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第6章:アルトからの通信

――姿は出ない。

だが言葉だけで、世界の重心が変わる。


夜が深い。

それでも、暗闇は安心じゃない。


灯りが無いから見えないのではなく、

灯りが無いから“見られているかどうか”が分からない。


それが境界の夜だった。


瓦礫の裏、崩れた地下駐車場。

コンクリが裂けた天井から、監視ドームの光が細い線として落ちている。

そこは“影の休憩所”だった。


ミナトは床に座り込み、台帳の束を膝に置いていた。

紙をめくる指が荒れている。

だが目だけは鋭い。


ノクスは入口側に背を預け、暗闇に耳を向けている。

外の音を拾うためだ。

夜の連合の人間は、休むときも見張る。


リリスは壁際で膝を抱え、震えていた。

寒さじゃない。

ここから先、自分がどこにも属さない事実が骨に沁みている。


そしてシオンは――

台帳の空白を見つめていた。


そこには、名前が無い。

受領印だけがある。

配給はされた。

生きるための最低限は渡された。


なのに、

人間が消えている。


“救われたのに、記録がない”

第1章から続く矛盾が、ついに形を持った。


シオンが静かに口を開く。


「……これ、間違いじゃない」

「事故じゃない」

「意図して“消してる”」


ミナトは頷いた。


「だろうな」

「紙を焼き取るってのは、そういうことだ」


リリスが弱い声で言う。


「……私は、知らなかった」

「照合室に入ることすら禁止だった」

「私たちは、ただ……登録を増やして、救済するだけで……」


ノクスが言った。


「救済は便利だ」

「便利なものは、必ず刃になる」


リリスは泣きそうな顔をする。


「……でも、必要なんです」

「登録が無ければ、守れない」

「配給も医療も、全部……」


シオンはリリスを責めない。

責めるべきは、仕組みの方だ。


ただ――

ここで言わなければならないことがある。


「リリス」

「登録は保護じゃない」

「登録は“把握”だよ」


リリスの瞳が揺れる。


「把握……」


シオンは続けた。


「把握したものは守れる」

「でも把握したものは、消せる」


その瞬間、

ミナトの端末が微かに鳴った。


ピ――


誰かが近づいている?

違う。


通信。


こんな場所で通信が生きること自体が異常だった。

境界では、電波は死ぬ。

妨害される。


ノクスが一歩動き、端末を覗く。


「……コードが古い」

「GENESISの内部通信だ」


ミナトの顔が固まる。


「おい、やめろ」

「そんなもん開いたら位置が割れる」


ノクスが静かに言う。


「開いても、もう割れてる」

「ここまで来た時点で、俺たちは“誤差”になった」


誤差。

評価不能領域。


つまり――

見つけようと思えば見つけられる立場。


ミナトは舌打ちする。


「……くそ」


シオンは端末を受け取った。

画面には短い文字列が出ている。


UNLOGGED ACTION DETECTED

FROM:GNC-CONTROL-001


記録外行動検知。

送信元:GNC-CONTROL-001。


アルトだ。


“評価管制オペレーター・アルト”

第2作の主人公。


姿はない。

だが、ここにいる。


シオンの心臓が重く鳴った。


「……アルト」


リリスが顔を上げる。


「アルト……?」

「まさか、評価管制の――」


ミナトが低く言った。


「……あいつがまだ動いてるのか」

「俺たちは、会ったことない」

「でも名前だけは聞いた」


ユウの仲間たちは知っている。

管理局の中で“誤差を残した”男。


ノクスが淡々と言う。


「開け」

「迷うな」


シオンは息を吸い、通信を再生した。


音声はなく、テキストだけ。

しかしその文面は、“声”より刺さる。


シオンへ

君は救済を信じている

だから今、壊れる


たったそれだけで、

シオンの喉が締まった。


正確すぎる。


自分が“救済の視点”から来たこと。

その善意が、制度に利用されること。


全部、見えている。


続きが表示される。


台帳を持っているなら、急げ

照合は“配給”じゃない

“整形”だ

救済の形を、最適化する


整形。

救済の見た目を作り、

中身を削る。


アルトは書く。


記録が残ると、責任が残る

責任が残ると、管理が止まる

だから“消える”

そして消えた者は、救済の数字からも消える


数字から消える。

それが最も残酷だった。


助けたのに、助けたことにならない。


救済が、救済の成果を守るために命を消す。


シオンは手が震える。


「……そんなの」


ミナトが拳を握る。


「救済じゃねぇ」


ノクスは目を細めた。


「救済だ」

「制度にとってのな」


リリスが泣きそうな声で言う。


「じゃあ……私は……」

「私は何をしてきたの……?」


シオンは答えられなかった。

答えが出せるほど、強くない。


アルトの文章は続く。


君は次に“登録を成功”させる

それは正しい

正しいからこそ、彼らは制度化する

成功体験は、刃になる


第1幕10章の伏線――

“最初の登録”成功体験。


それが後の拘束の根拠になる。


アルトは、それを知っている。


知っているのに止められない。

だから文字で刺す。


君が守りたいのは、救済の理念か

目の前の命か

両方は取れない


その一文で、

シオンの中の世界が割れた。


理念。

命。

正しさ。

現場。


ユウは現場側。

アルトは理念側。


そして今、シオンは両方に触れている。


それが第3作の軸。


“間接的に衝突する二人の思想”が、

シオンという第三者の中で、殴り合っている。


ノクスがぽつりと言った。


「選べ」

「選ばないと、選ばされる」


シオンは震えたまま頷く。


「……分かった」


アルトの文章は最後にこう締めていた。


俺は壊さない

壊せば、管理は別の形で戻る

だから残す

誤差として

君がその誤差を拾え


拾え。


その単語だけが、

ユウの言葉と一致した。


拾うのは物資じゃない。未来だ。


アルトが、ユウの言葉を使っている。

もしくは、同じ場所へ辿り着いている。


シオンは端末を抱えた。


その瞬間――

また、揺れが来た。


Δ


視界がほんの一瞬だけズレる。

遠くで金属が軋む音がする。

監視ドームの光が、少しだけ滲む。


ミナトが歯を食いしばる。


「……またかよ」


レムが胸を押さえる。


「俺……今、怖くない」

「怖いのに……怖くないんだ」


矛盾した感覚。

それが異常だ。


リリスだけが叫ぶ。


「やめて……!何なのそれ……!」

「私、見たくない……!」


ノクスは冷たい声で言った。


「見えたなら終わりだ」

「もう戻れない」


リリスは泣き崩れた。


その涙が、この世界では一番人間らしい。

でも人間らしさは、制度には“誤差”として処理される。


シオンはリリスの肩に手を置いた。


「大丈夫」

「怖いままでいい」


それは、ユウの救い方に近かった。

理念じゃなく、ただ手を差し出す。


ミナトが台帳を閉じる。


「で、次はどうする?」

「この紙が本物でも、欠けてる」

「消える先が分からねぇ」


ノクスが答える。


「欠けてるなら、取れ」

「消える先を」


シオンはアルトの通信を思い出す。


“照合は整形”

“救済の形を最適化する”


そして一つの言葉が頭に引っかかった。


希望適合値


まだこの幕では出ていない。

だが“計算する救済”は必ずそこへ行く。


シオンは言った。


「消える先は……多分、“保護区域”だ」

「守るための場所」

「でもその守り方が、消す」


ミナトが眉をひそめる。


「要塞か」


「監視ドームの内側だと思う」

シオンは言った。


「そしてそこに、“台帳の欠落ページ”がある」


リリスが涙を拭いて顔を上げる。


「……私、知ってるかもしれない」

「照合室の奥に、“保全庫”があるって聞いた」

「立ち入り禁止で……」


ノクスが即答する。


「そこだ」


ミナトが笑った。


「よし」

「また盗むぞ」


その言葉に、シオンは思った。


救済のために盗む。

正しさのために壊す。

壊さないために残す。


全部矛盾している。


でも、この矛盾こそが――

評価不能領域の“正体”なのかもしれない。


そしてその矛盾が積み重なった先に、

4作目のΔが生まれる。


シオンは台帳を抱え直し、立ち上がった。


「行こう」

「次は、救済の中心を見に行く」


ミナトが頷く。

ノクスが静かに先へ行く。

レムがついてくる。

リリスが震えながらも、歩き出す。


――BORDER REMAINSは、まだ名乗らない。


だがもう、止まれない。


――残す判断は、救うためじゃない。

“消せないもの”を残すためだ。


地上に出ると、風が冷たかった。

煤の匂いが混じっている。

崩壊した都市の匂い。


監視ドームの光が遠くで揺れている。

空は暗いのに、暗くなりきれない。

夜が夜になれない世界。


ノクスが先を歩いた。

影のルートだけを選ぶ。

監視の死角だけを縫う。


その後ろをミナトが続く。

足音が軽い。

だが背中は重い。


レムは何度も振り返っていた。

追われる恐怖じゃない。

“自分の異常”が追いかけてくるような感覚だった。


リリスは黙って歩く。

震えは止まっていない。

でも泣いていない。

泣く段階はもう終わった。


シオンは台帳を胸に抱えながら、アルトの言葉を反芻していた。


成功体験は刃になる

君がその誤差を拾え


成功体験。

救えた。

守れた。

登録できた。


それは読者が安心する“正しい出来事”。


だがその成功が、制度にとっての「正当化の材料」になる。


救済の拡張。

最適化。

そして切り捨て。


正しさは、必ず刃になる。


シオンは唇を噛んだ。


「……アルトは、どうして止めないんだろう」


ミナトが即答する。


「止めたら殺される」

「それだけだろ」


ノクスが違う角度から言う。


「止めたら“別の形”で続く」

「制度は止められない」

「止めるより、歪める」


歪める。


その一言が、妙に刺さった。


アルトは、壊さない。

破壊しない。

反乱もしない。


でも、残す。

誤差を。


ミナトが歩きながら言った。


「……ユウもそうだった」

「変えようとしない」

「でも残した」


シオンは胸が痛くなる。


ユウは姿を消した。

伝説にもならない。

英雄にもならない。


でも、残った。


“説明できない生存”が。


その残り方が、今ここに繋がっている。


シオンは息を吐き、言った。


「私たちも……残す側になるんだね」

「管理でもなく、無秩序でもなく」


リリスが小さく呟く。


「……私は、残すなんて言葉を知らなかった」

「救済って、配ることだと思ってた」

「守ることだと思ってた」


ノクスが言う。


「守るのは簡単だ」

「守る対象を選べばな」


リリスは答えられなかった。

それが痛かった。


守る対象を選べば。

それはつまり、守らない対象が生まれる。


選別。


GENESISの核。


その原理を、自分も一部支えていた。


「……あ」

リリスがふいに立ち止まった。


「何だ」ミナトが振り向く。


リリスは顔を上げ、遠くを指さす。


「監視ドーム……」

「光が増えてる」


確かに、空の線が濃くなっていた。

光の格子が、徐々に降りてきている。

まるで空が“閉じる”ように。


ノクスが短く言う。


「封鎖線の準備だ」


封鎖線。


第1幕8章の流れが、ここで現実になる。


“治安維持として正しいこと”が進む。


誰かを守るために。

誰かを守るために、逃げ道を塞ぐ。


ミナトが舌打ちする。


「間に合わねぇな」

「俺たちが手を伸ばしてる間に、空が閉じる」


シオンは胸が締まる。


今までは“矛盾の調査”だった。

でも今は違う。


矛盾の中身が分かった。

そして矛盾が加速している。


世界が、決断を迫ってくる。


そのとき――

ノクスが足を止めた。


指を上げる。

黙れ、の合図。


全員が動きを止める。


静寂。


風の音。

遠い金属音。

そして――


足音。


規則的。

複数。

訓練された歩幅。


GENESIS警備の巡回だ。


ミナトは壁の影へ滑り込む。

ノクスは息を殺す。

レムは固まる。

リリスは唇を噛む。


シオンは台帳を抱えたまま、壁に背中を押し付けた。


近い。

近すぎる。


制服の影が視界の端に入る。

武装。

無表情。

あの“是正”の匂い。


その瞬間――

シオンの端末が勝手に震えた。


ピ……ッ


音が出るはずがないのに、

音が鳴った気がした。


Δ


まただ。

また同期の揺れ。


だが今回は――

ただの視界のズレではなかった。


近くの鉄骨が、ミシ、と鳴った。


折れる音じゃない。

歪む音だ。


金属が、熱を持ったように曲がる。

触っていないのに。

力をかけていないのに。


巡回の警備員が足を止めた。


「……環境異常」

「温度差、検知」


温度差?


シオンの喉が乾く。


ミナトが耳元で囁く。


「……おい」

「お前、何かしたか?」


シオンは首を振る。


「してない」

「してないのに……」


レムが小さく言う。


「俺も……」

「胸が熱い……」


巡回警備が端末を見る。


「ログにノイズ」

「存在しないフレームを検出」


存在しないフレーム。


第2幕のΔ布石そのものだ。


ノクスが低く言った。


「……まずい」

「このノイズは、見つかる」


警備員が周囲を見回す。

ライトが照らされる。


光が壁を舐める。


見つかる。

見つかる――!


その瞬間、シオンは息を止めた。


「お願いだから、通り過ぎて」

そう願った。


願っただけ。


なのに――

空気が沈んだ。


ドン、と音がしたような気がした。

圧が変わる。


巡回警備のライトが一瞬だけ揺れる。

照射軸がズレる。


そのズレが、彼らを救った。


警備員が首を傾げる。


「……誤検知」

「巡回継続」


足音が離れていく。


生き残った。


シオンは壁に崩れ落ちそうになるのをこらえた。

息が戻らない。

心臓が痛い。


ミナトが小さく笑った。


「……今の、偶然か?」


ノクスは笑わない。


「偶然じゃない」

「“現象”だ」


現象。


シオンは理解できなかった。

でも確信した。


世界が、

三人を“同じ異常”として記録し始めている。


まだ能力じゃない。

まだ戦えない。

でも、世界が変わってしまう兆し。


リリスが震えた声で言う。


「……何なの」

「あなたたち、何なの……」


シオンは答えられない。

答えたくもない。


“異能”なんて、まだ出したくない。

この3作目は現実でいたい。

合理と制度の物語でいたい。


でも、現実が先に崩れ始める。


それがΔの怖さだ。


ノクスが歩き出しながら言った。


「言葉を一つ覚えろ、リリス」

「救済は、正しいとは限らない」


リリスは泣きそうな顔で頷いた。


「……うん」


その直後、

シオンの端末に、もう一通の通信が届いた。


送信元:またGNC-CONTROL-001。


アルト。


短い文章だった。


今の揺れを感じたなら

君はもう、戻れない

君は“残す側”になった

制度の外に残るのではなく

制度の中に“消せない穴”を作れ


消せない穴。


それはユウの残し方とは違う。

ユウは管理外で増殖した。

アルトは管理内で残す。


二人の思想の衝突が、ここにある。


管理外の生存ルート。

管理内の誤差の穴。


どちらも正しい。

どちらも危険。

どちらも希望。


シオンは胸が痛いまま言った。


「……アルトは、私に“制度の中で戦え”って言ってる」

「でも私は……制度の人間じゃない」


リリスが小さく言う。


「私が……制度の中にいました」

「でも、もう……」


ミナトがリリスを見て言った。


「お前が穴になれ」

「消せない穴」


リリスの目が揺れた。


「私が……?」


ノクスが言う。


「それが生き方だ」

「戻るか、穴になるか」


残酷な二択。

でも現実はもっと残酷だ。


選ばない者は、選ばされる。


シオンは台帳を強く抱えた。


「行こう」

「保全庫を探す」

「欠落ページを取り返す」


レムが頷いた。


「……俺も」

「消える先を知りたい」


ミナトが笑った。


「よし」

「次は盗むんじゃねぇ」

「取り返す」


ノクスは前を見たまま言った。


「奪取だ」


四人は影の道を進む。


監視ドームの光が増える。

空が閉じ始める。

封鎖線が近づく。


そして背後で、

崩壊した都市の鉄骨が、また微かに鳴いた。


ミシ――……


世界が、歪んでいる。


誰もまだΔを発動していない。

なのに、世界の方が先に発火寸前だ。

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