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第三十話 破壊の嵐は止まる事無く

 ――時計塔崩壊から三日後


 イーレン東区、黄金同盟の本拠地近く、豪華な建造物が立ち並び通常時は富裕層の居住区となっているそこは、既に激しい戦場になっていた。

 無残に壊されたバロック調の優雅な豪邸の中で、炎に包まれる調度品の数々、住民の姿は無く、失われたかつての栄華の光景が広がっているのみ。

 何体もの魔人が蠢く中、破壊と暴虐の嵐を掻き分け金髪の少女が駆け抜けていく。


「麗撃剣舞!」


 レイピアの鋭い連撃が、馬頭魔人の体を穴だらけにし爆炎に包む。

 その少女、カレン・フォーグナーはたった一人で既に何体もの魔人を撃破していた。

 だが戦いの痕は隠しきれず、豪華なドレスもあちこち破けては煤に塗れ、優雅な縦巻きの髪も幾つかが無造作に解けていた。


「この程度なら……」


 辺り一面を制圧したことを確認し、一先本拠地へと帰還する事にしたカレン。


 自室に入ったカレンを、黄金同名の制服を着た副官が出迎えた。


「カレン様!」

「状況はどうなっていますか?」

「は、A・B両小隊は敵の足止めにひとまず成功、C小隊は住民の避難を開始しました」


 カレンの問いに、ショートカットに切り揃えられた黒髪と、銀縁の眼鏡が真面目な印象を与える女性副官が淀みなく答える。


 二日前のあの夜から全ては変わってしまった、前触れもなく出現し街を包囲した魔人達がイーレン全域を突如戦禍に包んだのだ。

 凄まじい量の魔人に防壁もあっと言う間に破壊され、既に街には数え切れない程の魔人が侵入していた。

 黄金同盟はイーレン最大のギルドとして精力的に迎撃作戦を行おうとしたものの、余りの数の多さに防戦一方。

 仕方なく住民の避難と足止めに徹していたのだった。


「そうですか、今の所順調のようですね」

「ただ……」

「何か?」

「他のギルドの増援ですが、既にギルド本部は機能停止状態で、全く統制が取れておらず」

「わたくし達だけで作戦を遂行するしかない、ということですね」


 副官の言葉通り、会長死亡から混乱の極みにあった本部はまともな指揮系統を保っておらず、この緊急事態にまるで有効な対策を取れていなかった。

 この時の彼らが知る由もなかったが、既にイーレンを見捨て他の都市に逃げ出したギルドも相当数いたという。


「彼らはどうしているのでしょうね……」

「何か?」

「いえ、何でもありませんわ」


 一瞬虚空を見つめ、何事か物思いに耽るカレン。

 だが副官の訝しげな問いに直ぐに己を取り戻し、また凛々しい顔つきに戻った。


 とその時、突然カレンの前に、ボロボロの制服を着た構成員が慌てた様子で駆け込んで来た。


「ほ、報告します!」

「いきなりどうした、無礼だぞ」

「構いません、それより何が?」


 一礼もせずに話し出した男に副官が怒り顔を見せるが、カレンはそれを片手で制し、話の続きを促した。


「イーレン全域より、出現魔物多数、物凄い数だそうです!」

「報告は正確になさい、何体魔物が出現したのです」

「それが……とにかく数え切れない程だと」

「それだけの魔物、一体何処から」

「残念ながらそれも不明です、報告では突如前触れも無く現れたと……」

「……報告ご苦労、下がっていなさい」


 終始自身でも困惑した様子で話し終え、構成員の男は去っていった。


「カレン様、これは一体」

「うろたえる事はありません、恐らく急な戦闘で混乱しているのでしょう」

「それなら良いのですが」


 戦場において経験の少ない兵が精神に混乱をきたすのは良くあることである。

 今まで経験したことの無いような非常時の中、まともな神経を保っていられるのは極少数だろう。

 この時カレンはそう思っていた。


 だが、立て続けに訪れた次の来訪者が、その考えを覆すことになる。


「カレン様! た、大変です!」

「落ち着きなさい、見苦しいですわよ」

「と、とにかく来てください!」


 次に現れたのは、同盟内でもそれなりの地位のある幹部の一人だった。

 その立場に似合わない慌て様にカレンも只事ではないと察し、連れられるままに本拠地の外へ出る。


「こ、この数は……!」

「さっきまでは何とも無かったのですが、少し目を離しただけで…‥」


 外に出たカレン達の目に飛び込んできたのは、辺り一面を埋め尽くす黒い絨毯だった。

 地上だけではなく、空中にも広がるその黒い塊は、よく見ると一つ一つがそれぞれ異なる形を持った魔人達の群れであった。


「まずは他の部隊と連絡を」


 その絶望的な光景に動揺を隠せない副官達とは対照的に、カレンは一見何時もと変わらぬ冷静さで指令を出す。

 しかし、注意深くカレンを観察していた者がいれば気付いていたであろう、その両足が怯えた様に僅かに震え始めていた事に。


 副官達がカレンの指示通りに動き出そうとした、その瞬間。


「カレン様、危ない!」

「なっ……!?」


 突如背後の黄金同盟本拠地が、バラバラに砕け散った。

 十階建の長方形型の巨大な建物が、一瞬の内に赤い炎に包まれると同時にその中心から爆発したのだ。

 凄まじい量の火の粉と瓦礫が辺り一面に降り注ぐが、カレンは咄嗟に副官によって押し倒す格好で庇われた事で致命傷を間逃れていた。


「これは、こんな……」


 だが、まともに衝撃を受けた副官は既に絶命しており、カレンの周りにいた大多数のギルド構成員もその原型を留めてはいなかった。


「わたくし達黄金同盟が……こうもあっさりと……」


 最早動く者も自身以外にはおらず、豪華絢爛を誇った本部も粉々に砕かれた黄金同盟本拠地で、カレンは所在無く佇む。

 一瞬にして全てを失い、カレンはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そんなカレンに、生き残りを見つけた鳥魔人の刃が迫る。


「それでも、わたくしは!」


 僅かに残された気力を振り絞り、鳥魔人と相対するカレン。

 だが既にまともに体を動かすことも叶わず、呆気無くレイピアをその獰猛な爪に弾き飛ばされてしまった。


「ここまで……なの」


 無防備な首筋に振るわれた鋭利な嘴が、カレンの命を絶とうとした、その時。


「ダッシュインパルス!」


DASH IMPULS!


 突如空中から飛来した白い光の塊が、鳥魔人を勢い良く踏みつけ押し倒した。

 地面に倒れこんで尚も藻掻く鳥魔人に、踏みつけたそれとは逆の足で頭部に踵落しを放つと、諦めた様に動かなくなった鳥魔人が内部から赤々と膨れ上がって爆散した。

 

 辺りを包む白煙が晴れ、そこに立っていたのは――

 

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