第二十八話 そして、新たに得るものは
突然やって来たシェリーに連れられ、俺達はイーレンを南区の方向へ走っていた。
南区は主に居住地として開発されており、視界にも統一された企画の集合住宅が目立つ様になっていた。
「大変って、何があったんですか」
「もうすぐ着くから」
大きな建物の角を曲がり、ようやく辿り着いたそこは。
「ここは確か、ギルドグリーンオアシスの」
サクラの話によれば、いつもなら俺達の同業者の本部がある場所らしい。
「でも、これは……」
だが俺の眼の前に広がっていたのは、見渡す限り粉々に打ち砕かれたレンガの残骸が転がる廃墟だった。
そこに建物があったという痕跡すら残っていない惨状に、言葉を失う。
「そう、今朝様子を見にきたら、もうこうなっていたらしいわ」
「此処だけでは無い」
背後から、聞き慣れた冷静な声が掛けられる。
「ナタリア、アイリスも」
俺達の背後から、既に到着していたと思われるナタリアとアイリスが歩いてきた。
「何組ものギルドがこうやって襲撃されている」
「幸いにも死者はまだ出ていないが、このまま放っておけば……」
襲撃犯の目的は今のところ建物の破壊に留まっていたが、いつそれが直接危害を加える事になるか分からない。
「本部は何か対策を打たないのか?」
「会長の後任すらまだ決まって居ないし、それどころじゃ無いみたいね」
シェリーが呆れた口調で答える、あれから一、二週間は経っているというのに、まだ本部はそんな有り様なのか……
「これだけの破壊、犯人は複数なのかえ?」
「いや、目撃者の話によると、鎧の男がたった一人でこの破壊をやってのけたらしい」
その言葉を聞いて、俺の脳裏に時計塔で会った男の姿が浮かぶ。
あれ程の大剣を振り回せば、建物なんてあっと言う間に粉々だろうな。
「それで、どうする団長?」
「決まってます!」
ナタリアの問に、サクラはいつもの様子で答える。
どうやら聞くまでもなかったらしい。
「だな」「そうね」「じゃの!」
俺達も気持ちは同じだ、こんな事は早く止めなければ。
「私達虹光旅団は、これよりギルド襲撃犯討伐の任務に付きます!」
サクラのその宣言と共に、俺達は行動を開始した。
それから俺達は手分けして市内を見回りしていた。
重点的に見回りするのは、襲われそうな中小規模のギルド本部だ。
「こちらヒカル、異常無し」
「わらわも大丈夫じゃ!」
時刻は夕刻、集合地点の中央広場で、アイリス達と報告し合う。
見回りを始めてから数日、未だ目立った成果は無かった。
「結局単純な見回りしか出来ないってのも、何だかもどかしいわね」
「すまん、犯人の行動に何か規則性を見出せたら良かったのだが……」
襲撃犯を捕まえると言っても、警察でも無い俺達に出来るのは地道な見回りくらいであった。
「そういえばサクラは……?」
いつもなら集合時間に遅れることの無いサクラが、今日に限って姿を見せていなかった。
「妙に遅いわね」
「もしや……!」
同時刻、あの封鎖された時計塔の上で、サクラ一人は何かを待つように佇んでいた
「ここで待っていれば、貴方が来ると思っていました」
エイラに話を聞いてから、サクラは黄昏時にこの時計塔で暫く佇む事が日課になっていた。
「忠告を聞き入れなかったようだな」
そしてサクラの予想通り、その人物は現れた。
漆黒の鎧に身を包んだ大男と相対し、サクラは勢い良く背負った大剣を引き抜いてから、正眼に構える。
「貴方が、私の思っている人だとしても」
「いや、そうであれば尚更、ここで引く訳には行きません!」
そうはっきりと宣言し、真っ直ぐに駆け出すサクラ。
「我が主の邪魔をするのならば、排除する」
そのサクラと対照的に、大男は落ち着き払った様子で、ゆっくりと大剣を構えた。
普段なら静かな寂れた時計塔に、激しい剣撃の音が響く。
「どうした、威勢が良いのは口だけか!」
「やっぱり強い……!」
大男の激しい打ち込みをどうにか凌ぐのがやっとのサクラ。
共に同じ大剣を得物としながら、二人の技量差は明らかだった。
そもそもその小柄な体に、自身の身長の1.5倍程もある大剣は不釣り合いなのだ。
サクラは巨大な鉄の塊を制御しきれず、逆に自身の武器に振り回されていた。
今まではそれを努力でどうにか補ってきていたが、圧倒的な強者を前に、その綻びが限界を迎えようとしていた。
俺達が到着したその時は、既にサクラと鎧男との戦闘の最中だった。
「サクラ!」
「ヒカルさん!?」
「あんた、何一人で突っ走ってるのよ!」
「シェリーちゃん、みんなも」
俺達の呼びかけに、疲れた顔で答えるサクラ。
突然現れた増援に男も戸惑っているのか、こちらの動きを伺う様にサクラと対峙したまま静止していた。
「今加勢に……」
「待って下さい!」
俺が変身を開始し始めたその時、突然サクラから静止が掛かる。
戸惑う俺に、サクラは真剣な口調で続ける。
「ここは、私一人に任せて貰えませんか」
「あんたいきなり何を!?」
「ほう……」
その言葉に怒り声で答えるシェリーと、感心した様子の鎧男。
「サクラ」
「お願いします」
サクラの目を見つめ、もう一度確認する様に問いかける。
だがサクラの答えは変わらず、逆に真っ直ぐに意思の強い瞳で見つめ返されてしまった。
「……分かった」
「ちょっとヒカル!」
そんな顔をされては、俺が止める訳にはいかないじゃないか。
再び戦闘態勢を取り、鎧男に突進していくサクラ。
「我を前にして、一人で十分とは」
だがそのサクラに、鎧男は冷徹な一撃を放つ。
「随分と侮られたものだな!」
「きゃぁっ!?」
横薙ぎに振られた大剣の衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるサクラ。
「サクラ!」
「駄目だ、シェリー」
思わず飛び掛かろうとしたシェリーの袖を掴んで引き止める。
「でも!」
俺を必死な顔で見つめるシェリー、その気持ちは痛いほど分かる。
サクラを心配しているのは、俺も同じだ。
でも……
「俺は……サクラを信じるよ」
サクラがあれ程必死になるのを、俺は初めて見た。
俺には分からないが、サクラは何かを乗り越えようとしている、今までの自分から変わろうとしている。
そんな気持ちが痛いほど感じられた。
だから、俺には止められなかった、止めることが出来なかったのだ。
「ヒカル……!」
舞い散る瓦礫の中で、ぐったりと倒れこむサクラ。
体には無数の傷を負い、最早戦闘続行は不可能に見えた。
「このままじゃ……私」
だが、サクラの瞳から光は失われていなかった。
その心も、まだ折れてはいなかった。
「負けたくない、この勝負だけは!」
煙を振り払って立ち上がり、また鎧男に向かっていくサクラ。
「無駄だ!」
そのサクラの斬撃を軽くあしらい、鎧男は叫ぶ。
「何故抗う、そのまま諦めれば楽になれるというのに」
「……そんなのカッコ悪いじゃないですか」
鎧男の問に、サクラは笑みを浮かべて答える。
「何?」
「私はこれまで、いろんな人に守られてきた」
最早立っているのもやっとの筈のサクラが、大剣を構え、両足でしっかりと地面を踏みしめていた。
「今度は私が守りたい! 私の大切な人達を、大切な街を!」
決意を漲らせたその顔は、傍目から見る俺にもはっきりと分かる程、今までで一番輝いている様に見えた。
「だから!」
サクラがそう言い切った瞬間、前触れもなく辺に光が満ちた。
「これは……!」
「剣が光ってるのじゃ!?」
余りの眩しさに薄目でしか確認出来なかったが、それはサクラの持つ大剣の、柄の大きな宝石から放たれていた。
「それだけじゃない、形も」
光がゆっくりと収まったその時、あれ程巨大だった大剣が、サクラの体型と見合った大きさにまで縮んでいたのだ。
長さは身長の半分ほど、それより顕著だったのは横幅で、まるでまな板の様だったそれが、日本刀の如く薄く細くなっていた。
「あれはもしや、インテリジェンスソード!」
その剣を目にして、ナタリアが突如興奮した口調で喋り出す。
「伝承程度だが聞いた事がある、持ち主を選ぶ意思を持った剣の事を」
「その武器は、使い手を認めたときにのみ本当の力を発揮し、それに合わせて自らの形を変えるという」
持ち主が弓使いならば弓に、魔法使いならば杖に、使用者の最も使い易い形に自らを変え、その力を最大限に発揮する、らしい。
「今までサクラを認めていなかったから、サクラに扱いきれない大剣の姿のままだった……って事?」
前の持ち主にとって一番使いやすかったのが大剣だったから、偶々あの形を取っていたのだろうか。
「そこまでは分からない、だが」
そこで一旦言葉を切って、ナタリアは興奮冷めやらぬ様子で続けた。
「その本来の力を発揮した時、インテリジェンスソードは国一つすら滅ぼす程の力を発揮すると言われている」
「あれが本当にそうであるとするならば、サクラは」
突如姿を変えた自身の宝剣、それを愛おしそうに眺め、サクラは呟く。
「まるで、最初から私が使う為に作られたみたい」
「その剣……!」
「貴方も、力を貸してくれるんですね!」
父から託された剣、それが真の力を発揮し戦う相手もまた――
そんな因果を感じながら、サクラは剣を鎧男に構え、走り出す。
「速い!」
サクラの戦い方は今までとまるで違っていた。
力任せに大剣を振り回すのではなく、流れるように相手の攻撃を回避し、その隙を突いて的確に反撃を加えていく。
「あれがサクラの本当の力」
「まるで踊っているみたいなのじゃ」
アイリスの言葉通り、ダンスを踊るが如く自然な動きで連撃を繰り出すサクラ。
「ここまでの力を……持つようになったか」
いつの間にか、サクラは鎧男と互角に渡り合っていた。
「瞬連無影斬!」
サクラの姿がブレた様に見えたかと思った次の瞬間、その体が消え、目で追えない程の凄まじいスピードで連続攻撃が放たれた。
その攻撃が終わった時、鎧男の大剣が根本から真っ二つに折れた。
「勝っ……た……?」
折れた剣の破片が床に転がり、場違いな高い金属音がその場に響き渡る。
「どうやら、余計な気遣いだったようだな」
最早鎧男に戦意は感じられず、その声からは深い優しさが感じられた。
「やっぱり貴方は、貴方は!」
その言葉を聞いたサクラが両目一杯に涙を溜め、鎧男にゆっくりと近づいた、その時。
「避けろ!」
「えっ……?」
突如黒い閃光が、サクラの体目掛け何処から放たれ――




