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第14章:ORBIT RELIC(セイル)

――落ちてきたのは遺物じゃない。未来の部品だ。

けれど“未来”は、誰のものでもない。


空が、落ちていた。


それは比喩じゃない。


かつて衛星軌道にあった金属片が、

いまは地表に突き刺さり、

瓦礫と同じ顔をして転がっている。


星が落ちて、

街が死に、

人が拾う。


この世界の「循環」だ。


セイルは、落下地点の縁に立っていた。


フードを深く被り、

砂と煤にまみれた外套を揺らしながら、

彼は地面に刺さった薄い金属板を見下ろす。


それは板じゃない。

“断片”だった。


正確には、軌道環境でしか成立しない構造材。


地上の鉄とは違う。


軽くて、強くて、

そして――“鳴る”。


触れるだけで、

素材が内部で共鳴するような微かな振動がある。


セイルは呟いた。


「……ああ」


「まだ生きてる」


それは生物への言葉じゃない。

部品への言葉だった。


未来の部品。


そしてそれは、

人間の未来を左右するものだ。


ORBIT RELICの仕事は単純だ。


落ちたものを拾う。


価値を測る。


価値があるなら、動かす。


価値がないなら、埋める。


評価ではない。

管理でもない。


ただの“使用判断”だ。


だからセイルは、GENESISを嫌っていない。

ただ信用していない。


管理は価値を決める。


だが価値は、

使った後に決まる。


軌道遺物はその象徴だ。


使えるかどうか。

それは、管理局のスコアには映らない。


背後で足音。


「セイル」


声をかけたのは、ミサだった。

鑑定士。

遺物の“価値”を言語化できる女。


彼女は手袋を外しながら言った。


「落下地点、また増えてる」

「この一帯、軌道帯の崩落が続いてる」


セイルは目を細める。


「……崩落じゃない」


ミサが首を傾げる。


「じゃあ何?」


セイルは短く言った。


「投棄だ」

「誰かが“落としてる”」


ミサは沈黙した。


軌道遺物は自然に落ちる。

でも投棄なら意味がある。


落とす理由がある。


落とす目的がある。


それは未来の部品を、

誰かの手に渡すためか、

誰かの手から遠ざけるためか。


どちらにせよ、

“意志”がある。


セイルは断片を拾い上げた。


軽い。

でも手の中で重い。


重さは質量じゃない。

“情報”の重さだった。


ミサが端末をかざす。


「構造材……でも」

「内部にコードがある」


「古いプロトコル」


セイルは口元だけ笑った。


「いい」

「当たりだ」


彼はそれを外套の内側へ滑り込ませる。


拾った瞬間、

セイルの背骨に冷たい感覚が走った。


皮膚じゃない。

神経の奥。


誰かが自分の中を覗き込んだみたいな感覚。


一瞬だけ。


セイルは立ち止まる。


ミサが顔を見る。


「……どうした?」


セイルは静かに答えた。


「何かが」

「俺を見た」


風が止んだ。


砂が落ち着いた。


そして――遠くの空が、薄く揺れた。


透明な膜の輪郭。


監視ドーム。


ここからでも見える。

青白い光が均一に落ちている。


セイルは呟いた。


「……広がったな」


ミサが苦い顔をする。


「救済帯域が」

「正しいことしてる、って顔だ」


セイルは答えない。


正しい顔の暴力を、

彼は知っている。


生存のために必要な暴力。


だから誰も止めない暴力。


その時、遺物断片が“鳴った”。


微かな振動。


セイルの胸の内側に、薄い震え。


ミサの端末が警告を吐いた。


「……共鳴」

「波形が、外部と同期してる」


セイルが眉をひそめる。


「外部?」


ミサが端末を見ながら言う。


「監視ドーム側」

「でも、ドームの信号じゃない」


「ログ欠損帯域と同期してる」


ログ欠損帯域。


それはつまり――

“記録されない現象”の残り香。


セイルの脳裏に一つの噂が浮かぶ。


最近、回収者の間で囁かれている話。


“救われたのに、記録がない”


“配られたのに、台帳がない”


“登録されたのに、消えた”


そして――

“空が黒いノイズを吐く”


セイルは低く言った。


「……誤差」


ミサが息を呑む。


「評価不能領域」


セイルは頷く。


「管理が嫌うもの」

「だが、世界が生き残るのに必要なもの」


その時、さらに遠く。


地表で、小さな光が揺れた。


人影が四つ。


逃げるように走る集団。


監視光の中に居るのに、

“縫い目”みたいに抜けていく。


普通なら不可能だ。


誘導ラインで詰む。


封鎖線で止まる。


なのに、その集団は抜けている。


セイルの瞳が細くなる。


「……鍵を使ったな」


ミサが聞き返す。


「何の鍵?」


セイルは短く言う。


「救済の鍵だ」


救済の鍵。

監査権限。

管理局の内部の人間。


そして一緒にいるのは――


境界の案内人。

夜の秩序の残響。

異常値の子供。


セイルは確信する。


あれはただの逃走じゃない。

“境界の残り方”だ。


未来を拾う動き。


セイルは歩き出した。


ミサが焦る。


「どこ行くの!」

「落下地点の整理が――」


セイルは振り返らず言った。


「拾う」

「今落ちてきたのは部品だけじゃない」


ミサが眉をひそめる。


「……人?」


セイルは答えた。


「未来」


監視ドームは広がっている。


救済は制度になっている。


なら、未来は――

拾われなくなる。


拾う側が必要だ。


拾うために動ける者が必要だ。


そしてセイルは、

その動きが世界を変えると知っている。


革命じゃない。

破壊じゃない。


拾う。


拾うだけで、世界はズレていく。


ユウがやったことだ。


彼はユウを知らない。

会ったこともない。


だが世界の“拾い方”が残っている。


それは誰かに継承される。


継承されるなら、

今度はセイルが拾う番だ。


背後で、軌道演算機カイロスが言った。


「セイル」

「監視ドームの帯域更新、きてる」


セイルが歩きながら答える。


「分かってる」


カイロスが続ける。


「遺物共鳴は危険だ」

「封印対象になる」


セイルは笑った。


「封印されるなら、拾う価値がある」


カイロスは黙った。


管理は封印する。

回収者は起動する。


この差が、未来の差になる。


セイルは遠くの逃走集団を視界の端に捉えながら、

遺物断片を握り締めた。


その断片が、再び小さく鳴る。


まるで“呼び水”みたいに。


何かを起こす前兆。


まだ名前はない。

まだ誰も説明できない。


だが確実に――

世界が次の段階へ入ろうとしている。


そしてその入り口は、

“拾う”という選択の中にある。


――拾う者と、残す者。

同じ未来を見ているのに、手の使い方が違う。


境界線の外側は、静かだった。


音が少ない。


人が少ない。


そして――空が重い。


監視ドームの薄い輪郭が、

遠くに“空の傷”みたいに残っている。


シオンは走り終えた足を止め、息を整えた。


肺が痛い。


心臓が熱い。


端末はまだ手の中で震えている。


権限を使った。


“救済”を止めるために。


正しかったのか。

分からない。


でも――やらなければ、彼らは消えていた。


レムはミナトの腕の中で、小刻みに震えている。

汗が冷たい。


「……ごめん」


レムが絞り出すように言った。


「また、変なの……出ちゃった」


ミナトが唇を噛む。


「謝るな」

「生きてんだから、それでいい」


ノクスは振り返り、短く言った。


「次の動きが必要だ」


リリスが涙をこらえながら端末を見つめている。


「捕捉ログは一時保留」

「でも、これは時間稼ぎです」


「次の照合更新で、また追われます……」


シオンは頷く。


「分かってる」


救済は一度走り始めたら止まらない。

善意の制度は、止まる理由を持たない。


止められるのは、

“余白を掴む者”だけだ。


その時だった。


風が、変わった。


冷たいというより、

“金属の匂い”が混じる。


ミナトが即座に身構える。


「……誰か来る」


ノクスは音もなく一歩前に出た。


影が滑るように、岩陰から現れた。


フード。

外套。

煤と砂に汚れた回収者の姿。


武器は構えていない。


だが“触れたら危ない”空気を纏っている。


シオンは息を止めた。


初対面なのに、分かる。


この男は“拾う側”だ。


そして目が、空じゃなく“地面”を見ている。


落ちているもの。

残っているもの。

拾えるもの。


――未来を拾う目。


回収者は、軽く手を挙げた。


「敵じゃない」


低い声。


落ち着いている。

慣れている。


交渉の空気に。


ノクスが短く返す。


「敵じゃなくても、味方でもない」


回収者は笑った。


「それでいい」

「俺も同じだ」


ミナトが前に出る。


「何の用だ」

「追手か?」


回収者は首を振る。


「追手なら、もっと派手に来る」

「俺は、拾いに来た」


拾う。


その言葉が、シオンの胸を叩いた。


――ユウ。


ユウの思想。

拾えるなら拾う。


けれど目の前の男は、ユウじゃない。


ユウよりも“合理”に近い匂いがする。

拾う行動が、目的じゃなく手段になっている。


シオンは問いかけた。


「あなたは……誰ですか」


回収者は淡々と答えた。


「セイル」

「ORBIT RELICの回収長」


その名を聞いた瞬間、リリスが息を呑む。


「……軌道遺物の」


セイルは軽く頷いた。


「そう」

「落ちてくるものを拾う集団だ」


セイルの視線が、レムへ向く。


レムが怯える。


「……こわい」


セイルはすぐに目を逸らした。


狙っていない。

選別していない。


ただ“危険”を測った。


レムは危険だ。

だが、危険は価値でもある。


その価値判断が、管理と似ている。


なのに、決定的に違う。


セイルは言った。


「監視ドームから逃げたな」

「普通は無理だ」


シオンは端末を握り締めた。


「……私の権限で、一秒だけ止めました」


セイルは口元だけ笑う。


「監査官か」


その一言で、

彼が“鍵”を理解していることが分かった。


管理局の内部を知っている。


――敵ではない。

だが、危険だ。


ミナトが言う。


「俺たちは逃げた」

「それだけだ」


セイルは首を振る。


「違う」

「お前らは“残した”」


その言葉に、シオンが固まる。


残した。


アルトの言葉。


残す判断。


セイルは続けた。


「逃げるだけなら、もっと早く消える」

「だが、お前らは“消えなかった”」


「そのやり方を、俺は拾いに来た」


ノクスが冷たい声を出す。


「何を知ってる」


セイルは一呼吸置いて言った。


「軌道遺物が、監視ドームのログ欠損帯域と共鳴してる」

「そして……お前らの中に、その欠損を作る要因がいる」


その瞬間、リリスが震える。


「……ログ欠損」


セイルは頷く。


「記録されない現象」

「管理局が嫌う誤差」


「でも俺は、誤差が嫌いじゃない」

「誤差は未来の入り口だ」


ミナトが鼻で笑った。


「未来?そんな綺麗な話かよ」


セイルは淡々と返す。


「綺麗じゃない」

「だから拾う」


汚れてる。

傷だらけ。

壊れてる。


でも拾えば使える。


それが、この世界の生存方法。


その時。


レムが小さく呻いた。


「……いや」

「また……来る」


空気が薄くなる。


金属の匂いが濃くなる。


シオンの端末が、勝手にノイズを吐く。


画面が一瞬、黒く揺れた。


セイルの外套の内側。

さっき拾った遺物断片が、微かに鳴る。


ミサの声が背後から聞こえた。


「セイル!」

「やっぱり共鳴が――」


ミサは姿を現した。

鑑定士。

端末を抱えている。


そしてレムを見るなり、顔色が変わった。


「……この子」

「波形が“同じ”」


ミナトが叫ぶ。


「何の波形だよ!」


ミサは震えながら言った。


「遺物の共鳴波形」

「ログ欠損帯域の波形」


「監視ドームの信号とは違うのに、同じ形……!」


形。


数値にできないはずの誤差が、

形になって見える。


それは管理の恐れる瞬間だ。


――誤差が“観測可能”になる。


観測できれば、管理できる。

管理できれば、閉じられる。


そして、閉じられれば、消える。


セイルが低く言った。


「これは危険だ」


ノクスが即答する。


「だから近づくなと言った」


セイルは首を振る。


「違う」

「危険だからこそ、管理局が来る」


リリスが青ざめる。


「……来る?」


セイルは空を見上げた。


青白い光が、薄く収束する。


一点に向かう。


この場所へ。


「もう来てる」


その瞬間、空から声が降りた。


「――救済帯域外にて、保護対象を捕捉」


機械の声。

感情のない声。


救済の声。


「監視外移動は危険行動です」


「保護のため、誘導します」


誘導。


追い込み道。


ミナトが歯噛みする。


「……またかよ!」


ノクスが目を細める。


「追ってきた」


シオンは端末を見る。


捕捉ログ保留は、効いていない。


いや違う。


効いていたからこそ――

“例外対応”が動いた。


例外対応。


つまり、上層が介入した。


救済は優しい。

でも例外対応は、暴力になる。


遠くで金属音。


地面の向こうから、

人影が現れる。


統制された隊列。


全員が同じ速度で歩く。


保全警備オートマトンに似ているが、違う。

人間が混じっている。


そして中央に、白いコートの女。


カリナ。


第2幕の敵の正論。

救済を制度に変える女。


彼女は遠くからでも分かる。


歩き方が、“正しさ”だ。


カリナの声が届く。


「境界救済監査官・シオン」

「あなたの監査権限は、救済妨害に転用されました」


「保護対象と共鳴物資を提出してください」

「抵抗は危険行動として記録されます」


シオンの指が冷たくなる。


追い詰められた。


ここで戦えば、全員が消える。


ここで渡せば、レムが消える。


救済の正論が、

選択肢を奪っていく。


セイルが、シオンの隣で小さく言った。


「お前、鍵をもう一回使えるか」


シオンは震えながら答える。


「……無理です」

「監査権限はもうバレてる」


セイルが目を細めた。


「なら鍵じゃなくて――」


「部品を使え」


部品。


遺物断片。


セイルは外套から取り出した。


薄い金属片。


光を反射しない。

むしろ、光を吸う。


ミサが叫ぶ。


「やめて!」

「これはまだ――」


セイルは言い切った。


「使う」

「使わないなら、奪われる」


ミナトが叫ぶ。


「何をする気だ!」


セイルは短く言った。


「隙を作る」


セイルが断片を地面に叩きつけた。


瞬間。


空気が“ひしゃげた”。


音が遅れる。

光が歪む。


監視ドームのスキャン粒子が、

一瞬だけ“乱流”を起こした。


誘導ラインがブレる。

封鎖線が揺らぐ。


カリナの隊列が止まる。


彼女の目が鋭くなる。


「……共鳴」


「封印対象を確認」


その瞬間、レムが叫んだ。


「やめてぇぇ……!!」


レムの体から、黒いノイズが走る。


空の青白い光が、黒く欠ける。


世界の“フレーム”が抜け落ちる。


誰もそれを説明できない。


でも管理局のログだけが、冷たく記録する。


Δ


まだ公表されない。

まだ理解されない。


でも確定した。


現象名として、

世界に刻まれた。


シオンは、その瞬間に理解した。


これは偶然じゃない。


ユウ、アルト、シオン――

そしてレム。


彼らはただの登場人物じゃない。


世界の“次の段階”に選ばれた者たちだ。


まだ開花していない。

でも確実に、芽がある。


デルタ。


4作目の戦いの核。


その最初の火種が、今ここにある。


ノクスが叫ぶ。


「走れ!!」


ミナトがレムを抱え、

リリスが後ろを振り返りながら走る。


セイルが笑った。


「拾え」

「今の隙は、一瞬だ!」


彼らは逃げた。


逃げたというより、

“縫い目”に滑り込んだ。


監視ドームの網目が裂けた場所。


誤差の穴。


アルトが残した穴に、

セイルの遺物が噛み合った穴。


そして、シオンの善意が選んだ穴。


未来の穴。


カリナは、遠くからその光景を見ていた。


逃げられた。


保護対象を失った。


救済資産が逃走した。


しかし彼女は怒らない。


ただ静かに言った。


「……記録する」


「Δ現象、再確認」


「封印優先度を上げる」


彼女の目は冷たい。


善意が、目を閉じていく。


制度が、牙を研いでいく。


――拾うことは、優しさじゃない。

拾うことは、“逃がさない”という決意だ。


逃げた先は、地図にない谷だった。


崩壊した橋梁の残骸が、

谷を跨ぐように折れている。


かつて車が走った場所に、

今は風だけが流れている。


監視ドームの薄い光は届きにくい。

だが、完全に死角ではない。


ここは“安全地帯”じゃない。


ただ――

追跡の速度が落ちる場所。


猶予があるだけ。


それが、境界線の現実だった。


ミナトは谷底の壁際にレムを降ろした。


レムは息が荒い。

熱がある。

目が焦点を結ばない。


「……だいじょうぶ」


レムは自分に言い聞かせるように呟いた。


でも言葉が続かない。


シオンは膝をつき、

レムの額に触れた。


熱い。


その熱は病気じゃなく、

“世界に触れた熱”だ。


シオンは喉が詰まった。


(私が――連れてきた)


(私が――逃がした)


(私が――この子を、ここまで追い込んだ)


救ったはずだった。


救済のために動いた。


なのに結果は、

追跡と、共鳴と、恐怖。


善意のままでは、人は守れない。

それが第2作目でアルトが掴んだ答えだった。


そして今、シオンがその続きを踏む。


「……落ち着け」


ノクスの声は静かだった。


彼は谷の入口側に立ち、

暗い視線で上を見ている。


追っ手を読む目。


夜の秩序の目。


ミナトが荒い息で言った。


「これ、どうすんだよ」

「追われるだけじゃねぇか」


リリスが声を震わせる。


「私の登録局の端末……」

「もう、権限が焼かれてます」


「次に捕捉されたら、今度は保護じゃなくて――」


“隔離”になる。


言葉にしなくても全員が理解していた。


救済帯域が広がるほど、

救済が暴力になる。


そして例外は、消される。


セイルは崩れた梁の下で立っていた。


表情は変わらない。


だが彼の手だけが、

遺物断片を握り締めたままだ。


ミサが近づき、怒鳴る。


「セイル!!」

「あなた、何してるの……!」


「今の共鳴、見たでしょう!」

「封印対象に格上げされる!」


セイルは淡々と返す。


「もう格上げされてる」

「遅い」


ミサが歯噛みする。


「それでも……!」

「遺物は人を壊す!」


セイルは静かに言った。


「壊すのは遺物じゃない」

「管理だ」


ミサは言い返せなかった。


管理は正しい。

救済は必要だ。


でもその必要が、

人を切り捨てる理由にもなる。


それがこの世界の構造だ。


セイルはシオンへ視線を向けた。


「監査官」

「お前は救済を選んだ」


シオンは顔を上げる。


「……違う」

「私は、“残した”」


セイルは口元だけ笑った。


「そう言えるなら、まだ折れてない」


彼は一歩近づく。


レムが怯え、身を縮めた。


セイルは距離を保ったまま言う。


「この子は共鳴源だ」

「俺の拾った遺物と、同じ波形を吐く」


「つまり――」


ミナトが噛みつく。


「つまり何だよ!」

「ハッキリ言えよ!」


セイルは一瞬黙り、

そして言葉を選んで口にした。


「増幅する可能性がある」


それ以上は言わない。


確定させない。


断言した瞬間、

それは“狙うべき資産”になる。


管理局の敵も、

味方も、

全員が。


セイルは続ける。


「俺はまだ、“現象”としか呼べない」

「でも管理局は名前を付けた」


ノクスが低く聞く。


「何の名前だ」


セイルは答える。


「Δ」


その一音が、谷底の空気を割った。


リリスが青ざめる。


「……デルタ?」


シオンは息を止めた。


(名前が付いた)


(誤差に、名前が付いた)


名前が付けば、定義される。


定義されれば、管理される。


管理されれば――消される。


アルトが守った“余白”が、

ここで殺される。


ミナトがレムを抱き寄せた。


「レムは道具じゃねぇ」

「資産じゃねぇ」


セイルは頷く。


「分かってる」

「だから俺は、拾う側になる」


ミサが驚く。


「セイル……あなたが?」


セイルは目を細める。


「遺物は部品だ」

「部品は使われるためにある」


「使う側が、管理局だけになるなら終わりだ」


「だから俺が使う」


その言葉は冷たい。

でも真っ直ぐだった。


優しさではない。


決意だ。


拾うことは、

責任を引き受けること。


逃がさないこと。


ノクスが静かに口を開く。


「協力の条件を出せ」


セイルは即答した。


「俺は遺物を持つ」

「お前らは現場を持つ」


「そして――」


視線がシオンへ向く。


「監査官、お前は鍵を持つ」


シオンは苦しく笑った。


「……もう焼かれました」


セイルは首を振る。


「鍵が焼けても、“鍵を使った手”は残る」

「管理局はそれを恐れる」


「だからお前は狙われる」


シオンは胸の奥が冷える。


狙われる。


それはつまり、

彼女も“評価不能領域”になったということだ。


もう戻れない。


その時。


ノクスの端末が短く鳴った。


通信。


しかしノクスは顔を曇らせる。


「……繋がらない」


ミナトが眉をひそめる。


「夜の連合に?」


ノクスが頷く。


「通信が切られてる」

「いや、切れてるんじゃない」


「“届かない”」


ミサが端末を見た。


「監視帯域、更新されてる」

「救済用の中継が、妨害されてる」


リリスが呟く。


「情報遮断……」


第2幕の流れが、

確実に進んでいる。


救済は制度になり、

制度は支配になる。


支配は――

繋がりを切る。


人が助け合うルートを殺す。


ユウの痕跡が死ぬ。


アルトの余白が潰れる。


そして、未来が拾えなくなる。


レムが突然、息を呑んだ。


「……きた」


全員が固まる。


空気が、また薄くなる。


谷の上。


監視ドームの光が、

一点に寄り始める。


追跡は続いている。


猶予が尽きる。


シオンの端末が震え、

勝手にログを吐いた。


彼女はそれを見て、凍った。


画面には、表示されていないはずの行が出ていた。


【送信元:GNC-CONTROL / 未登録回線】


短い文字列。


そして――


たった一文。


「残せ。今度は、残す側が必要だ。」


アルト。


声ではない。

姿でもない。


ただ言葉だけが、刺さる。


シオンは目を閉じた。


アルトは壊さない。

壊さずに勝つ。


そのやり方が、

今この場でも必要だ。


ミナトが息を吐く。


「……結局、俺たちやるしかねぇのかよ」


ノクスが言う。


「やる」

「ただし、勝ち方を選ぶ」


セイルが頷く。


「拾う」

「逃げるんじゃない」


「残すために拾う」


シオンは立ち上がった。


足が震える。

でも視線は揺れない。


彼女は言った。


「私たちは――」


「BORDER REMAINSとして動く」


その言葉が、

谷の中に決定として落ちる。


まだ結成式はない。


誓いもない。


ただ現実が、

彼らを一つにした。


セイルが外套の内側から、別の遺物を取り出した。


小さな円盤状の部品。


割れている。

でも内部は生きている。


「これは中継をずらせる」

「完全じゃないが、追跡を遅らせられる」


ミサが叫ぶ。


「そんなことしたら――」


セイルは短く返す。


「やる」


ミサは唇を噛み、

そして頷いた。


「……分かった」

「私もやる」


拾う側が、責任を引き受けた。


逃げるだけの回収者じゃなく、

残す側になる。


セイルが部品を地面に置き、接続する。


ミサが端末を噛ませる。


ノクスが周囲を見張る。


ミナトがレムを抱き、守る。


リリスが震える手でログを切り、残す。


シオンが目を閉じて、決める。


善意の救済ではない。


制度の管理でもない。


第三の形。


管理でも無秩序でもない。


未来の拾い方。


空の光が、揺れた。


追跡の焦点が、一瞬ずれた。


それだけで十分だった。


一瞬があれば、人は動ける。


一瞬があれば、未来は繋がる。


ユウが残したものだ。


アルトが守ったものだ。


そしてシオンが――

“選んだ”ものだ。

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