最終話 少女の明日と英雄の未来
『ギルド虹光旅団 団員大大大大大募集!
只今当ギルドでは、新人団員を大募集しております。
未経験者でも大丈夫! 優しい先輩が、手取り足取り教えます。
笑顔の絶えない明るい職場です!
お問い合わせは、直接イーレン西区虹光旅団本部まで!
虹光旅団団長:サクラ・アークフィールド』
ある昼下がりの事、ギルドの勧誘チラシを書き終えた私は、満足気にそれを両手で持ち上げて眺めていました。
「よし、これで良いかな」
「せんぱ……団長!」
そんな私に、慌てた様子で背後から声が掛けられました。
「どうしたのハーミルちゃん?」
「どうしたのじゃないですよ! もう行かないと間に合いませんよ!」
その言葉に、今日の大事な予定が記憶から呼び起こされます。
「あ……そうだった!」
「最近落ち着いたと思ったけど、相変わらずですね団長は」
「てへへ……」
「まあ、それが団長の良い所なんですけど」
あれから、あの戦いから半年が過ぎました。
ボロボロになったイーレンもどうにか復興が一段落して、最近ようやくギルド活動を再開出来るまでになりました。
「ほらほら、行きますよ団長!」
「ちょ、ちょっと待って!?」
そういえば、ハーミルちゃんはいつの間にか私の事を団長って呼ぶようになったんですよ。
あの戦いを経て、何か心境の変化があったのかもしれません。
まだ建築中の家が立ち並ぶ街並みを、ハーミルちゃんに手を引かれながら走って行きます。
急いで西門まで駆けつけると、そこには荷造りを終え、馬車に乗り込もうとしていたナタリアちゃん達と、既に見送りに来ていたシェリーちゃんの姿がありました。
「遅いぞサクラ」
「ご、ごめんなさい」
「もう来ないのかと思ったのじゃ」
ナタリアちゃんは、見聞を広める為との理由で暫く旅に出るそうです。
私はそうは思わないのですが、あの戦いで自分の知識の無さを思い知ったそうで……
寂しくなりますけど、ナタリアちゃんがやりたいと思った事ならば、私に止める理由はありませんでした。
それに、もう一生会えない訳では無いのですから。
「ねえ、本当にアイリスも付いてくの?」
「わらわはもっと強くなりたいのじゃ、体も、心も」
意外だったのは、アイリスちゃんもそれに同行すると決めた事でした。
かつては子供そのものだったのに、いつの間にかアイリスは私の想像以上に成長していたのかも。
「そっか、頑張ってね、アイリス!」
「分かったのじゃ! そっちも頑張るのじゃ!」
ハーミルちゃんの激励に、アイリスちゃんも笑顔で答え、軽快に馬車に乗り込んでいきました。
「ナタリアちゃん、あの……」
「さよならは言わないぞ、なぜなら、私はまた戻ってくるからな!」
「はい!」
最後にナタリアちゃんらしい別れの言葉を告げられ、二人を乗せた馬車はイーレンから離れていきました。
「寂しくなりますね……」
「私は、騒がしい奴がいなくなってせいせいしたけどね」
「シェリーちゃんったら、強がっちゃって!」
「な、なによ!」
何時もは憎まれ口を叩いていても、ナタリアちゃんがいなくなって一番寂しいのは、多分……
「そうだ、サクラ」
「はい?」
「私も暫くは、ギルド手伝えないからね」
「どうしてですか!?」
何気なく告げられた衝撃的な台詞に、私は驚きを隠せませんでした。
「そろそろ、本格的に料理の修業を始めようと思ってるのよ」
シェリーちゃんの言葉は、これからの進む道を決めた人の、強い意志を感じさせるものでした
「なんだかんだで、私が後を継ぐことになりそうだしね」
シェリーちゃんの家業である定食屋ノーブルは、おやじさんの怪我もあって暫く営業を停止していました。
最近になって営業を再開して、シェリーちゃんも手伝いに出ている事は知っていたのですけど……
意気消沈して帰ってきた私は、ただ何をするでもなく居間のテーブルに突っ伏していました
「あのー、団長」
その私に、横から申し訳無さそうな声が掛けられます。
「もしかして、ハーミルちゃんも何か?」
「はい……実は」
その口から語られたのは、またも私の予想外の言葉でした。
「学園に復帰したい……ですか」
戸惑う私に、ハーミルちゃんは更に言葉を続けます。
「あの戦いで、かなりの数の先生や生徒も被害を被ったらしくて、学園も最近までお休みしていたそうなんです」
学園について語るハーミルちゃんの表情は、複雑なものを含んでいるように見えました。
「それで学園を再開するにあたって、生徒の数が足りないらしくて、私にもお誘いが来たんです」
元々は優等生だったハーミルちゃんです、学園側からしてみれば是非来て欲しい人材でしょう。
「こんな時に、身勝手なお願いだっていうのは分かっています、でも!」
「ハーミルちゃん……」
「もっと団長の、ギルドの役に立つ為に、更に知識を付けて、今より強くなりたいんです!」
ハーミルちゃんの口調は次第に熱を帯び、その瞳には涙が滲んでいました。
「だから……」
「大丈夫、ですよ」
消え入りそうになった声を遮って、私は優しく声を掛けます。
「え……?」
「私は最初から、反対なんてしてませんよ」
「団長……!」
「少しの間離れたとしても、私達の絆は途切れません、もう知ってるでしょう?」
「はい!」
そう言って元気よく返事をした顔に、最早涙はありませんでした。
その翌日。
学園との打ち合わせがあると言って出掛けたハーミルちゃんを送り出した私は、またテーブルに突っ伏していました。
「また、一人になっちゃいました……」
ハーミルちゃんも、みんなも、前に進み出そうとしている。
それは私にも理解出来ます、応援したいという気持ちもあります、でも。
「何を負抜けた顔をしているのですか」
「えっ……カレンちゃん!?」
悶々としていた私の背後から、凛々しい声が突き刺さりました。
「ギルド活動を再開したと聞いて様子を見に来たというのに、全く貴方は……」
「わざわざ心配して来てくれたんですか! ありがとうございます!」
「べ、別に心配などしていませんわ!?」
そう言って顔を赤らめるカレンちゃん、心なしか、最初に会った時の刺々しい感じが消えた様に思えます。
「もしかして、カレンちゃんも虹光旅団に……?」
「何を甘えた事を言ってるのですか、わたくしが所属するギルドは、黄金同盟意外にありえませんわ」
私の打算の入りまくった言葉をあっさり否定し、カレンちゃんはそう言って姿勢を正します。
「でも、黄金同盟は……」
あの戦いで黄金同盟は跡形も残らない程壊滅し、生き残った数少ない団員も散り散りになったと聞きました。
「分かっています、ですが、貴方に出来てわたくしに出来ない理屈などありませんわ」
私の顔を見ながら、カレンちゃんは悠然と宣言します。
「わたくしは、必ず黄金同盟を元の、いえ、過去より更に強大なギルドにしてみせますわ!」
そう言った彼女の顔には、恐れや不安が微塵も感じられませんでした。
「す、凄い……」
「何を呆けていますの」
「え?」
「貴方がその様子では、張り合いがありませんわ」
「それって……」
一度咳払いをしてから、カレンちゃんは私に向き直って話し始めました。
「一回しか言いません、よくお聞きなさい」
人差し指を私に向け、穏やかな表情でカレンちゃんは話し続けます。
「わたくしは、貴方の事をライバルだと思っているのですからね!」
もしかして、私を励ましてくれた……?
「……も、もう一回聞かせてください!」
「一回だけと言いましたわ!?」
そんなやり取りを終え、カレンちゃんは去って行きました。
「昔よりもっと……か」
カレンちゃんも、今より先に進もうと頑張っているんだ。
「そうだよね、私も頑張らなくちゃ!」
そんな様子に、私の心にもまた火が灯り始めます。
「でも……」
どこか私の中には、ぽっかりと穴が空いたままでした。
私も進みたい、明日へ、未来へ。
そう思っていても、どうしても過ってしまうのです、あれから居なくなってしまった、あの人のことが。
そんな私の思索を打ち切ったのは、不意にノックされた玄関の扉でした。
「はーい、只今伺いまーす!」
もしかして依頼者の方かな? そう思って、急いで応対に赴きます。
「ごめんなさい、今はちょっと依頼の方は……」
「そっか、じゃあ出直したほうが良い……のかな?」
依頼を断ろうとした私の耳に、とても穏やかで、でもその中に確かな強さを秘めた温かい声が聞こえました。
「えっ……」
「ごめん、遅くなった」
そこに立っていたのは、前触れもなく急に現れて、それなのにいつの間にか、私の心の中の一番大事な所を全部占めるようになった、あの人。
「お帰りなさい!」
みっともない程くしゃくしゃになった顔で、涙を流しながら、私は――
異世界英雄戦記、完結しました!
私にとっては二作目となる連載作品で、前作と同じく私の趣味が入りまくったものになりましたが、楽しんでいただけたでしょうか。
もしこれを読んでくださった方が、少しでも面白いと思って下されば、私もとても嬉しいです。
そして、毎日更新をうたっておきながら、最近は更新が不定期になって申し訳ありませんでした、この場を借りてお詫びします。
次回作の構想も考えてあります、次は少しシリアス寄りになるかも……
もし宜しければ、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
最後になりましたが、読んでくださった方々、ブクマ、感想、評価をしてくださった方々、本当にありがとうございました、とても励みになりました。
それでは、長くなりそうなのでこのへんで。




