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第三十一話 一時の安らぎ

「朝…か」


 俺は、ナタリア邸の一室で目を覚ました

 既に日も昇っており、室内の時計は午前十時を指していた。

 

 俺は部屋の鏡を見ながら、頭に包帯を巻いていく。

 少しの隙もないように、頭一面に万遍無く綿密に巻きつけていく。

 あの塔での戦いで傷を追ったと仲間には説明しているが――


「おはよう」

「ヒカル、起きたのか」

「おはようなのじゃ」


 大広間のドアを開くと、既にアイリスとナタリアがそこに集まっていた。


「……サクラは?」

「さっき目を覚ましてな、本人はもう大丈夫だと言っていたが、まだショックが大きいようだ」

「そうか……」

 

 その時、玄関の方から元気よく館に帰って来た声がした。


「見回り行って来たわよー」「只今戻りました!」

「お帰り、シェリー、ハーミル」


 イーレンに魔人たちの襲撃があってから、俺達は交代で睡眠を取って館の周りを見回る事にしていた。 

 幸い町外れの辺鄙な場所に位置するナタリア邸にはまだ魔人達が集まっていなかったが、ここもいつ戦場になるか分からない状況だった。


「ヒカル、もう起きてたのね」

「街の様子は?」

「日に日に酷くなってるわね」

「このままだと、数日もしないうちに町全体が魔人だらけになるかも……」


 シェリーの報告によれば、街には住民の気配も無く魔人達が好き勝手に破壊活動を繰り広げているらしい。

 対抗する戦力も既に全滅してしまったようで、俺が昨日目撃した黄金同盟壊滅戦を最後に派手な戦闘も行われていなかった。

 こうなれば首都からの増援頼みだが、街道も魔人の群れが占拠している状況で、この惨状が本国に伝わっているかどうかは分からない。  

 という絶望的な状況だった。


「そうだヒカル、あのお嬢さんの様子を見てきてくれないか」

「俺が?」


 不意に、ナタリアがカレンの話を切り出した。

 俺が館に連れ帰ってきた後カレンは疲れからかすぐに眠り込んでしまい、今もナタリア邸の一室にいる筈だった。


「ああ、彼女と何度か面識があるのだろう?」

「あんたが一番ああいうタイプが得意そうだしね」


 別に得意なタイプって訳でもないんだけどな…


「カレン、入ってもいいかな?」

「……構いませんわ」


 部屋のドアを軽くノックすると、あのカン高い声に迎えられた。

 心なしか、この前よりも元気が無いように思える。


「おはよう、もう起きてたんだ」

「挨拶は要りませんわ、状況を説明して下さる?」


 軽くベッドの上で体を起こしたカレンは、昨日の疲れからか少しぐったりとした様子だったが、その声にはいつもの強い意志が感じられた。


「少し長くなるけど……」


 ベッドの前に置いてあった椅子に腰掛け、あの時計塔での出来事から今までを話し出す。


「時計塔が崩れてから、俺達は疲れて眠ったサクラや怪我をした皆の治療の為にここに来たんだ」


 黒いローブの男によって、俺達はかなりの損害を受けていた。

 また、サクラの家ではローブ男が追ってくるかもしれないと判断し、ナタリア邸まで退却していたのだった。


「結果的に言えば、ここに居た事であの襲撃を避けられた」

「すぐに街の救援には向かえなかったのですか?」


 憮然とした顔で俺に問うカレン、その声がどこか俺を責める口調になっていたのは気のせいではないだろう。


「そうしたいのは山々だったけど、サクラは心此処にあらずって感じで、俺達もあの戦闘と崩落で結構な傷を負ってたから……ごめん」


 俺がもう少し早く到着していてもあの惨事を防げたかは分からない、あれ程の数の魔人相手に俺一人が加わったところで……

 けれど一瞬で全てを失ったカレンの心情を考えれば、俺を恨みたくなる気持ちも分かる、そう思い俺はゆっくりと頭を下げた。


「謝る必要は……ありませんわ」


 悲しげに告げると、カレンは落ち込んだ顔でそのまま黙りこんだ。

 俺は、そのカレンにこれ以上掛ける言葉が見つからなかった。


 カレンを部屋に残し俺が大広間に戻ると、テーブルにイーレンの地図を広げ、ナタリア達がその周りに集まってこれからの方針を話し合っていた。 


「さて、このまま手を拱いている訳にも行かないな」

「そうは言っても、敵は物凄い数じゃしのう」

「確かに、正面から行っても勝ち目は無いわね」


 地図には、既に制圧された街の主要施設に☓印が付けられていたが、それは街の殆どに及んでおり、魔人の数の多さと精強さを物語っていた。


「……それでも、諦める訳にはいきません」

「サクラ!」


 突然大広間の扉が開かれ、片刃剣を背負ったサクラが入ってきた。

 

「もう大丈夫なのか?」

「ええ、いつまでも落ち込んでいたら、あの人達に怒られちゃいますから」

 

その声は少し沈んでいたが、はっきりとした強い意志を感じられる、芯の強いものだった。 

 まだ俺の中には心配する気持ちが残っていたが、本人がこう言っている以上、止めることは出来ないよな。


「作戦ならある」


 そう自信有りげに言ったナタリアが、ゆっくりとテーブルの上に取り出したのは――

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