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第二十三話 忘れえぬ日々に花束を

 地下での決戦から暫し経ち、キュウキを倒した事によってか、街にいつもの平穏が戻ってきた。

 だがその平穏は、必ずしも良い事ばかりではなく――


「暇だ……」

「暇ですね……」


 俺達虹光旅団は、暇を持て余していた。

 ある昼下がり、ハーミルと俺はなんの予定も無く只頭をテーブルに突っ伏して、そのまま時間を浪費していた。

 魔人の被害が殆ど出なくなったのは喜ばしいのだが、そのお陰で全体の依頼数が減っており。

 俺達の様な小規模ギルドに回ってくる仕事が目に見えて少なくなっていたのだった。


「実際平和なほうが良いんだから、暇で構わないんだよ」


 その事をエイラさんに相談すると、あまり気に留めていない様子でこう返された。

 最近の忙しさの方がこのギルドにとっては異常だったらしい。


「まあでも、流石に一件も無いと生活に困るけどね」


 そんな風にエイラさんは冗談めかして言っていた。

 現状西区のお得意さんから定期的に何件か仕事を貰えるので、今の所一定の収入は得られていた。

 忙しかった時期に溜めた貯金もあるし、それほど焦らなくても構わないかもしれないな。


「あんなに頑張ったのに、みんなはそれを知らないんですよねー……」

「実際証拠も何も残ってないからなー」


 ハーミルが残念そうに呟く。

 あの地下での戦闘後、いつ崩れるか分からない通路をナタリアの魔術によって完全に封鎖した。

 それによって脅威は去ったものの、俺達が街を滅亡の危機から救った証拠も無くなってしまったのだった。 


 そんな時、玄関の扉が勢い良く開かれた。


「只今戻りました!」

「おかえり、サクラ」「お帰りなさい先輩!」


 元気な声と共に入ってきたのは、両手に買い物袋を下げたサクラだった。


 片付けを手早く済ませ、俺の向かい腰掛けたサクラは、一言も発さずに俺の顔をチラチラ伺いながらなんだかもじもじしていた。

 暫しそうしていた後、意を決したように勢い良くその身を前に乗り出し、俺に辿々しい口調で話し始めた。


「ヒカルさん、あの、明日なんですけど」


 明日がどうかしたのだろうか、訝しがる俺に更に続けるサクラ。


「……明日、予定とか入ってますか?」

「いや、別に休みだけど……」


 その言葉に、何故か喜んだ様子のサクラは。 


「そうですか! あの、それで」

「サクラ?」


 俺との距離をさらに詰めて。


「明日、私に着いてきてくれませんか?」

「ヒカルさんを連れて行きたい場所があるんです!」


 そう溜まった思いを吐き出すように言い切った。


「別にいいけど……」

「良かったぁ!」


 大げさに喜ぶサクラに、俺はしきりに首を傾げていたのだった。


 少し後、定食屋ノーブルでは、ハーミルが熱っぽい口調でシェリーに話し掛けていた。

 その話題は、先ほど交わされたサクラとヒカルの会話についてだった。


「なんて事話してたんです!」

「それが?」


 興奮するハーミルとは対照的に、シェリーの様子は落ち着いたものだった。


「それがじゃ無いですよ! 二人きりでお出かけなんて、デートですよ、デート!」

「……あんた、この町に来たのは最近?」

「ええ、学園に入るために北のノーレトスから」


 その予想外の言葉に戸惑いながら答えるハーミル。


「そう、じゃあ知らないのも無理は無いわね」

「明日はね、15年前のあの事件が起こった日なの」


 何かを思い出すような遠い目をしながら、淡々と告げるシェリー。


「それって……!」

「そう、サクラのお父さんが死んだ日でもあるのよ」


 サクラと一緒に商店街の花屋で花を買い、墓地までの道を連れ立って歩く。

 今日のサクラはいつもと違って落ち着いた服装で、日頃の活発な印象は鳴りを潜めている様だった。

 

「でも本当に良いのか? 俺も一緒に墓参りに着いていって」

「ヒカルさんが来ないと意味が無いんです!」


 お墓参りと聞いて一旦は躊躇した俺だったが、サクラにそう強引に押し切られてしまった。

 今日は朝からなんだか緊張してしまって、こうやって歩いている時でも、どこか自分が自分でない感じがしていた。


「この道を歩いていると、思い出すんです」

「何を?」


 俺の問いに、サクラは遠い目をして話し始めた。


「お父さんと一緒に、お母さんのお墓参りに行ったことを」


 その口調は優しく、本当に幸せだった過去を思い出している様だった。


「まだまだ私も小さかったから、おぼろげにしか記憶してないんですけどね」

「サクラ……」


 照れ隠しをするように笑ったサクラに、俺は何て言葉を掛けて良いか分からなかった。

 俺は今まで、誰かの死に立ち会った事なんて無かった、物心付く前に祖父や祖母が死んだことは有ったが、正直言ってそれは事実としては記憶していても、感情を伴うものではなかった。

 そんな俺がサクラに何か言えるのだろうか。


「ご、ごめんなさい……辛気臭いですよね、こんな話」

「いや……そんなことは」


 その俺の様子を気分を害したと勘違いしたのか、サクラは申し訳無さそうに頭を下げた。

 俺は慌ててそれを制し、辿々しい口調で話し始めた。


「あのさ……もっと聞かせてくれないか、サクラのお父さんの話」

「ヒカルさん……」

「俺が聞きたいんだ、サクラの大切な人が、どんな人だったかって」


 俺に何が出来るかは分からない、だけど、サクラの話し相手ぐらいにはなれるかもしれない。  

 そんな大層な考えではなく、単に俺がサクラの話を聞きたいだけなのかもしれないが……


 道中、サクラは終始嬉しそうに父親のことを話してくれた。

 家庭での事、ギルドでの事、俺はそんなサクラのコロコロ変わる表情を見ながら、自身の心の中に何か今まで感じたことの無い物が生まれて来ているのを感じていた。

 それがいわゆる愛とか恋とかなのかを判断するには、俺の経験値が圧倒的に足りていなかったが。


「着きました」

「ここが……」

「ふふっ、ヒカルさんと話してたら、あっという間でしたね」


 そこは一般的な西洋風の墓地の様に見え、幾つも並んだ無機質な墓石の一角に、目当てのオーランド・アークフィールドの墓は建っていた。


 その墓石に二人で花を手向けてから、サクラはしゃがみ込んでゆっくりと話し始めた。


「お父さん今日はね、紹介したい人がいるんだ」

「ええっと、その、こんにちわ」

「この人はヒカルさん、とっても強くて、頼りになる人なんですよ」

「そ、そんなことは別に……」


 そういう紹介のされ方は予想していなかったので、正直かなり照れてしまう。


「ヒカルさんが来てから、私の生活はもっと楽しくなったんです、ギルドも大きくなって、今は中級なんですよ」

「まだまだお父さんがいた頃には全然叶いませんけどね」


 感情をじっくり込めながら、まるで父がそこにいるかのように話すサクラ、俺はそんなサクラの後ろで、ただ立ち尽くしているしかなかった。


「ヒカルさんも……お父さんと話してくれませんか?」

「えっ……」


 その言葉に、一瞬俺の動きが止まる。

 目を閉じ、少し逡巡してから、思い切って話し出した。


「オーランドさん、あの……上手く言えないけど、サクラは俺の大切な仲間で、友達で……家族みたいな子だと思ってます」


 俺の絞りだすような声が、静かな墓地に響いていく。


「だから、俺は全力でサクラを守って、助けていけたらって思ってるんです」


 言葉を紡ぎながら、なんだか結婚を申し込みに来たお婿さんみたいだな……

 と、内心苦笑してしまう。


「それから……」


 どうにか喋り続けていた俺に、背後のサクラから声が掛けられた。

 

「大丈夫ですよ、ヒカルさんの気持ち、お父さんにもちゃんと伝わったと思います」


 優しく告げられ、こちらとしても肩の荷が下りた気分になる。


「そっか……ありがとう、サクラ」

「お礼を言うのはこっちの方ですよ」


 そう言って俺を見るサクラの瞳は、少しだけ潤んでいた気がした。


 墓地からの帰り、俺達は予想外の人物と出会った。


「あれって……」

「カレンちゃん!?」


 金髪ドリルのお嬢様オブお嬢様、黄金同盟のカレンの姿があった。


「貴方達は……サクラ・アークフィールドと、ヒカル・シンドウ」

「カレンもお墓参り……だよな」

「この場所でこの格好を見て、そう思わない方がどうかしてますわ」


 俺の困惑した問いに憮然とした様子で返すカレン。

 その格好はいつもの豪華な金や赤のドレス姿とは違った落ち着いた色の物で、身に付けた装飾品は最低限、普段は腰に常備していたレイピアも今日は外れていた。


「あの、カレンちゃんは誰の……?」

「そこまで貴方達に言う必要が有って?」

「そんな言い方……」

「失礼しますわ」


 呆気に取られるサクラを残し、優雅に去っていくカレン。

 俺はその背中を見送りながら思っていた。

 常に余裕を持った悠然とした態度の彼女にも、誰にも見せたくない弱みが有るのかもしれない、と。

 そんな俺達の長い影が、夕暮れの静かな墓地に只伸びていた。 

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