第十一話 過去と未来と
ある日、夜な夜な街道で旅人が行方不明になる事件の解決を請け負った俺達は、その原因と思われる魔物と相対していた。
「こいつ……蝙蝠、か?」
その魔物は、人の体に黒く大きい不気味な羽を持ち、顔には凶悪な二本の牙を生やした蝙蝠形の怪人の様に見えた。
ダッシュに変身した俺は、戦闘開始から然程時間を掛けずに既に敵を死に体になるまで追い詰めていた。
ここ最近の戦いのおかげか、俺はかなり変身状態での戦いにも慣れてきており、ただの怪人一体には余り手古摺らないようになっていた。
「逃がさないのじゃ!」
背中の羽を羽ばたかせ逃げようとする魔物を、地面から出現した何本もの手の如き黒い影が拘束する。
「ヒカル、今です!」
「ああ!」
MAXIMUM CHAGE!
サクラの合図と共に、俺は両足で大地を踏みしめ飛び上がり、そのまま全力の飛び蹴りを放った。
「ダッシュインパルス!」
DASH IMPULSE!
電子音声と共に右足の結晶が激しく光り輝き、鋭い蹴りの直撃を食らった怪人は、一瞬内部から眩しく白く輝くと、大きく水平に吹き飛んで爆散した。
「よし……!」
依頼主に報告を終え、街道から家に帰ってきた俺達は、居間のテーブルで暫し休息を取っていた。
「それにしても、依頼、増えましたね」
「少ないよりは良いけど、ちょっとね……」
少し疲れた様なサクラの言葉に同意する。
あの海岸での海獣退治から俺達の評判も次第に上がっており、依頼量も増えてきていた。
それ自体は嬉しいのだが、こうやって討伐の依頼ばかりが増えていくのも少し考え物かな、と思っていた。
「魔物の活動が活発になってるらしいからね、それと、"魔人"も」
「"魔人"か……」
俺が幾度となく相対した、あの特撮怪人のような魔物の事をギルドはそう呼んでいた。
人のような特徴を持った魔物だから魔人って、ちょっと安易な気がしないでもないが。
「ふーむ、何かが、この地で起ころうとしているのかもしれないな」
「何かって、何なのじゃ?」
ナタリアの意味深な発言に、机に突っ伏していたアイリスがそのままの体勢で問いかける。
この二人はなんだかんだで同居生活を上手く送っているらしく、こうやって気の置けないやりとりをするのも珍しい光景ではなくなってきた。
「それは、これから私が解き明かすのさ」
その問いに、ナタリアは何時も通り自信たっぷりに答えたのだった。
その次の日、ギルド本部から呼び出しを受けたサクラは、付き添いの俺と共に本部へと向かっていた。
「呼び出しって何だろう?」
「悪い事じゃなければ良いんですけど……」
不安を抱えたままギルド本部に着き、直ぐに本部長の部屋に案内されると、その部屋の両脇には幹部と思われる偉そうな中年の男性達が並んで座っており、更に一番奥の席に恐らく本部長と思われる白髪姿の大きな髭を生やした老人が座っていた。
「昇格試験、ですか」
そこで聞かされたのは、俺達のギルドへの昇格試験の誘いであった。
ギルドには大きく分けて三つ、上級から下級までの階級が存在し、俺達の虹光旅団は今現在下級ギルドであった。
下級から中級、中級から上級に至るにはそれぞれ昇格試験が存在し、それはある程度の実力を持ったギルドでなければそもそも参加すら出来ない物、らしい。
「ああ、君達程の実力を持つギルドが、何時までも下級のままと言うのは惜しい」
「そんな、買い被りです」
幹部の言葉に謙遜するサクラ。
確かに俺達の力を認めてくれるのは嬉しいけど、行き成り昇格試験だなんて言われてもな。
「いや、実際君達は良くやってくれている」
「でも……」
どうやらギルド本部は相当俺達を買ってくれているらしい、正直そこまで活躍した自覚は俺には無いのだが。
サクラも同様であるらしく、幹部達の言葉に戸惑っているようだった。
「まあ、急な話だ、すぐにとは言わんさ」
受ける気があるならばいつでも歓迎だ、という言葉と共に、そこで一旦話は終わり、俺達が退出しようとした時。
「サクラ団長、先程から気になっておったのじゃが、その大剣もしやオーランドの……?」
ずっと奥の席で黙っていた本部長が、ゆっくりと口を開いた。
サクラの背負っている大剣に、見覚えがある様だが……
「はい、父の……形見です」
「そうか、娘が自分の後を立派に継いでくれて、奴も喜んでおるじゃろうな」
そう言って本部長は嬉しそうに笑ったのだった。
本部長の部屋を出て、俺達は難しい顔をしながら通路を歩いていた。
「昇格かぁ……」
「どうしますか?ヒカルさん」
サクラの不安そうな顔を見て、俺は直ぐにでも答えてあげたかったが、何しろギルドについてまだ良く分かってないし、話が唐突過ぎて何も考えが浮かんでこなかった。
「うーん……」
そのまま考え込みつつ通路を歩いていると。
「きゃっ!」「うわっ!」
思いっきり誰かと正面からぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「行き成り何をするんですの!」
頭を上げた俺の目に飛び込んできたのは、金髪に豪華なドレスの、いかにもお金持ちのお嬢様といった感じの凛々しい顔立ちの女の子の姿であった。
なにせ髪型が縦ロール、というかいわゆるドリルで、それが何本も後頭部に横に並んでいるのだ。
まさにアニメや漫画でしか見たことの無いような、お嬢様オブお嬢様といった感じの姿に、俺は少しあっけに取られてしまった。
「……すみません、ちょっと考え事をしてて」
「全く、失礼極まりないですわ!」
少し間を置いた俺の謝罪の言葉に、彼女は憮然としたまま肩を怒らせて去っていった。
「あれ、黄金同盟のカレン・フォーグナーじゃない」
そんな俺達の背後から、馴染みのある声が響いてきた。
「シェリーちゃん? どうしてここに?」
それは何時も通りエプロン姿のシェリーだった。
確か今日は店の手伝いがあるはずだったような……
「どうしてって、あんた達が本部に呼ばれたって聞いて……」
「そっか、ごめんな、心配掛けて」
どうやら俺達が何かやらかして本部に呼ばれたと思い、心配してわざわざ駆けつけてきてくれたらしい。
「べ、別に心配なんて……ってその様子じゃ、もう話は終わったようね」
「はい、昇格試験の話でした」
少し顔を赤らめて答えたシェリーに、サクラが照れた様子で昇格の件を伝えると。
「昇格!? 良かったじゃない!」
シェリーは昇格を自分の事の様に喜んでいた。
サクラの事を本気で心配していたシェリーからすれば、喜びもひとしおだろうな。
「それより、黄金同盟って?」
「……呆れた、あんたいくら新参者だからって、物を知らないにも程があるわよ」
俺の問いに、一瞬呆然としてから、シェリーは厳しい目つきで怒った様に答えてきた。
「そんなに有名なギルドなんですか!?」
そんなシェリーの言葉に、心底驚いた様子を見せたサクラ。
「なんであんたも知らないのよ!」
そのサクラの言葉にシェリーが怒りを更に増していた。
「てへへ……」
「てへへ、じゃ無いわよ全く……」
舌を出して申し訳無さそうな顔をするサクラに、シェリーは呆れたような声を返すと。
「仕方ない、教えてあげるわ」
気を取り直した様子で俺達に黄金旅団なるギルドについて話し始めた。
そのギルドは、元々は弱小ギルドだったものの最近急成長して、今ではイーレンどころか大陸最大規模にまで成長したギルドらしい。
あのカレンという子はそのギルド長の一人娘で、絵に描いたようなお嬢様でありながら、幼少期からのエリート教育で高い能力を持ち、俺達と同い年位だが既にギルドの看板として活躍する程の実力者らしい。
「そんなに大きなギルドだったんですか……」
シェリーの解説に驚いた様子で答えるサクラ。
「あたし達が何時も居る西区じゃなくて、富裕層が住んでる東区中心に活動してるから、今まではあまり?み合ってこなかったけど、もし中級に上がるのなら、厄介な事になるかもね」
忌々しげに話すシェリー、その言葉に俺は違和感を感じ。
「厄介って、同じギルドの仲間なんだろ?」
別に敵対関係じゃないんだし、そこまで警戒しなくても……
「甘いわね、そんなこと言ってると、足元を掬われるわよ」
シェリーの話によれば、黄金同盟には汚い噂も付きまとっているらしく、他のギルドの仕事を金に任せて横取りしたり、経費だ何だで法外な値段の依頼量を後から吹っかけたりと、ギルド員がその規模を傘に着た横暴な振る舞いを行っているらしい。
その話が本当なら、あまり関わりたくないギルドだな……
ギルド本部からの帰り道、シェリーと別れた俺達は、何を話すでもなく無言で通りを歩いていた。
暫く沈黙が続いた後、俺は先程からどうしてもサクラに聞きたかったことを、思い切って訪ねる事にした。
「あのさ、サクラ」
「はい、何ですか?」
あどけない顔で振り返るサクラ、その表情に一瞬決意が揺らぐが、俺はそこで言葉を止めず。
「その大剣の事なんだけど……」
そう、俺はサクラが背負っている大剣について何も知らなかった、というより、敢えて知ろうとしていなかった。
なんとなく特別なものだろうということまでは推測できたが、それだけに直接聞くのが躊躇われていたのだった。
「……はい、これは私の父、オーランド・アークフィールドの形見です」
「そっか……」
その俺の意を決した問いに、サクラはしばし間を置いて、真剣な表情で大剣を大事そうに撫でながら答えた。
その何時もの天真爛漫さからは想像も出来ない程悲しげで、それでいてどこか嬉しそうな顔は、もう無くしてしまったとても大切な物を思い出しているようだった。
「何でサクラみたいな子がそんな無骨な剣を使ってるのか、少し不思議だったけど、ようやく腑に落ちたよ」
「今まで聞かないでいてくれたんですよね、ありがとうございます」
どうやらサクラは、俺が敢えて聞かなかったことなど、とっくにお見通しだったらしい。
もしそれを聞けば、サクラの踏み込んで欲しくない内面に触れてしまうような気がして、といえば聞こえはいいが、結局俺はサクラに嫌われたくなかった、ただそれだけだったのだが。
「そんな、礼を言われる事じゃないさ」
そう軽く首を振って答える俺の顔を見つめ、サクラは少し何かを考える様な表情をした後。
「……ヒカルさん、私、昇格試験を受けようと思います」
そうはっきりと宣言したのだ。
「良いの?」
正直、俺はサクラがそこまではっきりと決断するとは思っていなかった。
サクラの性格なら、エイラさんや皆に相談してから、じっくり決めるだろうと思っていたからだ。
「はい、元々私は、父が居た頃のような立派なギルドを作るのが夢でしたから……」
そっか、サクラはずっとそれを考えて今まで頑張ってきたんだからな……
「あの、これからも、手伝ってくれますか?」
そう言って、少し心配そうに俺を見つめてくるサクラ、そのサクラに返す答えは、考えるまでもなく決まっていた。
「もちろん!」




