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第十七話 煌く夜空

 ヒカル達と逸れ、謎の少女キュウキと行動を共にする事になったアイリス。

 ランタンの幻想的な明かりに照らされながら手を繋いで歩く二人は、まるで本当の姉妹の様であった。

 

「ほれ、これも食べたらどうじゃ?」

「うん! ありがとう、アイリスおねぇちゃん!」


 アイリスは何時も子ども扱いされている反動なのか、必要以上に姉ぶってキュウキを構っていた。

 屋台の食べ物を奢ってあげたり、射的や輪投げに付き合ったり。 


「アイリスおねぇちゃんはすごいね!」

「そうじゃろうそうじゃろう! わらわは凄いのじゃ!」


 そんなアイリスにキュウキも無邪気に甘えており、それがアイリスの気分をさらに高揚させていた。


「ねぇねぇ、アイリスおねぇちゃんは、いつもどんなひとといっしょにあそんでるの?」


 アイリスに手を引かれながら、あどけない顔で質問するキュウキ。


「そうじゃのう……」 


 アイリスは少し逡巡した後、この街に来てからの事を少しずつ話し始めた。


「……それで、そのヒカルという奴が酷い奴なのじゃ」


 アイリスの話の大半はヒカルの事だった、やれヒカルが子供扱いした、ヒカルが朴念仁だ、等と文句を垂れていたが、その表情はどこか嬉しそうであった。


「ふーん、そっかー」


 そのアイリスの話を聞き、キュウキは面白そうに微笑むと。


「アイリスおねぇちゃんは、そのヒカルってひとがすきなんだね!」


 そう言って、また無邪気に微笑んだのだった。


「な、な何を言っておるんじゃ!?」


 傍から見れば一目瞭然なのだが、実際に指摘されることを全く想定していなかったのか、アイリスは物凄い勢いで取り乱していた。

 その態度が余計にキュウキの問いを肯定していることになっているのには、まるで気付いていない様子であった。

______________


 三人で一通り出店を回り終えた頃には、すっかり空も暗くなっていた。

 

「そろそろ花火が上がりますね」


 サクラが空の星を見上げながら呟く、いつの間にかそんな時間になっていたのか。


「全く、アイリスは何処ほっつき歩いてるんだか」


 一応全員でアイリスを探してみたのだが、予想以上に人通りが多く、見当もつかない状況であった。


「アイリスも子供じゃ無いんだし、多分大丈夫だよ」


 一応それなりの現金も持っているはずだし、あれでアイリスは結構戦闘力も高いから、誘拐なんて事も多分無いだろうし……


「そうだといいけど……」


 そして俺達は、花火の状況を確認する為、打ち上げ場のナタリアを訪ねていた。


「ヒカルにサクラにシェリー……ふむ、アイリスはどうしたのだ?」

「それが……はぐれちゃったみたいで」


 俺の申し訳無さそうな答えを聞き、ナタリアは少し考えるような仕草をしてから、明るい口調で返した。


「そうか、まああいつはなんだかんだでちゃっかりしているからな、案外何処かで気楽に祭りを楽しんでいるかもしれん」


 同居しているナタリアがそう言うのなら、きっと大丈夫だよな。

 そんな空気が皆にも広がったのか、サクラ達は少し安心した表情で、打ち上げ場を見渡していた。


「これが花火って奴の打ち上げ機なの?」

「そうだ! 見てくれこのフォルム、ヒカルの話を元に作成したのだが、中々芸術的に仕上がったと思わないか?」

 

 サクラの質問に、何故か興奮ぎみに答えるナタリア。

 そこには確かに俺の話を参考に作られたと思われる長い筒が合ったのだが、何故かそれには奇妙な装飾が施されていて、俺には打ち上げにどう関係するのかさっぱり分からなかった。

 

「……私にはちょっと分からないかなぁ」


 流石のサクラも、それにはちょっと戸惑っていた様だった。


「それで、肝心の打ち上げのほうは大丈夫?」

「フッ、それも準備万端だ」

「ホントに大丈夫なのかしらねぇ……」


 訝しげなシェリーの問いにも自信満々に答えるナタリア、そんな様子を見て一応安心したのか、シェリーもそれ以上は問い詰めてはいない様だった。

 

 それから俺達はナタリアと分かれ、別行動していたエイラさんと合流し、花火を見る為に何時か俺が黄昏ていたあの小高い丘まで一緒に歩いていた。

 明かりは簡易照明と夜空の星のみという闇夜の道を、浴衣姿の皆と歩く、こっちに来てから何度もこうやって闇夜を歩いたけど、それが今日は何だか新鮮に感じられていた。

 

「花火ってそんなに高く上がるんですか?」

「ああ、少なくともここの一番高い建物よりは上かな」


 道中サクラは、初めて見る花火に興奮を隠せない様子で、何度も俺に花火について問いかけていた。

 その度に振り返って嬉しそうな顔を見せるサクラは本当に楽しそうで、一緒にいる俺までなんだか一層花火が楽しみになっていた。


「へぇ、それは楽しみだな」

「だから高い場所が見やすいのね」


 シェリーやエイラさんは一見何時も通りだったが、その口調の端々には、これから目にする未知の光景への興味と期待が溢れているように感じられた。


 そして、俺達が丘に到着した、そのすぐ後。

 夜空に満開の花が咲き誇り始めた。


「さぁ、盛大に始めようか!」


 打ち上げ場ではナタリアが気勢を上げ、次々とお手製の火薬球を打ち上げて行く。

 それは見事に夜空に舞い上がり、それぞれが寸分の狂いも無く美しい光の花を咲かせていた。


 丘の上で見ていた俺達も、間近で見るその光景に圧倒され、感動を露にしていた。


「うわぁ、凄いです! 凄い綺麗です!」

「確かに、想像以上ね……!」


 普段より二割三割増しではしゃぐサクラと、ただ目の前の光景に圧倒され、動きを止めたまま見入っているシェリー。


「これは、ヒカル君に感謝しなくてはいけないね」

「俺よりも苦労したのはナタリアですから、彼女に感謝してあげてください」


 俺の隣で花火に見入ったままのエイラさんにそう言われ、俺はこの件の一番の功労者であるナタリアの事を考えた。

 俺の話を聞いただけでここまでの再現度を見せてくれるなんて、流石天才だな……

 

 その頃、ヒカル達とはぐれていたアイリスも、群衆に混じって空を見上げていた。


「凄いのじゃ! バーンって鳴ったら、お空に花が咲いてるのじゃ!」


 アイリスはただ無邪気に空を見つめていた、そこにはヒカル達とはぐれた寂しさもなく、夜空に次々と映し出される満開の花に、ただ心を掴まれていた。


「キュウキもそう思うじゃろ?」

「……キュウキ?」


 アイリスがそう言って、右手を握っているはずのキュウキを見た時、既にその姿はどこにも居なくなっていたのだった。

 

 一時間近く続いた花火ショーも終わり、俺達は街へゆっくりと帰っていた。

 目には先程の光景が焼き付いたままで、真っ暗闇のあぜ道を歩いていても、まだ耳にあの音が鳴り響いているような気がしていた。


「花火も終わって、もう祭りも終わりかぁ」


 と、俺が感慨深く呟いたその時、前を歩いていたシェリーが、首だけ振り返って。


「何言ってるのよ、まだ最大のイベントが残ってるじゃない」


 そう楽しげに言ってきた。 

 俺は忘れていたかったのだが、シェリーはしっかりと覚えているようだ。


「……実は俺……その、ダンスは苦手で」


 自分で提案して何なのだが、俺には全く音感と言うものが無く、ダンスや歌系統のイベントは今までの生涯で積極的に関わらないようにして来ていたのだ。 

 盆踊りもまさか自分が参加することになるとは……


「ここまで祭りを盛り上げてくれたんです、今更逃げようったってそうは行きませんよ!」

「その使い方は間違ってるような気が……」


 サクラの無駄に気合の入った言葉に、少し呆れたように突っ込むエイラさん。


「まあ、言ってる事は正しいわ! さあ、観念しなさい!」

「そうじゃ! 何だか分からんがヒカルが悪いのじゃ!」


 シェリーの畳み掛けるような言葉に、すかさず同意するアイリス。

 ……アイリス?


「アイリス!? 何時の間に?」

「それが、ヒカル達とはぐれて、気が付いたらキュウキに会って、でもまたはぐれて……」


 俺の問いに、まるで要領を得ない説明を返すアイリス。

 というか、キュウキって誰だ。


「つまり、どういうこと?」

「それもこれもヒカルのせいなのじゃー!」


 シェリーの突っ込みに、何故か俺に逆上したように掴みかかるアイリス。


「何で!?」


 首をものすごい勢いで前後に揺さぶられつつ、俺はいつの間にか盆踊り会場まで連行されていた。


 ランタンの明かりに照らされながら、俺の馴染みのある西区の住人も、そうでない人達も一緒に楽しげにダンスを踊っていた。


「これって盆踊りっていうか、フォークダンスじゃ……」


 皆が踊っていた音楽は、マイムマイムの様なのどかな物で、踊っていたダンスも、二人で手を繋いで共通の踊りを踊り、それを相手を変えて繰り返すもののようだった。


「ほらほら、グダグダ言ってないで踊るわよ!」

「上手い下手なんて関係ないんです! 一緒に楽しみましょう!」

「わらわと! わらわと踊るのじゃ!」

「ここで逃げたら男が廃るよ、ヒカル君」


 すでにノリノリで踊っている皆が、四者四様に俺を誘ってくる。

 その光景を目にしては、流石に俺も覚悟を決めるしかなかった。


「……はぁ、しょうがないか」


 そう諦めたように呟くと、俺はぎこちなく皆の輪の中へ入って行ったのだった。


 そんなヒカル達を、物陰から伺う黒いローブ姿の少女。

 それは、先程までアイリスと共にいた、あのキュウキと名乗った少女であった。


「虹光旅団のヒカル、トウコツを倒した男……」


 そう言いながら、値踏みするようにヒカルをじぃっと見つめるキュウキ、その目は、アイリスといた時とまるで違い。

 冷酷に獲物を見定める狩人のようであった。


「"あの方"の理想の妨げになるのなら、私が」


 そう言い残し、音もなく消え去ったキュウキ。

 彼女が去った裏路地には、アイリスに買って貰った屋台のお菓子が、全く手を付けられていないまま残されていたのだった。

 

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