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第十八話 来訪者の想い

 

 俺が家に帰り玄関を開けると、中からサクラと誰かの楽しそうな話し声が響いてきた。


「もう、あの時はびっくりしましたよ~」

「そんなことあったっけ?」

「先輩ったら、すっかり忘れてるんだから」


 サクラとテーブルに座って話しているのは、緑色の髪をショートカットにした活発そうな雰囲気の女の子で、どこかの学校の制服のような服装をしていた。

 サクラとは前々からの知り合いのようで、互いにリラックスして談笑しているようだった。


「サクラ、その子は……?」

「ヒカルさん、お帰りなさい」

「ただいま、それで……」


 サクラに挨拶を返し、俺は見知らぬその女の子について尋ねた。


「ええっと、この子は、私の学校の後輩で」

「初めまして、私、ハーミル・フェルメールって言います」


 以前聞いたことがある、サクラがギルドの団長になるまで通っていた……確かイーレンなんとか女学院だったか、女子校だったことは覚えてるんだけど。

 こっちの世界にもちゃんとした学校制度があるらしく、そこはこっちの世界で言うところの高校相当のはず。

 サクラの紹介を待たず、ハーミルは立ち上がって俺に礼儀正しく頭を下げた。


「こちらこそ、初めまして」


 俺も礼を返すと、ハーミルは俺の顔をまじまじと見つめ。


「ヒカルさん……ですよね?」


 そう問いかけてきた。


「俺の事知ってるの?」

「サクラさんから散々聞きましたから」


 俺が聞き返すと、何故か俺の顔を見ながら照れた様子で答えるハーミル。


「べ、別に変な事は話してませんからね!」


 それ言っちゃうと、殆ど自白してるようなもんじゃないかな……


「それで、ハーミルちゃんはどうしてここに?」

「そうでした! 先輩、今学校が大変なんですよ!」

 

 そう慌てた様子で答え、ハーミルはここに来た理由を滔々と話し始めた。


「謎の怪奇現象?」

「物が消えたり、部屋が荒らされたり……」

「原因も犯人も、さっぱり分からなくて」

 

 ハーミルの話しによれば、最近学校で原因不明の事件が多発しているらしい。

 一つ一つはそれほど大きなものではなく、最初は誰も気にしていなかったが、それが連続して起こり始めると、何かの呪いではないか、誰かが学校に害を成そうとしているのではないかと噂になり、生徒達は戦々恐々としているらしい。


「で、先輩のギルドなら、なんとかしてくれると思ったんです!」

「成程、そういう訳だったんですか!」


 そこで親しくしていた先輩のサクラがギルドをやっていたことに気付いたハーミルが、事件解決を依頼しにやって来たらしい。

 尤も、最初は久しぶりにサクラに会った嬉しさで、事件のことなどすっかり忘れていた様だったが。


「私、あまり報酬は用意出来ませんけど……」

「大丈夫ですよ、私がハーミルちゃんを見捨てる訳無いじゃないですか!」

 

 不安そうに依頼料について言ったハーミルをサクラが元気に励まし。


「先輩!」

「ハーミルちゃん!」


 何か通じ合う所があったのか、何故か二人は感極まった様子で抱き合っていた。


 それからすぐに話は纏り、俺は学校に行くというサクラとハーミルを見送りに玄関まで出てきていた。


「俺も一緒に行ったほうが……」


 サクラの母校が女子校と言う事もあり、学校に縁が無い俺は行かないほうが良いという判断になったが、俺は不安を捨てきれなかった。


「今日はただ調べに行くだけですから、多分戦闘は無いですし大丈夫ですよ」

「もしもの時は、私が先輩を守りますよ!」


 そう言って、ガッツポーズのような構えを取るハーミル。

 正直頼りがいがあるというよりは、その活発な可愛さが増した様にしか見えなかった。  


「ハーミルちゃんもこう言ってますし」

「……分かった、気を付けて」


 そして、元気に手を振るサクラと、その右手を握りながら去っていくハーミルを見送ったのだった。


 学校に着いたサクラは、しみじみとした様子でその外観を眺めていた。


「全然変わってないなぁ、この正門」


 サクラが卒業してからまだ一年も立っていないので、変わっていないのも当たり前なのだが。


「先生達に、先輩の事言ってきますね」


 そんなサクラにそう告げ、ハーミルは学校の奥へと去っていった。


「はーい」


 それから数十分経ってもハーミルは戻ってこず、サクラは正門前で待ちぼうけを食っていた。


「ハーミルちゃん、遅いなぁ……」

「サクラ・アークフィールド? 何故此処に?」


 そんなサクラに、予想外の人物から声が掛けられる。


「カレンさん!? ええっと、私は依頼で……」


 サクラに話しかけたのは、黄金同盟のカレンであった。

 いつもの様に豪華な服姿で、その右腰にしっかりとレイピアが装備されている所を見る限り、何かの依頼中に見える。


「依頼……?」


 カレンがそう訝しげに答えた時、学校の奥から何か言い争うような声が段々と近づいてきた。


「先輩が調べちゃ駄目って、どういうことですか!」

「もう既に別のギルドに依頼してるからって言ってるだろう?」


 言い争っていたのはハーミルと、サクラも見覚えのあるこの学校の教師の様であった。


「ハーミルちゃん!」「先輩!」


 サクラの姿を見つけ、走り寄るハーミルと。


「カレン様!? もうお着きになられていたとは」

「一体これは、どういう状況なのですか?」

 

 カレンを目にして驚いた様子の教師。

 カレンはそんな二人に、この状況の説明を求めたのだった。


 二人の話によれば、ハーミルがサクラに依頼するより前に、事態を重く見た学園側が黄金同盟にこの事件の調査と解決を依頼していたということであった。


「つまり、貴方は私が依頼されているのを知らずに、彼女の依頼を受けたと?」

「は、はい」


 戸惑うサクラに、鋭い目線で威圧的に話すカレン。


「ギルドへの二重依頼が禁止なのは、貴方もこ存じですわね?」

「そ、それも知ってますけど……」


 同じ依頼を二つのギルドに依頼することは様々な混乱を招き、依頼者とギルド双方の為にならない、とギルド本部から禁止されていたのだった。


「けど?」

「この場合は、互いにそれを知らなかったことですし……」


 この場合は依頼者も学園側とハーミルで違うので、二重依頼では無い、とサクラは主張した。


「はぁ、仕方ありませんわね」

「本当ですか!」


 その主張をカレンも認めたようで、カレンは渋々といった様子でため息を付いていた。


「但し!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「私の邪魔だけはしない事、いいですわね」

「……わ、分かりました」


 サクラにそう念を押し、カレンはいつもの様に悠然と華麗に歩き去っていった。


 学園の廊下を歩きながら、ハーミルは先程のカレンの態度に怒りを隠せない様子であった。


「もう、先輩にあんな態度取るなんて、何様なんですかね!」

「まあまあ」


 そして、サクラ達は事件のあったある教室に到着していた。


「ここが、事件のあった教室なの?」

「誰も居ない筈なのに、気付いたら滅茶苦茶になっていたんです」


 移動教室の時間で生徒達が教室を離れた小一時間程の間、鍵も掛かっていた筈のこの教室が、帰ってきてみれば幾つもの机がひっくり返されるなど、見るも無残な光景になっていたのだという。

 また壊れた物はあれど無くなった物はなく、その目的も方法も謎のままであった。


「ふーむ……」


 それから二人でそれ以外の事件現場、ガラスが全て割れた廊下、水浸しになったトイレなどを巡ったが、そのどれもが目的も原因も謎の不可解な物ばかりであった。


 暫く歩いた後、サクラにハーミルが心配そうな様子で言った。


「先輩、歩いてばっかりで疲れてきませんか?」

「そう言われると、ちょっと疲れたかな」


 確かに学園に入ってから数時間歩きっぱなしで、サクラは少し疲労が溜まっていた所だった。


「それなら、私の部屋で休みませんか!」

 

 そして二人は、寮のハーミルの部屋で休息を取っていた。

 可愛い小物に囲まれたその部屋は、外見に似合わないハーミルの以外に女の子らしい性格を伺わせるものだった。


「あの頃と全然変わってないですねー」


 ベッドに腰掛けてそんな部屋を見渡し、懐かしそうに微笑むサクラ。


「ふふっ、こうやって先輩と一緒にお茶するのも、なんだか懐かしいですね」


 サクラにカップを手渡しながら、ハーミルも嬉しそうな様子であった。


「あの頃から私は、先輩に……」

「ハーミルちゃん?」


 サクラの問いかけには答えず、ハーミルは何か考え込んだ様子になってから。


「先輩は、今……楽しいですか?」


 深刻なトーンでサクラに言った。


「とっても楽しいですよ、ヒカルさんやシェリーちゃんがいて、最近ではナタリアちゃんやアイリスちゃんも……」


 目を閉じ、皆の顔を思い出しながら、しみじみと嬉しそうに言うサクラ。

 それは本当に幸せそうで、今の日々が充実している事がはっきりと分かるものだった。


「そうですか、羨ましいです」

「ハーミルちゃんだって」


 寂しげな様子のハーミルに、サクラは励ますように話しかける。


「私は」

「あれ……何だか……眠……」


 その時、前触れもなくサクラの瞼が次第に閉じていき、そのままサクラはハーミルのベッドで眠り込んでしまった。


「私は今、とっても楽しくなりましたよ、先輩」


 そんなサクラをじっと見つめ、ハーミルは今までの様子とはまるで違った、不気味な笑みを浮かべたのだった。

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