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  作者: あい太郎
3/3

タイトル未定

 夜が深まり、風が止んだ。

 空には雲が垂れ込み、星も月も見えない。


 だが、村の中心──石灯籠の広場には、橙色の光がゆらゆらと灯っていた。

 火だ。

 それも、幾十にも分かれた小さな火。

 まるで、魂が宙を彷徨っているかのように。


 「……火魂が、目を覚ました」


 学芸員の男──鬼龍院斎いつきは、静かにそう言った。

 白装束をまとい、古式に則った儀式の準備を整えていた。


 菜月もまた、袖をまくり上げ、火魂封術録を携えて広場の中央へと向かう。

 この儀式は、血を引く者──すなわち鬼龍院家の者にしか扱えない。

 菜月には、その資格があった。


 だが、彼女の中には、迷いがあった。


 蓮を“封じる”のか。それとも“救う”のか。

 十五年前、火魂を解放してしまったのは、確かに弟だった。

 だがそれは、ただ人を助けたかったという一途な行為だった。


 「……まだ、戻れるのなら」


 菜月はそっと、翡翠のペンダントに触れた。



 広場の中心に立つ石灯籠が、突然、爆ぜた。

 そこから、火が立ち上る。

 音はない。ただ、熱だけが、空間を震わせる。


 火の中に、影が見えた。


 小さな少年の姿。

 それは、十五年前と同じ姿の蓮だった。


 「姉ちゃん……来ちゃ、だめだよ」


 また、その声。

 だが今度は、菜月は一歩前に出た。


 「お前が来るのを、ずっと待ってた」


 火の中の蓮が、初めて顔を上げた。

 果たしてそれは蓮なのか。

 いや、そんな事は菜月からしてみれば些事である。


 「……さみしかった」

 

 ぽつりと蓮が漏らした。

 それが聞こえて、菜月の目からぽろりと涙が落ちた。


 「私もよ、蓮。ずっと、後悔してた。

 どうして、あの時あなたを止められなかったのか……

 なぜ一緒に行かなかったのか……!」


 菜月は封術録を開き、声を張り上げる。


 「火魂の儀──開始」


 斎が拍子木を打ち鳴らす。

 辺りの蛍火が一斉に、石畳の周囲を渦のように舞い始めた。


 菜月は封術の言葉を読み上げる。


「火ト成リシ魂ヨ、ここに結界ヲ張ル」

「封ズルニ非ズ、赦スニ非ズ、光トナレ──」


 その瞬間、火が膨れ上がり、爆ぜた。


 中から現れたのは、蓮だった。

 少年の姿ではなく、十五年分の時間をまとった、青年の姿で。


 彼は、静かに微笑んだ。


 「やっと、帰れるよ」


 そして、火は収まっていった。

 蛍火も、ひとつ、またひとつと空へ昇っていく。


 蓮の姿も、やがて火の粒となって、天へと。


 「ありがとう、姉ちゃん。

 俺、ようやく……消えていいんだね」


 ──さよなら。

 その言葉とともに、最後の炎が夜空に消えた。



 朝になった。


 広場には、もう何も残っていない。

 火も、煙も、声も。

 ただ、静寂と、夏の匂いだけがあった。


 斎は、菜月に深く頭を下げた。


 「あなたが来なければ、火魂はこの村ごと焼き尽くしていたでしょう」

 「……封じたんじゃない。許したのよ」


 菜月は、ペンダントを握った。

 その中の翡翠は、ほんの少しだけ温かかった。



 帰り道。

 車の窓を開けると、風が頬を撫でた。


 道端に、一匹の蛍が舞っていた。


 菜月は微笑み、呟いた。


 「またどこかで、会えるかしらね」


 エンジンの音が、山中に消えていった。

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