第十六話 祭りの日に
あのトウコツと名乗る魔人を倒してから魔人の被害はひとまず収まったようで、俺達の仕事もそれなりに落ち着いて来ていた。
だが俺は、あいつを倒しただけで終わるとは思っていなかった。
トウコツと洞窟で会話していたローブの少女、そして、その会話に出てきた「あのお方」……
そして俺の変質し続けているという体、今のところ特に異常は感じないものの、ナタリアの言葉通りだとすればいずれは。
そんな不安を抱えながらも、俺は努めていつも通りに、明るく日々を過ごしていた。
「収穫祭?」
「はい!」
依頼を終えて帰ってきた俺が夕食を取っていると、サクラから突然そんな話が出てきた。
「商店街の役員達と、あの事件で落ち込んでいる皆を励ます為に、何か出来ないかと言う話になってね」
エイラさんが補足する。
あの事件で破壊された広場はもう修復されたものの、街の中心部で起こった大事件の衝撃は大きかったらしく、西区全体になんとなく陰鬱な空気が漂っていたのだ。
「もう暫くやっていなかったらしいんですけど、復活させてみたらどうかって」
サクラの話によれば、収穫祭とはかつて夏の一番暑い盛りに行われていたが、いつの間にか行われなくなった西区全体で開かれる祭りのことで。
農作物や水産物の恵みに感謝しこれからの豊作を祈る、というものだった、らしい
らしいというのは余りに時間が経ちすぎたせいで、誰もその祭りについて覚えているものがおらず、今では文献にのみ僅かに残されている状態であった。
「それで、ヒカルさんにも協力して欲しいなぁって」
そう言って、サクラはおずおずと話し始めた。
「祭りを盛り上げるアイディアか……」
祭りについての情報が少なすぎ、どんな祭りにするのか、どうやって祭りに人を集めるのかなどが分からず困っているらしいのだ。
商店街の会議でも、出店などの案は出たものの、まだまだアイディア不足らしかった。
「ヒカル君は遠方の出身だと聞いた、何かそちらでお祭りの時にしていた事ってあるかな?」
「そうだな……」
そこで俺は、俺がよく知っているあっちの世界のお祭について、出来るだけのことを話した。
サクラ達が特に興味を持ったのは、音楽に乗ってみんなで共通の踊りを踊る盆踊りと、火薬を使って色とりどりの模様を夜空に描く花火についてだった。
「盆踊りに、花火か……」
「盆踊りなら、商店街の人に協力を仰げば、近い物が出来ると思いますよ」
そう言って、身を乗り出すサクラ。
「只問題は……」
エイラさんが口を濁す、確かに全くノウハウのない人達が花火をするのは……
次の日俺達は、花火を実現できる可能性のあるある人物の家を訪ねていた。
「そこで、この私の知恵を借りたいと言う訳か!」
俺達の話を聞いて、いつもの様に自信ありげに返すナタリア。
「出来るんですか?」
「フッ、この私を誰だと思ってるんだ」
「おおー!」
心配そうなサクラの問いにもその態度を崩さず後ろに反り返りながら答えるナタリア。
サクラはその答えに嬉しそうに手を叩いていた。
「それより、ヒカルに少し……」
俺に話があるということだったので、サクラを先に返し、俺は館の中に入ってナタリアと二人でテーブルに腰掛けた。
しばしの沈黙の後、ナタリアはゆっくりと口を開いた。
「その……大丈夫なのか?」
俺の体のことを心配してくれているのだろう。
俺はその心遣いに感謝しつつ、はっきりとした口調で返した。
「ありがとう、もう覚悟は決まったから」
「そうか……」
その言葉を聞いて、ナタリアはコーヒーを飲みながら何事か考え込んでいた。
「私も出来るだけ協力しよう、だから、そう悲観するな」
「……君は、私達の仲間なのだからな」
そして、そう優しげな表情で俺に言ったのだった。
「祭りとは楽しそうなのじゃ! わらわも協力するのじゃ!」
「ウチのお店の宣伝にもなるし、協力してあげるわ」
アイリスとシェリーの協力も取り付け、俺達は祭りの準備に力を尽くした。
そして、遂に祭り当日。
「どうですかヒカルさん! 似合ってますか?」
「ヒカルの話を参考にして作ったって言ってたけど、こんな服があるのね」
「ふーむ、このユカタという物は興味深いな」
「スースーするのじゃ……」
俺から聞いた話を元に、商店街の服飾屋さんが作ってくれた浴衣。
それは驚くべき再現度を誇っており、こうやって皆が来ているのを一見しただけではあっちのものと区別がつかないほどであった。
見慣れないこの服は結構イーレン市民に好評で、それなりの売上を出したとのことで、服飾屋さんからは感謝されていた。
いつもと違う服装の皆に、俺は少しドキドキしながら祭りに繰り出したのだった。
「商店街の皆さん、張り切ってますね!」
「西区だけじゃなくて、イーレン全体から人が集まってるらしいから」
時刻は夕方、吊るされたランタンのような照明が一列に並び、神秘的な雰囲気に包まれた商店街を歩きながら、俺達は祭りを楽しんでいた。
「これもこれも美味しいです!」
屋台で買ったホットドッグの様な料理とわたあめの様な料理を両手に持ってご満悦のサクラ。
「あんまり食べ過ぎるとお腹壊すわよ」
そんなサクラを嗜めながら、シェリーの右手にもしっかりと焼き鳥が握られていた。
「そういえば、アイリスとナタリアは……?」
そんな風に食べ歩いていた俺だったが、不意にアイリスたちの姿が見えない事に気付いた。
「ナタリアなら、花火の準備が有るって言ってたけど」
ナタリアはそれで説明が付くけど。
「アイリスちゃんは何処に……?」
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「明かりが綺麗なのじゃ……」
祭り独特の幻想的な照明につられ、アイリスは知らぬ間に一人町外れまで気付かない内に歩いていたのだった。
「みんなどこ行ったのじゃ? 全くはぐれるなんて子供なのじゃ!」
皆の姿が見えないことに気付き、最初はそう言って怒っていたアイリスだったが。
「……もしかして、わらわがはぐれたのじゃ!?」
アイリスはその事実に気がつくと同時に、周りの景色が全く見慣れないものになっている事も認識したのだった。
「はぁ……」
町外れの石段に座り込み、一人ため息をつくアイリス、その耳には楽しげな祭りの音楽が虚しく響いていた。
「おねぇちゃん、一人なの?」
そんなアイリスに、一人の少女が話しかけて来た。
年の頃は十も行かない程だろうか、黒髪を前で切り揃えた髪型が印象的な、どこか儚げな印象の少女で、服装は帯まで黒い浴衣姿。
ヒカルが見れば、日本人形の様だと思ったかもしれない。
「そうなのじゃ……」
「そうなんだ、わたしも一人なの」
淋しげに答えるアイリスの隣に立ち、か細い声で話しかける少女。
「おぬしもはぐれたのじゃ?」
「……わたしといっしょに、おまつりにもどらない?」
そう言って、少女は屈みこんでアイリスに手を差し伸べた。
「おぬしは……?」
「わたしはキュウキ、よろしく……アイリスおねぇちゃん」
アイリスの問いに、少女はそう言って怪しく微笑んだ。
そんな二人を、木々の間から漏れるランタンのぼんやりとした光が照らしていたのだった。




