第三十七話 最後の力
コントンを倒し一件落着かと思われたが、真の闇の災厄はまだ倒されていなかった。
光達の眼の前に現れた闇の災厄は、その姿をライドヒーローダッシュそっくりに変え――
「滅べ……!」
突如現れた黒い英雄、ダッシュそっくりのその姿を持った禍々しい魔人は、漆黒の体に殺意を漲らせ、俺に突進して来た。
「変身!」
素早く俺はフラッシュに変身し、サクラ達を庇う様にその黒い英雄と相対した。
「このスピードなら!」
フラッシュの超加速能力を発動させ、一気に勝負を付けるつもりだったが。
「俺に付いて来るのか!?」
周りの全てが停止した超加速空間、その中を黒い英雄は、まるで普通の事の様に悠然と歩いていた。
本来ならその姿はサクラ達と同じように俺の視界で静止しているはず、それなのにこうして向かってくるということは、敵は俺と同程度か、それ以上のの速度を持っているということだ。
黒い英雄はそのまま俺に接近し、手刀による鋭い突きを連続で繰り出す。
その攻撃を両手で捌きながら反撃の機会を伺うも、敵には全く隙らしい隙は無かった。
「我は――」
首筋を狙う左手を右手で払いのけ、続いて胴体に突き立てられようとした右手を体を捻って回避。
すかさず飛んできた回し蹴りを鉤手で受け止め――
「なら、これで!」
俺の言葉と共に、周囲にフラッシュと全く同じ姿の分身が数十体出現した。
膠着する状況を打破しようと、俺はフラッシュのもう一つの力を発動させたのだ。
それは、自身と同じ力を持った分身を無数に発生させる力。
例え相手が俺と同等の力を持っていたとしても、これだけ数がいれば。
「これも……!?」
しかし、俺の目論見は外れた。
俺の周囲には、一瞬で黒い英雄の分身が数えきれないほど出現していたのだ。
「――全ての終焉」
俺の発生させた以上の数の分身にあっという間に囲まれた俺は、為す術もなくその体を宙に浮かせた。
「がぁぁっ!」
「ヒカルさん!?」「ヒカル!」
それと同時に変身が解け、俺は超加速の世界から強制的に引き戻される。
「素晴らしい、これが正義の力」
分身を消滅させた黒い英雄は、自身の力を誇示するかの如く倒れこむ俺を見下ろす。
自身の周りに漆黒のオーラを漂わせ、ゆっくりとこちらに歩いてくる黒い英雄。
その姿は、まさに世界を滅ぼす魔王の如く。
「これで我は真に完全となった、最早誰に止められる事も無い」
「……違う」
倒れこんだままの俺に、無慈悲に告げられる言葉。
俺はその言葉を聞き、反射的に口を開いていた。
「正義は、ヒーローは、お前とは全然違う!」
「圧倒的な力で敵対するものを潰し、自らの望みを叶える、それが正義――我はそう学んだ」
それは確かに、正義と呼ばれるものかもしれない、自分の考えを貫く為に、他者を犠牲にしてまでも前に進むこと。
それも正義の一側面であることは確かだ。
だけど。
「強いから正義なんじゃない、正義だから強いんだ」
「何?」
「お前には分からない、だから、お前には負けられない!」
お前が今までの俺の行動を見てそう判断したのなら、お前は相当な大馬鹿者だ。
そう思うと、自然に口元に笑みが浮かぶ。
そして、俺はゆっくりと立ち上がり始めた。
「何故立ち上がる? この状況なら、人は恐怖と絶望を感じるはず」
「俺一人だったら、確かにそうなっていたかもしれない、でも!」
俺の目に、立ち尽くすサクラ達の顔が映る。
「ヒカル……」「ヒカルさん!」
その顔には黒い英雄に対する恐怖と怯えが、確かに感じられた。
だが、それだけでは無い、俺に対する期待、希望、信頼。
それらがない混ぜになった顔で、サクラ達は俺を見つめていた。
そして、俺は立ちはだかる黒い英雄に向き直る。
最初はただの憧れだったヒーローも、遂にここまで来るなんてな。
俺はそんな感慨深い思いを抱えていた。
「これで、本当に最後だ!」
もう俺の体の事や、この後の事なんて微塵も頭に無かった。
ただ、みんなを守りたい、その思いだけが俺を動かしていた。
「限界を超えた、その先に」
ここまでの変身は全て俺の知ったものだった、テレビで見た、かつてのヒーローの姿。
此処から先は誰も知らない、俺の、俺だけの力。
ベルトとブレスレットが光の粒になって消え、その残りが淡い明かりとなって体を照らす。
「変……身!」
無意識にその言葉を紡いだ時、俺の全身から眩い光が放たれた。
「この光は!?」「眩しい、でも……暖かい」
「なんだ、これは……!?」
すべてを包み込むような眩い光、その輝きが、周囲を包む黒い空間を消し去っていく。
「見て、空が!」
一瞬で漆黒のドームは消え、俺達の周りには、見慣れたイーレンの街、イーレンの空が広がる。
「終わらせる、全てを!」
光が収まったそこに、立っていたのは――




