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第十五話 赤く燃え立つ力、震えるほど抱きしめて 

 ナタリア邸での戦いから一夜明け、俺はまだ沈んだ気持ちのままだった。

 ナタリアから教えられた俺の体の事、あのローブの男に敗戦した事、それらがまだ消化できずにいたのだった。


「朝……か」


 俺はベッドから身を起こすまでは出来ても、そこから一歩も動けずにいた。


「ヒカルさん、大丈夫ですか?」


 いつまでも降りてこない俺を心配したのか、サクラが俺の部屋に様子を見に来てくれた。


「ごめん、今日は休みにさせてくれないか……?」


 だがそんなサクラにも、俺は冷たい態度を返す事しか出来ず、気まずい空気のまま宛も無く家を出たのだった。


「はぁ……」


 暫く歩いた後、俺は町外れの小高い丘に辿り着き、そこの大木にもたれ掛かって俯いたまま座り込んでいた。


「すっかり忘れてたんだよな……」


 俺は、俺の体が変質し掛けていることについて、答えの出ない考えを巡らせていた。 


「同じベルトなら、リスクだって同じかもしれないのに」


 このベルトが本物と同じ機能を持っているのなら、あの主人公と同じように、変身による副作用で……

 俺の記憶では、最終回で主人公は完全に人の形を失い、誰にも告げずに放浪の旅に出ていたはず。

 もっと早くに気付いていても良かった、だが、俺は変身出来たことに浮かれ、さっぱりそこまで考えが及んでいなかったのだった。


「俺は……」


 俺にそこまでの覚悟があるのだろうか、俺はただ、ヒーローに憧れるだけの普通の男で、ここで戦ってたのも、殆ど成り行きだし……


「なーに辛気臭い顔してんのよ」


 そんな俺の頭上から、見知った明るい声が掛けられた。


「シェリー?」


 思わず見上げると、そこにはいつもの様にエプロン姿のシェリーの姿があった。

 もしかして、俺を心配してわざわざ探しに……


「全く……何があったか知らないけど」


 そう言いながら、シェリーは俺の隣に腰を下ろし。


「サクラも心配してたわよ」


 俺を気遣うような優しげな口調でそう告げた。


「そっか……俺なんかの為に……」


 あんな別れ方をした俺を、まだサクラは思っていてくれていたのか……

 そこで会話が止まり、シェリーも俺も、何を言うでもなくただ樹の幹に腰掛けていた。

 そんな時間が暫し過ぎた後、シェリーがゆっくりと立ち上がり、丘から町を見渡しながら口を開いた。


「サクラ、ちょっと前まではあんなに元気に笑う子じゃなかったのよ」

「え……?」


 その予想外の言葉に俺が戸惑っていると、シェリーは更に続けて。


「今と同じようにいつも笑ってたけど、表情だけで、心から笑って無かったの」


 そう悲しげにな声で言った。

 表情は見えなかったが、その口調から、シェリーが決して冗談でそれを言っているわけではないことが分かった。


「そんな、あのサクラが?」


 あの何時も笑顔で、悲しい事なんて考えたこともないようなサクラが……


「でも、あたしは正直認めたくないんだけど、あんたが来てからなのよ、あんなに綺麗に笑うあの子をもう一回見れたのは」

「シェリー……」


 そうどこか悔しげに言うと、シェリーは俺に振り向いた。

 その顔は、どこか悲しげで、でも、確かに嬉しそうに笑っていた。


「あんたはね、自分が思ってる以上に、あの子の助けになってるの」


 そこまで聞いて、俺はシェリーが俺を励ますために言ってくれている事に気付いた。


「もちろん、私やナタリアや……アイリスはどうか分からないけど」

「……」


 そう苦笑するシェリーに、俺は、何を言っていいか分からなかった。

 

「だから、そんな顔してないで、もっと元気出しなさいよ!」


 黙ったまま呆然とする俺の背中をバシバシと叩きながら、励ましてくれるシェリー。


「って、何が言いたいか良く分からなくなっちゃったわね……」


 俺の心に、そんなシェリーの優しさが、俺がサクラの助けになっているという事実が、確かに染みこんでいった。

 俺が何か答えようと、口を開こうとしたその時。


「な……何!」

「街が……燃えてる!?」


 突如轟音が響き渡り、見下ろした街が激しい炎に包まれたのだった。


 西区広場、何時もなら買い物客が行き交い、住人の憩いの場となっているそこは今、激しい業火の中にあった。


「ヒカルさんがいなくたって……!」


 その炎の中でサクラは一人、あの洞窟で戦った戦闘員達と戦いを繰り広げていた。


「大剣轟斬!」


 サクラの振り下ろした大剣に、戦闘員が吹き飛ばされていく。

 そんな戦いの中、サクラは通路の奥から広場を伺う、怪しい男を見つけ。


「あのローブは!」


 大剣を振りかざし、その黒いローブの男に挑みかかった。


「……お前か」

「あなた、どうしてこんな事をするんです!」


 興味無さげに答える男に、何度も大剣で攻撃を仕掛けるものの、まるで意に介さない様子で避けられてしまう。


「あの男はどうした、怖気づいて逃げ出したか?」

「私の質問に……きゃぁっ!」


 尚も攻撃を続けるサクラだったが、攻撃の勢いを利用され、逆に壁に叩き付けられてしまった。


「お前に興味は無いが、目障りだ……ここで」

「ヒカルさん……!」


 ローブの男が大鎌を振りかざし、サクラの首に振り下ろされようとした、その瞬間。


「ダッシュインパルス!」


DASH IMPULS!


 白い鎧の男の渾身の飛び蹴りが、ローブの男を弾き飛ばしたのだった。


「来たか……!」


 まるでダメージを受けていない様子で体制を立て直したその男は。

 現れた白い鎧の姿を目にし、嬉しそうに笑った。


「ごめん、遅くなった」

「ヒカルさん!」


 サクラを庇うように黒いローブの男に立ちはだかったのは、ダッシュに変身した光の姿だった。


 サクラが退避したのを確認し、ローブの男と戦闘を開始する。

 正拳突きから回し蹴り、横薙ぎの大鎌を前転で回避してからの踵落し。


「フッ、いいぞ、その調子だ!」


 その全ての攻撃を回避、いなし、または反撃しながら、ローブの男は楽しげに笑っていた。


「お前……闘いを楽しんでるのか!?」


 そんな男の様子を目にし、俺は思わず問いかけていた。


「何を当たり前の事を、お前だってそうだろう?」


 そう言って更に攻撃の手を強めるローブの男。

 

「……確かにそうかもしれない」


 上段からの振り下ろし、一回転させての柄による連続付き、大きく弧を描いて側面からの引き戻し。

 今度は逆に俺が守勢に回りながら、俺はその言葉に静かに同意していた。

 俺はダッシュに変身しての戦いの中で、確かに快楽を感じていた、いつもの自分では考えられない程の強大な力、特撮でしか見たことのない様な奇怪な敵との戦い。


「ヒカルさん……!?」


 そんな俺の様子を見て、驚愕したように目を見開くサクラ。

 俺はそんなサクラに一瞬視線を向け、再びローブの男に向き直って、宣言するように言葉を紡ぐ。


「だけど、でも…‥! それだけじゃない!」


 言葉を続ける度に、自分の体に力が漲って来るのが分かる。

 俺の速度が次第に増して行き、男の体に攻撃が命中していく。

 そう、俺が戦ってきたのは、ただ楽しかったからじゃない。


「俺は……いや」


 そして俺の後転蹴りが、遂に男の大鎌を弾き飛ばした。

 俺が戦ってきたのは……


「俺が、ヒーローだから!」


 その言葉を放つと同時に、捻りを加えた右拳が男の右胸に直撃し、その体を吹き飛ばす。

 俺が憧れたあのヒーローの様になれるかどうかは分からない、だけど、俺のことを信頼してくれる人がいて、俺の行動によって救われる人がいるのなら。

 俺は、ヒーローになる、なって見せる。

 例え、どんな結末が待っていたとしても。


「フハハ! 面白い、面白いぞお前!」


 吹き飛ばされた男は、そのダメージをまるで気にしない様子で笑いながら立ち上がると。

 ローブを剥ぎ取り、その本来の姿を露わにした。


「俺の名はトウコツ! 究極の闘争を望む者!」


 そこに居たのは、虎の様な凶暴な爪の生えた四肢と、獰猛な顔に猪の如き巨大な牙を持った、異形の怪物だった。


「なんなの……あの姿は……!?」


 追い付いてきたシェリーの驚愕する声が聞こえたが、それに反応する余裕は俺に無かった。

 更にその速さを増したトウコツの爪や牙による攻撃を防ぐだけで精一杯だったからだ。

 何度目かの交錯の後、両腕を思い切り振り下ろした男の爪撃を回避しきれず、俺は大きく弾き飛ばされた。

 その衝撃で、変身が解除される。


「どうした、これで終わりじゃないだろうな!」


 どうにか起き上がろうとする俺目掛け、更に突進してくるトウコツ、俺が衝突の衝撃を覚悟した、その時。


「ベルトが……!?」

「何だ、この光は!?」


 ベルトが激しく光りだし、俺の周りに紅いエネルギーの竜巻が生まれた。

 その風に阻まれ、戸惑うトウコツ。

 ベルトが、俺に応えてくれたのか……!?

 そんな疑問を持つ暇も無く、俺の体は、導かれる様にゆっくりと動き出す。

 下から円を描くようにしながら右腕を前に構え、両腕を交差させて力強く構える。

 次に右腕を左斜め上へ突き出し、最後に円を描くようにしながら、両腕を右斜め上方向へ構えた。


「変…身!」


RIDE ON! RIDE HERO RUSH!


 その変身ポーズを終えた後、俺の体は、真紅の激しい光に包まれ、その光が収まった時、俺は新しい力。

 ライドヒーローラッシュへと変身していた。

 ダッシュ、スラッシュ、クラッシュのすべての力を併せ持った三位一体形態で、スラッシュの片刃剣は二振りに、全身に装備されたクラッシュの火器はそれぞれ二倍の量に倍加するなど、元々の形態よりも更にパワーアップしているのが特徴。

 全身の結晶は、燃え盛る炎の様に激しく紅く輝いている。   


「ツインラッシュブレード!」


 TWIN RUSH BREAD!


 両腰から真紅の剣を勢い良く引き抜き、正面で交差させて構える。


「そんな虚仮威しに!」


 唸り声を上げながら突進してくるトウコツ。


「何……!?」


 その両腕を、トウコツが知覚するより速く切り落とす。


「ラッシュバースト!」


 RUSH BURST!


 呆然とするトウコツ目掛け、全身の火器を一斉掃射。


「馬鹿な……この俺が!」


 驚愕しながら空中に撃ちだされるトウコツ


「これで終わりだ!」


 その方向に体を向け、地面にヒビが入る程力を貯めこむ。

 全身の結晶が更に紅く輝き、エネルギーが右足に収束していく。


「ラッシュ・インパクト!」


RUSH IMPACT!


 その力が臨界を迎えたその瞬間、空を貫くような紅い閃光が、トウコツを貫いていた。

 そして激しい爆炎が、広場の空を埋め尽くす程に広がった。


「終わった……?」


 サクラとシェリーが舞い散る火の粉を払いながら広場の中央に目を遣ると、そこには変身を解除し、少し疲れたように、だが確かに嬉しそうに微笑むヒカルの姿があったのだった。

 

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