第十二話 昇格試験は波乱と共に
昇格試験当日、俺達は試験会場の町外れの廃坑前で、順番が来るのを待っていた。
この日試験を受ける下級ギルドは三組あり、俺達は運悪く最後の出番になっていたのだ。
俺達は、廃坑前に張られた簡易テントの下で椅子に並んで座って、暫く取り留めのないことを話していた。
「昇格試験って、具体的に何をするんだろうな」
「さあ……エイラさんの話だと、年によって変わるみたいだしね」
「今年は、この洞窟の中で、何かするんでしょうか?」
試験って銘打ってるんだし、何かテストみたいな事をするんだろうか?
正直あっちの定期試験とかは苦手だったので、知識系の問題は勘弁して欲しいのだが。
「それにしても、暇じゃのう……」
「仕方ないさ、前の順番のギルドが終わるまで、待ってないと」
そんな時間が三、四時間程過ぎた頃だろうか、急に廃坑の周りが慌しくなったかと思うと、その中から沢山の人が駆け出してくるのが見えた。
「何だ?」
「誰か走ってきますけど」
「ちょっとあんた、何があったのよ、試験は?」
シェリーがその中の一人に話し掛けると、その男は青ざめた顔で、何かに酷く怯えているようだった。
「そ、それどころじゃねぇ! 廃坑に見たことも無い魔物が出て……!」
そう言って男が俺達の前から去ったその時。
「あれは……魔人!?」
洞窟の中から、明らかに異様な雰囲気を纏った者達が現れだしたのだ。
それは一見普通の人間のようであったが、全員黒い覆面を被った全身黒一色の格好をしており、特に異様なのは、その額に骸骨のような不気味なエンブレムが輝いていることだった、
「ギルド本部より参加者へ、魔人出現により試験は中止、繰り返す、試験は中止だ!」
そう慌てた様子で俺達にギルド本部の職員が呼びかけてきた。
どうやら何か不測の事態が起こっているらしい。
「洞窟の中はどうなってるんですか?」
「分からん、現在魔人と戦闘中だが……」
サクラ達と会話している職員を尻目に、俺は一目散に廃坑へ向け駆け出していた。
「……サクラ達はここで待っててくれ!」
「ヒカルさん!?」
あんな特撮の戦闘員みたいな奴らが出てきてるんだし、これは相当不味い事件が起こっているに違いない。
そんな思いと共に、俺は廃坑に怪人が出て来るというお約束的な状況に、不謹慎ながら少し興奮してしまっていた。
砕石場だったら更にベタなんだけどな……
「変身!」
RIDE ON! RIDE HERO DASH!
走りながら変身を完了し、廃坑の中へ飛び込む。
その中には、数えきれない程の戦闘員達がギルド職員と思われる人々と戦闘を繰り広げていた。
「この数、明らかに今までとは違う……!」
その戦闘員を蹴散らしながら、洞窟の奥へと進んでいく。
だが余りの数の多さに、進行を止められてしまったその時。
「炎よ!」
炎の渦が戦闘員達を包み込み、一瞬で蒸発させた。
その炎を放ったのは杖を持ったナタリアであった、後方にはサクラたちの姿も見える。
「ナタリア!? 皆も!」
「全く、水臭いわよ」
「そうだ、ヒカル一人だけに良い格好させないさ」
「私達も戦いますよ!」
そう言って武器を構えるサクラ達。
「皆、ありがとう!」
俺は素直に礼を告げ、サクラ達と共に洞窟の奥へと進む。
「なんでわらわも……」
「ごちゃごちゃ言わないの、行くわよ!」
アイリスはあまり乗り気では無い様だったが……
開けた場所に出た時、激しい剣戟音と共に、何者かが戦闘員達と一人で戦っているのが見えた。
たった一人ながら、圧倒的多数の敵相手に全く引けを取っていない、それどころか逆に敵を蹴散らしているように見えた。
「誰か戦ってる……!」
「あれって、この前の」
それは、この前ギルド本部で出会った、あのお嬢様オブお嬢様のカレンであった。
「これくらいで、私は負けませんわ」
「麗華剣舞!」
レイピアを使った流麗な剣技で、まるで踊るように敵を薙ぎ倒していく。
だがさすがに多勢に無勢なのか、その動きは次第に鈍っていく様に見えた。
「一人じゃ無理です! 此処は協力して!」
見かねてサクラ達が助けに入ると。
「邪魔をしないで下さいますか、足手纏いです」
「な……! あんたねぇ!」
その助けを拒否して一悶着起こしていた、見たまんまの高圧的なお嬢様的性格だな……
そんな光景から、何かを感じて洞窟の奥の方に目を遣ると、一段高くなった高台から見覚えのある黒いローブ姿が、戦っている俺達を見下ろしていた。
「あのローブ、やっぱり!」
間違いない、あれはイカと戦った時に、海面に立っていたあの怪しいローブ。
「ヒカル!?」
この事件にも関わっているのか……!?
そう判断するのと、そいつに向かって飛びかかったのは、ほぼ同時であった。
「お前と戦うのは今回の予定には入っていないが……」
俺の拳を避けながら、ローブの男はそう冷酷な声で告げ。
「死にたいのなら、相手をしてやろう!」」
人一人程はあるだろう巨大で凶悪なフォルムの鎌を一瞬で取り出すと、俺に向かって上段から一気に振りかざす。
「お前がこれをやったのか!」
その斬撃を身を屈めて回避し、足払いから反撃を繰り出すが。
「フ……さあな」
バックステップで回避され、そのままローブの男は距離を取って俺と相対した。
「知りたいのならば、俺を倒す事だ!」
その言葉と共に、ローブの男が一瞬で俺との距離を詰め、鎌による連撃を繰り出す。
「何……あれ!?」
「あいつも魔人ということか?」
「魔人……? そうか、お前らは俺達をそう呼ぶんだったな」
俺達の戦闘を見ていたサクラ達の言葉に、俺の蹴りを避けながら余裕を持って答えるローブの男。
「ちょっと待ってよ! 言葉を喋る魔物なんて……」
確かに、ここまで出てきた怪人に喋る奴なんていなかったような……
「もう良いだろう、ここで終わりだ!」
その言葉を告げると、ローブ男の鎌が不気味に光り輝き……
「ヒカルさん!?」
その鎌が俺に振り下ろされようとした、瞬間。
「そこまで……これ以上は……あの方の意思に反する……」
ローブ姿の男の正面に、これまた黒いローブ姿の小さな人物が現れたのだった。
その言葉はか細い少女の様に聞こえたが、ローブ姿の男が振り下ろした鎌を指一本で静止していたのだった。
「貴様、俺を……」
「あの方に逆らうの?」
「チッ、仕方ない……か」
その少女の言葉に忌々しげに答えると、ローブ姿の男は鎌を降ろし俺に背を向けた。
「待て!」
「置き土産だ、こいつと戦って生き残れば、今度は俺自らが相手をしてやろう」
「これは……!?」
そう言って、男の姿は跡形もなく掻き消え、代わりに俺達の前に残されたのは。
「大きいのじゃ!?」
俺達の身長の数倍は有るだろうか、巨大な漆黒の鎧を身にまとった騎士の姿であった。
サクラ達が居る洞窟の広場に出現したその騎士は、武器を構えたサクラ達を敵と認識したのか、ゆっくりとサクラ達へ向かい始めた。
「この前のイカより小さいじゃない、戦えるわ!」
確かにこの前のイカよりは小さいが、感じる威圧感は圧倒的にこの黒騎士が上回っているように思える。
「カレンさん、貴方も協力して貰えませんか?」
と、サクラが隣にいたカレンに協力を申し出た。
「私に命令すると?」
「いえ、お願いしているんです!」
「……何ですのそれは」
何時ものサクラの本人は真面目なのだが何処かズレた言葉に、カレンは少し戸惑っているようだった。
「ごちゃごちゃ言っている暇は無い、生き残りたければ、連携するしかないぞ!」
「子供に諭されたくはありませんが、確かにそうですわね」
ナタリアにそう強い口調で言われ、カレンも協力を承諾してくれたようだったが。
「子……供……だ……と!?」
「な、ナタリア、抑えるのじゃ」
子供だと呼ばれたナタリアは肩を震わせて怒りを露わにし、アイリスが必死にそれを宥めていた。
「取り合えず、あのデカブツを何とかしないと」
俺も高台から降りてサクラ達と合流し、黒騎士と相対する。
「来るぞ!」
そして、俺達と黒騎士の戦闘が始まった。




