第五話 舞台の中心は、覚悟のあるものの場所
昨日、アップした第四話が、しっくりこなかったので、少し変えています。
読んでくれた人、ごめんなさい。
市民演芸大会の演目が決まった。
演目は『スケ番、故郷に帰る』。
原野監督が書いた、完全オリジナルの脚本。
昭和から令和にタイムスリップしてきたスケ番と、現代のいじめられっ子・ルルの奇妙な友情の物語。
役者決めの話が進むなか、まこと先輩が口を開いた。
「スケ番は、まひるがいいと思います」
……えっ、なんで。
「だって、怒るとすごい迫力だし、ピッタリです」
葛城さんの件で教室でキレたあの日のことを言っているらしい。
あの日以来、“キレると怖いやつ”って、演劇部でも半分ネタ扱いされてる。
「スケ番、似合いそうやね〜」
「迫力ありそう」
「声、めっちゃ通るし」
みんなも、口々に賛成する。
原野監督は、しばらく黙っていたけれど「やって見ようか」とぼそっと言った。
やれる自信はなかった。でも、断れる空気じゃなかった。
それに、お芝居が楽しかった頃の気持ちも少し少しずつ取り戻している自分もいる。
やめたい気持ちと、やりたい気持ちが絡み合って、心の中がぐちゃぐちゃになる。
***
翌日、部室。
「まひる、台本……読んだか?」
「そのことなんですけど、監督」
「迷ってるか?」
監督が、微笑みながら問いかけてきた。
「……はい」
「そやろな、顔に出とる」
断る理由はいくらでも思いついた。でも、本当の気持ちを言う気にはなれなかった。
“芝居なんかやめさせろ”――あの言葉を思い出すたびに、怖くなって声が出なくなる。
照明の下に立つたびに、体が硬くなる。
自分が壊れてしまいそうになる。
「とりあえず読み合わせしてみよか。
無理そうなら、それでもええ。おまえの気持ちが一番や」
胸の奥がじーんと熱くなる。
「……わかりました」
――監督を信じよう。
***
大会が近づくにつれて、練習もいよいよ本気モードに入ってきた。
体育館の舞台では、みんなの声がぶつかり合う。
ビニールテープのラインに沿って、一人立つ。
天井の蛍光灯が白く滲んで、汗が頬を伝った。
「だからって、逃げてばっかじゃ、なんも変わらへんよ!」
台詞を放った瞬間、空気が少し震えた。
でも——足元、まだ少し揺れてる。
「——ストップ」
原野監督の声が飛ぶ。
台本を手に、舞台の縁まで歩み寄ってくる。
「うん、悪くない。言葉になってきた。けど……顔が死んでるな。
スケ番が正義語る時は、眼光が敵を刺すくらい鋭くなきゃあかん」
いつもは優しい監督の声が、人が変わったように厳しくなる。
「……死んでますか?」
「死んでる。“正義”を語る時のスケ番って、命懸けやで。目に“それ”が宿ってへん」
私はもう一度、深呼吸して台詞に向き合った。
眉間に皺を寄せて、声に、拳を握りしめるような力を込める。
「だからって、逃げてばっかじゃ、なんも変わらへんよ!!」
沈黙。
体育館に、一瞬だけ“本番”の空気が走った。
原野監督が台本を閉じた。
「……うん、最初のころは結構緊張してたけど。
今の、だいぶマシになった。“人”としてそこに立ってた」
ほのか部長の小さな拍手が背後から響いた。
「声の通りもええし、あとは“間”の取り方さえ掴めたら——」
私は目を伏せながら頷く。
「逃げてばっかじゃ、なんも変わらへんよ」――それは、私自身への言葉でもあった。
***
振り付きでの舞台稽古が佳境に入った頃、監督が声を上げた。
「ちょっと、みんな集まってな」
皆が監督の前に集まる。
「スケ番とルル、入れ替えてみよか」
「え? 今、なんて……?」
大会まで、あと一ヶ月しかない。
……監督、いったい何を考えてるの?
原野監督が念を押すように言った。
「誰が抜けてもすぐ代われるように、台詞はみんな覚えとるんよな?」
みんなが戸惑っているのが伝わってくる。
まこと先輩が、台本を胸に抱きしめたまま、視線を床に落とし、小さくつぶやいた。
「……どうしてですか……?」
三年生にとって最後の大会。
主役のまこと先輩が一番気合入れてること、私もわかってる。
みんなも、知ってる。
それでも、原野監督は黙ったまま、静かにみんなを見渡していた。
良かったら、感想とかくれると嬉しいです。