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第三十二話 決戦前夜

「……という作戦だ」


 ナタリアから作戦を聞き終えた俺達は、深刻な表情で黙り込んでいた。

 確かにその作戦ならば勝機はある、確かにあるが、それでも成功する確率はきわめて低い物だった、もし失敗すれば……


「分かりました、それで行きましょう」


 沈黙を破ったのは、サクラの大きな決意を含んだ声だった。

 その言葉に、俺達も覚悟を決める。


「今から行くのじゃ?」

「いえ、明日の朝にしましょう、色々準備が必要でしょ」

「帰ってこれる保障は無いからな……」

「決行は明朝……か」


 それから自然にこの場は解散となり、俺達はそれぞれの部屋へと戻っていった。


 部屋でベッドに腰掛け休んでいると、唐突に扉がノックされ、深刻な表情を浮かべたシェリーが黙って入ってきた。

 そのまま俺の隣に腰を下ろしたシェリーは、複雑な顔のまま黙り込んでいた。


「シェリー?」


 沈黙に耐えかねた俺が声を掛けると。


「ねぇ、あんたは本気で行くつもりなの?」

「イーレンに住んでた私達はともかく、あんたには元々関りの無い事でしょ、それでも行くの?」


 堰を切ったかの如く喋り出し、俺に詰め寄るシェリー。


「今更何を言って」

「あんた、何か隠してるでしょ」

「……そ、そんなこと無いって」


 反論しようとした俺の言葉も、鋭い指摘に途中で止められてしまった。


「前々から思ってたけど、あんたって嘘が下手ね」


 そんなに俺って表情に出るタイプか……

 と考えこんでいると。


「話したくないならそれでも良いわ、でも、これだけは言わせて」


 そう言ってからシェリーはゆっくりとベッドから立ち上がり、俺に背を向けたまま予想外の言葉を告げた。


「あたしは……あんたが好きよ」

「え……!?」


 全く考えていなかった発言に、口をぽかんと開けたまま俺の動きが止まる。

 後から考えれば、相当間抜けな顔をしていただろう。


「一応言っておくけど、男女間の好意って事よ」


 混乱した頭で、もしかして好きって俺の考えてる意味ではないのかも……

 と都合のいい解釈をしようとしたが、そう止めの言葉を言われてしまってはぐうの音も出ない。


「別に無理に返事をしなくても良いわ、その様子だと、やっぱり気付いていなかったみたいだしね」


 そこまで言ってから、シェリーはこちらを振り向いた。

 陽気な語り口とは対照的に、シェリーの顔は真剣そのものだった。 


「だから、あんたには傷ついて欲しくないのよ」

「シェリー……」

「それだけ言いたかったの」


 そして、俺達はそのまま言葉も無く見つめ合う。

 一見ロマンティックだが、俺は経験したことの無い状況にどうしたら良いか全く分からず、内心滝汗を流していた。 

 不意に、見つめ合ったままのシェリーが満面の笑みを浮かべ。


「言いたい事言って、すっきりした! じゃあね!」


 そう言って、さっぱりした様子でそのまま走り去ってしまった。

 後には、呆然とした俺がただ残されたのみ。


 その後どれ位そうしていただろうか。


「どうしたのじゃ? やはり緊張しておるのか?」

「いや……ちょっと衝撃を受け止め切れなくて」


 部屋に入ったアイリスが訝しげに話しかけて来た時には、既に窓の外は真っ暗になっていた。 


「なあ」

「はえ?」


 俺の膝の上に座って休んでいたアイリスに、ある事を問い掛ける。


「本当にアイリスも一緒に来てくれるのか?」


 俺と同じく余所者のアイリスはイーレンに縁が薄い、それにアイリスの性格なら、こんな状況になったらとっくここから居なくなってもおかしくないのに……


「……正直、少し前のわらわなら逃げ出しておったじゃろう」


 そう言ったアイリスの顔からは、いつものお気楽さが消えていた。 


「自分でも驚いておるのじゃ、こんなにわらわが強くなれた事に」


 じっくりと、自分の中にある何かを確認する様に話すアイリス。


「それは多分、ヒカル達のお陰なのじゃろうな」


 アイリスは、しみじみとした表情でそう告げた。

 それから暫く、俺達の間に心地良い沈黙が流れていた。


「ヒカル、明日の戦いが終わったら、わらわのお願いを一つ聞いてもらえんじゃろうか?」

「お願い?」


 突然アイリスが膝の上から俺を見上げてそう言った。


「中身はまだ秘密なのじゃが……」


 言い終えてから、少し申し訳無さそうな顔になるアイリス。

 中身は気になるけど、これだけ頑張ってくれてるアイリスの頼みは断れないよな。


「分かった、いいよ」

「本当かえ!」


 俺の答えを聞いたアイリスは、顔一面に笑顔を浮かべると、上機嫌のまま自室に帰っていった。    


 夜風に当たる為に廊下に出ると、そこで窓から月を見ているハーミルと出くわした。


「先輩!」

「ハーミル、大丈夫か?」


 俺に話しかけるハーミルの口調は明るかったが、手先が僅かに震えているのが見えた。

 やはり明日の戦いに恐怖を感じているのだろう。


「えへへ、やっぱり怖いですね」

「無理しなくてもいいんだぞ」

「でも、私も虹光旅団の一人ですから……」


 そう口で言っても、ハーミルの顔からは怯えが消えていないようだった。


「……あの、先輩」


 そして、ハーミルは俺との距離を詰め。


「ぎゅって、してくれますか」


 俺の顔をじっと見つめてそう告げた。  


 驚いて思わず素っ頓狂な声が出そうになるが、どうにか堪えて真面目な顔を保つ。


「一回そうしてくれれば、勇気が出ますから……」

「あ、ああ……分かった」


 なんとか答えるが、正直ハーミルの言葉は半分も頭に入っていなかった。


「こ、これで……良いか?」


 ハーミルの首に腕を回し、昔見た映画の見よう見まねでその華奢な体を抱きかかえた。 

 感慨深そうに目を閉じたままハーミルは静止していたが、俺の方は心臓が爆発しそうであった。 


 五分程立った頃だろうか、俺にしてみれば永遠とも取れる時間が経過して、ハーミルはゆっくりと俺から体を離した。


「はい、とっても元気になりました!」

「そ、そうか、良かった……」


 満開の花の様な笑みを浮かべるハーミルとは対照的に、俺は魂が抜けた顔でその場で暫く立ち尽くしていたのだった。 

 

 なんだか妙な感じになってしまい、夜風に当たるのを諦めて部屋に戻ろうとした時、一階のある部屋の電気が付いている事に気付いた。  


「まだ寝てないのか?」

「ちょっと待ってくれ、こいつの最終調整がな」


 その部屋で何事か作業に熱中していたのはナタリアだった。

 机の上には俺にはさっぱり分からない何かの数式が書かれた紙や、螺の様な金属部品の残骸が無造作に転がっていた。


「あんまり根を詰めると、明日に響くぞ」

「ああ、そうかもな」


 俺の言葉におざなりに答えたナタリアだったが、さっぱり作業を止める様子が無い。

 このままだと、夜明けまで徹夜で作業を続けてしまうかも。


「手伝おうか?」

「本当か! それなら……」


 そう思って手伝いを申し出た俺に、ナタリアは嬉々として作業を割り振ってきた。

 資料の片付けと探索、コーヒー入れとお菓子の補給、その他諸々……


「やっと終わった……」

「済まない、助かった」


 作業が終わった頃には、すっかり夜も更け時刻は丑三つ時に差し掛かろうとしていた。


「こんなに必要なのか?」

「ああ、明日は相当厳しい戦いになるだろうしな」


 机の上にはナタリアが使うであろう魔導器具が相当数並べられていた。

 俺にはさっぱり使い方の分からないものばかりだったが、これで明日の戦いが少しでも楽になれば。


「なあ、ヒカル」


 疲れた体を椅子に座って休めていると、同じように座っていたナタリアが不意に口を開いた。


「体、相当酷い状況になっているんだろう?」

「……分かるのか」


 思わず頭の包帯に手が伸び掛けるが、隠しても無駄だと思い途中で止める。


「見れば分かるさ」

「みんなには……」

「ああ、黙っているさ、だがな」


 俺の気持ちを察したのか、ナタリアはそう言って軽く笑うと。


「正直な気持ちを言えば、これ以上君には戦って欲しくない」

「それは……」

「分かっているさ、そう言っても君が止まらない事はな」


 そしてナタリアは椅子から立ち、俺の方を向いて真剣な表情で口を開いた。


「一つ、約束してくれないか」

「自分の命を粗末にしないでくれ」

「そんな当たり前の……」

「約束してくれ」


 念を押すナタリアの言葉には、心の底から俺を心配してくれているナタリアの真摯な気持ちが感じられた。  


「……分かった」

 

 そして、俺はゆっくりとその言葉に頷いたのだった。


 色々な事がありすぎて、床に就いても全く眠れなくなってしまった俺は、庭に出て時間を潰すことにした。

 ぼんやりと庭を歩いていると、突然背後から声を掛けられた。


「眠れないのですか?」

「カレン……」


 俺に話しかけて来たのは、憂鬱な表情を浮かべたカレンだった。

 二人で庭のベンチに座り、隣り合って話し始める。


「明日の朝、俺達全員で街に攻め込む」

「本気ですの……!?」


 自分でも何故かは分からないが、俺はカレンに明日の作戦のことを話していた。

 なんとなくだが、話しておかなければならない気がしたのだ。 


「ああ」

「あれだけの数を相手にして、どうして貴方は……」

「何も正面からぶつかる訳じゃないさ」

「でも」


 そう心配するカレンからは、いつもの自信に満ち溢れた態度が全く消えてしまった様に感じ取れた。


「あいつらを操ってる誰か、そいつを倒せば全部何とかなる、そんな気がするんだ」

「そんな相手に、勝てますの?」

「……分からない」


 この前戦った時、俺はあのローブの男に全く手も足も出なかった。

 正直このまま戦っても、勝ち目は薄いかもしれない。

 例えそうだとしても――


「それでも、行くのですね」


 その言葉に、言葉を出さずに頷く。


 カレンはベンチから立つと、そのままゆっくりと庭を歩きながら話し始めた。


「わたくしは今まで、自分がとても強い人間だと思っていました」

「でもそれは、只の思い込みだったようです」


 自分が守っていたもの、守られていたものを一瞬で失ったカレンの気持ちは、俺にはとても想像出来ないだろう。


「わたくしが強かったのは、あくまで黄金同盟という強い力の庇護を受けていたから」

「それを失った今、こんなに心細く、心がざわつくなんて……」


 そう告げるカレンの表情は見えなかったが、俺の目にその背中がいつもより小さく見えたのは気のせいなのだろうか。


「ですが、貴方は違うのですね」


 そう言って俺に振り向いたカレン、その目には薄く涙が滲んでいる様に見えた。 


「違わないさ、俺だって一人じゃ戦えない、皆が居るから、だから戦えるんだ」

「多分、誰だってそうだ」

 

 そんなカレンに、俺は元気付けるように力強く告げる。


「わたくしも……」

「わたくしも、貴方みたいに強くなれるのでしょうか」

「なれるさ、きっと」


 俺の言葉に、カレンはぎこちない笑みを浮かべる。

 その綺麗な顔が、俺には月明かりに照らされて輝いているように見えたのだった。 

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