Scene101『敵を知ろうとなにも変わらずなにも変えられず』
「どうですか……」
総一郎の問いに尊は少しだけ考えたが、さして思考は沈まず直ぐに目の前のVRA画面へと視線を戻した。
悩むと思っていたのか、画面に映る老人はおや? っと興味深そうな表情になる。
「……ギルバートの行動がAGチルドレンの救済であったとしても、今行っている行動が本当にそれに繋がってるのでしょうか?」
「DEMの残党が囚われているのはいわば現状のこの世界そのものだからの。世界を支配せんでもしない限り、辿り着けんのは確かじゃろう」
「でも、そうであったとしても、言うことを聞くでしょうか?」
「聞かんじゃろうな。例え無理矢理聞かせたとしてもそれでまともな治療がされるとは思えんの」
「そのことぐらいギルバートもわかっているはずですよね」
「そうじゃな」
「……本当に世界征服が手段なのでしょうか?」
「そうじゃな……少なくとも目的ではないことは確かじゃろうが」
「それにQCティターニアをハッキングしている技術ってどこで手に入れたんでしょうか? フェンリルに残っているクリプティッドの元隊員の中にそこまでできる人はいるんでしょうか?」
「…………少なくともわしらが知ってる範囲ではいないな。知っての通り、天野式QCは一度世界中の技術者によりクラッキング実験が行われておる。その中にもクリプティッドの元隊員がおったからの」
「それって二十年前ぐらいの話ですよね?」
「量子情報戦で高度な情報生命体であるクオンタムナビゲータに人間が勝てるとでも思うとるのか?」
「現にそうなってますよね?」
「そうじゃな。じゃが、それが人間とは限らんじゃろう」
「じゃあ、同じナビが?」
「あるいはそれに類似したものか」
「デウスエクスマキナ?」
「完成体は歌人に保護されたと言ったじゃろ? 今は奴の弟子になっとる上に、月面開発を行っておるからの。ギルバートと接触したという話も聞かん」
「彼女の監視は厳しいですか?」
「直接会うことも、QNを使った接触も難しいじゃろうな。なんせ、月面開発は国際事業じゃ。様々な国から守られ、なにより歌人の保護下にあるからの。そもそも、師匠が作った最新作をどうこうしようと思う子ではないしの」
「面識はあるんですね」
「まあ、何度かの……なかなか独創的な子じゃったよ」
「そうなんですか?」
「生まれが生まれじゃからな。ともかく、彼女は違うじゃろう」
「じゃあ、残党か、遺産という線は?」
「ありえんこともないじゃろうがな。もっとも、現状残ってる残党は一人な上に、遺産もほとんど破壊されておるからの」
「だとしたら、協力者、あるいは黒幕はいないでしょうか?」
「……心当たりがないわけではないが、推測にしか過ぎんからの。なにより今そのことを言ってもこれは本当に意味がない」
「ここにはいないということですか?」
「そうじゃ。じゃから、そっちは出られたらわしらの仕事になるじゃろうな。引退した身に堪えそうなことじゃわい」
「……だったら、結局僕がすることは変わりませんね」
「そうかの?」
「AGチルドレンに対して同情はあります。でも、だからと言ってそのためにカナタ達を犠牲にすることも、世界を武力によって支配されることも許容は出来ないですから」
「ふむ」
「それに……ギルバートの本当のところがわからない以上は、こちらからどうこうしようとするのは無意味でしょうし……僕は力ないことを知っていますから」
悔しそうに俯き、拳を握り締める尊に総一郎は深い笑みを浮かべた。
「そうか……まあ、なんにせよ。決めておるのならわしから言うことはないの。ここではお主がトップじゃ。わしらはただそれをサポートするのみじゃよ」
「それについては正直、文句があるんですけど……」
「はっはっはっ。まあ、トップなんぞただ座っとればいいだけじゃよ。元総理が言うのじゃから間違いない」
そう笑う総一郎に尊は深いため息を吐くのだった。
契約している武装量子精霊の精霊力が尽きた時に強制的に送られるようにフェンリルによっていじられた狭間の森。
そこに遅れた数多くのプレイヤーはなにも出来ない状態に暗い日々を送っていた。
だが、尊の活躍と戦況の変化、そして、武霊使い同盟ブレイドの結成により、薄暗い森の中はにわかに慌ただしくなっている。
現状、狭間の森には潜入工作員の存在以外、フェンリルの直接的な干渉はない。
しかし、疑似的に戦線に復帰できる改造守り人の技術が生産系ギルドエターナルソングのギルド長・ルカの手によって開発されたことにより、こちら側にも攻撃する理由ができてしまった。
よって、適当に木を切り倒したり、枝葉でちょっとしたテントを作ったり、大きく開いた樹洞などで思い思いに生活していたプレイヤーは、本格的な拠点造りをすることを強いられている。
とはいえ、都市ティターニアとは違い、潤沢な資材や紋章魔法があるわけではないのでできることは少なく、創意工夫が求められ、それで結構ないさかいが起きていたりした。
そんないさかいをいさめるのが、狭間の森のまとめ役になっている小河総一郎が一応のトップに付いているオールドマスターズだった。
のだが、現在総一郎は絶賛サボり中だったりする。
名目上はブレイドの同盟長である黒樹尊に秘匿されている世界の真実を一部話すこと。
なのだが、彼が思いのほか聞き上手だった上に、合間合間に色々と試していたことが特に悩ませることなくするっと進んでしまったことにより予定時間を大幅に短縮して終わってしまったのだ。
これはもうサボるしかない!
と思うのは、尊に言った言葉を信条としているところがある総一郎の判断だった。
「そもそもちょっとおなごに声を掛けるだけで殺気を出すのがいかんよな」
「いや、それはあんたの前科と反省しないのが原因だろ?」
木の上で寝そべる総一郎のつぶやきに、いつの間にかその上の枝に立っていた早見一二三が突っ込んだ。
本人達は情報系と自称している諜報系ギルド・グラスペッパーズのギルド長の出現に、総一郎は特に驚きもしない。
「随分と飛び回れるようになったの」
「そりゃこれだけ長くログインしていればな。嫌でも精霊領域に慣れるさ」
「現実ではとろくさいのにの」
「あんたら基準で考えればそうだろうが、これでも一般人の中では運動神経がいい方なんだな?」
「そうかい。で、なにしに来たんじゃ? わしはこれでも忙しいじゃがの」
「堂々とサボってる爺さんの言葉とは思えないね。奥さんは忙しく動いているぜ?」
「うむ。なによりじゃ」
「……まあ、そんなんだから懲りないんだろうな」
「……チクるじゃないぞ?」
「あんたの答え次第だな」
「ふむ。なんじゃ?」
「尊はどうだった?」
「そうさな……」
一二三の問いに、総一郎は少し目を瞑り、目を開けると同時にニヤリと笑った。
「あれは自分の弱さとしっかりと自覚しとるタイプじゃな」
「できないことはできないと理解しているわけか」
「ここで手に入れた力はここでしか通用せんからの。現実では中学生にしか過ぎん自分ではどうしようもないと、あの年で納得できるというのだからな」
「確かにあそこまで成功をしているというのに、ちっとも自惚れる様子はないからな。いや、あんな目にあっても心が折れてない方が驚嘆か?」
「自分の弱さを知り、成功で自惚れず、失敗で挫けず、前へと進む。あれは強くなるぞ。あやつと同じにな」
「……ギルか。確かに似ているところはあるか」
「もっとも、あやつより危ういところがあるがな。下手すれば他人のために身を滅ぼしかねん。口ではAGチルドレン達を切り捨ててはいても……果たして本心はどうかの?」
「より支える必要があるってことか」
「強かろうと、所詮は中学生じゃからの。まあ、ここにいる時点でわしらにできることは限られとるからの」
「どうせあんたのことだから、そっちの根回しは済んでるだろ?」
「まあ、わしはポジション的に参謀じゃからの」
「黒幕の間違いじゃないか?」
「はっはっは、違いない」
「……否定しろって」
笑う総一郎に呆れる一二三だったが、その直後に二人して固まる。
「あなた」
その声に慌てた様子で下を見る二人の目に、上を見上げながら薙刀を構えている総一郎の妻小河彩夢が微笑んでいる様子が入った。
ほぼ同時に逃げの姿勢になった二人だったが、寝そべっていた総一郎は一歩遅れる。
神速の動きで薙刀が振るわれ、人が二人のっても余裕な太い幹に刃が通った。
ただ、それだけでは特になにも起きない。
一二三がどこかへ飛び去り、総一郎がようやく跳躍の体勢になった瞬間に彩夢の蹴りが刃を通した幹の上に入る。
「うお!?」
肉眼であれば残像が残るほどの速度で大木が倒れ込み、他の木にぶつかってでたらめな動きで跳ね回る。
総一郎はなんとか巻き込まれる前に落ちることには成功したが、地面に付くより早く飛び上がった彩夢と目がある。
「まっ――」
「あなた。サボりは良くありませんよ?」
にっこりと微笑みながら、総一郎の顔面を鷲掴みにした彩夢は着地してもその手を離さず、夫になにを言わせないまま宙ぶらりんにして狭間の森のどこぞへと連れて行った。
「……相変わらずおっかねえ人だ」
ちょっと離れた木の上でその様子を見ていた一二三は、自分にとばっちりが来ないことにほっと胸を撫で降ろしつつそうつぶやくのだった。
自業自得な夫とそれを制裁する妻って関係はフィクションだと個人的にニヤッとします。まあ、この関係を主人公&ヒロインでやろうと思うほどのハマり度ではないんですが。




