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  作者: あい太郎
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タイトル未定

 煙の奥から確かに聞こえた。


 「姉ちゃん──まだ、来ちゃだめだよ」


 その声は、菜月の耳に残る十五年前の記憶と、寸分違わなかった。


 祠の戸口を開いたまま、菜月は言葉もなく立ち尽くした。

 声はすぐに消え、祠の内部はただの暗がりに戻っている。


 だが、菜月の目はその奥にある“棚”に気づいた。

 積もった埃の下に、厚手の和紙が何重にも巻かれた包み。

 彼女は手袋を嵌め直すと、それを慎重に取り上げた。


 巻紙の表には、筆でこう記されていた。


火魂封術録かこんふうじゅつろく


 研究者としての血が騒いだ。

 この名は、民俗学や陰陽五行を研究する者たちの中でも、伝説的に語られる秘儀の名だ。


 火を媒介に、死者の魂を封じ込め、災厄の再来を防ぐという。

 しかし、現代までその具体的な術式が伝わった例はない。

 なぜなら──


 それを行った村は、すべて滅びている。



 簡易の現地調査テントの中、菜月は火魂封術録の解読に取りかかっていた。

 江戸末期と推測される筆跡。

 現代仮名遣いとは異なるが、彼女には読めた。


 ──《火魂ノ宿リシ地、夏至ノ夜ニ開カレル。》

 ──《禁ヲ破リ、火ヲ追ウ者、己ガ魂ヲ焼カルル。》


 火の灯る場所は、夏至の夜に開かれる“火の道”であり、そこに近づく者は魂を喰われるという。

 そして、「火に宿る魂」は、その者が“後悔”や“執着”を持って死んだとき、蛍のように光を灯す。


 菜月は、あの浮かぶ炎──蛍火──の中に、蓮の目を見た。

 ということは、弟はまだそこにいる。

 火の中に閉じ込められたまま。


 「まるで……幽霊の収容所ね」


 呟きながら、彼女は別の記述に目を留めた。


「火魂封術ヲ行イシ巫女ノ家系、鬼龍院ノ名ヲ継グ者ニ伝ヘヨ」


 指先が止まる。

 ──鬼龍院?


 まさか。

 彼女の家系が、かつてこの村と関わっていた?

 弟の蓮が、何らかの因縁に引き寄せられたのか?


 そのとき、外でカサッと音がした。


 テントの外に出ると、誰もいない。

 だが、再び地面に小さな火──蛍火が灯っていた。

 ゆらゆらと、山の奥へ誘うように動いていく。


 「……行くしか、ないのね」



 火を追って辿り着いたのは、村の外れにある洞窟だった。

 入口には、縄が結界のように張られ、紙垂がいくつもぶら下がっている。


 菜月は懐中電灯を片手に、ゆっくりと中へ入った。


 内部は思ったより広く、奥には封鎖された石室があった。

 その前には、小さな祠のような構造があり、そこに古びた布人形が供えられていた。


 その顔には、蓮の写真が貼られていた。


 ──写真?


 菜月は思わず目を見張った。

 確かにそれは、十五年前に失踪した蓮の高校時代の顔写真だった。

 この村に誰かが“保管”していたのだ。


 では、誰が?


 その時だった。


 背後に、足音。


 振り返ると、洞窟の入口に人影が立っていた。


 白装束。

 顔には布を巻いている。

 だがその姿には、見覚えがあった。


 「……あなただったの」


 学芸員。

 郷土資料館で菜月に“蛍火の郷”の存在を教えた人物。


 「あなたは、鬼龍院の末裔ですね。菜月さん」

 「なぜ、私の家のことを──」

 「私も……鬼龍院の血を引いているんです」


 男は静かに布を外した。

 頬には、火傷の痕。

 その眼は、かつて菜月が見たことのある目をしていた。


 「蛍火の封印は、あの夜、破られた。

 あなたの弟さんが──封印を、解いてしまったんです」


 菜月の脳裏に、十五年前の雨の夜がよみがえる。

 蓮が、何かを「見た」と言っていた。

 「火の中に、泣いてる人がいる」──そう言って、彼は走り出した。


 弟は、助けようとしたのだ。

 火に囚われた何者かを。


 だがそれが、封印された“火魂”の開放につながってしまった。


 「今夜、夏至の夜に火魂の扉が開きます」

 「あなたが行かねば、彼の魂は……永遠に火となって燃え続けます」


 菜月は、拳を握りしめた。


 「……なら、私が終わらせる」

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