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第十四話 力の代償

 休日のある日、俺はナタリアに呼ばれ、あの洋館を訪れていた。

 俺がナタリアの家に行くことを聞いたサクラは真剣な顔で。


「解剖されないでくださいね!」


 なんて言っていたけど、流石にナタリアもそんな事はしない……よな。


 最初に見た時とはまるで違い、綺麗に整えられた優麗な玄関をノックし、ゆっくりと大きな扉を開ける。 


「お邪魔します」

「よく来てくれたなヒカル!」


 そこで待っていたのは、いつもの白衣姿のナタリアと……


「お、お帰りなさいませ、ご主人様」


 何故かフリフリのメイド服姿に身を包み、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに礼をする、アイリスの姿であった。


「……アイリス、何やってんの?」

「だから嫌だって言ったのじゃー!」


 呆気に取られた俺の言葉を受け、叫びながら廊下を走り抜けていくアイリス。

 俺はその後姿を、呆然と見送っていたのだった。


 なんとかアイリスを宥め、大広間のテーブルに皆で座る。

 

「この屋敷を探索していたらたまたま見つけてな、なかなか似合っていると思うのだが、ヒカルはお気に召さなかったか」


 一番豪華な椅子に座り、優雅に紅茶を飲みながらナタリアは何事も無かったかのようにそう言った。

 

「いや、凄く似合ってるし可愛いと思うんだけどさ……」


 アイリスの様な美少女がメイド服を着ると、本来の可愛さが更に二倍以上に増大したように感じられて、正直直視できない程だったのだが。

 それ以上に唐突にメイド服という状況に頭が真っ白になって、何も反応できなかったのであった。


「本当かえ!?」


 その俺の言葉に、嬉しそうに身を乗り出すメイド服姿のアイリス。

 なんだかんだでノリノリなのか……?


「さて、余興はこれくらいにして、本題に入ろうか」


 メイド服はどうでもいいんだ……

 と呆れる俺を知ってか知らずか、ナタリアは何時もの様子で話し始めた。


「今日来てもらったのは他でもない」


 そう言いながら、ゆっくりと俺に近づいてくるナタリア。


「ヒカルの体を調べさせて貰おうと思ってな」


 俺の目の前まで進んだ所で、じっくり俺の体を上から下まで見回しながらそんなことを言われると、正直とても怖いんだけど……


「やっぱり……」

「そう嫌そうな顔をしてくれるな、別に私も、嫌がっている相手を無理やり解剖などせんさ」


 そう言って、軽く笑うナタリア。

 嫌がらなかったら解剖するのか……? と困惑する俺をよそに、ナタリアは話し続ける。


「まず、ヒカルが変身に使っている、あのベルトを見せてもらえないか?」

「ああ、それくらいなら……」


 右手を軽く翳し、ベルトを出現させる。


「ふぅむ、成程成程」


 何事か呟きながら、俺の腰に手を当ててベルトを観察し続けるナタリア。

 ナタリアはまるで気にしていない様子だったが、ずっとこの体制は結構恥ずかしいな……


「出来ればベルト単体で調べたいのだが……」

「外したいのは山々なんだけど、これ取り外せないんだよね」


 ナタリアも不便に思ったのか、俺にベルトを取り外すように頼んできたものの、俺はこのベルトは体に完全に一体化しており、取り外せないという説明を返すしかなかった。


「体と一体化……か」


 その話を聞き、ナタリアは暫し考え込んだ後。


「ヒカル、馬鹿げた話かも知れないが、私の推論を聞いて貰えないだろうか」


 俺に向き直って真剣な表情でそう告げた。

 只事でない様子に俺が無言で頷くと。


「もしかして君は、我々のいるこの世界とはまるで異なる、異世界から来たのではないか?」


 ナタリアは、俺の境遇をそのまま言い当てたのだった。

 

「な、何を突拍子も無い事を言ってるんじゃ!」


 普通に考えればありえないナタリアの推論に、驚くアイリス。


「……いや、それで合ってるよ」


 ナタリアの頭の良さは知ってたけど、まさか俺が異世界から来たことを言い当てられるなんて……

 と、混乱しながらも俺は、その言葉をしっかりと肯定したのだった。

 

「なんじゃと!?」

「やはりな、このベルト、あの変身、この天才の私が全く知らない事などこの世界にはあり得ない、ならば別の世界しかあり得ない、そう考えたのは正しかったようだ」

「とんでもなく傲慢な考えなのじゃ……」


 呆れた様に呟くアイリスを気にも止めず、ナタリアは興味津々と言った様子で更に俺に問いかけて来た。


「詳しく聞かせてくれないだろうか?」

「ああ、まず俺がこっちに来たのは……」


 それから俺は、俺が別の世界から来た事、このベルトが元々は玩具であった事等、俺の知りうる全ての事をナタリアに話した。


「つまり、ヒカルにもさっぱり分からないのじゃ?」

「まあ、纏めるとそういう事なんだけど……」


 そういう言われ方をされると身も蓋もないな……


「お伽話の英雄……か」


 そう言うとナタリアは、俺に背を向け、窓の外を眺めながら暫く考え込んでいた。

 いくら天才のナタリアでも、流石に俺の話に混乱してるのかな?

 そんなことを考えていた俺に、ナタリアは意を決したように振り向くと。


「ヒカル、そもそも君を呼んだのは、君のあの変身を見て一つ危惧する事があったからなんだ」


 危惧する事……?

 困惑する俺に、ナタリアはさらに続ける。

 

「そして今日の君の話を聞いて、君の体を調べて、それは確信に変わった、君は、人間から全く別の何かに変わろうとしている」


 全く別の体に変わる……!?

 確か、俺の知っているライドヒーローダッシュの主人公も、力を手に入れた結果……


「ヒカル、君の知っている話では、そのヒーローとやらは最終的にどうなったのだ?」

「それは……」


 俺が答えに窮していたその時、けたたましいサイレンの様な音が鳴り響いた。


「何じゃ!?」

「これは……警報?」

「私が屋敷の周りに張り巡らした警備魔法だ、だが、これほどの反応は……」

 

 驚く俺達にそう説明するナタリア、そして。


「これは……!?」


 俺はいつか感じたあの気配を確かに感じ取り、思わず走りだしていた。


「ヒカル!?」


 俺が屋敷の屋根の上に駆けつけると、そこにはあの黒いローブの……


「来たか……!」


 俺を待っていたかのようなその男と相対し。


「お前、一体何者なんだ!」


 その正体を問いかけるものの。


「悪いが俺はここにお喋りをするために来た訳じゃあないんでな!」


 男はそれには答えずに、巨大な鎌を振りかざして襲い掛かってきたのだった。


「ぐっ……変身!」


RIDE ON! RIDE HERO SLASH!


 反射的にベルトを出現させ、蒼い光とともにスラッシュに変身する。


「ほう、この前と色が違うが……」

「違うのは、色だけじゃない!」


 感心したように呟くローブの男目掛け、横薙ぎに蒼剣を振りぬく。


「成程、少しはやるようだな……だが!」


 男はその刃を鎌の柄で弾くと、その反動で動きを止めた俺に向け、鎌を上段から振り下ろす。

 咄嗟に後ろに飛び退いて回避するが、男の連撃に屋根の端まで追い詰められてしまった。


「どうした、動きが鈍いぞ!」

「がぁっ……!?」


 そのまま押し倒され、鎌の刃を首筋に当てられる。

 このままでは…… 


「フ……どうやら期待外れだった様だな」


 冷徹な言葉を吐きながら、男がその刃を引こうとした、その瞬間。


「ヒカル!」


 ナタリアの叫びと共に、巨大な火球が男を襲った。


「ちぃっ、邪魔が入ったか!」

 

 その炎を回避しながら、男は屋根から飛び退き、庭に着地して逃げ去っていく。


「待つのじゃ!」


 捉えようとするアイリスの黒い手に目もくれず、男は凄まじい速度でその場から去っていった。


「覚えておけ、次に俺と出会う時が、貴様の最後だ!」


 まだ倒れ込んだままの俺に対して、処刑宣告とも言えるその言葉を残して……


「ヒカル、大丈夫なのじゃ?」

「俺は……」


 心配するアイリスの言葉も、今の俺の耳には入っていなかった。

 ただ悲しげな夕日だけが、呆然とする俺を照らしていたのだった……


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