Scene9『斬撃軌道』
そもそも日本刀で岩を切ることは可能なのかな?
斬鉄という言葉があるけど、それはフィクションの中であって、真偽のほどが不確かな伝説上の話でしかない。
じゃあ、不可能?
ううん、それは違う。条件さえ整えば、不可能とされていることでさえ可能なのは、歴史や科学などが証明しているもの。
それにこの世界は、物理法則以外に、魔力法則が組み込まれている異世界なんだ。
仮想世界で再現された場所とはいえ、現実と同じことしかできない部分もあれば、以上のことができる部分だってあるはず。
でも、それ自体を今の自分はできないとカナタは言った。
なら無理?
ううん、それも違う。何故なら、既に僕の手元にはその現実以上のことが存在しているんだ。
黒姫黒刀。カナタそのものが、そうであるのなら、立ち向かえないはずはない。
じゃあ、なんで失敗したんだろう?
なにかが間違っていた? それとも足りなかったか? だとすれば、注目すべきは、僕自身ではなく、刀の部分なんじゃないかな?
さっきの失敗の映像と、あの男の映像を刀の部分のみに注目してみると、僅かに角度が違っているのがはっきりとわかる。
日本刀に関する情報を展開。特に角度や切れ味に関することを抜粋。
刃筋が立つ? 刃の通る軌道、道筋、方向のことで、刃の部分が正しく垂直に相手に向かっていって当たること。つまり、真剣なら切れるような形で当てること。
ああ、そうか! つまり、さっきは刃筋を立てられなかったんだ。
でも、素人の僕がどうやって正しい刃の当て方・角度を知る?
……いや、簡単なことだ。今、僕はなんとともにいる?
そう、武装量子精霊。ナビと共にいるんだ!
「カナタ! リビングストーンの身体を切れる最適な斬撃軌道の計算と表示はできる!?」
二度目のリビングストーンの突撃を、ギリギリ横に飛んで回避した尊は、立ち上がりながらそう叫んだ。
対する答えは、酷く短いものだった。
「可能です」
カナタは既に妖精広場でリビングストーンに関する情報を集めていた。そして、目の前に現物がおり、その解析も終わっている。主が望むなら、どんな問いでも答えられるように、カナタはナビとして基本的なことを怠らずにやっていたのだ。
ナビはそういうものだということ、現代に生きる尊は知っていたからこその問いであり、返ってきた答えは半ば予想通りだった。
だとすれば、後は、集中加速した思考が導き出した答えを実行するのみ。
「VRAで視界に斬撃軌道を展開!」
「了解しました」
カナタの了承の言葉と共に、尊の視界の中に、黒姫黒刀の刀身からリビングストーンへと伸びる青い半透明な帯が現れる。
尊が望んだ通りのVRA。
彼のナビとなっているカナタは、VRシステムを介して主の思考を読むことができる。だからこそ、思考制御が可能であり、それに伴って一心同体といえる共同作業をすることができるのだ。
故に、今、この瞬間、尊は斬るために足りないものをカナタで補った。
二度目の突撃を回避され通り過ぎていたリビングストーンが戻ってくる。
前回と同じ速度、同じ軌道。
再び上段に構え、視界に展開される自分とギルバートの映像を合わせた映像を片隅に捉えつつ、斬撃軌道のVRAを視界に収める。
後はただ、振るうだけ。
なにも考えず、ただ一点、カナタが表示する軌道に刀身を合わせ、今――
いざ振おうとした瞬間、リビングストーンが異なる行動を見せた。
刃が届く間合いに入る直前、その岩の身体を空中へと飛び上がらせたのだ。
狙いは尊の顔面。
突撃する勢いそのまま、岩の肌が迫る。
目の前が黒一色に染まり、避けてしまいかねないほどの恐怖を尊は感じた。
しかし、思考の偏りが起きている今の彼は、その感情をどこか他人事のように認識し、ただただ、一念通りに、振るう。
尊の頭上から振り下ろされた黒姫黒刀は、少しぶれながら、それでも表示される青い帯から外れずに、転がり迫るリビングストーンの岩皮に当たる。
その瞬間、黒い刃がまるで吸い込まれるように岩の中に入り、迫っていた勢いと振り下ろした勢いが合わさって、一気に通り抜けた。
丸岩が、尊の横顔を少しだけかすりながら、真っ二つとなって背後に落ちる。
この瞬間、真に正しく、ただの少年から武霊使いへと尊はなったのだった。
半球となって地面に転がるリビングストーン。
綺麗な断面を見せるそれの中央には、周りの岩とは違う七色に輝く宝石のような円があり、真ん中にも小さな球体がもう一つあることを窺わせた。
興味深い光景ではあるが、それを一瞥した尊は間髪入れずに走り出す。
倒せるという確証を得た以上、慎重に移動する必要もない。
加えていえば、ギルバートの言葉を一切信用していないのだ。
故に尊は駆ける。
走り難い根や苔が生えている地面を蹴り、視界に表示されているVRA地図を頼りに出口へと向かう。
しかし、その速度はお世辞にも速くなったとはいえない。
そもそも尊は運動系の中学生ではないのだ。
肉体も年相応から比べれば、身長は勿論、筋肉・骨格、どれも平均から劣っている。
今の尊は仮想現実に身を置いているとはいえ、その身体は現実の肉体を遺伝子レベルから再現し、現在の状態もスキャンして再現しているVR体なのだ。
だから、走り出して直ぐ、悪路ということも重なって、息切れと共に脇腹の痛みを感じ出してしまう。
(そんなところまで再現しなくても……)
ひとまず魔物からの危機から脱したことによって、意識の傾きが緩み始め、本来の思考が戻り出した尊は心の中で愚痴る。
もっとも、だからといってそれ以上の文句が思考から出ることはなかった。学業でVR体について学んでいるが故に、どうしようもないことだと諦めるしかないとわかっているのだ。
現在のVR技術では、現実と仮想で起きる生理現象が同一でないと、それが原因でVR症と呼ばれる障害あるいは病気が発生してしまう。
故に、VR体は現実と全く同じであることが望まれ、それはVR空間においても同様。
とはいえ、それでは仮想ならでは楽しみ方ができないので、ゲームなどではその制限がある程度緩和されている。武装精霊においては、魔法がそれに当たるのだが、残念ながら未だに尊はそれを体感していない。
そんな緩和されている制限の中にも、勿論、規制は存在する。
それらを総じてVR法と呼ぶのだが、本来ならそれによって守られているはずのこの場所が、今は好き勝手にされてしまっている。
どうやったか、なにが目的か、巻き込まれただけの尊にはまったくわからない。
しかし、一つだけはっきりしていることがある。
それはギルバートがサディスティックな性格をしているということだ。
「あ、さて」
気軽な調子でギルバートが立ったのは、防壁という文字で大量に覆われているティターニアの玉座前。
人格ナビの抵抗により、そこから先は一歩も前に進むことができない。
が、だからといってなにもできないというわけではないのだ。
既にティターニアワールドの時間の流れを変えられるほど侵入済みである以上、
「ほいっとな」
壁となっている防壁と書かれた文字の一つに触れば、
「それでは閉じると致しやしょうかね?」
その言葉と共に、接触している文字が、閉鎖と変えることなど造作もない。
なお、ギルバートが宣告した予告時間から十分は早い行動だった。




