第一話 かくして劇が始まる
春の風が教室の窓を抜けていく。
部活の生徒たちがそれぞれの練習場所へ駆け出すなか、私はリュックを背負って、そそくさと昇降口を抜けた。
その横で、深谷すずが無言のままイヤホンをつける。
私は、小田まひる。四国の田舎町に住む中学二年生。帰宅部。
クラスでは、カースト最下層の目立たない女子。
小学校卒業して、ママの実家があるこの町に東京から引っ越してきた。
すずは、一年からの付き合い。
成績優秀。本来なら一軍確定なのに、クラスの子とはなじまない。
でも、私と一緒にいることは多い。
特に何もしないけれど、なんとなく一緒にいる。
「今日も平穏無事に終わったねー」
小さくつぶやいたその横で、すずがあくびをする。
まったく、平和だ。
だけどその“平穏”は、校門の前であっけなく終了した。
昭和感マシマシのスケ番風女子が、二人して私たちの行く手を遮る。
「おい、あんた二年の小田まひるだよね?」
「は、はい」
何? 何なのこの人たち。
学ランをアレンジした謎の制服に、妙に張った肩パッド。
そして、異常なまでのリーゼント……いや、カツラ?
「……ちょっと付き合いなァ」
「え……?」
リアクションが遅れた私の腕を、容赦なく掴んだその手には“青春特攻”とか刺繍されたワッペンが。
すずはなぜか慌てることなく、じっと彼女らの目を見返していた。
いつもの冷静さなのか、それとも修羅場慣れなのか。
***
連れて行かれたのは、体育館の舞台の裏の部屋。
ガタッ。
扉が閉じられ、私たちの前には、ふんぞり返った、いかつい見た目の女子。
彼女はチュッパチャプスをくわえながら、緊張感ゼロの笑顔を浮かべる。
「はじめましてぇ。演劇部部長の三年の鳴海ほのかです。えっと……
あっ、これは、今やってる劇の衣装。ごめんな。びっくりさせちゃって」
……なんか、しゃべり方、妙におっとりしてる。見た目とのギャップがすごい。
「で、えっと。こっちが藤谷まことちゃん。そっちが奈良美結ちゃん。二人とも同じく三年」
体が固まって、直立不動で立っている。
部長と名乗った人は、私たちに構わず、話を続ける。
「……演劇部、ウチら三人になってしもうて……
このままやったら、春の大会に出られへんどころが、廃部の危機なんよ」
潤んだ眼で、じっと見つめてくる。
そして、制服のポケットから、新しいチュッパチャプスを取り出して私の手にそっと乗せる。
「去年の文化祭な、あんたのクラスがやっとった劇、見よったんよ」
「『さよなら、未来のカケラ』……やったかなあ」
たしかに、やった。私。
クラスの出し物でしかたなく。それに最後に出て、一言、言っただけ。
あのときは、心臓が飛び出るほど緊張した。
あの一言を言うまで、ずっと手が震えてて、それが、誰かにバレないか冷や冷やしていた。
***
部長は、さらに顔を近づけてくる。
「あの最後の一言、声の出し方が、すごく良かったんよ。ほんまに」
「空気が、ふわっと、動いたんよ。あれは、ほんま、舞台のひとやなぁって」
……やめて、スケ番の格好で迫られると怖すぎる。
「で、わたし、ピンときたん。この子やって。この子しかおれへんって」
……何? 何言ってるの、この人??
私、あんなに緊張していたのに。声も震えていたのに。
「それに、すごく悲しさが伝わってきて、あのシーンにピッタリの声やった。
だから、お願い、演劇部に入って!! 私たちを助けて!!」
……悲しさ?
あれは、演技じゃなかった。
ただ、言葉を出すのが精一杯だっただけ。
部長は大きく頭を下げた。
残りの二人のスケ番も一緒になって、頭を下げている。
やっぱりその流れになるのか。
そんな大きな声でお願いされても……逃げ場がないじゃん。
波風を立てずに断る方法を探して、頭の中がフル回転する。
「でも……私、お芝居は、もう……」
そう言おうとした瞬間
「いいよ、入っても」
隣から、すずの声がした。
「えーーー!!」
心の中で、机をひっくり返したくなるくらい叫んだ。