小河総一郎の顔が浮かんだりしているが、直接口にすることはなかった。
そもそも彼だけではないからだ。
ブレイドはティターニアワールドに閉じ込められているほぼ全てのプレイヤーが参加している組織となっている。
例え同じ危機的状況下にあり、最終的な目的が同じであっても、それだけの者達が集まり一つの団体としてあろうするのはなかなか難しい。
元々そのために集まっているのならある程度は容易いが、黒樹尊という反撃の象徴を中心に添えたとしても方向性や考えが一緒になるわけではないからだ。
それなのに今のところ大きな問題がなく順調に組織としての形を保っていられる。
ブレイドができてからそれほどの期間が経っていないというのもあるだろうが、それを成し得ている裏あるいは影からの支えが大きいのだ。
目立ったところでいえば小河総一郎の元総理という影響力と政治力。
彼を知っている大人は多く、大体の問題は起きる前に潰されていることが多い。
例えなにかしらの問題が起きたとしても、総一郎が一応のトップにあるオールドマスターズが即座に解決する。
長くその道のプロとして働いていた者達で構成されたギルドであるが故に、組織あるいは個人に起きるであろうことへの経験値が高いのだ。
そういう年の功な者達もいれば、鳳凰のように若いが短く濃い経験を熟してきた者達もいる。
故に環境と状況さえ整ってしまえば、誰がトップであろうとブレイドは回るように出来つつあるのだ。
むしろ、劇的なことが起きればそれを利用してより強固にできなくもない。
そう考えるからこそ、尊は首を傾げる。
「今更なんですよね。そして、わざとこちらに迎撃できる余裕を持たせるようにゆっくりとした侵攻をしていることも気になります」
「確かに今のところ確認できた範囲内だけでも、一人で強引にここまでくることは十分に可能なように思える」
「単に僕を排除するためだけなら、そっちの方が都合がいいでしょう。囮ということも考えられますけど、あからさま過ぎますし、今のところ地上の転送球はなんの反応もありませんよね?」
「ああ、監視を続けている者達から報告はない。ティターニア城下も同様だな」
「なにかを仕掛けられているのでしょうか?」
「それがわかれば対応のしようがあるが」
「いえ、そうではなく、ブレイド内にです」
「諜報員が動いていると?」
「情報が向こうに渡っていることからその存在は確定だとは思っていますけど、考えてみればそれだけというのもおかしなことかもしれません」
「工作員がまだ残っていると?」
「正規ではないかもしれませんが」
「外部工作員か」
「外受けの外受けかもしれませんが。諜報戦ではそういうこともあるんですよね?」
「まあ、その手のフィクションはよくあるな」
「フェンリルの手駒としての自覚のないまま、手駒として動いている可能性はありえるでしょう」
「だが、内部を警戒させている者達からの報告もないが?」
「目に見えて仕掛けられているとは限りませんからね。なにか、わからないところで、仕掛けている側もわからない形でなにかが……というのは考え過ぎでしょうか?」
「……なんとも言えないな」
「そもそも、なぜこんなことをするんでしょうね?」
「フェンリルにとって都合のいい環境に戻すためじゃないのか? このままでは自動兵器の成長は見込めないだろうからな」
「ええ。時間切れを目指した行動を僕達は取ってますからね。それを壊すのは目的でしょう」
「手段がおかしいと言ってるのか?」
「一人ですることではないでしょうからね。軍事のスペシャリストなら他の方法がいくらでもあったはず」
「そこに意味がある、あるいは別の目的がということか?」
「少なくとも、これだけではなにも変えられないですよね? 例え僕を排除できても。むしろ、最終目的を失敗するリスクが高くなってますし」
いくら考えてもギルバートの今の行動の真意がわからず、ただただ不気味さを増して自体は進行していく。
尊の予測通り、自分達の見えない場所でことが起こりつつあることに気付かぬまま。




