第二話 英雄の居場所
夜も更け、視界の端が次第に明るくなり始めた頃。
「別の世界……か」
俺は一人、寝床のベッドの上から天窓の方へ顔を向け、異国。
いや、異世界の空を見上げていた。
あの後助けた女の子の家で目覚めた俺は、行く所も無いということであの女の子……サクラの家にお世話になっていた。
俺がサクラと、その保護者であろうエイラさんに話を聞いた所、ここはバルガルシア大陸のフォルス公国のイーレンという港町だとかなんとか。
少なくともここは、俺が知っているような場所、地球のどこかでは無いらしい。
サクラ達が共謀して嘘を付いているようには見えなかったし、中世ヨーロッパ風の町の様子や行き交う人々の服装、この家の内装や家具などから見ても、ここが明らかに俺の居た世界とは別の場所である、と言う事を感じさせた。
「いきなりそんなこと言われてもな」
正直頭が混乱していて、何が何だか分からないと言うのが実感だった。
「でも、それより気になるのは」
俺が恐る恐る腰に手を当てると、そこに光を放ちながら現れたのは、あのベルトだった。
目覚めた時にはどこかへ行ってしまったかとも思ったけど、どうやら使わない時には体の中に格納されている様だ。
それはまさにテレビの中のあのヒーローの状況と同じであった、確か彼もこうやってベルトが体と融合している状態だったはず。
このベルトについては、更に分からない事だらけであった。
何故玩具のベルトが本物のような機能を持っているのか、何故俺の体と融合しているのか。
そもそも、俺はこれを何時もは押入れの奥に保管していて、最近は身に着ける事も減っていたような気がするのだが……
「……考えても仕方ないし、取り合えず寝るか!」
俺は生来の気質としてあまり深く考えるのが得意な方では無かった。
ここで答えの出ない考えを続けていても仕方が無い、そう判断し、俺はさっさと寝る事にした。
慣れない異世界の地でも、俺を包む毛布や枕の質感は元の世界とそれ程変わりは無いんだな……
そんなことを思いながら、俺はまどろみの中へと落ちていった。
「ヒカルさん!」
すっかり熟睡していた俺は、部屋に響いた元気な声に起こされた。
「さんはいいよ、えーっと、サクラちゃん……だったっけ」
服装を整えながらサクラに話し掛ける、彼女は俺と同じくらいの年恰好に見え、そんな子からさん付けで呼ばれるのは何となく気恥ずかしかった。
「私もちゃんはいいですよ、おはようございます」
そう微笑みながら返すサクラに、すっかり俺は見惚れてしまって、昨日までの不安が少し無くなったような気がした。
我ながら単純だよな……
俺が寝ていた二階の屋根裏部屋から一回の居間に降り、既に用意されていた朝食を食べ始める。
こちらの食生活はまさに洋風と言った感じだったが、パンや目玉焼きなど中心であまり馴染みの無いメニューも無く、スムーズに食事を進める事が出来た。
「あのう、ヒカルはこれからどうされるんですか?」
俺がコッペパンのような物を摘んでいると、何処か不安そうなサクラに質問された。
「これからかぁ……」
正直な所、全く考えていなかった。
あまりに情報が少なすぎると言う事もあったし、一気にいろんな事が起きすぎて、そこまで考えが回っていなかった。
俺の答えにサクラは暫く考え込んだ後、意を決したように話し掛けてきた。
「あの! もし良かったらなんですけど」
そこで一旦言葉を切ると、サクラは俺の目をじっと見つめ。
「私達のギルドに、入ってもらえませんか!」
真剣な口調で俺にそう告げた。
「ギルド……?」
俺が全く耳馴染みのない言葉に戸惑っていると、廊下から助け舟が出された。
「サクラ、行き成りそんなこと言ってヒカル君が戸惑ってるじゃないか」
それは今起きてきたと思われる……確か名前はエイラさんで良かったよな。
眼帯に義手義足と、歴戦の戦士を思わせる様相のエイラさんに最初俺は取っ付き難さを感じていたが、その口調は理性的で柔らかく、どうやら見た目に反して(と言ったら失礼だが)話しやすい人物のようだ。
「エイラさん! おはようございまーす!」
「お、おはようございます」
そのままエイラさんは席に着くと、ギルドに付いて全く知らない俺に、簡単にギルドについて説明してくれた。
分かりやすく一言で言えば、何でも屋の様な物らしい。
色々な人から依頼を受け、主には素材の収集や加工、魔物の討伐などを請け負う集団の総称、と言った所だろうか。
その性質はギルドによって異なるらしく、サクラが若くして団長を務める『虹光の旅団』は、現在主に素材収集や町の人の小さな手伝いを業務としているらしい。
「行く当ても無いし、別に俺は構わ……」
俺が承諾しようとしたその時、玄関の扉が勢い良く開け放たれ、何者かが勢いよく走りこんできた。
「サクラ! 魔物に襲われたって、大丈夫!?」
食卓に現れたのは、長いオレンジ色の髪を後頭部で束ねたいわゆるポニーテール、服装は何故かエプロン姿の女の子で、年恰好は俺やサクラと同じくらい、その表情や話し方から、活動的な女の子という印象を俺は受けていた。
「シェリーちゃん!」
「良かった、無事みたいね……ってあなた、誰?」
元気良く名前を呼ぶサクラに安堵した様子のそのシェリーという女の子は、食卓を一緒に囲む見慣れない俺に気付き、訝しげな表情で問いかけて来た。
サクラやエイラさんから、俺に着いて説明を受けていたシェリーは、次第にその表情に憤りの色を強め。
「そ、そんな奴を虹光旅団の新しいギルド団員に!?」
俺がギルドに入るかもしれない、という所まで説明が終わった時、シェリーは驚愕を隠しきれない様子で俺を思いっきり指差して問いかけて来た。
「そんな奴って、凄いんですよヒカルは、ねえ?」
「え? ええ、まあ……」
何故か誇らしげなサクラに話を振られ、今だにあの時のことに実感がわいていない俺は、曖昧に返すしかなかった。
「エイラさんは良いんですか!?」
「別に私は団員が増える分には文句は無いよ」
「そ、そんな……」
「見たところ彼は腹芸ができるタイプには見えないし、行き場が無いというのは本当だろう、それにサクラの話が正しいとすれば、戦闘について高い技量を持っているらしいからね」
この中では最年長で、恐らくご意見番的な立ち居地であろうエイラさんも俺のギルド加入について異議を唱えていないことに、シェリーは一瞬絶望したような顔をすると、そのまま黙り込んでしまった。
「あのー? シェリーちゃん?」
重苦しい空気に耐え切れなかったのか、遠慮がちにサクラが問いかけると。
「こうなったら、にゅ、入団テストよ!」
シェリーは行き成り椅子から立ち上がり、俺をまた指差して高らかに宣言した。
「ええーっ!?」
何だか面倒な事になったなぁ……
驚くサクラを横目に、俺は厄介ごとに巻き込まれた雰囲気を確かに感じ取っていたのだった。