第七話 悪魔は妖艶に笑う
新たな仲間ナタリアの為、俺達はあの廃屋を住めるようにする作業に勤しんでいた。
「そちらの窓拭きも頼む」
「はーい!」
雑巾を持ったサクラに、清掃の指示を出すナタリア。
「ナタリア、これを二階の大広間に持ってくんだっけ?」
「ああ、それと同じ物ももう一個頼む」
同じように机を持った俺にも、テキパキと指示を出していく。
「……」
「シェリー、手が止まっているぞ、どうかしたのか?」
そんなナタリアを見て、シェリーが不満そうに黙り込んでいた。
「あんた……」
「?」
「あんたも働きなさいよ!」
そう、ナタリアはあちこちを見て回っているだけで、自身で荷物を運んだり、清掃したりという作業を全くしていなかったのだ。
「失敬な、こうやって皆に指示を出しているではないか、それに……」
ナタリアが軽く手を翳すと、その周りに土塊で出来た使い魔たちが一斉に集まった。
その大きさは小さな子供程度だが、力は俺達に勝るとも劣らず、この仕事において貴重な労働力となっていた。
「彼らも私の力によって動いているのだぞ?」
「何時見ても可愛いですー!」
そのデザインは俺にとってはあちらの世界の"はにわ"や"土偶"のように見え、どちらかと言えば不気味な感じなのだが……
「彼らは私の魔力で動いている、つまり彼らの功績は全て私の功績と言っても過言では無い、違うかね?」
「そう言われるとそうなんだけど……」
そのナタリアの理路整然とした言い草に、流石のシェリーも言い返せない様であった。
「さあ、分かったらしっかりと働きたまえ!」
「その言い方がムカつくのよ……!」
そんなやり取りもありながら、作業は順調に進んで行き。
「大分片付いた……かな」
「つ、疲れたぁ……」
三、四時間も経った頃には、あの廃屋もある程度人の住める環境にまで改善されていた。
俺は唯一の男手として力仕事担当だったので、正直かなり疲労しており、部屋の壁にもたれ掛かって座り込んでいた。
「そろそろお昼じゃないですか? 私、家からお弁当取って来ますね」
「済まん、頼む」
「私も一緒に行くわ、一人じゃ持ちきれないでしょ」
サクラの申し出にシェリーも着いて行き、俺はナタリアと二人きりになった。
二人になって気付いたのだが、ナタリアとはさっき会ったばかりだし、何を話して良いか分からないぞ……
「……」
暫し何だか気まずい空気が流れた後、それに耐えかねたのか、ナタリアの方から俺の隣に座り、話しかけてくれた。
「ヒカル君」
「くんはいらないよ、サクラたちの幼馴染ってことは、俺と同じくらいだろうし」
彼女の外見はやっぱり俺のかなり年下にしか見えなかったのだが、それは気にしない事にして……
「そうか、ではヒカル」
「何?」
そして、彼女はじぃっと俺を見つめると、真剣な口調で問いかけて来た。
「君自身から自己紹介をして貰ってはいないと思ってな、聞かせて貰えないか、君の事を」
「……別に大した事は話せないけど」
あっちの世界関係は話せないし、俺の個人的な事も正直あまり面白い話では無いと思うのだが。
「それでもいいさ、実の所私は、君に非常に興味を持っていてね」
「君の方から話しにくいのなら、まず私のことを話そうか」
そこでナタリアは俺のほうに向き直ると、立ち上がって俺に告げた。
「私はナタリア・ブレーム、見ての通り天才魔術師だ」
「見ての通りって……」
白衣を着て仁王立ちするナタリアは、どちらかと言えば天才ちびっ子科学者に見えるのだが……
「まあ、これくらい軽い感じで構わないさ」
そう言って軽く笑うナタリア、どうやら冗談で俺の緊張を解してくれたようだ。
俺はその言葉に頷き、俺の今までの話を始めた。
「ふむ、ふむ……成程」
「そんなに面白い事は話せなかったと思うけど……」
ナタリアは、俺の一言一句をとても興味深そうに聞いていた。
俺はニホンって言う国から来た外国人ってことと、差しさわりの無い俺の過去ぐらいしか話していないのだが。
「いや、非常に興味深かったさ」
そこで彼女は一旦言葉を切ると、窓の外に視線を移し。
「これは私の仮説なのだが、やはり君は……」
そこまで彼女が言いかけたその時、建物を激しい揺れが襲った。
「うわっ!?」
「地震……!? いや、これは魔力の……!」
そう言いながら、どこかへ走り去っていくナタリア。
「ナタリア!?」
「そこで待っていてくれ! すぐに戻る!」
俺も慌てて後を追おうとしたが、ナタリアに止められてしまった。
だが、暫く待ってもナタリアは帰ってこない、流石に心配して探しに行こうかと思った俺の背後で、何かが蠢く気配がした。
「誰だ!」
「ようやく二人きりになれたと云うのに、無粋じゃのう……」
俺の姿に何も無い所から姿をゆっくりと現したのは、この前サクラの居場所を教えてくれた、あの水色の髪の女の子だった。
「君は……この前の!?」
格好こそこの前と同じドレス姿だったが、雰囲気がまるで違い、その小さな体からは想像出来ないほどの威圧感を俺は感じていた。
「ふふ、やはりお主じゃったか、あの魔物を葬ったのは」
「……?」
この前のスライムの事を言っているのか?
というか、彼女は一体……
「何が何だか分からない、という顔じゃのう」
困惑している俺を見て、彼女は嬉しそうに笑うと、俺のすぐ傍まで近付き。
「まあそれでも良い、わらわはお主のような強い男を待っておったのだ」
俺の顔を見上げる格好をしながら、落ち着いた口調で話し掛けてきた。
「待っていた?」
「お主であれば……恐らく……」
とその時、建物の入り口の方角から、けたたましい悲鳴が響き渡った。
「きゃぁぁぁ!」「な、何なのよこいつら!?」
「この声、サクラ、シェリー!?」
その声は、恐らく昼食を持ってきたであろうサクラとシェリーの物だった。
「気にせずとも良い、わしの影と遊んでおるのだろう」
彼女はそれにさして驚いた様子も見せず、そちらを一瞥しただけでまた俺に向き直った。
「君は、一体……!?」
「ふむ、そういえば名も名乗っておらぬのだな、では」
俺の問いに、彼女は姿勢を正すと。
「わらわはアイリス・ドーミネルト・ガードフ」
そう自身の名を悠然と告げた。
俺は、そのにじみ出る気品と威厳に圧倒され、動くことが出来なかった。
「おぬしらの言葉で言えば……悪魔、かのう」
「悪魔……!?」
悪魔って、RPGとかでよく出てくる、あの悪魔なのか? こんな小さな女の子が?
「さて、単刀直入に本題に入ろう」
「何……?」
俺の驚きも気に留めず、アイリスは更に俺に近付くと、甘い声で俺の耳に囁いた。
「お主、わらわの婿にならんか?」