僕らはタイタニックに乗船してたのか?
日本経済について書いてみました。
ネット上の悪友に、コンピュータ音痴かい、と貶されたことがある。
ずばりその通りで、否定はできない。
最近、かなり短編小説を投稿してるので、リアルの友人にも「浅川太郎でググってよ、おいらの作品なんだからさ」と言えるようになった。
昨夜、自分の名前でググってみると、ずっと下に「ファボ」とか何とかいうのがあって、なんか気の利いたことを発言すると、引用されるサイトがあり、ファボされた僕の過去の発言を読んでみた。
自分で笑える発言があって面白かった。
「浅川太郎のふぁぼられ」で一発で上がるみたいです。
中でも、太字になったものは、とりわけ受けた発言とは判断したが、どうなんだろう。
《人生は、パンのみで生きていかなくてはならない。キリステのお言葉》とあった。我ながら、切り捨てられた人生送ってるし、座布団一枚だなぁ。
原発の事故の後には、《原発は神殿だったのだ。万が一の粗相もあってはならぬはずであった。しかるに粗相どころか、商売や利権の温床となった。神の子イエスですらたった一度だけ破壊行為をはたらいた。まさにそんな利権のカオスが原発だったのだ。神を鎮めよ!》と書いていた。
なかなかうまいなぁ(自分で言うな!!)、今年の春の僕。
その後、こんなことも言っていた。
《今、思いついた。僕らのこの状態ってタイタニックに似てはいないか?あれも当初は大したことはないと思われていた。甲板では氷の破片でサッカーごっこをやってた。それが僕らだ》
実はつい最近も放射性物質の被害に関して、誰かがタイタニックに例え、逃げるが一番なんだが、と説き、また別のある人は、「現政権では、我々はタイタニックに乗っているようなものだ」と言っておられた。
そこで少々真面目に、現在の日本の置かれてる状態をタイタニック号に例えてみようかと思ったというワケです。
であっても、いつもの様に資料あたることなく、記憶のみを頼りに記していきますので、勘違いは山積すると思いますが、ご容赦ねがいます。
1989年暮れ、平均株価は四万円に届こうとしていた。
年末の日経新聞にて産業界、金融界の重鎮らは声を揃えて、四万円は通過点に過ぎず、五万、六万を目指すはずだと予言していた。
もっとも、その年の夏の文藝春秋には、株価はいつクラックしても可笑しくはないという趣旨の記事が掲載されていた。
そして年が改まり、新年の大発会(1月4日の株の商いを、だいはっかい、と呼ぶ)では、多少のマイナスになったのではなかったか。
従来なら《御祝儀相場》と言って、旧き良き時代であれば、大納会、大発会は買われるのが常であった。
時、あたかもサダム・フセインが悪いことを、つまり彼の反米行為が取り沙汰され、アメリカ・イラク戦争が起こりそうだとのムードがあったような記憶がある。
今、僕が大胆にも指摘しておきたいのは、この、1990年になった瞬間、日本というタイタニック号は氷山をかすめたのではなかろうか、と‥‥被害妄想的であることは承知の上、指摘したいのだ。
90年になり、株価は転げ落ちるように下がっていった。
誰も「総量規制」のせいだとは言わなかったし、その様な報道もなかったように思う。僕の個人的な感覚としては、だいぶ高くもなっていたし、湾岸戦争を見越した調整であり、いずれ上がるに違いない‥‥
何しろ、世界一勤勉な我々が、 モノヅクリに長け、技術力で他国を凌ぎ、 国に対して、会社に対してロイヤリティも高く、恒久的に組織に属し、真面目であり、これはアメリカでさえ決して真似のできない長所であり、今後も伸びていく国は、日本しかないではないかという確信であった。
政治は二流であっても、経済、産業は超一流と自称してたものだ。
それから2、3年、株が下がり続けても、どこか全員、「ちょっと長い調整だなぁ」と思っていた。
催促相場という言い方があり、政府なりに、産業界に有利な政策を求めるために下げた、という意味合いなのだが、ちと長期な、ちと深々とした催促相場との認識‥‥企業の設備投資意欲も、限りなくゼロでもなかったはずだ。
誰もが日本経済に対して心の中で《日はまた昇るはずだ》という淡い期待はあった。円高攻撃(?)にも耐えたはずのだ。ただ、まだ大企業に、ちょとした産業部材を販売する会社の営業担当として勤務してた者の経験としては、購入量を減らすが、単価も下げてくれという無茶な要求が当時あり、でも結局は飲んでいたという実情も報告できる。
そして、阪神・淡路大震災‥‥
これは、僕にも多少の被害があった。
もっとも主に精神的な被害であり、新長田その他、筆舌に尽くし難い被害にあわれた方々には、僅少な被害ですとしか言えません。
時に神は、衰退していく国に対しては、衰退を加速する天変地異を与えるのではないか‥‥
まるでビデオの《早送り》のような感覚で。
そして、今年の地震と東電の事故。
神の早送りも、度を過ぎているのではないかと苦言の一言も呈してみたい誘惑もある。
先を急がせていただく。
今年の《なでしこジャパン》の活躍にしても、熱烈なサポーターには申し訳ないが、タイタニック号の甲板で、大した事故になるまいとサッカーに興じていた乗客に見えたりもする。
そして、タイタニックストーリーのどこに我々はいるのか。
この小説サイトの開設者と世間話のひとつもさせていただく機会があれば、ノンバンク(?)のPR、ありますねぇ、やはり需要あるんですかねぇ、などと聞いみようかとも思うし、大人には大人の事情は理解できるし、スポンサー様のご好意により我々の投稿が可能であることも明々白々である。
何が申し上げたいかというと、我々の何割かは経済的不如意の最中にあり、劣悪なる労働条件を余儀なくされているという事実である。
自らがそうであるし、同志の経済上のピンチを綴った文には、ついつい引き込まれてしまう。
彼らの嘆きに耳を傾ける限り、これはタイタニックストーリーで言えば次のシーンになるのではないか。すなわち、船が沈むことが判り、上流階級には冷静に事実が伝えられ、救命着が与えられ、さらに救命ボートまで案内もされたろうし、女性や子供が優先されることも告げられたであろう。
だが、我らのレオ様の含まれる下層階級には救命の方法を知らされるどころか、甲板に出るな、人命救助に必要な秩序が保たれぬ、と言わんばかりに閉じ込められてしまうシーン。そのシーンに我々はいるのではないか‥‥
映画では実力行使とばかり、壁に備えつけられた長い椅子を下層階級の集団が剥がし取り、檻としか思えぬ鉄格子の鍵をこじ開けるのだが、我々も、そうする必要がありはしないか?
座して死を待つなんて、特に若者は選んではならぬ‥‥筈である。
この作品、割愛した部分を、タイタニックストーリーに巧みに合わせて中編の作品にしたくも思うが、ラストの文章は先のもので、異論にする積りは全くない。
相変わらず、悲観的な作品になってしまいました。




