愛していた君に捨てられた日
僕はずっと、彼のことが好きだった。
でも、彼はきっと僕のことを好きじゃなかったんだと思う。
いつも彼が見ているのは僕じゃなくて、可哀想な、「未来のない僕」だったから。
「リリアル大公子殿下、君との婚約を今夜限りで白紙にしよう。」
彼の言葉を聞いた瞬間、俺は間違いなく言葉道理に頭が真っ白になった。
「僕はもう、君とはやっていけない。」
拝啓、親愛なるお父様、お母様。
大変誠に申し訳ございません。
あなた方が手塩にかけて育ててきた息子である僕、リリアル・マルールはただいま、幼馴染であり婚約者であったテュリップ・アルコンスィエル皇太子殿下から、婚約破棄を申し上げられました。
「あいつ、ガチで意味わからないんだけど?!」
行きつけのバーで、ありえないくらいの酒を購入し、俺はその酒に溺れていた。
アルコールがじんわりと体内をめぐっていく感覚が妙に安心する気がした。
「リリアル兄様、酔いすぎですよ。見ていて本当に恥ずかしいレベルです。こんな人がうちの家系に入ってくるなんて本当に最悪。」
一緒にバーに来ていたテュリップの妹であるロゼ皇女殿下から手ひどいご指摘を受ける。
もう俺はテュリップと婚約破棄をしたのだし、君と関わる資格も、意味も、何もないはずなのに。
「だってぇ!だってさぁ、俺、おれぇ、本当に君の兄のことが心から好きだったのにさぁ、婚約破棄されたんだよ?!それも今さっき!数分前!」
「そんなことわかってます。見ていましたから。」
わかってますだとか、ロゼちゃんはいつだってそう簡単に言うけれど、君が俺の気持ちを心からわかってくれたことなんて、一度もないよね。
ロゼちゃんが俺のすべてをわかってくれることなんて、絶対にありえないことなんだから。
「俺さ、本当に好きだったんだよ?この思いは絶対に嘘なんかじゃないよ。俺がそれはすべてを持ってでも証明できる。」
「まぁ、幼少期から気持ち悪いほど兄様にべたべたと近寄っていましたものね。リリアル兄様は。」
え、なんか今日のロゼちゃん、火力高くない?気のせいだなんてことないよね?
なんかめっちゃ厳しくない?
お義兄様傷ついちゃう。
あ、もうロゼちゃんのお義兄様にはなれないか。
なんか自分で思ってて悲しくなってきたわ。
はー、明日当たりにこの世界滅ばないかな?
「まさかさ、Ωの女に寝盗られるとは思わないじゃん?」
「そんなはしたない言葉遣い、しないでください。」
やっぱり今日あたり強いよね?そーゆー年頃なのかな、ロゼちゃんも。
ここ、アルコンスィエル帝国には、いくつかの家門がある。
その中でも、特に政治にかかわり我が国代表的存在とまで語られている家門が、三つほどある。
まず、アルコンスィエル帝国を司る存在である、皇族。
この皇族は従来αしか生まれないとされており、典型的なエリート一族だ。
そして、その次に位が高いとされているのが、大公爵家。
アルコンスィエル帝国には二つの大公爵家が存在している。
一つは、俺の家系でもあるマルール大公爵家。
マルール大公爵家も、皇族同様にエリート家系であり、生まれる子供もほとんどがαとなっている。
そして、もう一つの大公爵家が、ボヌール大公爵家だ。
こちらは皇族やマルール大公爵家とは打って変わって、生まれる子供のほぼ全てがΩとされている。
というのも、元々大公爵家の過去を遡っていくと、どちらも皇族へと辿り着く皇族の分家に過ぎないのだが、その中でも、「皇帝になるほどでもないが、優秀なこの血族を絶やすのは勿体ない。」と、ギリギリ選ばれなかったような存在がマルール大公爵家の祖先であり、
ボヌール大公爵家は、皇族のなかでαではなくΩが生まれてしまった時、その昔のΩへの差別が酷かった時代、皇族の品位が下がってしまうと考えられていた頃に、「生まれてしまった」可哀想な子供たちの寄せ集めで構成された一族となっている。
そして、俺の婚約者であったテュリップ・アルコンスィエルは、αしか生まれないエリート一族のなかで「生まれてしまった」可哀想なΩだ。
今の時代、Ω差別と呼ばれるようなものはなくなってきているため、テュッリップの存在をなかったことにし、ボヌール大公爵家の養子として育てる。ということはなかったのだが、
テュリップはそれはもうなかなか惨い扱いを受けて育ってきた。
「不快だなんて言ったってさぁ、可愛いΩの女の子を見つけたからその子と結婚します!って言ったのは誰の兄なわけ?」
「私の兄ですね。」
ロゼちゃんは、そう淡々と答えた。
本来、皇族でΩが生まれることは想定されていなかった。
そのため、皇族では新しく子供が生まれる、とわかった時点で婚約者が用意されるのだが、もちろん生まれる前まではαだと思われていたテュリップには、Ωであるボヌール大公爵家のご令嬢が用意されていた。
だが、蓋を開けてみればテュリップはΩであり、そしてΩであったテュリップの新しい婚約者として用意されたのが、偶然テュリップよりも数カ月先に生まれていた、俺。
まぁ、それも数刻前までの出来事で、テュリップはボヌール大公爵家のご令嬢に惚れ、俺との婚約を破棄してまで彼女と結ばれようとしているのだが。
「まぁ、ご縁がなかったんですよ、だからそこまで落ち込まないでくださいよ。」
元はと言えば、ボヌール大公爵家のご令嬢は、皇太子殿下の婚約者になるべくして育てられてきていた存在だった。
ただ、運悪くテュリップがΩであったからその婚約者のポジションが俺にかわった、それだけのことであって。
「そんな軽く言ったってさぁ!あ...ロゼちゃん、結構テュリップに顔似てるよね?俺全然ロゼちゃんでもいけるよ?」
「何気持ち悪いこと行ってるんですか。そんなこと言うなら近寄らないでください。」
テュリップが俺と婚約を破棄して、ボヌール大公爵家のご令嬢、スズラン大公女殿下と婚約をするんだ!と言っても誰も反対しなくて。
「まぁ、いつまでべそべそしていたって、仕方ないでしょう?一応リリアル兄様だって、αのエリート一族なわけで、いくらだって探そうと思えばお相手は見つかるでしょう?」
「それはそうなんだけどさぁ、俺は、テュリップが好きなんだよ!」
べそべそと泣きながらロゼちゃんに近寄る。
「辞めてください。私だってαなんです。別にαを抱く趣味はありません。」
いや、なんで俺が抱かれる側?
まぁそんなことはどうだっていいんだけど。
俺はテュリップだけを愛しているし。
「もう、ほんとにさぁ!てか何?テュリップ、スタディングしたの?」
スタディング、それは主に元々βやΩ性だった者がαになることを指している。
「まぁ、そうなんじゃないですか?兄様、何気にあんなにヘラヘラしてても自身が皇族であるのにΩで生まれてきてしまったこと、結構気になされていましたから。」
「俺だったらそんなテュリップすらをも愛すのに。」
「知りませんよ。そんなメンヘラじみたこと言ってないでください。」
「だってさぁ!がちでテュリップのこと好きだったんだもん!」
「はぁ、知りませんよ、そんなこと。」
バンバンとバーカウンターを酒瓶で叩く。
「ちょっと、お店の迷惑になるから辞めてください。もう、マルール大公爵家の品位が下がりますよ?」
「もうそんなのどうだっていいよ!Ω女に婚約者を寝盗られたって時点でマルール大公爵家に品位だとかなんとかなんてもうないんだから!」
「マルール大公爵家が、と言うかそれは別にリリアル兄様の尊厳が無くなっただけなのでは、?」
ねぇ、やっぱロゼちゃん今日めちゃくちゃ俺にあたり強くない?
俺婚約者に振られたばっかりだよね?
泣いちゃうよ?
ねぇ、泣いちゃうからね?
「俺の何が悪かったって言うんだよーーーー!」
「そのメンヘラじみたところじゃないんですか?」
そんなこと言われたら否定できないよ!
僕は、可哀想な僕になりたくなかった。
彼に、可哀想な僕として愛されたくはなかった。
だから、君に嫌われたかった。




