第三十六話 それは、終わりを告げるもの
新しい力、"ライドヒーローフラッシュ"へと変身した俺は、その力でコントンと名乗った魔人を撃破したのだった。
――同時刻、イーレン西区大通り。
魔術によって作り上げた土の巨人、ゴライアス・改を駆って激戦を繰り広げていたナタリアだったが、多勢に無勢、ゴライアス・改と同じ姿を持った巨大魔人相手に、苦戦を強いられていた。
「敵の動きが……」
大きく破損し、辛うじて原形を留めているだけのゴライアス・改の肩に乗り、ナタリアはあっけに取られた様子で静止していた。
ナタリアを囲んでいた敵が突如その動きを止め、直後何の変哲も無い土塊へと一瞬で姿を変えたのだ。
同様の現象は、囮役となって敵を引き付けていたものの敵に包囲されてしまったアイリスとハーミル、そして救援に訪れたカレンたちの目の前でも発生していた。
「終わった……?」
「ヒカル達がやったのじゃ!?」
「多分……いえ、きっとそうですよ!」
まるで最初から何も無かったかのように消滅した魔人達を見送り、アイリス達は歓喜に沸いていた。
これでようやく戦いも終わり、元の平和なイーレンが戻ってくる、誰もがそう信じていた。
「妙ですわ……」
「何がじゃ?」
突如街道の真ん中で立ち止まったカレンに、アイリスが不思議そうに問いかける。
「嫌な気配がまるで消えていない、それどころか、更に強まって感じる……!?」
カレンが周囲を包む異様な気配を察知した、その時。
「大変です! 見たことも無い魔人が、イーレンを……!」
「なんじゃと!?」
狙撃主の技能を活かして偵察をしていたハーミルが目撃したのは、イーレン全体を溢れ出さんばかりに埋め尽くす異形の魔人だった。
慌ててイーレンの直ぐ傍まで駆け寄ったアイリス達の目に飛び込んできたのは、今まで目にした事の無い恐ろしい光景だった。
その魔人は影がそのまま人間から分離した様な、黒一色の顔の無い不気味な様相をしており、まるで生気を感じないそれに占拠されたイーレンは、全体が濃い死の気配に包まれているかに見えた。
「一体何が……」
「恐らく、闇の災厄が出現したのだろうな」
「きゃぁぁっ!?」
突如背後から掛けられた聞き慣れない声に、カレンは飛びのいて仰け反った。
「済まん、驚かせたか?」
「ナタリア!」
そこに現れたのは、アイリス達とは別行動をとっていたナタリアだった。
アイリス達とは逆に、街道の仲間と合流しようとしたナタリアだったが、結果的にはそれで異形の魔人から紙一重で逃れられたのだった。
「べ、別に驚いていませんわ!」
「でも今」
そんなナタリアの横では、どうにか平静を装ったが全く取り繕えていないカレンに、ハーミルの冷静な突っ込みが浴びせられていた。
「そ、そんなことより重要なのは、あの魔人をどうするかではなくて!」
「ふむ、一理あるな」
「ヒカル達は大丈夫なのじゃろうか……」
不気味な魔人が闊歩するイーレンを見遣り、心配そうに呟くアイリス。
その視線の先には、ヒカル達が突入した闇のドームが、まるで力の象徴の如く悠然とその姿を誇示していたのだった。
コントンを倒し一息付く俺に、サクラ達が駆け寄って来る。
「やったじゃない、ヒカル!」
「……ヒカルさん、ありがとうございました」
口々に喜びの声を上げるその表情は、安堵と感謝の気持ちに溢れていた。
しかし。
「おかしい……」
「どうしたの?」
俺は、得体の知れない不安感を抱えていた。
「あいつを倒したのに、この空間が元に戻らないんだ」
俺達が突入した闇に包まれたこの空間、エイラさんの話によれば、闇の災厄を倒せばこの空間も消えるはずなのだが。
「それって、どういう……」
俺の言葉にシェリーが訝しげな表情を見せた、その時。
――遂にこの時が来た――
俺達の頭の中に直接、地の底から這い出たような声が鳴り響いた。
「……これは!?」
「闇が……集まっ……!?」
それと同時に、俺達の周りを包んでいた闇が、一層濃く集まり出したのだ。
――再び我は――
この声、さっきから一体……?
耳を塞いでも、その不気味な声は鳴り止まない。
そして俺達の目の前に、黒い繭の様な物体が前触れも無く出現した。
「あれが本当の」
「闇の……災厄!?」
それを目にするだけで、心臓を鷲掴みにされたような悪寒が止まらなくなる。
しかし、どうしてもそれから目を離す事が出来なかった。
――目覚める――
そして、ゆっくりと繭が開き――
「子供……?」
そこに現れたのは、場違いな程普通の見た目をした小さな少年だった。
外見は褐色肌に銀色の髪、身長は丁度俺の腰ぐらいだろうか、幼い顔つきも相まって、年の頃は十歳程に見える。
だが、その少年から放たれる威圧感と殺気は、今までの魔人と比べるのが馬鹿馬鹿しくなる程強大なものだった。
「まずは礼を言おう、弱き者達よ」
少年は、外見に似合わない重厚な声で悠然と語り始める。
「喋りました!」
「そこに驚いてどうするのよ!」
一見何時ものように呆けた会話だが、サクラ達の声からは確かに怯えと恐怖が感じられた。
恐らく、冗談でも言っていないと平静を保てないのだろう。
「礼だって……?」
訝しげに問いかける俺に目もくれず、少年は淡々と語り続ける。
その声は、こちらへの理解も共感も求めない冷徹なものだった。
「我は、かつて弱き者達に敗北した」
これは、十五年前の事を言っているのか?
「我は完全なる存在であったはず、故に敗北の可能性など無いはずであった、だが弱き者達は、心の、感情の力とやらで我を倒したのだ」
「……お父さん」
その少年の言葉に、サクラは何かを思い出すように目を閉じていた。
「だが、我は滅びなかった、深遠なる闇の底で、復活の時を待っていたのだ」
そこまで聞いて、俺は頭に浮かんだ疑問をどうしても抑えられなかった。
「ちょっと待ってくれ、そもそも、何でお前は俺達と戦うんだよ!」
そう、少年の話には十五年前の戦いの起点が無い、何故俺達と戦うのか、どうして戦わなければならないのか、それが気になってしまった。
「そうです、私達が貴方に何かをしたんですか!」
「ふむ……弱き者達は、呼吸をせぬのか?」
俺達の問いに、少年は不思議そうな顔を浮かべて答えた。
「え……?」
予想外の返答に、俺達の思考が一瞬止まる。
「我にとって滅びは、破壊は、呼吸と同じ」
そんな俺達の様子も気にせず、少年は全く態度を変えずに話し続けた。
「理由など無い」
「そんな……」
サクラの顔が、絶望と恐怖で真っ青に染まる。
少年の答えは俺達の理解の範疇を超えていた、これでは話し合うどころではない。
「……話しても、無駄って事ね」
シェリーの諦めた様な呟きが、この事実を象徴していた。
そして、少年は邪魔の入らなくなったことを確認すると、また一方的に語り始めた。
「只復活しただけでは、また心の力によって敗北を期するだろう――我は知ろうとしたのだ、弱き者達の心とやらをな」
「もしかして、その為に魔人達を操ってたのか!」
トウコツやキュウキ、そしてコントンも、全てはこの少年の命令で、人間の感情を知る事だけが目的で動いていたって言うのか……!?
「我の思惑通り、弱き者達の心はいとも簡単に揺れ動いた――怒り、悲しみ、喜び、憎しみ……」
そこまで話してから少年は一旦言葉を切り、俺に視線を向けた。
「そして、我は今、最も知るべき心を知った」
「何……?」
「正義だ」
「我が最も憎むべき心にして、最も知るべき心」
「それを知った今、我は真に完全なる存在となった」
語り終えると同時に、少年の周囲に急速に闇が収束し、一瞬でその姿は、まるで予想外のものへと形を変える。
「この姿は……!」
「まさか……!?」
そこに現れたのは、鮮血の如き暗い紅と、深い闇の如き漆黒の鎧を身に纏う戦士。
「……俺、なのか……!?」
そう、それは、"ライドヒーローダッシュ"の姿であった。
全身の結晶は黒く鈍く輝き、下地の色は血の色を思わせる暗い赤色、全身に生えた棘の様な突起と、釣り上がった目、鋭い牙等、細部こそ違うが間違いなくあの英雄の姿だった。
「滅べ」
そして、その英雄が放った言葉は、俺たちに対する無慈悲な宣告で――




