第二十話 怒れる轟砲
薄暗い石造りの無骨な部屋、明かりは僅かに小さな窓から差す陽の光のみ。
牢獄の中で、スキンヘッドの大男が厳重に嵌められた鉄格子と格闘していた。
「貴方、此処から出たい?」
そんな男の前に、何の前触れもなくローブ姿の少女が現れた。
男は一瞬自分の目を疑ったが、その少女は確かに存在していた、その証拠に、あれほど堅牢だった鉄格子が、いとも容易く捻じ開けていた。
少女の言葉に、男は縋るしかなかった。
何故なら、彼の命は一週間もしない内に断頭台の上で失われる手筈になっていたからだ。
「それなら出してあげる、でも、一つだけやって欲しい事があるの」
そう言って、少女は怪しく微笑んだ。
その夜、イーレン北区のとある牢獄から一人の囚人が脱走した。
囚人の部屋の床には人の手では到底開けられない程の巨大な大穴が開いており、そこから脱出したのだろうと推測された。
だが、誰が囚人を脱出させたのか、そして囚人は何処に消えたのか等、多くの謎が残されていた。
定食屋ノーブル、いつものテーブルに座り、いつものハンバーグを食べ終わった俺は、そのまま座って思索に耽っていた。
「うーん……」
「どうしたの、似合わない考え事?」
「似合わないって……」
そんな俺を見かねたのか、シェリーが明るく問い掛けて来た。
俺が予想以上に悩んでいることを察したのか、シェリーはテーブルの向かいに座り、じっくり話を聞く体制になった。
そんなシェリーに、俺は魔人たちの上に立っているであろうローブの女の子について話した。
「ローブの女の子、か」
「ああ、多分あのトウコツって奴の仲間なんだろうけど」
「けど?」
「そもそもあいつらは、何が目的なんだろうって」
「魔物なんだから、暴れたいだけじゃないの?」
「それに、あくまで俺の予測なんだけど、あいつらに命令してる、もっと奥にいる奴がいると思うんだ」
トウコツ達が言っていた「あの方」、そいつがどんな奴か分かれば……
「ハーミルも覚えてないらしいし……」
「今の所は、お手上げって訳ね」
「そうなんだよなぁ……」
ハーミルは自分に魔人を渡した者について、朧気にローブ姿の少女という事しか記憶していなかった。
ナタリアの話しによれば、精神操作系の魔法が使われた痕跡があるらしく、そのせいで記憶が混濁しているらしかった。
あの後、事件は魔人の仕業となり、ハーミルが直接罰せられる事は無かったものの、ハーミルは責任を感じて学校を辞め、今では……
「こんにちはヒカル先輩!」
「ハーミル!?」
俺達の新しい仲間として、虹光旅団の一員になっていた。
学生寮には住めなくなったので、今はナタリアの館に間借りしているらしい。
「噂をすれば、ね」
「どうかされたんですか?」
「いや、何でも」
「?」
ハーミルは元気良くオムライスを注文し、俺の隣に腰掛けた。
「それで、ハーミルはどうして?」
「ヒカル先輩に会いに来たんです!」
そう言って、俺の顔を見つめるハーミル。
あの戦いから、何故か彼女は俺に懐いており、サクラ以外に俺のことも先輩と呼んで慕ってくれている。
「ああ、そう……」
「うわっ!?」「きゃっ!」
そんな時、突然地面が激しく揺れ、体制を崩したハーミルを支えた。
意図せずだが、傍目から見たら抱きあうような格好になってしまった。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……」
そう言って、顔を赤くして離れるハーミル、わざとでは無いと言いたかったが、言ったら言ったで墓穴になる気がして辞めた。
「最近地震が多い様な気がするなぁ……」
「そ、そそうですね!」
あっちの日本程じゃ無いにしても、こっちも地震が多いんだろうか?
「ふーん、成程成程」
「何納得してるのさ」
「べっつにー!」
そんな俺達を見て、シェリーは何故か不機嫌そうにオムライスを置き、店の奥へと去っていった。
ハーミルがオムライスを食べ終わり、そろそろ帰ろうかと思った頃。
「シェリー?」
「買い出し行ってくるわ、暫くお店よろしく!」
店の奥から出て来たシェリーが、突然俺達にエプロンを渡して出口へ去って行った。
「よ、よろしくって言われても!?」
「じゃあねー」
そう言い残して、姿が見えなくなるシェリー。
今は昼過ぎで、そこまで忙しい訳ではないが、店員が居ないというのは不味いよな……
「ど、どうしよう……」
「私なら準備出来てます、一緒に頑張りましょう!」
「もう着替えてる!?」
戸惑う俺に、いつの間にかエプロンを着たハーミルが元気よく言ったのだった。
買い出しに向かいながら、シェリーは苛立ちを隠せない様子で大通りを歩いていた。
「全く、どうしてあいつはああも女の子ばっかり……」
(って、私が嫉妬してるみたいじゃない、有り得ないわ、あんな冴えない奴!)
(ま、まあ……少しは格好良い所も無い訳じゃないけど……)
「ああもう! 何考えてるのよ私!」
一人でそう言って首を振るシェリーだったが、周りから好奇の目で見られている事に気付き、赤面して走り去っていった。
人通りの少ない路地に差し掛かった時、突如背後から男が忍び寄り、シェリーの背中にナイフを突き立て……
「あんた、仕掛ける相手を間違えたわね」
そのナイフを持つ右手を後手でホールドし、即座に関節を捻って投げ飛ばすシェリー。
「何処のどいつか知らないけど、いきなり襲い掛かって来るってことは、それなりの覚悟は出来てるんでしょうね!」
シェリーに襲いかかったのは、見慣れないスキンヘッドの大男だった。
物取の類か……? そう思いながら、大男と相対するシェリー。
「お前は只の餌だ」
起き上がった大男が、そう冷酷な口調で告げると。
「何言って……!」
戸惑うシェリーの背後で巨大な土煙が上がり、シェリーの姿は粉塵の中に掻き消えたのだった。
日もすっかり暮れ、夜空には三日月が浮かんでいる頃。
「ありがとうございましたー!」「ましたー!」
最後のお客さんを見送り、一際大きく礼をする俺達。
「ふぅ……どうにか閉店か」
「意外に何とかなりましたね!」
「ああ……」
結局あれから俺たちは、閉店まで店員として働いていたのだった。
「お前ら、中々筋が良いじゃねぇか、これから手が足りねぇ時は頼もうかね」
「か、勘弁して下さいよ」
俺たちを褒めるおじさんの言葉に照れながら返す。
俺に元々あっちでバイト経験があったことや、ハーミルの要領の良さもあり、なんとか閉店までトラブルもなく勤め上げることが出来ていた。
「そう言えば、シェリーさん遅くないですか?」
「確かに、出て行ったのは夕方の筈だよね」
「全く、何処ほっつき歩いていやがるんだか」
そんな事を話ながら、後片付けをする俺達。
その時、店の扉が勢い良く開いたかと思うと、何者かが慌てた様子で駆け込んできた。
「ここにいたんですかヒカルさん、大変です!」
「サクラ!?」「先輩!」
「とにかく大変なんです! 一緒に来てください!」
そう言いながら俺達の手を引くサクラに引きづられるように、俺達はナタリア邸までやって来たのだった。
連れられた部屋に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、ベットに寝かされている包帯姿のシェリーであった。
「シェリー!」
「来たかヒカル」
横たわるシェリーの脇で深刻な表情をしているナタリアが俺に気付きこちらを向く。
近づいてみて分かったが、シェリーの怪我は全身に及んでおり、明らかに意図を持って傷つけられているようだった。
「ナタリア、これは一体……」
「誰かに襲われたみたいなんです、偶然通りかかった人が気付いたときにはもう……」
買い出しから帰ってこないから何かあったのかと思っていたけど、こんな事になっていたなんて……
「シェリーの親父さんには?」
「さっき本人が、余計な心配を掛けたくないって」
「それだけ伝えて、また眠ってしまったがな」
「怪我の状態は?」
「内臓や骨に異常は無い、外傷のほうも派手にやられてはいるが、治癒魔法を掛け続ければ完治して、傷跡も暫くすれば無くなるだろう」
その言葉に取り敢えず胸を撫で下ろす。
「それと、倒れていたシェリーちゃんの体に、これが」
「手紙……か?」
サクラから手渡されたのは、粗末な模造紙に短い文章が殴り書きされたものだった。
その内容を要約すると、これは俺に対する警告で次はサクラ達を襲う、止めたければ今日の十一時に、南区の廃倉庫まで一人で来い。
という内容が書かれていた。
「罠だな」
「ああ、俺もそう思う」
誰がこんなことを仕組んだのか知らないが、余りに見え見えの罠に逆に感心してしまいそうになってしまった。
「だけど」
「それでも行くのじゃな?」
アイリスの問に、無言で頷き返す。
「仲間をこんな目に合わされて黙っていられるほど、俺は薄情じゃない」
「でもヒカルさん!」
「大丈夫、もし罠ならその罠ごと打ち砕く、それだけだ」
心配するサクラに安心させる様にしっかりとした口調で言うと、俺は歩き出した。
「ヒカル……」
「皆はシェリーに付いててくれ」
去り際にそう告げ、俺はナタリア邸を後にしたのだった。
一人で行くことにしたのは、あの手紙に従ったのもあるが、それよりも。
「多分、みんなには見せられない顔になってるだろうからな……」
今の俺の表情を、皆に見られたくない気持ちのほうが大きかった。
指定された場所は、海沿いのもう誰も使っていないであろうボロボロの倉庫で、中には何かの残骸のようなものが無造作に転がっていた。
「あの手紙通り、一人で来たぞ!」
「ほう、まさか本当にたった一人で来るとはな」
俺が呼びかけると、奥からスキンヘッドの大男が現れた。
その鋭い目や刺青、薄ら笑いを浮かべた様な顔から、男がまともな人物でない事が容易に想像出来た。
「お前か、シェリーを襲ったのは」
「それが?」
「何の為に……!」
「別に俺はお前やあいつに恨みが有った訳じゃねぇ」
「だったら!」
激しくなる俺の口調に、男はあくまで飄々とした態度を崩さず、両手をだらんと下げたまま余裕の表情を見せていた。
「そう熱くなるなよ、どうせ……」
その瞬間、男の姿が消え。
「お前はここで死ぬんだからな!」
上空から、轟音を立てて大量の瓦礫が落下した。
「殺った! ……何!?」
どうせそんな事だろうと思ったけど、ここまで予想通りとは。
土煙が晴れた時、そこにはラッシュに変身を完了した俺の姿があった。
「お前、最初からこうすると……!」
無事な俺の姿に驚く大男。
「な、なんなんだお前、き、聞いてねぇぞこんなの!」
いきなり現れた鎧姿は流石に予想外だったようで、大男は明らかに狼狽していた。
「逃がさない……!」
そのまま背中を見せて逃げようとする大男を追いかけたが。
「なーんてな、馬鹿が!」
途中で男が振り向くと、俺の真下の地面に大穴が空き、鋭い顎と、数えきれない程の刺々しい副腕を持ったムカデの様な魔人が一瞬で現れた。
「……魔人か」
「そいつにやられちまいな!」
その魔人を見て、自信満々な様子の大男。
「この程度で、止められると?」
「がぁっ!?」
その大男に、持ち上げたムカデ魔人を投げ飛ばした。
「安心しろ、殺しはしない」
下敷きになって藻掻く大男に、ゆっくりと近づいていく。
「だが、お前には相応しい罰を受けてもらう!」
そう言って、大男を掴み上げようとした、その時。
「此処までは……作戦通り」
「あ、あんたは!」
「お前は……!」
俺の目の前に現れたのは、あの黒いローブの少女だった。
大男の様子からして、ローブの少女ががこの事態を仕組んだようだ。
「おい、約束は果たしたんだ、さっさと俺を逃がし……」
「邪魔……」
少女に向け、懇願するように這い寄った大男だったが。
「へっ?」
少女の両手が一瞬揺らめいた次の瞬間、大男はバラバラのただの肉片と化していた。
遅れて凄まじい血飛沫が辺りを覆い、さっきまで人であったものが飛び散った。
「お前、仲間を……!?」
そのグロテスクな光景に、俺は一瞬頭が真っ白になっていた。
「こんな奴、只の餌……」
その言葉を肯定するように、先程のムカデ魔人が肉片を咀嚼する音が響く。
「ヒカル・シンドウ、貴方には、此処で消えてもらう」
呆然とする俺に、彼女はそう冷酷に告げ。
辺り一面を激しい揺れが襲い、全方位から数え切れない量のムカデ魔人が一斉に現れたのだった。
「これだけの数がいれば……!」
ムカデ魔人たちの後方に下がり、そう告げる少女。
「只数だけ多くても、俺には通用しない!」
だが、俺は全く怯んでいなかった。
「お前だけは……絶対許さない!」
それよりも、シェリーをあんな目に合わせたことへの、悪人とはいえ人一人の命を一瞬で奪ったことへの怒りが、俺の体を満たしていた。
MXIMUM CHAGE!
俺の思いに呼応するかの如く、全身の火器が紅く輝いていく。
「ラッシュ・フル・バースト!」
RUSH FULL BRUST!
吐き出すような俺の叫びと共に、辺り一面を紅の閃光が包み、倉庫の天井と外壁ごとムカデ魔人達は消滅していた。
「これ程とは……!?」
「お前が何を企んでるか知らないが、ここまでだ!」
驚愕した様子の少女に相対し、俺は更に戦闘態勢を取った。
「まあいい、既に終焉の扉は開いた」
「次に会う時が、貴方の最後……」
「何を言って……!?」
だが少女はそう意味深に告げ、その姿は一瞬で掻き消えていたのだった。




