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第四話 追憶

 俺がギルドに正式に加入してから少し経ち、こちらの生活にも次第に慣れてきていた。

 元の世界に帰りたいと言う思いも無いではなかったが、全く手掛かりが無く、それについては半分諦めていた。

 こちらの世界でサクラやエイラさんと暮らすのは楽しかったし、何より憧れのヒーローになれたのが大きく、正直そこまで帰りたくも無いと言うのが本音だったのだが。


 そして俺は、今日もまた虹光旅団の団員として依頼をこなしていた。


「暇だ……」


 今回の依頼はイーレン西区商店街の雑貨屋での店番、急用で店を開けることになった店長の代わりを務める事になったのだが、訪ねて来るのは常連客が一時間に数人程度で、店番の必要があったのかどうか……


 そんな客達との会話で、俺は気になることを耳にしていた。


「あらあら、こんな良い男を捕まえてるなんて、サクラちゃんも隅に置けないわねぇ」

「これで天国のオーランドも安心かのう」

「いや、そういう関係じゃないんで!」


 西区在住の主婦ドラルさんと、商店街で骨董屋を営むレイルお爺ちゃん。

 元々はサクラの知り合いだったが、俺も依頼をこなす内に顔馴染みになり、こうやって少しは打ち解けた会話をする仲になっていた。


「ん……? オーランド……?」


 その会話の中で出てきた聞き慣れない名前に、俺が首をかしげていると。


「そうか、旅のお主が知らんのも無理も無い」

「もう、あれから十五年になるものねぇ」


 二人が何事か納得した様子で、俺を見て頷きあっていた。


「あのー?」


 その様子に気になった俺が問いかけると。


「わしらに聞くより、直接サクラに聞いたほうが早いじゃろう」

「は、はあ……」


 そんな言葉ではぐらかされてしまった。

 オーランドって人は、サクラの関係者なんだろうか?


 謎の人物オーランドのことを考えながらカウンターにぼんやりと座っていると、入り口の鈴が鳴り、誰か客が入ってきた。 


「いらっしゃいま……なんだシェリーか」


 慌てて礼をすると、入ってきていたのはシェリーだった。


「なんだって何よ……」


 俺の反応に不満そうに頬を膨らませると、シェリーは店内を物色し始めた。


「ちゃんと仕事してるみたいじゃない」


 暫く店内をうろついていたシェリーが、店内の掃除をしていた俺にそう言って話し掛けてきた。


「まあ、こういう事は割りと慣れてるし」


 あっちの世界ではコンビニでバイトもしていたけど、その経験がファンタジー世界で役に立つとはな……


「ふーん」


 その俺の返答に曖昧に答えると、シェリーは店から去っていった。

 結局何も買っていかなかったけど、何をしに来たんだ?


 それからまた少し経ち、そろそろ依頼も終わろうかと言う夕刻に、また入り口の鈴が鳴らされた。


「ヒカル、大丈夫ですか?」


 そう問いかけながら入ってきたのは、サクラだった。


「もうそっちは終わったの?」

「はい、猫ちゃんが良い子で、すぐに終わりました」


 サクラが受けていた依頼は居なくなった飼い猫の捜索だったが、問題なく解決したようだ。


「あー……それでさ」

「何ですか?」


 俺はそんなサクラに、さっきから気になっていたオーランドについて聞こうと思ったが。


「……いや、なんでもない」

「?」


 何故か聞いてはいけないような気がして、その質問を止めてしまった。

 只の直感だが、サクラにその事を聞いたら、サクラが困るような気がしたのだ。


 それから何事も無く依頼は終了し、俺は店長から依頼料を貰うと、その足である場所を尋ねた。


「いらっしゃ……ってヒカルか」


 店に入った俺に、元気良く挨拶しかけて止めるシェリー。

 俺はあの、「定食屋ノーブル」を訪れていたのだった。


「いつものよろしく!」

「はいはい、またハンバーグね」


 俺はこの店の料理、特にハンバーグが気に入っており、こうやって度々食べに訪れていたのだった。


「うん、美味い!」

「あんたも飽きないわねぇ……」


 料理に舌鼓を打つ俺を、シェリーは料理を運びながら呆れ顔で眺めていた。 

 何時もの様にハンバーグを食べ終え、満足して帰ろうとした俺だったが。


「って、忘れる所だった」


 ここに来たもう一つの用事を思い出し、シェリーに向き直って話し掛ける。


「今日は只食べにきたわけじゃなくて、シェリーに聞きたい事があったんだ」

「聞きたい事って、これでもあたし忙し……」


 そう言って断ろうとしたシェリーだったが。


「別に構わねぇぞ、お前この間の礼もちゃんと出来てないって愚痴ってたし、ここは俺ががどうにかしておくからよ」


 厨房の奥から野太い声が響いて来た、シェリーの父であり、この店の店長でもあるガンツさんが助け舟を出してくれたのだ。


「ぐ、愚痴ってなんかいないってば!」


 その言葉に顔を真っ赤にするシェリー、別にこの前の事を俺は大して気にして無いんだけど……


「それで、聞きたい事って何なのよ」


 俺の向かいの席に座り、まだ赤みの引かない顔で少し怒った様に俺に話し掛けるシェリー。


「えーっと、オーランドって人の事なんだけど……」


 そのシェリーに、俺は今日一日中気になっていたオーランドの事を訪ねた。


「……そっか、あんたは知らなくて当然だものね」


 シェリーはしみじみとした様子で呟いてから。


「あんた、それサクラから聞いたの?」


 そう俺に問いかけてきた。


「いや、店番をしてたときに耳にしただけで、サクラにも聞こうと思ったんだけど、なんだか聞いちゃいけないような気がして」

「成程、あんたにしては気が利いてたわね」


 そう告げ、少し瞳を閉じて考え込むような仕草を見せると。


「良いわ、話してあげる、オーランドおじさんの事、15年前のあの災厄の事をね」


 意を決したようにシェリーは語り始めた。


「私もあの頃は小さかったから、正確には覚えてないんだけど……」

「15年前、この街は強大な魔物に襲撃されたのよ」


 十五年も経って未だに語られているなんて、よほど衝撃的な事件だったのだろうか。


「その魔物、「闇の災厄」なんて大層な名前を付けられたそいつは、たちまち町を壊滅状態に陥れ、全ての住人が死を覚悟する事態にまで発展したのよ」

「そんな大事になってたのに、公国の軍は動かなかったの?」


 街一つを壊滅させるような魔物なら、国全体で対処してもおかしくないと思うのだが。


「もちろん公国も事態を収拾しようとしなかった訳ではないわ、でも、あまりにそいつの力は凄まじく、公国軍が動き出す暇も無かったの」


 そこでシェリーは一旦言葉を切り、何かを思い出すように宙に視線をさまよわせてから、再び続きを話し始めた。


「そんな時、その災厄に勇敢に立ち向かった者たちが居たの」

「それが当時最大のギルドと呼ばれていた虹光旅団、その先頭に立っていたのが団長のオーランド、つまりサクラの父親だったのよ」

「サクラの……父親……」


 当時虹光旅団がそれ程の規模を持っていたことも驚きだが、サクラの父親がその団長だったなんて。


「結果的に言えば、虹光旅団は災厄を退治する事に成功し、街は救われたの」


 災厄と呼ばれる程強大な魔物を倒すなんて、その時の旅団は相当な実力者が揃っていたんだろうな。


「でも……」

「でも?」


 そこで言葉を詰まらせ、一気に表情を曇らせたシェリー。


「その戦いで団員の殆どか帰らぬ者となり、団長であるオーランドも……」


 という事は、サクラはその時、旅団の仲間と父親の両方を失ったのか……


「そんな訳で、かつてはこの国一との呼び声もあった虹光旅団は一気にその力を失い、今では弱小ギルドに成り下がってしまった、ということね」

「サクラが俺と年もそんなに変わらないのに団長なんてやってるから、変だとは思ってたけど、そういう訳だったのか……」


 そうかなり驚いた様子で答えた俺に対し、シェリーは寂しげな、それでいてどこか優しい口調で俺に告げた。


「サクラはね、あの頃のようなギルドをもう一度取り戻したいのよ」


 そして幼なじみのシェリーや、数少ない生き残りのエイラさんと協力し、最近ようやくギルドとしての業務を再開出来るようになった、とのことだった。


「だからあんなに、一直線に頑張れるんでしょうね……」


 そう言って窓の外を見つめるシェリー、その物憂げな横顔からは、新参者の俺には分からないであろう複雑な感情が読み取れた。


「ただいまー」

「お帰りなさいヒカル!」

「今日は遅かったね、サクラが心配してたよ」


 家に帰った俺を、サクラとエイラさんが迎える。

 自分では気付かなかったが、シェリーとの会話で結構時間が立っていたらしい。


「ちょっとね……」


 そう曖昧に答えながら家に入り、結局俺の部屋になった屋根裏部屋へと続く階段を登ろうとした時、俺を見つめるサクラの事が、不意に気にかかった。


「サクラ」

「ヒカル?」


 十五年前のこと、父親のこと、ギルドのこと、何を言って良いのか分からず、サクラを見つめたまま停止する俺。


「そ、そんなに見つめないで下さい……!」


 そう言って顔を赤らめるサクラ、何か誤解しているような……


「ギルドの仕事、頑張ろうな」

「は、はい!」


 結局そんなありきたりの言葉しか掛けられなかった俺を見て、サクラは不思議そうに頷いたのだった。

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