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「これより、最後の審判を与えられる」
看守長の声が、場内に響き渡る。
彼の腕が掲げられ、指は少年を示す。
帝国の旗が風に揺れ、太鼓の音が低く重い響きを立てる。
歓声が、一層大きくなる。
口笛、罵倒、賭博師たちの怒号。
金貨が飛び交い、血を求める叫びが炎のように燃え盛る。
熱狂は観客席から溢れ、闘技場全体を包み込んだ。
「二六一!」
「殺せ!」
「血を見せろ!」
彼を応援する声、彼の死を望む声、どちらも同じ熱量で混ざり合う。
それは祝祭であり、葬列でもあった。
命が断たれる瞬間を目撃するための集会、血が流れる様を見るための儀式。
それが帝国の楽しみであり、彼らの生きる糧だった。
民衆は知っている。
この場で死ぬ者の魂は、帝国の礎に還り、生き延びた者は、英雄となる。
だがそのどちらであっても、彼らの歓楽は終わることがない。
すべては帝国の栄光のため、彼らの娯楽のため。
死と生は、ただの見世物にすぎなかった。
少年は目を閉じる。
まるでこの場から意識を閉ざすかのように。
耳元に響くのは、風の音ではなかった。
鉄の臭い、血と汗の腐臭、そして何より、己の鼓動の静かな律動。
彼の内側に、何かが静かに流れていた。
それは血でもなく、魂でもなく、言葉にできないもの。
「試合を始める!」
金色の喇叭が吹かれ、その音色が空高く舞い上がる。
音は闘技場の石壁に反響し、何重もの層となって観客の耳に届いた。
まるで運命そのものが音を纏って告げられたかのようだった。
観客席に並ぶ千の旗が、いっせいに揺れる。
それは風のせいだけではなかった。
人々の熱狂が空気を震わせ、旗は彼らの興奮を映し出すように波打った。
各々の旗は、帝国内の貴族家や富裕層、そして帝国騎士の紋章を誇らしげに掲げ、その色彩の豊かさは、これから流れる血の赤さを予感させるようだった。
風が吹き、砂塵が舞い、そして——
闘技場の反対側、もう一つの門が開かれた。
重い金属の扉が、うめき声を上げるように軋みながら開く。
その音は、死の前奏曲のように不吉で、同時に神秘的だった。
対戦者が、闇の中から現れる。
最初は輪郭だけの影。次第に細部が明らかになっていく。
金属音とともに、重い鎧をまとった影。
その姿は巨大で、人間離れした威圧感を放っていた。
鎧の隙間からは生身の肉体が覗いているが、それは人の皮膚というよりも、何か別の生き物の皮膚のように見えた。
灰色がかり、ところどころ鱗のような質感を持っている。
体中に刻まれた傷跡は、その戦歴を雄弁に物語っていた。
右手に握られた剣は普通の剣より大きく、その刃には異様な模様が刻まれている。
まるで生きているかのように、刃が渦を巻き、うねっているように見えた。
その姿は、戦場で名を馳せた処刑人とも、闘技場の英雄とも囁かれていた。
様々な異名で呼ばれるその存在は、多くの囚人たちの悪夢の中に現れる恐怖そのものだった。
だが、少年は表情を変えない。
ただ静かに両足を開き、短剣を握りしめる。
それでも、その佇まいには不思議な確かさがあった。
まるで大地と一体化したような、揺るぎない存在感。
少年は、対戦者に目を向けなかった。
右手に握られた剣も、刻まれた傷跡も、この円環においてはありふれた死神の仮面でしかない。
九十九の命を奪った彼にとって、この相手も単なる百人目の犠牲者に過ぎなかった。
その視線は、さらに高くへと昇っていく。
闘技場を取り巻く観客席。
色とりどりの衣をまとい、金貨を賭け、歓声を上げる帝国市民の波。
彼らの目には、残酷な期待と狂気が宿っていた。
生死を賭けた戦いを、ただの娯楽として楽しむ彼らの姿に、少年の心は何も感じなかった。
その更に上——玉座の間へと、静かに顔を向けた。
階段を幾重にも登った高座に、「それ」はいた。