Scene104『黒樹尊の日課にて』
ギルバートが現れたその時、黒樹尊は日課となっている戦闘訓練を行っていた。
改造守り人が手に入ったことにより、精霊力の負担少なく狭間の森のプレイヤーとの相手もしやすくなっている。
そのため、戦の聖人とオールドマスターズが日替わりで担当しており、本日は小河彩夢が尊をぼこぼこにしていた。
彼の速度が面白いのか、基本的に訓練は手加減が一切入っていない。加えて、VR体リセットもある上に、尊自身がちっともめげないのが教えている側からすると楽しいらしい。
それ故に尊及びカナタはめきめきと成長しているのだが、
「確かに君が強くなることを容認はしたが、ここまで苛烈にやることは聞いてないな」
立場的に忙しく動いていた鳳凰がそのことを知ったのはこの時だった。
なお、鎧は既に治されており、少女姿は既になく、声も太い男性の声になっている。
本日の戦闘訓練は砂漠の部屋にて行われていた。
不安定な足場の動きは習得出来てはいても、それで全てというわけではなく、戦い方ごとに重心・足運び、様々な違いがある。
まずはどんな戦い方であれ、どんな場所であれ安定した軸を持つ。
それがどれだけ有利にことを運べるかを良く知っているが故に訓練内容だった。
もっともこれはあくまで武器を持って戦うことを前提としていることであり、魔法を主体とするのならまた別の考え方もある。
が、そもそもにおいて強制転送が未だに封じられている尊を戦わせることを良しとする者など一人もいないわけであり、そう言う意味において尊のその努力は無意味だった。
むしろ、現実に戻った時に起きるであろうVR症のことを考えれば、これ以上は身体を使った方面の強くなり方は良くないのだ。
だからこそ、どちらかというと魔法よりな戦い方をする鳳凰としては、魔法主体の戦い方を教授していたのだが……
「まさか私に隠れてまで戦闘訓練をしているとは思わなかった」
「鳳凰ちゃん。それは違いますよ」
改造守り人にVRAを展開して自身の姿を投射している老女がなにか言おうとした尊を遮り、微笑んだ。
「小河夫人」
「そうやってあなたが心配するとわかっていたから、私達が黙っているように言ったのです」
「……結局隠していることになりますよね?」
「黙っておくようにはいったけど、隠れるようには言ってないってことよ。実際、探そうと思ったら直ぐに見つかったでしょ」
「それはまあ……」
「そんなことより緊急事態なのでしょ? 早く要件を伝えた方がいいのじゃない?」
「わかっているのなら伝えて欲しかったのですか。尊も尊で、武霊ネットから遮断しているのはどういうつもりだ?」
「え? 僕はそんなことしてませんよ」
鳳凰の苦言に、尊は可愛らしく首を傾げる。
「……カナタ。過保護が過ぎるのも良くない」
直ぐに犯人に気付いた鳳凰は、黒い刀になっている尊の武霊へとため息を吐く。
「例え今の事態が伝わったとしても、尊が直接出向くわけない。仮にそんなことをしようものなら全力で私が阻止する」
と言ってはみても、返事を期待しているわけではない。
武霊ネットが作られる切っ掛けとそれによる一連の動きにより、武霊達は積極的に自身の主とその周りの武霊使いと交流をするようになっていた。
なのでプレイヤーが話し掛ければ他人の契約武霊であっても会話ぐらいはするようになっているのだが、カナタのみ尊以外となかなかコミュニケーションを取ろうとしないのだ。
比較的尊と一緒になるようになった鳳凰を始めとしたギルド長達が、若干意地になって話し掛けているのだが、今のところ必要なこと以外の言葉を聞いたことがない。
おかげで主である男の娘が申し訳なさそうな顔になることが多くなっているのだが、それについての謝罪を鳳凰は後回しにすることにした。
勿論、戦闘訓練に関しての文句もだ。
「尊……ギルバートが現れた」
「え!?」
「しかも一人でだ」
「ええっ!? ど、どういうことです!?」
「詳しくは口より見た方が早いだろう」
「は、はい! カナタ、武霊ネットに繋いで!」
「承認します。了解しました」
あっさり尊のお願いには応えるカナタに、鳳凰のみならず彩夢も苦笑するしかない。
そんな武霊によって展開されたVRA画面には、ゆっくりとこちらに向かって近付いてくるギルバート=レギウスの姿が映っていた。
嘲るように歪んだ笑みを浮かべるその様子は、コミュニティVRサイト・仮面舞踏会で初めて会った時と同じだった。
その時のことを思い出し、ぞっとしながらも尊はVRA画面から目をそらさない。
恐怖にのまれている場合じゃないが故に、意識が段々と沈み始めている。
「攻撃は?」
「報告します。中断しています」
「理由は?」
「追加します。数分前の映像です」
現在の映像の隣に、別のVRA画面が展開される。
そこに映し出されたのは、強大な炎の矢がギルバートに撃ち込まれる瞬間。
爆炎がどこか狼を思わせる白人の男を飲み込んだ。
が、瞬きをするより早く、それが掻き消えてしまう。
「紋章魔法?」
「否定します。違います。これはどちらかといえば精霊魔法に近いです」
「ギルバートが武霊を手に入れたってこと!?」
「否定します。違います。なので、どちらかといえばなのです」
「……QCティターニアをクラッキングした技術?」
「肯定します。はい、その可能性が高いと私達は推測しています」
「ギルバートは枝だって自分で言っていたものね。だから、ギルバートのVR体は精霊魔法と同じようなことができる」
武装量子精霊の精霊魔法の正体は、QCティターニアが創り出しているティターニアワールドの物理演算に一時的に介入し、改変することによって起こしている。
ある意味ではクラッキングと同じことをしているのだが、精霊魔法の場合は認められている正規の手段であり、あくまで一時的なことであることも重なってさしてQCティターニアに負担が掛るわけでもなく、壊れても直ぐに修復される安全なものだ。
だが、ギルバートが行っているのはこの世界を構成している存在に直接干渉できるほどのクラッキング。
もし、それが精霊魔法と同じようなことをした場合、果たしてそれが修復されるかどうか……
そこまで考えた尊だったが、ふと気になる。
「まだログアウトはできないんだよね?」
「肯定します。はい」
「QCティターニアにクラッキングを同時並行でしているのに、ティターニアワールドの構成にまで手をさせる余力があるの? それとも、そこまで進んでしまった?」
「否定します。まだクラッキングは完了していないでしょう。その証拠に、ギルバートが行っているのは、ティターニアワールドへの干渉ではありません」
「精霊魔法への干渉?」
「肯定します。はい。精霊魔法によって起こされた現象にのみつぶされています」
VRA画面が次々と開き、そのどれもがギルバートに精霊魔法がぶつけられているシーンだった。
ガラス質の大地が砂と化し、押し潰そうと包み込むが直ぐに霧散してしまう。
竜巻が巻き起こり、斬り裂こうとする前に穏やかになる。
そんなことが次々と起こり、やがてプレイヤー達は攻撃することを止めてしまっていた。
「こんなことができることを隠して、自分を殺せばゲームクリアとほざいていたわけだ。どこまでもふざけた奴だよ」
鳳凰が若干の怒りを込めてそんなことを口にするが、尊は直ぐに首を横に振った。
「無敵でノーリスクであるのなら全て一人で終わらせていたはずです。なのに今までそれをしなかった。なにかしらの弱点と制限があると考えていいと思います」
「そうだな。精霊魔法が効かないのであれば、別の手段で攻撃すればいいだけの話だからな」
「準備は?」
「既に進めている。私がここに来たのは、それの事後報告のためだ。構わないだろ?」
「はい。準備が出来次第攻撃を開始してください」
「ああ」
「ただし、これは明らかになにかしらの罠です。他になにか起きても直ぐに対応できるようにしておいてください」
「ああ、勿論そうしている」
「…………僕いります?」
思わずそう言ってしまう尊だったが、直ぐに首を振って周りがなにか言うのと止める。
「とにかく始めましょう。対ギルバート戦を」
個人的になんかしらの無敵や無効化って敵が相応しいと思うのですよね。
まあ、主人公が持っていてもそれはそれで面白いですけど。




