傷跡のある家、灯りを消さない家
傷跡のある家、灯りを消さない家
あの事件のあと、真田家は“元通り”には戻らなかった。
戻れるはずもなかった。
宗教による詐欺事件は、お金だけを奪ったのではない。
家の空気を壊し、言葉を疑わせ、食卓の味を薄くし、家族同士の目線にさえ怯えを残した。
一度減っていったおかずの数。
母の言葉に混じり始めた、どこか現実から浮いた響き。
見知らぬ番号の着信音に全員が身構える癖。
“少し話を聞くだけ”という言葉の怖さ。
そして、家族を守るつもりが、逆に家族を傷つけていたという事実。
そのどれもが、事件のあとも消えなかった。
栄子は何度も思った。
傷は、終わったから消えるものではない。
裁判に勝っても。
賠償金が支払われても。
教団が崩壊しても。
一度心に入り込んだ不安や、自分への怒りや、家族へ向けてしまった冷たい目線の記憶は、きれいにはなくならない。
だからこそ、栄子はある日、圭一と香奈美と茂之の前で言った。
「うち、自分と同じ体験を、誰にもしてほしくない」
その声は、以前のように何かに煽られた熱ではなく、静かで、深く、自分の足で立った声だった。
「うちがやらかしたことは消えん」
「でも、消えんからこそ、同じ穴に落ちる人を少しでも減らしたい」
圭一は黙って聞いていた。
香奈美も、母の顔をまっすぐ見ていた。
茂之は難しいことを全部はわからなくても、その言葉が“誰かを守りたい”という気持ちから出ていることだけは感じていた。
栄子は続けた。
「自宅を開放して、対話集会みたいなことを定期的にやりたい」
「お茶だけ出して、無理に何かを言わせるんやなくて、ただ話せる場にしたい」
「宗教に引っかかりかけた人も、家族が巻き込まれて苦しんだ人も、“自分だけじゃなかった”って思える場所を作りたい」
香奈美が、少し驚いたように言う。
「家で?」
「うん」
「……怖くないん?」
栄子は、少しだけ考えてから答えた。
「怖いよ」
「でも、怖いまま閉じとったら、あの時の家のまんまやろ」
「うちはもう、“苦しい”を変な人らに拾わせたくない」
「ちゃんと現実の側で、話せる場所を作りたい」
その言葉に、圭一がようやく口を開いた。
「……ええと思う」
栄子が顔を上げる。
圭一は、前より少しだけやわらかい目で言った。
「ただし、前みたいに一人で背負うな」
「やるなら、家族で線引きしながらやる」
「変な相手が来たら、すぐ切る」
「“開く”のと“無防備”は違う」
「うん」
栄子は、しっかりうなずいた。
香奈美も、少し考えてから言った。
「うち、天文部の話とかもしていいなら手伝う」
「“意味づけ”じゃなくて、“ちゃんと見て、ちゃんと考える”っていうの、大事やと思うし」
茂之も、すぐに乗ってくる。
「ぼく、お茶出す係やる」
その一言に、居間が少しだけ笑った。
⸻
対話集会のはじまり
それからほどなくして、真田家では月に一度、土曜の午後に小さな対話集会が開かれるようになった。
名前は気負わず、ただ、
「暮らしと心の対話の会」
とした。
立派な看板もない。
勧誘もない。
参加費も取らない。
ただ、事前に地域の相談窓口や弁護士会の協力を得て、必要な場合は専門家につなげる仕組みだけは整えた。
居間のテーブルには、急須と湯呑み。
スーパーで安く買ったせんべいと、小さな和菓子。
窓の外には、季節の光。
来る人はさまざまだった。
夫が変な集まりにのめり込み始めたと不安を抱えた女性。
親が“開運グッズ”を買い続けて困っている大学生。
新興宗教ではないが、“スピリチュアル”な高額講座にハマりかけている友人を心配している会社員。
そして、すでに被害を受けてしまった人。
栄子は、その人たちの話を、今度は途中で意味づけせずに聞いた。
「それはつらかったですね」
そう言う時もある。
でも、そこに
“だから選ばれてるんです”
なんて続きはない。
ただ聞く。
必要なら、
「それ、契約書ありますか」
「一人で抱えんで、専門家に相談したほうがいいです」
と現実の言葉を添える。
香奈美は時々、
「不安な時ほど“すぐ答えをくれる言葉”って強く見えるけど、ほんとの答えってたいてい、観測とか記録とか、地味な確認の先にあるんですよね」
と、自分の言葉で話した。
それを聞いた人が、ぽろっと泣くこともあった。
茂之は本当に、お茶出し係をやった。
「熱いので気をつけてください」
なんて妙にしっかりした口調で言うたび、場が少しやわらぐ。
圭一は表には出すぎないが、玄関や駐車場の気配を常に見ていた。
この家を“また変なものに食われる家”にはしないという、静かな覚悟がそこにあった。
そうして真田家は、傷跡のある家のまま、
灯りを消さない家
になっていった。
⸻
番組の終わり
そして、画面は少し引いていく。
夕暮れの真田家。
居間に残る湯呑み。
片づけをする栄子。
窓辺で夜空を見上げる香奈美。
台所で笑う茂之。
玄関の鍵を確かめる圭一。
その上に、静かな音楽が流れ始める。
ナレーションが、最後にだけ入る。
宗教による詐欺は、金だけではなく、
家族の信頼、日々の言葉、そして“自分で考える力”までも奪おうとする。
それでも、壊れかけた家が、
現実を見つめ、語り合い、助けを求め、
もう一度つながり直すことはできる。
傷は残る。
だが、傷のあるまま灯りをともす家もある。
画面が暗転する。
そして、番組クレジットが静かに流れ始める。
⸻
制作 爆笑発電所
監督 ファイブピーチ★ 小春
⸻
ネットがざわつく
その表示が出た瞬間、番組を見ていた視聴者のSNSが一気にざわつく。
「え、これ爆笑発電所制作だったの!?」
「最後の最後で鳥肌立った」
「監督がファイブピーチ★の小春ってマジ?」
「普段あんなに明るい笑いを作る人たちが、こんな重いテーマを真正面からやったのすごい」
「爆笑発電所、笑いだけじゃなくて“現実に立ち向かう作品”も作れるのか」
「小春監督、演出が静かで刺さる」
「押しつけじゃなくて、ちゃんと人間の弱さと再建を描いてたのがよかった」
「最後の“対話の会”で泣いた」
「KANAMI COMET のくだりで完全にやられた」
「傷が消えないのに、それでも生き直すっていう終わり方が本当に良かった」
番組公式SNSにも投稿が殺到する。
⸻
番組公式SNSへの投稿例
投稿①
「ご視聴ありがとうございました。
本作は、宗教による詐欺が家庭に残す傷と、それでも対話をあきらめない家族の姿を描きました。
感想や思いを、ぜひお寄せください。
#傷跡のある家 #爆笑発電所 #ファイブピーチ小春監督」
投稿②
「“傷が消えないままでも、灯りをともす家はある”
本編で描いたこの言葉に、たくさんの反響をいただいています。
あなたが心に残った場面も教えてください。
#対話の会 #KANAMICOMET #爆笑発電所」
投稿③
「監督:ファイブピーチ★ 小春
制作:爆笑発電所
笑いも、痛みも、その先の希望も。
これからも“人が生き直す物語”を届けていきます。
#小春監督 #爆笑発電所制作」
⸻
視聴者の反応
SNSには、被害当事者や家族と思われる人からの声も届く。
「自分の家のことを見ているようで苦しかった。でも最後まで見てよかった」
「“苦しいままでいていいと言ってほしかった”の台詞で泣いた」
「家族が宗教にハマった経験がある。こんなふうに描いてくれた作品は初めて」
「加害側の“やさしさ”の不気味さがリアルだった」
「最後に家を開いて対話集会をする流れに救われた」
「終わったあとも傷が残る描写が本当に現実的だった」
そして中でも、多く引用されるのが、あのラストの言葉だった。
“傷は残る。だが、傷のあるまま灯りをともす家もある。”




