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1-4


「これより、最後の審判を与えられる」


看守長の声が、場内に響き渡る。

彼の腕が掲げられ、指は少年を示す。


帝国の旗が風に揺れ、太鼓の音が低く重い響きを立てる。


歓声が、一層大きくなる。

口笛、罵倒、賭博師たちの怒号。


金貨が飛び交い、血を求める叫びが炎のように燃え盛る。

熱狂は観客席から溢れ、闘技場全体を包み込んだ。



「二六一!」

「殺せ!」

「血を見せろ!」


彼を応援する声、彼の死を望む声、どちらも同じ熱量で混ざり合う。


それは祝祭であり、葬列でもあった。

命が断たれる瞬間を目撃するための集会、血が流れる様を見るための儀式。


それが帝国の楽しみであり、彼らの生きる糧だった。

民衆は知っている。



この場で死ぬ者の魂は、帝国の礎に還り、生き延びた者は、英雄となる。



だがそのどちらであっても、彼らの歓楽は終わることがない。

すべては帝国の栄光のため、彼らの娯楽のため。



死と生は、ただの見世物にすぎなかった。



少年は目を閉じる。

まるでこの場から意識を閉ざすかのように。


耳元に響くのは、風の音ではなかった。

鉄の臭い、血と汗の腐臭、そして何より、己の鼓動の静かな律動。


彼の内側に、何かが静かに流れていた。

それは血でもなく、魂でもなく、言葉にできないもの。



「試合を始める!」


金色の喇叭が吹かれ、その音色が空高く舞い上がる。


音は闘技場の石壁に反響し、何重もの層となって観客の耳に届いた。

まるで運命そのものが音を纏って告げられたかのようだった。


観客席に並ぶ千の旗が、いっせいに揺れる。

それは風のせいだけではなかった。


人々の熱狂が空気を震わせ、旗は彼らの興奮を映し出すように波打った。



各々の旗は、帝国内の貴族家や富裕層、そして帝国騎士の紋章を誇らしげに掲げ、その色彩の豊かさは、これから流れる血の赤さを予感させるようだった。


風が吹き、砂塵が舞い、そして——

闘技場の反対側、もう一つの門が開かれた。


重い金属の扉が、うめき声を上げるように軋みながら開く。

その音は、死の前奏曲のように不吉で、同時に神秘的だった。


対戦者が、闇の中から現れる。


最初は輪郭だけの影。次第に細部が明らかになっていく。

金属音とともに、重い鎧をまとった影。


その姿は巨大で、人間離れした威圧感を放っていた。

鎧の隙間からは生身の肉体が覗いているが、それは人の皮膚というよりも、何か別の生き物の皮膚のように見えた。


灰色がかり、ところどころ鱗のような質感を持っている。

体中に刻まれた傷跡は、その戦歴を雄弁に物語っていた。


右手に握られた剣は普通の剣より大きく、その刃には異様な模様が刻まれている。

まるで生きているかのように、刃が渦を巻き、うねっているように見えた。



その姿は、戦場で名を馳せた処刑人とも、闘技場の英雄とも囁かれていた。

様々な異名で呼ばれるその存在は、多くの囚人たちの悪夢の中に現れる恐怖そのものだった。


だが、少年は表情を変えない。

ただ静かに両足を開き、短剣を握りしめる。


それでも、その佇まいには不思議な確かさがあった。

まるで大地と一体化したような、揺るぎない存在感。


少年は、対戦者に目を向けなかった。

右手に握られた剣も、刻まれた傷跡も、この円環においてはありふれた死神の仮面でしかない。


九十九の命を奪った彼にとって、この相手も単なる百人目の犠牲者に過ぎなかった。


その視線は、さらに高くへと昇っていく。

闘技場を取り巻く観客席。


色とりどりの衣をまとい、金貨を賭け、歓声を上げる帝国市民の波。

彼らの目には、残酷な期待と狂気が宿っていた。


生死を賭けた戦いを、ただの娯楽として楽しむ彼らの姿に、少年の心は何も感じなかった。

その更に上——玉座の間へと、静かに顔を向けた。



階段を幾重にも登った高座に、「それ」はいた。


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