第二十二話 闇を照らす紅光
ナタリア邸を発った俺達は、町外れのある空き地に集まっていた。
そこは一番最初に地震が観測された場所で、最も地下通路とおぼしき場所までの距離が近いと推測される地点だった。
「ここが一番浅い場所?」
「だがここからでも、空洞までは地下50m以上ある」
良く分からない機器を持って何かを計測していた様子のナタリアが答える。
「そんな所までどうやって……」
途方に暮れた様に呟くハーミル。
この世界には重機も無いだろうし、そんな地下深くまで行く発想がそもそも無いのだろう。
「策ならある、ヒカル!」
「ああ!」
力強いナタリアの言葉に答え、ここまで背負って来た大荷物を降ろす。
布の包装を解いたそこに現れたのは、人一人ほどある円錐状の巨大な鋼の塊。
「な、何ですかこれ……」
その見慣れない物体に、サクラ達が物珍しそうに眺める中、ナタリアはその円錐に触れ、何かを調整し始める。
「ヒカルの居た場所で使っていた、ドリルと言う物らしい」
そう、それは正しくドリルだった。
俺の話を聞いたナタリアが、以前趣味で作っていたものらしく、それでありながら性能はあっちの世界のそれと遜色無い。
「これで地中まで掘り進むんですか?」
「ああ、ヒカル、これを使った経験はあるか?」
「……無いけど、出来るだけやってみる」
流石にドリル、しかもこんな大きな物を使うバイトなんて経験してないが、今はとにかくやってみるしかない。
「頼んだのじゃ!」
「変身!」
RIDE ON! RIDE HERO DASH!
アイリスの応援を背に変身を完了させ。
「ここを持って……っと」
取っ手のような場所を右手で持ち、地面に先端を向ける。
「皆は離れて!」
思いきり取っ手を引くと、凄まじい勢いでドリルが回転し、あっという間に俺は地中へと導かれていった。
蛇行しないように反動で両手で押さえながら、どうにか真っ直ぐ下へ下へと進んでいく。
「凄い、ちゃんと掘れてます!」
「よし、我々も続くぞ!」
そんな俺の頭上から、サクラ達の感心したかの様な声が響いていた。
暫く掘り進んだ所で急に進路が開け、そのまま開いた空間に落下してしまった。
幸い怪我は無かったものの、落下の衝撃でドリルが白煙を上げて停止した、どうやら壊れてしまったようだ。
そのドリルを脇に置き、辺りを見回す。
「通路……か?」
そこは整頓されたトンネルのように見え、明らかに自然に作られたものとは異なっていた。
「やはり人為的に作られたようにしか見えないな」
「しかもかなり大掛かりな感じです」
俺の後に続いて降りてきたサクラ達も、この光景に違和感を感じているようだった。
「この穴を掘ったのは一体……」
誰かがそう呟くのとほぼ同時に、通路の奥が騒がしくなり始めた。
「何か来るのじゃ!」
その音は次第に大きくなり、それにつれて迫る者の数が感じ取れるようになる。
「これは……かなりの数だぞ」
「皆さん、戦闘準備を!」
そして、視界の端が一瞬黒く染まり、辺り一面がその黒い塊に包まれた。
それは巨大な黒蟻だった、頭だけでも人一人分位はあろうかという大きさを持ち、一定間隔を保ちながら統制の取れた様子で悠然とこちらに向かってくる。
「な、なんじゃこの量と大きさは!」
そう言いながら、アイリスが自身に襲い掛かる蟻達を吹き飛ばす。
「虫が苦手とか言ってる場合じゃないですよね……!」
ハーミルが怖気を抑えるように敢えて力強く叫び、弓を引き絞る。
今まであまり気にしていなかったが、こうやってまじまじと見ると蟻は中々グロテスクで不気味な外見をしていて、ハーミルの様に昆虫が苦手なら更に恐ろしく感じているだろう。
「兎に角進むしかない……か」
俺達は蟻達を蹴散らしながら、通路の奥へと進み始めた。
蟻と戦闘を開始して数十分が発った頃だろうか、俺達は大量の蟻に阻まれ、中々前に進む事が出来ずにいた。
「中心部まであとどれくらいなんだ?」
「もう半分も無い筈だ」
ナタリアが小さな紙に書き写してきた地図を見ながら答える。
正直かなり戦った気分だが、まだ半分程度か……
「倒しても倒しても……うっとおしいのじゃ!」
「切りが無いですよー!」
皆も全く途切れない敵に疲労が溜まっている様で、次第に声から力が無くなっていた。
そんな時、背後から豪雨の様な地響きが鳴ったかと思うと。
更に大量の蟻が仲間の屍を踏み越え現れ始めた。
「背後から増援だと!?」
「また数が増えるなんて……!」
前方からも背後からも敵に追い立てられ、俺達は全く身動きがとれなくなってしまった。
「ナタリア、後どれ位で敵の作業は終わるんだ」
「……分からない、だがこれだけ派手に動けば敵もこちらの動きに気付いているだろう」
背後から増援が現れたことがその証だろう、敵は間違いなく俺達の侵入を察知している。
「ってことは、前倒しで決行する事も……?」
「どちらにせよ、あまり猶予は残されていないだろうな」
そのナタリアの言葉を聞き、サクラが不意に動きを止めた。
「サクラ?」
そして、俺の顔をまっすぐに見つめながらはっきりと宣言した。
「ここは私達が食い止めます、ヒカルさんは先に!」
「サクラ……」
その言葉を聞き、皆が無言で頷くと、俺を庇うように一直線に隊列を作った。
「済まんヒカル、また君一人に重荷を……」
「気にしなくて良い、背負ってる重さはみんな一緒だと思うから」
ナタリアの申し訳無さそうな言葉に、俺はそう返した。
それは俺の本心だった、この世界に来て俺は実感していた、仲間の大切さを、皆で力を合わせれば、大きな困難にも立ち向かえることを。
「あの通路を真っ直ぐに進めば最短距離だ!」
「必ず無事に戻ってきてくださいね、先輩!」
「ああ! みんなも無事で!」
皆の声援を背に受け、俺は暗闇の先へと全速力で走りだした。
纏わり付く蟻に目もくれず、一気に走りぬけ、俺は開けた場所に到達していた。
そこはドーム型に開けた空間に見え、中心部には巨大な蟻塚の様な建造物が鎮座していた。
「ここが終点……か?」
「やはり来たのね」
辺りを見回す俺に、頭上から冷酷な声が響く。
「お前は!」
「あの方の邪魔はさせない!」
それは、あの黒いローブの少女だった、やはりこの現象は彼女が……
「我が名はキュウキ、究極の破滅を望む者!」
その言葉と共に、彼女のローブが剥がれ、蜉蝣の様な薄く長い羽を生やした黒髪の少女の姿が現れた。
一見前に戦った蛾魔人の亜種にも見えるが、感じる威圧感、存在感はキュウキが圧倒的だった。
これがあいつの本当の姿って訳か……!
飛行するキュウキに飛び掛かり、格闘戦を挑もうとするが。
「答えろキュウキ! お前達は何をしようとしている、何が目的だ!」
まるで重力を感じさせない自由な動きで俺の攻撃を回避していくキュウキ。
「貴様に教える理由など無い!」
その羽根が一層強く羽ばたいたかと思うと、巨大な竜巻が発生し、俺は思わず吹き飛ばされる。
「ここまで大掛かりな仕掛けを使って、そんなに町を滅ぼしたいのか!」
空中で大勢を建て直し着地、その俺に、地上で待機していた蟻が襲い掛かる。
「街などどうでも良い!」
更に激しさを増す羽ばたきが、蟻ごと俺を壁に叩き付けた。
「何!?」
「私は……私は只、あの方の為に!」
昆虫のごときな複眼を大きく見開いたキュウキの顔は、必死に何かを成し遂げようとしている者の顔だった。
その怪人とは思えない真摯な態度に、俺が困惑し気を緩めてしまったその時。
「伏兵か!?」
「終わりだ!」
壁中から突如現れた触手に、俺の体は拘束されてしまった。
その俺の体に、キュウキの両手から放たれた鋭い風の刃が迫り――
ヒカルを突入させるために蟻の大群と戦闘していたサクラ達。
しかし全く減る様子の無い敵に、その戦意は挫けようとしていた。
「そろそろ限界……かもな」
「そんな弱気じゃ駄目ですよ!」
「でも、全然数が減らないのじゃ……」
いくら倒しても怖れを持たずにただ向かってくる多数の蟻達、対してこちらはたったの四人、しかも休憩もまともに取れない状況。
「ハーミルちゃん!?」
「大……丈夫です……」
そんな時、集中の切れたハーミルに蟻の突進が直撃し、その華奢な体が壁に叩き付けられる。
「今助けに……きゃぁっ!」
「サクラ!」
助けに向かおうとしたサクラが、気を取られた所に背後から攻撃を受け倒れた。
そのサクラの首筋に蟻の鋭い牙が今にも襲いかかろうとした、その時。
「烈槍連撃!」
「この技は……!?」
突如放たれた鋭い槍の連続攻撃が、サクラの周りの蟻を纏めてて吹き飛ばした。
その技を放ったのは、傷を負って眠っていた筈のシェリーだった。
突然のシェリーの登場に、気落ちしていた皆が活気を取り戻す。
「シェリーちゃん! 寝てたんじゃ!?」
「あんた達があれだけ騒いでたら、嫌でも目を覚ますわよ」
サクラ達が話し合っていたナタリア邸の二階でシェリーは眠っており、声が聞こえたのも当然といえば当然であった。
「それに、どうやってここに……」
「ナタリア、机の上に地図が出しっぱなしだったわよ」
地図を見たシェリーはサクラ達がどこから地下に潜ったかを推測し、家から槍を持って急いで駆けつけたのだった。
「すまん、すっかり忘れていた」
「ナタリア……」
呆れた目でアイリスに見られ、ナタリアはどこか居心地が悪そうであった。
「怪我の具合は、もう大丈夫なんですか?」
「そんな事気にしてる場合じゃないでしょ! ほらほら、敵が来るわよ!」
「は、はい!」
心配するハーミルの背中を叩き、前線に立って敵に向かっていくシェリー。
「シェリーちゃん……」
だがサクラは分かっていた、シェリーの傷がまだ治りきっていないことを。
それでも自分達のために駆けつけてくれた、シェリーの優しさを。
「あんたがそんな暗い顔しててどうするのよ、全く」
「うん、ごめんね……それから、ありがとう! シェリーちゃん!」
そう言って、満面の笑みを浮かべるサクラ。
敵は途切れず現れ、未だこちらが圧倒的な不利な状況にも関わらず、サクラ達の顔には再び戦意が取り戻されていたのだった。
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「いや……終わるのは、お前の方だ!」
触手の拘束を右腕だけ解き、ベルトのバックルに手を翳す。
「変……身!」
RIDE ON! RIDE HERO RUSH!
次の瞬間、俺の体は真紅の閃光に包まれ、ラッシュへの変身を果たす。
変身の衝撃で拘束が完全に解け、俺は地面へ着地、風の刃は壁に吸い込まれる。
「禍々しい赤き光、あの方の脅威となる力……!」
その俺の姿を目にしたキュウキがそう呟き、
キュウキから感じる威圧感が更に高まる。
「ラッシュブレード!」
RUSH BLADE!
双剣から放たれた紅い剣撃が、宙に浮くキュウキの羽を切り裂く。
「ぐっ!? これくらいで!」
バランスを崩しながらも必死で体制を立て直し、俺と対峙するキュウキ。
空中のキュウキへ向け、両肩のキャノン砲を連射。
機動力が鈍っていたキュウキに命中させるのは簡単で、たちまちその姿は煙の中へと消えていった。
「まだ…まだ、死ねない……!」
煙が晴れたそこに現れたのは、全身から血を流したキュウキ。
小さな体を揺らめかせ、ボロボロになりながらも、その闘志は折れていなかった。
そのキュウキのとても悪の怪人とは思えない様子を見て、こちらの決意が鈍りそうになる。
「……だけど、こっちだって引く訳にはいかないんだ!」
俺にだって、負けられない理由がある、俺を送り出してくれた仲間の為、この頭上で何事も無く平和に暮らしている人々の為。
その決意を漲らせ、両足に力を貯めていく。
MAXIMUM CHARGE!
足の結晶が光輝き、俺の体は上空へ向け矢のように射出された。
「ラッシュ……インパクト!」
RUSH IMPACT!
空中で飛び蹴りがキュウキの直撃したその時、光が右足に集まり、キュウキの全身が紅く染まる。
一瞬体が膨らんだように空中で停止した後、キュウキは激しい爆炎の中に消えた。
「だが、私の目的は既に……」
断末魔に放たれたキュウキの絞りだすような言葉は、激しい爆発音で俺の耳には届かず消え――




